第269話「空中庭園アウラケルサス」





「──レアちゃんさあ。自分が忙しい時は連絡するとブロックしたりするくせに、用がある時だけいきなり来て話を聞けとか、どうかと思うな。そういうところだよ」


「そういうところが何なの?」


「……そういうところが、わがまま可愛い妹感あるなって」


「じゃあいいじゃん」


 何の問題もなかった。





 ヒューゲルカップの城に行ったところ、ライラは自室で眠っていた。

 と言ってもログアウトしていないのは確かなため、これはおそらく眷属の誰かのアバターに入り込んでいるのだろう。フレンドチャットが通じなかったのはそのせいだ。


 フレンドチャットは、イベントアーティファクトであるレディーレ・プラエテリトゥムの影響下でさえ封じられることのなかった機能である。

 過去世界であってもフレンドチャットを封じなかった理由を考えれば、これは運営のチェック漏れだろう。

 現状では問題になるほど多くのプレイヤーに影響があるわけではないだろうが、そのうち修正されるかもしれない。

 その場合、眷属のアバターでもフレンドチャットやインベントリが使用可能になる方向で調整がかかるようなら色々と捗るのだが。


 とにかく、ゲーム内では目の前で寝ているライラに連絡を取る手段は無かった。

 いったんログアウトしてライラのVRモジュールベッドを蹴り飛ばしでもすれば、安全装置が作動して強制覚醒することになるだろうが、さすがにそれは人としてやってはいけないことだ。仮にレアがやられたとしたら一生許さない。

 それにそんな場面を家族に見られたら正座で説教である。

 その場合の説教の内容はたぶん、硬いものを攻撃する時は道具を使えとかそういう話だろうが。


 幸い、レアが来てからほどなくライラは戻ってきたので、それほど待たずに済んだ。

 どこの誰の身体に入り込んでいたのかは知らないが、どうせ碌でもない事をしていたに違いない。


「まあいいや。ちょうどこっちもレアちゃんに話あったし。

 それでなんだっけ。墜ちた天空城の宣伝だとか言った?」


「そう。リニューアルオープンするから、何かいい方法ないかなって」


「なるほど。余計な事する前に私のところに来たのは偉かっ──痛い!」


 失礼な話である。


「まったく……。

 しかし、宣伝か。普通だったらターゲットの行動とかを調べて効果的な宣伝方法を考えるところから始めるんだけど、それは今回は必要なさそうかな。どういう手段だったとしても、誰かひとりに印象的に知らせることさえできれば、後はその人が勝手に広めてくれる」


 このターゲットというのはプレイヤーの事であり、ライラが言っている「勝手に広めてくれる」とはSNSでの拡散の事だ。

 本来であれば宣伝の方法や内容についてはよく吟味する必要がある。メインターゲットがあまりアクセスしない媒体で広告を打っても効果は薄いし、売り込みたい商材とかけ離れた宣伝内容では良さは伝わらない。

 しかし今回についてはそれは必要ない。


「とりあえず、存在を知ってさえもらえれば、その知ったプレイヤーによって情報は拡散されていくし、その情報を得た中に好奇心旺盛な人がいれば、放っておいても現地を訪れてレビューもしてくれる。

 全くどうでもいいし関係ないって人はそもそもゲームをやっていないだろうし、今回の場合に限ってはコンテンツに興味がある人間しか市場にいない状態と言えるからね。広告戦略としては超イージーモードだ」


「そんな事は言われなくてもわかってるよ。わたしが聞いてるのは、その知ってもらうって点をどうすれば不自然じゃなく演出できるのかってことだよ」


「まあ待ちなよ。第一歩をどうするのかも大事だけど、いかに効率良く進めるかって事も大事だよ。

 派手に動けば効果も大きいけど、派手であればあるほど痕跡も大きくなるしボロも出やすくなる。最小限の労力で最大限の効果を得るということは、それだけこちらの動きも悟られにくくなるってことだよ。最小限の動きで終わらせるには、出来れば最初の一手で済まちゃうのが望ましい」


 そう言うとライラは目を閉じた。

 SNSのチェックをしているのだろう。


「現在、主にヒルス方面で活動しているプレイヤーたちが何に興味を持っていて、どこの街に多く集まっているのか。それによって取れそうな手は変わってくるからね。とくにメインキャスターをNPCにするのなら、天空城からあまり離れていては移動の問題も出てくる。位置関係とタイミング、それと起用するNPCの職業によって……あれ?」


 ライラは数度、首をかしげるような仕草をした。


「ねえレアちゃん、SNSってチェックしてみた?」


「してないよ」


「人に頼む前にさあ……。まあ、いいや。ちょっと裏も取っておきたいし、どこかの転移装置に行こうか」









 ライラがレアをうながしてやってきたのはトレの森だった。

 転移装置ならヒューゲルカップの街にもあったが、街なかの転移装置は傭兵組合にあるため、あやしいローブの二人組が訪れればたちまち噂になってしまう。


 イベント期間が終了した事でデスペナルティも復活し、それを恐れた戦闘系のプレイヤーたちはほとんどがヒューゲルカップを去っている。

 しかしビジネスチャンスを見込んでヒューゲルカップに集まっていた生産系プレイヤーたちは、イベント終了後にすぐにどこかに移動するという事は無かった。

 特別に設備が必要というわけでもないなら生産活動はどこでもできるし、設備が必要だとしても、ヒューゲルカップほどの都市なら大抵の生産設備はレンタルできる。

 生産したアイテムを売るためには客が必要だが、ヒューゲルカップは領主の政策方針により、他の都市と比べても交易が盛んだ。大陸中央という立地もあり、生産に必要な材料も一通り揃えることができる。

 ヒューゲルカップの商人に売るだけでも金貨を稼げるし、このゲームはNPC売りだからといってどこで誰に売っても一律半額買い取りというわけではない。

 つまりイベントが終わりプレイヤートップ層が去ったとしても、ヒューゲルカップにはまだまだプレイヤーが多かったのである。


 そういうプレイヤーの多い街でなければ別にどこでもよかったのだが、トレの森なら世界樹のそばに新たな転移装置が出現しているため、レアにとってはアクセスがしやすい。またここには未だにガルグイユのアビゴルもいる。


「さて。ちょっと転移先リストを見てみよう」


「いいけど、リストの何を見るの? 何か増えて──あれ?」


「ああ、ホントに変わってる。レアちゃん、何したの……」


 転移先リスト、その「その他地域」のタブからは「墜ちた天空城」の名は無くなっていた。

 代わりに「空中庭園アウラケルサス」が追加されていた。


「──あ」


「あ、って何さ。やっぱり何かしたんだね」


「……ライラ、喜んでいいよ。どうやら眷属だけじゃなくて、支配地域もリネームできるみたい」


「ポジティブかよ」


 あの時のあの会話がリネームとして扱われたようだ。

 ライラがSNSで見たのはこれのことだろう。

 プレイ人数を考えれば、ほとんど常に、誰かしらが見ているであろう転移先リストでこんな変化が起こっていれば、それは騒ぎにもなるだろう。

 特にその他地域タブ──つまり旧ヒルス王国──には人気の高いダンジョンが多く、移動のためにリストを開くプレイヤーの数も多い。


「……言い訳するわけじゃないけど、せめて確認のメッセージくらいは入れてほしかった所だよ」


「眷属に名前つけた時にそんなの出たことあった? ないでしょ。だからリネームについては共通した仕様なんだよ。言い訳しない」


「『鑑定』とかを別にすれば、基本的に名乗らなきゃわからない個人名と違って、地名は多人数の目に触れる可能性だってあるわけじゃない? それがノーチェックっていうのは問題だよ。わたしがもしも禁止ワードとかを盛り込んでたらどうするつもりなんだ」


 別にそんな妙な名前を眷属や支配地域に付けるつもりはないが。


「……まあ確かにね。使えない名前の時はビープ音みたいなの鳴るけど、あれもいきなり鳴ったら何の音なのかわかんないし。

 でもレアちゃんの言葉じゃないけど、支配地のリネームができるという事をここで知ることができたのはよかったかも。知らないうちにリネームしちゃってて、いつの間にやら大公開って事になったら黒歴史を作りかねないし。

 特にレアちゃん、名前の候補がことごとく使えないワードだったりしたら、最終的に超適当な名前つけたりしそうだもんね」


「……そんなことはしない」


「あ、これやってるな。すでに被害者いるやつだわ」


「とにかく、宣伝の件は問題無さそうだ。これだけあからさまにおかしなところがあれば、そのうちまたプレイヤーも来るでしょう。挑戦はしないまでも、様子を見に来てくれるだけでも十分宣伝効果はあるし。エルダーロックゴーレムを階段みたいにあそこに置いておけば、今なら侵入可能だということもわかるはず」


「ああ、階段作るんだ。まあ、そういうのでもないと入れないからね現状。じゃあ解決したってことでいい?」


「そうだね。実際ライラは何もしてないけど一応ありがとう。

 それで、ライラもなんか話があるとか言ってなかった?」


 例の国を上げての盗賊騒ぎではないが、ライラの方から話があるとなるとたいてい碌な事ではない。

 聞ける時に聞いておくべきだ。


「うん。ポートリーあるじゃない? さっきまでそっちにいたんだけど」


「新しい王様のところ?」


「そう。天使襲撃も終わって中弛なかだるみになっちゃうといけないかなと思って、新しいイベントを用意してあげたんだけどさ」


 ペアレのドラゴン復活やウェルスの魔物襲撃騒動のようなものだろう。

 大きなイベントを起こすなら天使襲撃を乗り切ったこのタイミングが一番やりやすい。普通は復興期とも呼べるこの期間は軍事行動は控えるべきだが、国家間ではどうだか知らないが、プレイヤーに対しては国際条約も何もないため関係ない。


「そのポートリーの王様を唆して、ペアレに攻め込ませようと思ってさ。第2王子の遺跡は押さえてあるけど、第1王子がどこで何してるかはわかんないじゃん? 例の書庫の本にはいくつかの遺跡の情報はあったけど、今どこにいるとかはさすがにわからなかったし。

 そこで他国の軍隊がいきなり国内に現れれば、泡くって出てくるかなって」


 それであれば、別にわざわざポートリーなどという遠い国から行列を引っ張って来ずとも、すぐ隣のウェルスに白魔やモン吉たちが控えている。

 現在はMPCのサポートをさせるつもりで待機させているが、モン吉たちの本来の役目はペアレを攻め落とす事だ。


「なんでわざわざポートリーから?」


「やっぱり、王族みたいな人たちに力を求めさせるには、自分の立場を脅かす存在が必要かなって思って。

 でも国内の魔物でそれをやろうとしても、実際に必要になるのは騎士団の戦力であって、王族本人の戦闘力じゃない。当たり前だけど。

 一国の王族がさらに高みを目指そうとするとしたら、それはどんな時かなって考えると、やっぱり大陸統一を視野に入れた時なんじゃないかと思うんだよね。

 この大陸の王族たちは全員、その生まれと言うか、種族によるアドバンテージによって長らく王として君臨してきた。

 これは王族たちが知っているわけではないと思うけど、現状の大陸で王族だけを見てみると、一番種族としての格が高いのは幻獣人であるペアレ王族だ。これは『使役』できる種族の幅が広いことや、基本的な能力値が高いことからも明らかだよね。

 ここで例えばポートリーの王が大陸全土を支配しようと考えたとしたら、根本的な軍事力以外で何が一番の障害になるかと言うと、まさにこのペアレ王族たちだと思うんだよ。

 そういった事実を目の当たりにさせる事で、ポートリーの新しい王様に危機感を抱かせ、上位種族への転生や大陸の覇権を目指してもらおうかと思ってさ」


「それで、ポートリーからわざわざペアレを目指すのか」


「極論を言えば、大陸全土を巻き込む戦乱にでも発展してくれるなら、別にどことどこが戦争してくれてもいいんだけど。まあ目的としてもポートリーとペアレを巻き込むのが一番都合がいいし。

 それに現状だと、遠征って事を差し引いてもポートリーの軍がペアレに勝つのは難しいからね。人数少なくなっちゃってるし。だからポートリーが攻め込んだところで、横からレアちゃんのモンキー公園がペアレの戦力を殺いでくれたりしたら戦線も泥沼化して面白いかなって」


 極めて性格は悪いが、案としては悪くない。

 進軍の状態さえ把握できていれば、モン吉たちを使ってペアレ軍に対して適度にハラスメントをしかける事は可能だ。

 またペアレにはジャネットたちがいる。キーファの街からオーラル国境までは距離があるが、今のうちから移動させておけば十分間に合うだろう。ゲリラ的にハラスメントをするなら少人数の精鋭である彼女たちは最適だ。

 あるいはモン吉たちを使って遺跡の第2王子にちょっかいをかけ、彼らを北部に釘付けにしておいて、バンブ率いるMPCに情報を流し、中央や南部は彼らに攻撃させるという手もある。

 うまくすれば、ウェルスからペアレに向かって侵攻するMPCを追うという名目で、ウェルス聖教会を出撃させ、この戦乱にウェルス王国も介入させる事ができるかもしれない。


「──うん? ところでポートリーからペアレまではどうやって来るの? ヒルスを通り抜けてくるつもり?」


「いや、オーラル国内を通ってもらう。こっちなら騎士団もアウトローもある程度掌握してるから、ほぼ思い通りに動かせるからね」


「そうすると、ペアレに攻め込むポートリーという図式だけど、実際には進軍に協力したオーラルも巻き込む大戦になり得るわけか」


「一応、オーラル国内を通過する際の条件として、ポートリー軍は国外で軍事行動を取らないことって一文をつけることにするから、実際に戦端が開かれたらどっちの味方もしようと思えばできるようにはしておくけどね」


「いや、軍隊が他国に行くのに、軍事行動以外の何の目的があるっていうのさ。天使襲撃の復興の名目での人道支援だとしても、別にペアレは困ってないわけだし。むしろポートリーの方が生産力低下と政情不安を抱えて大変だっていうのに」


「ポートリー側からは一応視察って事になってる。送り込む予定の騎士団も、再編したはいいけど実力もないくせにプライドばっかり無駄に高い、典型的なダメエルフって感じの使い道のない騎士団だし、別にどう転んでもいい奴らだからね。

 まあ大事なのは建前だよ。視察だろうとなんだろうと、ポートリー側が強硬にそれを主張してくれば、友好国であるオーラルとしてはそうそう無下にはできないのさ」


「……いや、その強硬に主張してくるポートリー側の担当者も、それを受けるオーラル側も、両方ライラでしょ」


「ポートリー王国外交官イライザとオーラル王国女王ツェツィーリアだよ。私とは関係ありません。単にうまく連携が取れているというだけさ。なんていうんだっけこういうの、ワンサイド?」


「多分言いたいのはワンチームだと思うけど、マッチポンプって言うんだよそれは。あと試合終了のことをノーサイドって言うの。混ざってるよ。怒られても知らないよ」


「とにかく、そういうことでよろしくね」






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