第268話「主人公はつらいよ」(ユスティース視点)
ヒューゲルカップ騎士団は、過去世界の大天使討伐のために準備していた野営地からはすでに撤退していた。
しかし一部の商人たちは現在でもあの地に残り、まれに訪れるプレイヤーたちを相手に商売を行なっているらしい。
領主ライリエネはこれを受け、この地を正式に街の一部として取り込んでしまうために、現在は特例としてこの草原を開拓地扱いとし、税免除での商業活動や開発を許可していた。これには国の認可も下りているとのことだ。
現代社会で暮らすユスティースとしては、そんな事をするよりもヒューゲルカップ城の床をぶち抜いて地下へと降りるショートカット用階段を増設してしまえばいいのではと思えるのだが、構造上の問題があるとかでそれは出来ないらしい。
アーチにかかる荷重が石材の圧縮力をどうのこうのとか、それをアーチの端で水平反力と鉛直反力が支える構造がなんだかんだとか、色々説明してくれたが全く理解できなかった。
魔法の力の有無はともかく、もしも古代においてこれをスキルを使わず建設していたとしたら、それだけですでにアーティファクトと呼ぶに相応しい技術だとライリエネは言っていた。よくわからなかったが、彼女が言うならそうなのだろう。
噂の聖女はイベント期間が終わるやいなや、というくらいのタイミングでウェルス王国に帰っていった。
あまり長く国を空けているわけにはいかないらしい。
ライリエネはプレイヤー──異邦人が減ったのは聖女が帰ってしまったのが理由ではないかと考えているようだが、単にイベントが終わり、デスペナルティが緩和されなくなったためだ。
むしろ、わずかなりとも未だに挑戦しようとするプレイヤーが居ることが驚きである。
ともかく、騎士団の引き上げに伴ってユスティースの勤務先も郊外から市内へ戻る事になった。
現在は街の傭兵組合に貼り出されている依頼を騎士団の仲間たちと片付けたり、少し遠出して魔物の領域に訓練がてら狩りに出かけたりしている。つまりは普通のプレイヤーたちとそう変わらない。これで給料まで貰えるのだから、やはり公務員とは素晴らしい。
*
そんな普通の毎日を過ごしていたある日、領主ライリエネの呼び出しを受けた。
「ユスティース。君にちょっとした任務を頼みたいんだが、都合は大丈夫かな」
次のイベントだ。
と言っても天使襲撃のような公式のそれではなく、ユスティースの騎士プレイの固有イベントである。
いや、天使襲撃では一部のプレイヤーの行動によってワールドクエストの進行に関わるようなイベントの変化もあったようだし、これも全く関係ないとは言い切れないが。
「はい! お任せください! ライリエネ様!」
「いや、せめて内容を聞いてから答えて欲しいのだけど……」
ユスティースを直接『使役』し、雇用している領主が持ちかけてくるのだから、そのイベントが難易度的にユスティースに見合ったものである事は疑いようがない。ならば問題は時間的なものだけになるが、しばらくはゲームに専念する時間もとれる。断るという選択肢ははじめから無い。
「任務というのは、エスコートだ。と言っても夜会などで女性に男性がするような一般的な意味ではない。
ポートリーという国を知っているかな?
近々、そのポートリー王国の騎士団が視察のためにペアレ王国に行くというので、その護衛兼案内役を頼みたいんだよ。
といっても我が国の治安はいいし、そもそも騎士団に攻撃を仕掛けてくるような馬鹿はそういないだろう。ルートもこちらから予め伝えてあるし、ただ名目の為に同行してくれればいいだけだ」
「え」
なんということだ。
気軽に頷いて少し後悔した。戦闘難易度はともかく、これは非常にデリケートな任務だ。
自国の領土内を他国の軍隊が通過するというだけでも例のない事であるのに、あまつさえそのエスコートをユスティースにさせるとは。
何かヘマでもすれば即国際問題である。
しかもポートリーと言えばエルフ達の国だ。
過去には、ポートリーで活動しているプレイヤーたちの愚痴のような書き込みがSNSにいくつも散見されたものだ。
曰く、騎士たちは横柄でプレイヤーに対する態度が悪い。貴族に至ってはさらにひどく、プレイヤーを人とも思っていない。しかも彼らはそれにふさわしい実力を備えているからタチが悪い。などなど。
いかにも高慢なエルフというイメージ通りの書き込みに、当時はユスティースも無関係ながら気を悪くしていたものだった。
現在はポートリーからプレイヤー自体の数も減っているようでそういう書き込みもあまり見ないが、とにかくポートリー騎士団というといい印象がない。
「通過するルートにある各街から騎士を募っているのだけどね。なかなかやりたいと言ってくれる者もいなくて困っていたんだ。君にそれほどやる気があるのなら助かる。よろしく頼むよ」
「ア、ハイ、ヨロコンデー……」
*
今回はポートリー騎士団の行軍ルート上にある、それぞれの街から騎士を募り、エスコート役としている。
各街の騎士たちは自分のホームの街をスタートに、次の街の入り口までポートリー騎士団をエスコートし、そこで次の街の騎士たちに引き継ぎをして終わりだ。
つまりエスコート役の騎士は基本的には自分の庭しか移動しない。
しかしヒューゲルカップだけは事情が異なる。
というのも、目的地がペアレ王国である以上、ヒューゲルカップの次の街というのは北に位置するプランタンになるのだが、この街はダンジョンではないが魔物の領域に隣接している、つまり辺境の街だからだ。さすがに視察団を辺境の街に逗留させるというのは何が起こるかわからないため、出来れば避けたい。
となるとペアレ王国まではもはや立ち寄れる街がなく、オーラル国内ではヒューゲルカップが最後の街ということになる。
そのためユスティースたちヒューゲルカップ騎士団エスコート組は、ポートリー騎士団をペアレまで国境を越えて連れていくという事になっているのである。
──そりゃわたしの固有イベントだってんなら、わたしだけ特別面倒な内容になってるってのはわかるけどさ……。
主人公特有のトラブル体質というわけだ。
どうやら、運営もこのユスティースをオーラルの主人公として扱う方針に決めたらしい。
などとヤケクソ気味にポジティブに考えなければやってられない。
「初めまして。ヒューゲルカップ騎士団に所属する騎士ユスティースと申します。今回は皆様のエスコート役を仰せつかりました。道中、何かご不便などあれば何なりとお申し付けください」
「これはどうもご丁寧に。私はポートリー王国新生第三騎士団の団長を務めている、ファビオと申します。貴女がユスティース嬢ですか、お噂はかねがね」
エルフだからなのかわからないが、ファビオと名乗った騎士団長は非常に若く見える。
それが理由かはわからないが、エスコートをすると言って自己紹介をしている騎士に対してお嬢さん呼ばわりというのはどうなのか。まるで騎士としてではなく一般女性として見られているかのようで若干不快に感じる。
「噂、ですか」
「ええ。何でも、先の天使襲撃の際、大天使討伐戦において多大なる貢献をなさったとか。同じ騎士としてその武勇については当然聞き及んでおります。我が騎士団では貴女の話題は尽きませんよ。そのアーティファクトが我々の足元にさえあれば、今頃称賛を浴びていたのはこの私だったのに、とね。まったく羨ましい限りです」
つまりこれは、ユスティースが大天使戦で活躍できたのはたまたまアーティファクトが近くにあったからであり、同じ条件でさえあれば彼の騎士団なら誰でも出来た事だと言っているのだ。
失礼極まりない。
なるほどこれはSNSで話題になるわけである。
しかし、実力もそれに応じて高いからこそタチが悪いという話だったが、この彼や後ろに控える騎士たちからはそれほど強そうな印象は受けない。
確かに高慢は高慢だが、その身のこなしというか、立ち居振舞いからは強者のそれを感じないのだ。
もちろんゲーム内でのアバターはともかく、中身のユスティースはただの小娘に過ぎないため、そういう気配やオーラなどというものは全く分からないのだが、少なくともこれまでゲーム内で出会った、強いキャラクターに共通して感じた「凄み」のようなものを彼らからは全く感じなかった。
「──それは残念でしたね。我がヒューゲルカップではそのアーティファクトが現在も稼働中です。もしお時間が許すようでしたら、後ほど話の種に騎士団の皆様で挑まれてはいかがでしょう」
波風が立たないように返すにはどうしたらいいものか、と悩んでいるうちに、ユスティースと共にこの任務に当てられた先輩騎士のアリーナが口を挟んできた。
「いやあ。やめておきましょう。こちらの騎士団のみなさまの矜持に傷をつける事は今回の任務には入っておりませんのでね。
しかしヒューゲルカップの騎士団というのは華やかでよろしいですな。私も気楽に仕事をしたいものです」
では我々は宿をいただきます、と言い残し、ファビオは宿への案内係の元へと歩いていった。
「……なんですかあれ! 隊長の事だけならまだしも、うちの騎士団全体をバカにしてましたよ!」
十分聞こえない程度の距離が開くや否や、アリーナが
隊長というのはユスティースの事だ。
アリーナは先輩騎士ではあるが、今はユスティースが率いる特務部隊の隊員である。先輩だが部下という、お互いに実に胃の痛くなる関係だ。
とはいえ歳も近く、明るい性格であるため、ユスティースの補佐役として、そしてユスティースに次ぐ実力者としてともに隊を引っ張ってくれている。
「いや、わたしのことだけならまだしもって……」
「それにたまたま隊長と私が女だったからって嫌味ったらしく……。
おめーの騎士団に華がないのはおめーがモテないからだろっつーの!」
「アリーナさん、言い方!」
しかし確かに、性差別的なニュアンスを出していたのは少し気になる。
経験値を得る事で強くなれるこのゲーム世界においては、性別や種族の差よりも生きてきた時間の差の方がはるかに大きい。
時間は誰に対しても平等に訪れるため、ゲーム内のほとんどの住人は差別的な意識が低いのが普通だ。
ただ例外もあり、それが寿命が長いと設定されているエルフやドワーフたちになる。
しかし彼らの物言いからは、そういう種族としてのアドバンテージによる自信というよりも、何というかフワフワした、根拠のないものを感じた。
「……もしかして、実戦経験とか、そういうのが少ないのかな」
「あー。そう言えば新生第三騎士団とかって言ってましたね。騎士団長からして新任なのかな」
ポートリーと言えば、天使襲撃の直前に第七災厄のカウンターパンチがクリティカルヒットしてテクニカルノックアウトを取られた国でもある。
その時に復興支援に尽力したのがここオーラル王国であることを考えれば、彼らの態度ははっきり言って有り得ない。
しかしそうした国同士の微妙な関係というのも、ユスティースが領主から信頼されているからこそ教えてもらえる情報なのであり、またプレイヤーとしてSNSを利用して多角的に情報を得ることが出来るからこそ判断できる事だとも言える。
彼らが騎士になってそれほど時間が経っていないというのなら、そうした国家間の関係がわかっていないとしても仕方のないことなのかもしれない。
第三騎士団というのも第七災厄によって壊滅し、今回新たに再編された組織なのだろう。
「そういう事情なら、まあ多少は生意気な物言いも許してやるか……」
「ねえ、その前に、隊長のわたしだけならまだしもって言ってた件、まだ終わってないんだけど。ねえアリーナさん? ちょっと──」
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