第272話「信念を貫く決意」





「……申し訳ありませんでした。ですが、陛下は天空城から出るな、とはおっしゃいましたが、空中庭園から出るなとは──」


「そうだけど、そうじゃないでしょう。そういうの、屁理屈っていうんだよ。あの時、わたしが天空城と言ったのは、明らかにこの物件の事を指していたでしょう。この物件について、きみに外に出てほしくないと言ったのだから、名称が変わろうとわたしの意図が変わるわけじゃない。それはわかるよね」


「……はい、それは」


「それがわかっているのなら、きみのしたことはわたしの命令を意図的に曲解して、自分の欲望を無理やり叶えたということだ。しかも制止する先輩を振り切ってだ」


 意図的に命令内容を曲解し、自分の要求を通すというのは、以前にディアスもやっている。

 ヴィネアはまだ生まれて間もないとしても、ディアスはそうではない。

 つまり、一定以上のINTやMNDがあるなら、そうした自律行動を取ってもおかしくないということだ。

 であればもう、その事については仕方がない。受け入れるしかないだろう。

 レアの方が十分に注意し、揚げ足を取られないような隙のない命令をするしかない。


 しかし先輩であるレミーやスガルの言うことを聞かないというのは困る。

 ヴィネアはただでさえ外見的にレアに似ている。その事もあってか、どうも配下たちはヴィネアに対してあまり強く出られないような雰囲気がある。

 先程お守りをしてくれていたスガルの遠慮するような様子からもそういう空気が感じられた。


「まあ、命令の仕方が良くなかったのは確かかもしれない。その事については不問にしよう。わたしも悪かったからね。

 でも先輩の言うことは聞かなければいけないよ。自分と似た境遇で、自分よりも長く生きているのだから、先輩の言葉には得難い価値があるものなんだよ」


 言っていてなんだか自分に突き刺さるような気がしないでもないが、気にしない。

 子供どころか、まだ結婚など考えたこともない身ではあるが、ここにレアは悟った。

 教育とはつまり、いかに自分のことを棚に上げられるかにかかっているのだと。

 自分の愚かさを身に沁みて知っているからこそ、同じ轍を踏んでほしくないからこそ、うるさく言うのだ。

 しかし自分と同じくゴボウが食べられない祖母からは、それについて何か言われたことがないため、おそらく祖母はそれを愚かなことだと思っていないのだろう。

 つまり祖母は信念を持ってゴボウを拒否しているのだ。ならばレアもその志に殉じよう。いかに母に叱られようとも。


「……はい。わかりました。先輩がたの言うことはよく聞きます」


「よろしい。それでは説教は終わりだ。

 空中庭園から出ていってしまったのはよくなかったが、プレイヤーたちを追い払ったのは偉かったね」


 レアがそう言うと、ヴィネアはまるで萎れていた花が開いたかのような笑顔を見せた。涙の跡が光る頬も、朝露を弾く花弁のようだ。

 なるほど、これはライラが自分を甘やかすのもわかる気がする。

 つまりこういう表情をすれば、おそらくライラをもっと容易に転がせるのだろう。


「敵の攻撃の届かない高所から、一方的に威力の高い範囲攻撃をばらまくという戦法も良かったよ。きみは耐久に少し難があるから、とにかく攻撃を受けないことが重要だ。当たらなければどうということはない」


 以前に草原でスガルがやっていた戦法でもある。

 それもあり、スガルも安心して見ていられたのかも知れない。

 しかしあの場には、以前の草原には居なかった弓兵の姿もあった。


「でも、きみの魔法よりも敵の弓兵の攻撃の方が射程は長いはずだけど、それは大丈夫だったの?」


「はい。弓兵は『真眼』を取得している者ばかりでしたから、一時的に『隠伏』を発動して不規則に回避してやれば、目標を見失って命中率が下がっていましたので」


 いかに通常の視界も持っているとは言え、常に光っていた目標が突然光を失えば、わかっていても戸惑いはするのだろう。そこで不規則な軌道で回避行動を取られれば、すぐに狙いをつけるのは難しいということだ。

 しかしそれも慣れていないからこそ通用した小技である。ヴィネアのAGIにはそれほど振っていなかったが、今後も弓矢で狙われる事を考えると少し上げておいたほうがいいかもしれない。

 あるいは以前に考えていたような「隠れる」という方向性ではなく、LPを持たないダミーの幻影のようなものを周辺にばらまく事で敵の狙いを撹乱させるという方がいいのかもしれない。そんなスキルがあればだが。


「なるほど。よく考えたね。

 でも欲を言うなら、きみのビルドなら、そもそも敵に姿をさらさずに隠れて遠距離から狙撃をするのが正解だよ。今回は相手が弱かったから問題にならなかったけど、同格とまでは言わないまでも、もう少し強いプレイヤーがあの数だったら、もっと苦戦していたはずだ。それは反省するように」


「そうですね……。申し訳ありません。

 わかりました。つまりもう少し強いぷれいやーが来たとしても好きなように戦うために、もっと精進しろということですね」


 それもあるが、そうではない。

 しかし、何となく言っても無駄なような気がした。

 結果的に問題ないならレアとしても構わない。好きにすればいいだろう。


「きみはわたしの眷属だから、数値的には自ら強くなる事はできない。もちろん訓練すれば今の能力値のままで戦闘力を上げる事も可能だろうけど。それはわかっているよね」


「はい。先輩がたを敬うのはそういう数値に現れない強さも存在しているからですよね」


「それだけじゃないんだけど、まあ、今はそれでもいいや。

 今日みたいに何か手柄を立てればもちろんわたしからご褒美として経験値を与えるから、それ以外は地道に訓練をするといい。特にきみは弓が天敵だろうし、ここには『弓術』を高レベルで取得しているキャラクターもいる。彼女とときどき訓練をして、弓への対処法を身につけるんだ。わたしも教えよう」


 さすがにいきなり『ジェノサイドアロー』を前振りだけで避けろとは言わない。ブランも無理だというような事を言っていた。

 しかしライラはすぐに対応してきたので、必ずしも出来ないとも思えない。

 ヴィネアはどうやらレアに似ているようだし、レアやライラに出来るならヴィネアに出来てもおかしくない。まさか問題のある性格の部分だけが似ているというわけではあるまい。もしそうだったら他の件も含めてまとめて運営にクレームメールである。


「私にとっても益のあることですし、訓練にお付き合いをするのはやぶさかでありませんが、私もそれほど暇ではないのですが」


 困ったようにサリーが言う。

 サリーには天使量産などの指示も与えているため、たしかに暇ではない。


「その言い方だと、まるで私が暇みたいに聞こえるんですけど?」


「ヴィネア、噛みつかない。

 大丈夫。この子はしばらくわたしに付けて行動させるから、わたしがこっちに立ち寄った時だけでいいよ。それ以外は通常業務に従事しておいてくれればいいから」


「かしこまりました」


 空中庭園も拠点として充実してきたことだし、レアもこのままここに留まってもいいのだが、それではサリーが気を使ってしまう。

 ここは一旦ホームであるヒルス王都に戻り、ライラの手配した戦争の火種が燻る様子を観察するのがいいだろう。


 ライラの計画について、ウェルスにいるマーレやバンブに伝えておく必要もある。状況によってはモン吉やミスリルゴーレムたちにも指示を出すことになるかもしれない。

 メイドレヴナントの淹れた紅茶も久しく飲んでいないし、インベントリにはライラの焼いた菓子がまだ入っている。

 幹部級の眷属を集めてお茶をしばきつつ、今後の経営方針を確認するとしよう。









 それから数日の間は、集めた幹部達とともにヒルス王都にやってくるプレイヤーをカーナイトやアダマンたちが撃退するのを眺めて過ごした。

 天使たちの襲撃イベントの頃から王都の難易度は☆5になってしまっている。

 しかしそれでも挑戦するプレイヤーは後を絶たない。


 時々配下を通してプレイヤーの会話を盗聴しているジークの話では、どうやら彼らの狙いのひとつはアダマンたちらしい。

 アダマンズの落とすアダマス鉱が狙いのようだ。

 ウェインたちの持っていた装備の情報をどこかで得たらしい。

 鑑定アイテムも販売されているし、ウェインたちが自分から教えたのでなければ、街なかで無断で『鑑定』したのだろう。


「でも今のアダマンたちが何を落とすのか、実はわたしも知らないんだけどな」


 明太リストが王都で火事場ドロボウをしたのはアダマンナイトたちのドロップしたアイテムだった。

 あれからアダマンナイトたちはアダマンアルマなどに転生させている。

 果たして今の彼らもアダマス鉱を落とすのか、それとももう少し良いものを落とすのか、それはレアにも分からない。


「まあいいか。とりあえず最初にゲットするのが他のプレイヤーというのはちょっとあれだから、アダマン部隊はなるべく小隊規模以上で運用するようにして、被害を抑えるように。その分カーナイトのサポートは薄くなってもかまわないから」


 カーナイトに被害が出るのはもう仕方がない。

 繰り返される王都へのアタックにより、装備も充実してきたプレイヤーたちは同数ならばカーナイトをも圧倒しうる戦力に成長している。

 カーナイトへの補助にばかりに気を取られていると、転生したアダマンズと言えども狩られかねない。

 カーナイトの被害が増えるとしても、アダマンズが確実に勝つことのほうが重要だ。

 そうジークに指示を出す。


「心得ました」


「陛下、何だったら私が行って、アダマン先輩たちを守ってきましょうか?」


「ダメ」


 どうしてこう、ヴィネアは目立ちたがりというか、自己顕示欲が強めなのか。あるいはレアに褒めてもらいたいだけなのかもしれないが。

 しかし考えると墓穴を掘るような気がするので考えるのをやめた。


「ヴィネア殿、そんなに元気が有り余っておられるなら、もう一度手合わせをいたしますかな」


「あすみません今陛下に叱られたので元気ゼロになりましたまた今度でお願いします」


 ディアスが非難がましくレアを見るが、これはレアのせいでは無い気がする。









 そうして過ごしていると、ある時ライラからフレンドチャットが入った。


〈どうしたの? まさかもう騎士団がペアレに着いたの?〉


〈いや、別件。ちょっと問題が起きた。かも知れない〉


〈なにそれ。歯切れが悪いな〉


〈まだわかんないんだよね。気のせいかもしれない。でももしこれが問題だったとしたら、非常に重要かつデリケートで今後に関わる問題になるから、悪いんだけどすぐに来て。あとできれば変装して、姿も隠して。でも本体で来て〉


〈注文の多い……〉


 しかし、ライラの様子からはいつもとは違った焦りのようなものを感じた。

 無視することは出来ない。


 戦闘などの荒事においてライラが遅れを取るとは思えない。

 レアとライラが戦えば8割がたレアが勝つだろうが、そもそもまともにイーブンな状態で戦えるところまで持っていく事が出来るようには思えない。

 それも加味して考えると、戦力的な意味でレアの助けが必要なわけではないだろう。

 となるとレアというプレイヤーが必要なのか、魔王という種族が必要なのか、あるいは第七災厄というキャラクターが必要なのか、そのどれかだ。

 どれだったとしても面倒で厄介な案件である。





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