第270話「選択死」(クロード視点)





 ヒューゲルカップ周辺はだめだ。

 ナース服の変態がうろついている。


 リスポーンしてすぐ、クロードはSNSで情報を探った。

 あまりに特徴的な服装のプレイヤーだったため、調べるのには苦労しなかった。


「──なるほどあれが噂のヨーイチだったか」


「ナースのヨーイチたあ、うまいこと言ったもんだぜ。見た目のインパクトも、それとは裏腹の弓の腕も、どっちもまさにナースのヨーイチと呼ぶに相応しい。笑うより先に感心するわ」


 どうやら彼らはオーラル王国をメインに活動しているらしい。

 今後は旧ヒルスのリフレに拠点を置くクランに加入するとのことなのでどうなるかはわからないが、リフレと言えばオーラルにも近い街だ。活動地域がそう大きく変わるわけではあるまい。

 となるとヒューゲルカップ周辺ではなく、ヒルスからオーラル近郊がすべて危険だということになる。


「ヨーイチに遭遇するくらいだったら噂の聖女の方が安全か……?」


「いやお前、ヨーイチの事ばっか気にしてるみたいだが、ツレの黒タイツも大概だったぞ。あいつ躊躇いなく拷問しようとしやがったからな。ある程度弄れる痛覚はまだしも、部位破壊判定って結構メンタルに来るから、たぶんそれ知っててやろうとしてやがったぜ。あれは慣れた奴の手口だ」


 確かに、ハイドして忍び寄っていたはずのジェームズを振り向きざまのナイフ一投で行動不能にして見せたのも驚くべき腕だと言える。あれがなければもう少しヨーイチへの対処も出来たはずなのだが。


「ほーん。あいつ、モンキー・ダイヴ・サスケっていうのか。モンキーって猿のモンキーか? ダイブって何だ? 飛び込み? サスケ……佐助……? あ、猿飛佐助か! 揃いも揃って仰々しい名前つけやがって……」


 いずれにしても、このままこのヒューゲルカップと西のダンジョンをつなげる街道で狩りをするのは避けた方がいい。

 クロードたちは基本的に少人数の傭兵しか狙っていないため、ヨーイチのような特級戦力と当たりでもしない限りは問題ないが、時折騎士団のような集団が通ることもある。

 ヒューゲルカップ騎士団はダンジョンに遠征に行く事もあるらしいという情報も入っているため、それがおそらくヒューゲルカップ騎士団なのだろう。


「どっちにしろ、このあたりは思いの外あぶねえな。アウトロー板じゃオーラルは全体的に騎士団が強くて治安がいいって書き込みもあったし、やっぱ言われるだけの事はあるってことか」


 長い間ペアレで野盗として活動してきた2人である。騎士は存在しないにしても、あの国は全体的に一般人が強い。

 だったら他の国でもやっていけるはずだと思っていたが、考えが甘かったようだ。


「どうする? シェイプにでも行くか?」


「……いや、ここは旧ヒルスにしよう」


「おま、まじかよ。滅んだ国とか、国丸ごと魔物の領域みたいなもんじゃねーか」


「いや、そうとは限らない。さっき言ったヨーイチたちもヒルスにある街でクラン結成したって話だし、普通に街として存続してるところもあるみたいだ。だとすりゃ国の管理が及ばない分、俺達にとっちゃオーラルなんかよりよほど安全かもしれん。

 そのリフレの街やオーラルから離れた街なら、ヨーイチたちと遭遇することもないだろうし、騎士や兵士も弱いだろう」


「なるほどな、って言いたいところだが、ここ最近のクロードの勘って外した時の危険度ヤバいからな。選択肢間違うと即死亡って旧世代のノベルゲーかよってレベルだ。もうちょい慎重に考えた方がよくないか?」


「……言い訳出来ねえ。そうだな、一回アウトロー板に投げてみるか……」





***





非公式掲示板





【VRゲー】アウトロースレ【BHSC】









2252:

お前らって普段どこで狩りしてんの?


2253:

PKがてめーの狩り場教えるわけねーだろ


2254:

まーそうだな

ないとは思うが、普通に体制側に恩が売りたいプレイヤーの書き込みって可能性もあるわけだし

教えた場所にアミ張られて文字通り一網打尽にでもされたらアウトだわ


2255:

そりゃそうか

いや、ここんとこ、やることなすこと裏目に出ててさ

どこだったらうまくやれんのかなって思って

せめてヒントっつーか、こういうところなら比較的安全に狩りできるとか、そういうのくらいはないか?


2256:

全く何の妥協点にもなってないし、しかもこっちにメリットもない件

ここはPKとか盗賊行為とかの成功談失敗談を面白おかしく話すだけのスレだぜ

クレクレは帰んな


2257:

いやアウトロー総合スレだし、別にそんなルールないが

アウトロー気どりが自治厨とかマジウケるわ


2258:

んだてめえ

どこ王国だ


2259:

お、構ってくれんの?

こちとらシェイプの王都近郊の野良盗賊だ

てめーこそどこ王国よ


2260:

ヒルスのテューア草原で初心者狩りよ

やんのかこら!


2261:

優しいなお前ら……

サンキュな


2262:

様式美

今日もアウトロースレは平和です


2263:

あ、もしシェイプにくるつもりなら気をつけろよ

なんか最近、いろいろちょっと騒がしいからな









***





「──ってことらしい。行くならやっぱりシェイプかヒルスだな」


「俺が言うのもなんだけどよ、こいつら普通にクズで笑えるよな」


「そう言うな。ちゃんと教えてくれただろ。

 しかし、ヒルスのテューア草原か。その隣にある街がたしかリフレだったな」


「あー。サスケとヨーイチたちがいるクランの拠点か。ちょっと近づきたくねえな」


「ああ。それに今さら初心者狩りってのもワクワクしないしな。となるとシェイプか」


「でもシェイプもなんか微妙にキナくせえよな。大丈夫かこれ」


「そうだな。だから俺の勘はヒルスに行けって言ってる」


「じゃあシェイプにしとくか」


「……そうだな」





 クロードたちが現在仮の拠点にしているのは、ヒューゲルカップとその西のダンジョンとをつなぐ街道、そこから少し離れた岩場である。

 ここにテントを用意し、簡易セーフティエリアを作成して夜露をしのいでいる。

 ここからシェイプ王国に行くとなると、とりあえずは北西に向かえばいい。

 転移サービスを利用すればショートカットは可能だが、そのためには街に行かなければならず、ここから一番近い街となるとヒューゲルカップだ。

 街道を歩いて騎士団とすれ違うくらいならばまだいいが、ナースの変態と遭遇するのはゾッとしない。奴らはクロードたちの顔を知っている。


「面倒だが、徒歩で国境を越えるか」


「ああ。変態どもと遭遇するよりゃマシだ」


 そうと決まれば長居は無用だ。

 クロードとジェームズは手早くテントを片付けると、インスタントセーフティエリアを破壊して立ち去った。


 インスタントセーフティエリアは5人以下のパーティにとっては便利なアイテムなのだが、使用すると移動させる事ができない上、一度登録すると他のインスタントセーフティエリアには登録できないという制限がある。

 そのため仮拠点を移す際はこうして破壊するしかない。

 転移サービスが充実してきた今、一般プレイヤーにはまるで人気の無いアイテムとなっており、破壊して去るのが前提の荒っぽい仕様も相まって、アウトロープレイヤー御用達のような扱いを受けていた。

 目玉となるダンジョンには転移で移動した先にセーフティエリアがある。これをわざわざ自前で用意しなければならないようなプレイヤーなど、何もないところで待ち伏せをするようなプレイスタイルが前提のアウトローくらいしかいないというわけだ。









 それからしばらく、2人は徒歩でシェイプを目指し移動していた。

 地図の上では大した距離には見えないが、歩いて移動するとなると気が遠くなるほどの距離がある。

 時おり暇つぶしに街道を外れ、はぐれた魔物などをキルしながらだということもあるが、すでに何日も移動に費やしていた。


「国境まであとどのくらいだ?」


「まだもう少しあるな」


 途中からはヒューゲルカップから北方向に伸びていたのであろう街道に合流し、それをひたすら北上してきた。

 地図によれば、もうしばらく進めば分かれ道があり、それを北東に行けばペアレに戻り、北西に進めばシェイプに着くはずである。


「どうする、今日はそろそろ休憩するか?」


「そうだな。魔物の領域も遠いし、野営ログアウト用の寝床を作るならこの辺かな」


「っ! おいクロード!」


「おっと!」


 ジェームズに制止され、慌てて足を止める。

 行く手をよく見てみれば、ピカピカの鎧を着込んだ騎士らしき者たちの集団がいた。

 『視覚強化』があればこそ確認できる距離ではあるが、こちらが鎧の質感にまで気付いたくらいだし、相手に感知系に優れた者がいればとっくにこちらに気付いているはずだ。


「なんだありゃ……。どこの騎士団だ」


「ヒューゲルカップ……のじゃねえな。あんなにピカピカじゃなかったし、デザインももっと今風だった」


「おろしたてかありゃ。意識して磨かなきゃあんなふうにはならんだろ」


「儀礼用の騎士団とかか? それかよっぽど重要な人物の護衛をしてるのか」


 考えてもわからない。

 騎士たちの集団はどうやらあの辺りで野営をしようとしているようだが、ああも街道を跨ぐように居座られては通行の妨げになる。

 あの集団のもう少し向こうあたりに分かれ道があるはずだが、どちらに進むにしても国境を越える事になるこの街道は、普段は輸出入を生業にしているオーラルの商人くらいしか使うことはない。

 今すぐにトラブルになるとは思わないが、本当にあのまま野営をするとしたら、絶対に面倒な事態になるだろう。後ろ暗い身としては関わりたくない。

 この近辺で野営するという予定は変更し、もう少し進むしかないだろう。


「迂回するにしても……。ちょっと広がりすぎだろ。どんだけ回りゃいいんだよ。どうする?」


「とりあえず街道を歩いていって、通してもらえないかだけ聞いてみるか。ダメなら迂回すりゃいい。なに、俺達の顔を知ってる奴なんざ例の変態かペアレの女傭兵たちくらいしかいねーし、話しかけたからって即逮捕なんてことにゃならんはずだ」





「止まれ! 貴様たち何者だ!」


 顔が判別できるかどうか、という所まで来て、ようやくストップがかかった。

 こちらから声をかけると警戒させてしまうかもと思い、わざとらしくわかりやすく近づいてきたのだが、この距離にまで来る事ができてしまうとは想定外だった。

 思った以上に練度の低い騎士団らしい。鎧のピカピカはもしかして、磨いているからではなく使っていないからなのかもしれない。


「警戒しないでくれ。俺たちは怪しいものじゃない。ただ街道を移動しているだけだ。

 あんたたちに近づいたのも、ただ街道を歩いてきた結果だ。俺たちはシェイプ王国を目指して旅をしているものだ。悪いが、そこを通してもらえないだろうか」


 クロードもジェームズも、今でこそ野盗まがいのPKなどをしているが、もともとは普通の、スタンダードなプレイをしようとゲームを始めたクチである。

 種族もエルフということもあり、見た目だけで言えばとても野盗や何かには見えない。アバターのクリエイトにも時間をかけているし、何ならお忍びの貴族にも見えなくもないというほどだ。

 初見でいきなり警戒される理由はないはずだった。


「──貴様ら、耳長蛮族か」


「え?」


 聞きなれない言葉だ。

 しかしその内容やニュアンス、騎士たちの表情から、決していい意味の言葉でない事は明らかだった。

 よく見れば、彼らの耳もクロードたち同様に長く尖っている。

 彼らはきっちりと鎧兜を着込んでいるが、兜は現実の古代ギリシャで見られたような、耳の部分だけ大きく開いたタイプのものに似ている。身体を覆う鎧の部分はフルプレートに近いため違和感があるが、通常のフルフェイスの兜では耳が逃がせないからだろう。

 かつて縄張りにしていたペアレ王国でも、重装の兵士たちは頭部の耳や身体の尾を無理なく逃がすデザインの鎧を着ていたようなので、鎧のデザインは種族の違いによる文化的なものだ。こうしたところからも、エルフや獣人が重武装に向いていない事がうかがえる。

 耳や尾を失ったところでダメージ的には大したことはないが、設定で痛覚を軽減できないNPCでは大きな隙を作ることになるだろう。おとなしく魔法アタッカーやスピードファイターをしていればいいということだ。


「ええと、その耳長蛮族というのはよく知らないが、俺たちはエルフだ。あんたたちと同じだよ。それで──」


「同じだと? ちょっと姿が似ているだけで蛮族風情がおこがましい」


 エルフの騎士は鼻で笑った。

 一応善良な旅行者という体で話をしているため、クロードたちもいちいち反応することはないが、それにしても腹立たしい表情である。


「まったくだ。やはり所詮は蛮族。傭兵などに身をやつすような低俗な者たちでは、我々との格の差は理解できないと見える」


 クロードと騎士のやり取りを聞いてか、周囲にいた騎士たちも続々と集まってきた。


「なんだ? どうしたんだ」


「今、我々と同じとか聞こえた気がしたが……。まさかそこの傭兵風情が言ったのではあるまいな?」


 あまりいい雰囲気ではない。

 クロードの言葉に本気で腹を立てているという感じではないが、しかし歓迎しようという風でもない。

 どちらかと言うとそう、壊してもいいおもちゃを見つけた子供のような。


「おい、我が国の国民には傭兵という職業の者はいたか?」


「いや、聞いたことがないな。そして我が国以外に正統なエルフはいない」


「ということはだ。こいつらはどこの国にも属していない、存在しない人間ということだ」


「つまり、居なくなっても誰も困らないというわけだな」


 騎士たちは腰の剣に手をやりながらクロードたちを取り囲む。


 信じられない。

 こいつらは騎士ではないのか。


 この言い様と、全員がエルフらしい事から、この騎士団がポートリーの所属であることはわかった。

 騎士団と言うある種の国家公務員にエルフを採用するとなると、種族に誇りを持つポートリーが黙っていない。ゆえにエルフの騎士団はポートリーにしか存在しない。そう聞いたことがある。


 しかしいかにプライドが捩じれて肥大化してしまっていたとしても、仮にも騎士ともあろうものがこんな独善的で愚かな判断をするのだろうか。

 クロードたちのプレイングも決して褒められたものではないと思ってはいるが、だからこそ盗賊としてプレイしている。時おり一般人や普通の傭兵を装うときはあるが、さすがに騎士に扮して人を襲おうなどとは考えた事はない。


 こいつらはそれを素面しらふでやろうとしている。


〈……これ、またあれか。選択肢間違えたから即死のパターンか〉


〈……一見して死亡フラグがわかりにくいの、マジやめてほしいんだが〉


 いずれにしてもクロードたちが危険に囲まれていることは確かである。

 いかに騎士たちの愚かさや狂気を訴えたところで、聞いてくれるものがいなければ意味はない。

 であれば、この戦力差だとしても戦うしかない。





「そら、せいぜい楽しませて……みよ!」


 手前にいた騎士が腰の剣を抜き放ち、大振りでクロードに斬りかかってきた。

 しかし、その程度を躱せないクロードではない。

 このところ立て続けに死亡してしまったことでかなり弱体化してしまっているが、道中の寄り道で幾分かは取り戻している。さすがに元通りというわけにもいかないが、それでもこの程度の騎士に後れを取るほどではない。


「生意気な……!」


「ははは! どうしたダレッシオ! 蛮族ごときも斬れんのか!」


 騎士とは普通、国に仕える貴族に『使役』された戦闘職の事だ。

 そのためプレイヤー同様、死を恐れずに戦う事ができる。

 そうしたことから、通常の兵士やそこらの野盗などよりよほど強いのが一般的である。

 しかしどういうわけか、クロードたちを取り囲むこの騎士たちはそれほど強いようには思えない。

 街の衛兵に毛が生えた程度の実力しか感じられない。むしろ重たい鎧を着ている事で動きも鈍く、さらに何やら最初から疲労もしているようで、動きに全く精彩がない。


 それに周りで見ている騎士の仲間たちも、今のクロードの回避から実力差を推し量ることもできていないようだ。

 これならなんとかなるかもしれない。


〈やるか〉


〈こいつらはどうせやる気だ。抵抗してもしなくても殺されるなら、しといた方がいくらかマシだろ〉


 クロードはジェームズと頷きあった。


「『スタブ』」


 クロードに攻撃を躱され、無防備な側頭部をジェームズに晒していた騎士の耳に、ジェームズが短剣を突き入れた。

 短剣はスキルの効果もあって貫通力を増しており、容易に脳まで到達し、一撃で騎士の命を奪った。

 これがせめてクロードたちと同格の相手だったのなら、さすがにそこまで刃は入らず、一撃とまではいかなかっただろう。やはりこの騎士たちはそう、思っていたより柔らかい。


〈生き残るにしてもリスポーンするにしても武器の消耗は避けたい。鎧は避けろよ〉


〈わあってるよ〉


「あ? お、おいダレッシオ……? き、きさまなにを」


「『スラッシュ』!」


 目の前で同僚が即死したという、この期に及んでなお、腰の剣に手をやったまま呑気に喚こうとする騎士の首を、クロードが一閃し刎ね飛ばした。

 勢いよく飛んだ首は血を吹き出しながら回転し、騎士たちの集団の中に落ちる。

 一瞬の後、多数の叫び声が上がり、混乱が巻き起こった。


 まったく統制がとれていない。

 この程度で国から金が貰えるとは、もっと早く知っていたならポートリーで騎士になるというのも有りだった。どうやら国外でエルフを見つけたら狩っていいようだし。

 もっとも、プレイヤーが騎士として国に仕える事ができるのかはクロードは知らないが。


「ふっ」


 クロードとジェームズはその混乱の中に飛び込み、鎧の隙間を縫うように剣を突き入れ、次々と騎士たちをキルしていく。

 もはや戦うよりも逃げ惑う事にしか意識が向いていないらしく、クロードたちにまともに向き合う者さえいない。

 しかしAGIにも大きな差がある事に加え、騎士たちは重い鎧を身につけている。

 逃げられるものではない。


〈これがターキーショットってやつか〉


〈撃っているわけじゃないから違うだろ。なんていうんだろうなこういうの。しかし死亡フラグかと思いきや、まさかのボーナスステージだったとは〉


 わざわざ騎士たちがこんな大人数で、しかも他国同士の国境近くにいたくらいだ。おそらく何らかのイベントの進行中だったのだろう。

 ここでクロードたちが彼らをキルしてしまってはそのイベントの進行に支障を来たしてしまう可能性がある。

 しかしそんなものは知ったことではない。


 誰かの起こしたイベントか、自動進行中の野良イベントかは知らないが、今回ばかりは遭遇したのがクロードたちでなくともこうしていただろう。彼らが狩られるのは彼らの自業自得である。

 一般的に分不相応なものは持つべきではないとされているが、彼らの場合はそれが肥大化した自尊心だったということだ。


「た、助け」


「ひい! 来るな、くる」


 情けない声を上げる騎士たちを淡々と始末する。

 彼らの、こちらをバカにするかのような言動には若干の苛つきを覚えたが、それも最初の数人をキルしたところで気は晴れた。そもそもここまでキルしてしまうと、今残っている騎士たちはクロードたちと直接会っていないものたちばかりだろう。自分がなぜ襲われているのかもわかってはいまい。


 つまり一般人を追いかけまわして襲っていると同じであり、クロードたちにとっては慣れた作業だ。獲物は多少豪華な鎧を着ているが、それだけである。


〈騎士団狩りなんてさすがにしたこと無かったけど、これうめえな〉


〈ああ。商人や傭兵なんかより経験値はいい。ちょいと手応えなさすぎるのが玉にきずだが〉


 ポートリーの騎士団の標準がこの程度だというのなら、狩り場はポートリーでもいいかもしれない。





「──そこまでだ! 動くな!」


 逃げる騎士たちを気持ちよくキルしていたところへ、そんな声がかかった。

 これまで騎士たちからは情けない命乞いのような言葉しか聞いていないため、クロードたちは気になって手を止めた。


 声のかかった方向を見やると、そこには2人の女騎士がいた。2人ともポートリーの騎士たちとは明らかに違う、より洗練されたデザインの鎧を纏っている。

 特にやや前に立っている、格上らしい女騎士の鎧は圧巻だ。

 白銀をベースに所どころを黒いパーツが覆うようなデザインのその鎧は、とても鉄か何かのようには見えない。銀や白金のような柔らかい金属で鎧を作るとは思えないし、あれはおそらく何らかの魔法金属だろう。黒い部分も汚れてくすんだような黒ではなく、最高級の漆器のように品のあるつややかな黒色をしている。

 鎧に傷ひとつないのは今殺した騎士たちと同じだが、こちらは使用されていないから傷がないというよりは、何びとたりとも傷をつけることは適わないと言わんばかりの重厚な威圧感を醸し出している。


〈……やべえのきたな。隊長格か?〉


〈いや鎧のデザインが違う。これ確かヒューゲルカップの騎士の鎧だ。どういう事情かわからんが、ポートリーの新米騎士たちをヒューゲルカップの女騎士がおもりしてるってことか?〉


 だとすれば話はややこしくなる。オーラル国内でオーラル所属の騎士がポートリーの騎士団に随行しており、そこで乱闘が起きて死者が出たとなれば、立場的にこの女騎士はクロードたちを許しはしまい。

 クロードたちは緊張し、改めて身構えた。


「お前たちは何者だ! 彼らがポートリー第三騎士団と知っての狼藉か! なぜこのようなむごいことをする!」


 とりあえず、問答無用でキルされることはなさそうだ。

 交渉の余地があるのなら、なるべくこちらの正当性を訴えておいた方がいい。

 クロードはジェームズと顔を見合わせ、武器を下ろす。


「──なんで、って。そりゃ、殺されそうになったからだが。正当防衛ってやつだよ」


「そうそう。むしろ俺たちゃ被害者だぜ。姉ちゃんがこいつらの関係者なら、慰謝料払ってもらわねーとな」


 正当防衛というにはいささか過剰というか、それを通り越してもはやただの殺戮と化していたが、元々この戦闘とも呼べないような一方的な狩りを始めたきっかけは相手側の騎士たちにある。

 クロードたちとしては穏便に通り抜けるだけのつもりだった。そう出来なかったのは騎士たちの愚かさのせいであって、クロードたちの責任ではない。


「……正当防衛。それに慰謝料。その言い方、プレイヤーね」


「……なんだ、あんたもプレイヤーなのか。てかプレイヤーでも騎士ってなれるんだな。知らんかったわ」


 となると隣のもう1人もそうなのだろうか。

 しかしプレイヤーであるなら話が早い。

 クロードたちは確かにアウトローなプレイヤーではあるが、今回に限ってはやましい事はひとつもない。

 ちょっと調子に乗って殺し過ぎた感は否めないが、まあ誤差だろう。なにしろ相手の騎士はまだたくさんいる。少し減ったところで大勢に影響はあるまい。

 その装備にしても油断のない立ち方にしても、この女騎士プレイヤーにはクロードたちではちょっと勝てそうにはないし、ここはおとなしく投降し、これまでの経緯を話すのが得策だ。

 普通だったら騎士団員をキルしまくった賊の話など聞く耳持つまいが、プレイヤー同士なら話くらいは聞いてくれるはずだ。









「──なるほど。事情はわかったわ。……ったく、ポートリーはなんでこんな問題児の集団を視察団になんて選んだの! いくら長旅でイライラしてるからって、いきなり旅行者に斬りかかるなんてどうかしてるわ! ものすごい死者も出ちゃったし、わたしの任務もめちゃくちゃに……!

 ていうか、あなたたちもちょっとキルし過ぎなんじゃないの!? それだけの実力差があるなら、もっと穏便に収めることだって出来たでしょうに!」


 ユスティースと名乗ったプレイヤーは、領主から言いつけられた任務でこの騎士団を隣国ペアレまでエスコートしている途中だったらしい。要は騎士プレイをする上で発生したクエストの最中だという事だ。

 護衛対象とも言うべきNPCを大量にキルされてしまったというのにそれほど怒りや悲しみが感じられないのは、案外このユスティースもボンクラ騎士団には辟易していたからなのかもしれない。


「仮にそうだったとしてもだ。過剰防衛なんてもんが法で決まってるってわけでもねーし、襲いかかってきたそっちが悪いに決まってるだろ。なんで被害者の俺たちがハイリョしてやらんといかんのだ。

 襲われたのが俺たちだったからこそ今ここで元気に話していられるが、これが普通の商人とかだったら今頃無言で天国行きだぞ。その場合はあんたらの耳に入るような騒ぎにもならんだろうし、人知れずオーラルの大事な国民がこの世を去ってたってわけだ。

 それに騎士団だっつーなら死んでもそのうち復活すんだろ。実質被害ゼロじゃねーか」


「それは……そうかもしれないけど」


 それに、とクロードは胸中で続ける。

 これほど愚かな騎士団であれば、目的地だというペアレ国内でもどれだけ愚かな行動をするのかは考えるまでもない。

 クロードたちはよく知っているが、ペアレの住民である獣人たちは気が短いものが多い。さらに他人に見下されるのが何より嫌いで、舐められたら終わりとでもいうような、少し面倒くさい気質を持っている。

 そんな獣人たちの国にこんな自意識過剰で身の程知らずのボンボンたちが大挙して押し入れば、絶対に揉め事が起きるはずだ。

 その揉め事の結果については言うまでもない。たった2人を相手にこのざまである。クロードたちほど戦闘力は高くないにしても、獣人の傭兵たちにでも囲まれてしまえば、この騎士団ではあっという間に壊滅だろう。


 兵士や騎士だけでなく一般の傭兵も国によってその錬度には差があるが、ペアレの傭兵は他国に比べ強い印象がある。騎士団と呼べるものがほぼ存在せず、一般兵士も大きな街にしか派遣されないため、地方の安全は住民が自分で守るしかない。住民たちは自然と戦闘力を高めていくし、そんな中にあって職業として傭兵を選んでいるような者たちである。強いに決まっている。


 そうした事情を、他国の事とはいえ一国のトップが知らないとは思えない。

 ポートリーの国王は最近代替わりをしたばかりだということだが、アンデッドや天使に襲撃された国の立て直しにはかなりの腕を発揮していると聞いている。


 となるともしかしたらこの騎士団は、実はペアレといざこざを起こすために派遣されたのではないだろうか。

 ポートリーにどんなメリットがあるのか皆目見当もつかないが、もしもこの騎士団を派遣した誰かがペアレと戦争をしたいと考えていた場合、この騎士団の存在は恰好の火種になるだろう。

 表向きの名目は視察ということのようだし、そのさなかにペアレの獣人に侮辱されたなどと騒ぎ立て、トラブルを起こせば、そしてそのトラブルで死人でも出れば、十分戦端を開く理由になるはずだ。


 ユスティースにクエストを与えたというヒューゲルカップの領主がそこまで気づいているかは知らないが、彼女も実に面倒なクエストを受けたものだ。

 まさに物語の主人公さながらのトラブル満載イベントだと言える。

 少なくともクロードはそんな面倒な役回りなど絶対に御免である。


「何、わたしの顔になにかついてるの?」


「いや、何でも。じゃあ、容疑は晴れたってことで、俺たちゃ行ってもいいですかね」


「いいわけないでしょ。ポートリー騎士団の被害は甚大だし、どう転んでも国際問題よ。今アリーナさん──わたしの副官がうちの領主様に事情を伝えて指示を仰いでいるから、その裁可が下りるまで待ってて」


「まじかよ! てか指示を仰いでるって、どうやって」


「鳩よ。知らない?」


「まじかよ……。何時間かかんだよ……」


「こっからならそんなに離れてないから、そのうち帰ってくるわよ。まあ、あなたたちがプレイヤー、異邦人だってことは伝えてあるから、禁固刑とかにはならないと思うけど。よくて罰金刑か、最悪でも死刑で済むと思う。そのくらいの経験値、今さっき稼いだでしょ」


 禁固刑より死刑の方がよほど軽いというのはイカれた話だが、プレイヤーであればこそである。

 また死ぬことになるのか、と思うと憂鬱だが、抵抗したところでユスティースとアリーナとかいう女騎士に勝てるとは思えない。


「──隊長」


「あ、アリーナさん。早かったですね。ライリエネ様はなんて?」


「それが……」


 女騎士アリーナがユスティースに耳打ちをする。

 しかし『聴覚強化』をはじめとする感覚強化スキルが存在するゲーム世界において、他人の前で耳打ちなどただのポーズでしかない。


「……ライリエネ様からは、居合わせた傭兵たちは全面的に被害者として扱うように、との指示です。非はポートリー騎士団にあるのは明らかで、つまりオーラル王国領内で一般人にポートリー騎士団が暴行を加えようとしたという事実の方が問題であり、この件についてはポートリー側にはから気にせず任務を続行するように、と」


〈聞こえたか? クロード〉


〈ああ。ずいぶん話の分かる領主さまだな〉


「……何それ。いやいや、相手の国はそれでよくても、今ここにいる騎士団の生き残りは納得しないでしょ! それに騎士団長のファビオの姿も見えないし、今頃昨日の野営地でリスポーンしてるはずの死亡者もどうやって回収するのかって話だし、え? その辺の指示は……」


「……リスポーンした騎士についてはヒューゲルカップから別途回収部隊を出し、あちらで引き取ってもらえるみたいです。こちらにいる騎士の方々については任せるとのことでした」


「ぐぬぬ……。まあ、どのみちこっちにはわたししかいないし、それはしょうがないか……。ていうか、お飾りとはいえ騎士団長も居ない他国の騎士団なんてまとめれるかな……」


 ユスティースたちの内緒話も終わったころを見計らい、クロードは声をかけた。


「なかなか、話の分かる上司じゃないか。羨ましくはないが」


「……聞こえてたのね」


「聞かせてんのかと思ったぜ。何があるかわかんねえし、感覚強化系のスキルは取っておいて損はないからな。基本、相手の目の前で内緒話は出来ないと思った方がいいぞ」


「ご忠告どうも……。じゃあ説明の必要はないよね。

 そういうことだから、あなたたちは無罪放免です。ご協力ありがとうございました」


「どういたしまして。協力ってのは、いけすかないボンクラ騎士を始末してやったことについてか?」


「ちょっと! 聞こえるでしょ! もうとっとと行ってよ! 忙しいんだから!」


 ある者からは憎々しげな、そしてある者からはおびえたような視線を受けながら、クロードたちは騎士たちの間を縫って悠々と街道を歩き、彼らの野営地を後にした。









「──いやー。トラブルに遭ったのに生きて切り抜けられるなんざ、久々じゃないか?」


「まったくだ。今回の選択肢は正解を選べたみてえだな」


 街道の先にあった分岐を西に折れ、シェイプに向かって歩きながら雑談を交わす。

 あの後また鉢合わせでもして、逆恨みした雑魚騎士たちに何かされても面白くない。

 もともとの野営の予定よりもだいぶ遅くなってしまったが、分かれ道をシェイプ側に行き、しばらく進んだ場所であれば彼らと再び会う事もないはずだ。


「いつもこうならいいんだけどな……」


「まあこれからは新しい国で心機一転やり直すわけだし、きっと運も向いてくるって。がんばろうぜ」


「そうだな」






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