第267話「よく煮た性格」
「よし、じゃあ次は『ダーク・インプロージョン』を撃ってみようか。ターゲットはあの岩だよ」
「わかりました!」
レアの指示に従い、ヴィネアの放った『暗黒魔法』が岩や瓦礫を飲み込んで消えていく。
工兵アリやリフレから連れてきた職人たちの尽力により、天空城の再建とまではいかないものの、その跡地にはちょっとした城塞が築かれていた。
全ての瓦礫や土砂を撤去してわかったことだが、マトリクス・ファルサの設置されていた床はどうやら地下にあったらしい。それほど深いわけでもないが、浮遊島の地表部分と比べればかなり沈んだ位置にある。
この床はどうしようもないので、さしあたりここを地下一階とし、そこに強固な天井を作って蓋をした。
そうやって地上一階部分を作成したのだが、城塞はそれとは少しだけずらした位置に建てた。
今後この城塞をプレイヤー向けダンジョンとして運用する場合、重要施設の真上でドタバタされるのは精神衛生上よろしくない。
ウルルインパクトを受けても完全破壊に至らなかった設備であるし、ちょっとやそっとで壊れてしまうとは思えないが念のためだ。
ヴィネアが魔法の練習をしているのはその城塞の庭、撤去された瓦礫や岩が積み上げられた集積所である。
これらのゴミの処分も兼ねて、取得した魔法やスキルの試し撃ちをしているのだった。
「だいぶ感覚は掴めてきたかな。どうだい」
「ひかえめに言って完璧ですね」
ヴィネアはその大きな胸を張り、得意げに答えた。
「……どこで教育を間違えたのかわからないけれど、きみはちょっと何と言うか、自信過剰なきらいがあるな」
「お言葉ですが陛下。過剰な自信じゃありません。適切な自己評価です」
「近い。鼻息がかかってるから」
すり寄ってくるヴィネアを押しのける。
生まれて間もなく災厄級である大悪魔になってしまったためか、ヴィネアは例の一時的な全能感のような症状こそなかったものの、基本的な性格としてこのように自信過剰なキャラクターになってしまった。
それが悪いとは言わないが、これまでのレアの失敗を振り返ってみると、なんだか自分の性格の悪い部分ばかりを煮詰めて凝縮したかのような印象を受けてしまう。これで慢心してプレイヤーやNPCに負けてしまうような事でもあれば完璧である。いや完璧じゃない。
「……きみには眷属は作らせない事にしよう」
「なぜですか!」
「あぶなっか、ええと、君は単体ですでに優秀な、ひかえめに言って完璧な存在だから、配下なんて必要ないでしょう。何でもひとりで出来るもんね」
「さすがは陛下。おっしゃる通りです。おまかせください!」
やはりダメそうだ。
冷静で慎重なサポート役をつけるか、レアの側に置いてなるべく監視しておくしかない。
しかし冷静というならともかく、慎重な配下には心当たりがあまりない。冷静でいながら大胆な行動をする者ならいくらでもいるのだが、それでは逆効果だろう。
最近の活躍の事もあり、まっさきに思い浮かんだのはバンブだが、彼はレアの配下というわけではないし、ヴィネアがバンブの言う事を聞くとは思えない。それにヴィネアを周囲にプレイヤーがひしめいている彼の元に出張させるのは色々な意味で危険すぎる。
それで行くとバンブの元に丁稚奉公に出しているガスラークならば、比較的冷静な部類に入るし、バンブの側でいろいろ学んでいるだろうし、お目付け役としてはちょうど良いとも言える。
ヴィネアとしても、戦闘力はともかく、同じくレアの直属の配下であり、先輩でもあるガスラークの言う事ならばそう無下にはすまい。
バンブによるクランの運営に影響が出ないようなら、ガスラークを一旦返してもらう事も考えた方がいいかもしれない。
「まあ、それは後で考えよう。しばらくはヴィネアはわたしの側にいるように。さて」
ヴィネアの通常の攻撃力の確認はあらかた終わった。
本来ならば、大悪魔としての特典である即死魔法について検証してみたいところである。しかし天空城にはレアの眷属しかいないため、抵抗判定などを考えると正常に発動するかどうかわからない。
即死魔法とは、ヴィネアが大悪魔に転生した際、『暗黒魔法』ツリーに自動でひとつ追加されていた魔法の事だ。
その名を『
これは攻撃側はINTで、そして防御側もまたINTで判定を行うという、これまでとは少し変わった即死攻撃だ。
こうしたゲームでは一般的に、防御や耐久より攻撃系のステータスを伸ばした方が戦いやすいというのがセオリーである。攻撃力の向上は殲滅速度の上昇につながり、結果的にそれが生存率を高めることになるからだ。
このゲームでもそうした傾向はあり、プレイヤーのほとんどはどちらかと言えば攻撃力に比重を傾けている。
またアタッカーではないヒーラーも、『回復魔法』の効果がINTを参照するということもあり、魔法アタッカー並にINTを伸ばしているキャラクターも少なくない。通常MP総量はINTとMNDのどちらか高い方に左右されるため、INTに特化するビルドは合理的だと言える。
そうした観点から、ユーベルの『死の咆哮』と比べると成功率は低いと言える。
『氷魔法』の『グレイシャルコフィン』はさらに難易度が高いが、あちらは範囲魔法であるため、その分が加味されていると考えれば妥当ではある。
むしろ範囲で成功率の高い『死の咆哮』が異常なのだ。さすがは災厄級の種族限定スキルである。
ちなみにこの魔法はレアはまだ取得していない。
『復活』取得の条件を考えれば、アンロックには誰かを何らかの手段で即死させる必要があると思われる。
『グレイシャルコフィン』はレアも持っているため、その気になればいつでも検証可能だが、その機会も必要性もあまりないため後回しになっていた。それよりヴィネアの情操教育の方が重要だった。うまくいったとは言い難いが。
ヴィネアはまだ、この天空城から外に出してはいない。何があるかわからないため、レアの居ない間でも決して外には出ないよう言いつけてある。そのため実戦形式の訓練は一度も出来ていない。
INTやMND特化でビルドしたため、あまり弱い相手では模擬戦だとしても消し飛ばしてしまうし、かといってそれに耐えられるほどの相手の攻撃には、ヴィネアのほうが耐えられない。
つまり、ヴィネアは戦闘開始直後に、射程外から相手に攻撃を浴びせ、そのまま倒してしまう事を目的としてビルドしたスタイルなのだ。
悪魔共通のスキルとして隠密系のツリーも充実しているので、おそらく初撃は必ず当たる。それが即死魔法であれば、たいていのパーティが相手なら開幕確定で数をひとつ減らせるだろう。
このあたりも魔法による遠距離狙撃型にした理由の一つである。
このような自信過剰な性格になると知っていればもっと堅実なビルドをしたのだが、今さら遅かった。というか、攻撃特化型というスタイルが現在の性格の形成の一因になった可能性も否めない。せいぜい気を配ってやるしかない。
「じゃあ君の方には引き続き、レミーの研究の手伝いを頼むよ。しばらくの間は、だけどね」
「お任せください。陛下」
この場にはもう1人観客がいた。
それがレアが声をかけた大天使、サリーである。
現状レアが知る限り、大天使にとって最も恐ろしい攻撃は、おそらく『暗黒魔法』だ。その威力やエフェクトを実際に目にしておく事で、覚悟や対策を整えておくことができる。彼女を訓練に同席させていたのはそういう理由からだ。
レミーの生みだしたホムンクルスはあの後、能力値を伸ばすことによって天使へと転生する事ができた。
ホムンクルスの頃は、子供とは言ってもサイズ的には小学生、容姿も中学生程度のものではあったのだが、天使に転生すると縮んでしまった。
ただイベントの雑魚天使や生まれたての頃のヴィネアほどではなく、ぎりぎり未就学児といったところだった。おそらく転生条件を満たすために消費した経験値分、体が成長した状態だったのだろう。
天使にさえなってしまえば、後は悪魔の時と変わらない。
『神聖魔法』を取得させ、さらに必要分だけ能力値を伸ばしてやれば、無事大天使へと転生できた。
それがサリーだ。
このことからも、イベントの天使たちが正規の手段で転生したわけではなかったことがうかがえる。
彼らはやはり、大天使によって最初から天使として生み出されたのだ。
同じく大天使であるサリーがマトリクス・ファルサを使用した場合でも天使が生まれてきていたため、おそらくこれは間違っていない。サリーには大天使としてイベントの彼らが取得していたようなスキルの他に、『錬金』系統のスキルも取得させておいたのだ。
今後、サリーに何度やらせても天使しか生まれないようであれば確定としていいだろう。
サリーにはこの墜ちた天空城のボスを務めてもらう予定である。
準備中である現在はスガルが警備を担当し、外周部は蟲たちが守っているが、いつまでもそうしているわけにはいかない。
天空城に関する話題がプレイヤーに飽きられてしまう前に、こちらの城塞も一般開放し、客を呼び込む必要がある。
地下の研究室へは地上部分に出入口はなく、城塞最上階にある直通の階段からしか出入りできないようになっている。最上階を守らせる事になるサリーが倒されない限り、研究室へは侵入できない。
アクセスは非常に悪いが、主に出入りする事になるレミーやサリーは『召喚』で研究室に移動するため、あまり影響はない。
サリーには『錬金』を取得させたこともあり、ヴィネアと比べてもかなりの経験値を使ってしまった。
相当な数のプレイヤーに死んでもらわなければ採算が合わない。
その時までに天使をもっと量産し、この墜ちた天空城をちゃんとしたダンジョンとして整備しておく必要がある。
「いや、いつまでも墜ちた天空城っていうのもあれかな。地面もまっすぐにしたし、どちらかというとバビロンの空中庭園の方がイメージに近い気がする。
よし、今日からここは【空中庭園アウラケルサス】だ。どうせわたしたちしか呼ばないだろうけど」
今後は配下たちに、この地を空中庭園アウラケルサスと呼ぶよう言っておいた。
空中庭園の表向きの主はサリーだ。
天使の住まう至上の庭と言うわけだ。
第七災厄によって滅ぼされたはずの大天使が、第七災厄の支配する地に再び現れたとなれば、話題性は抜群だ。
天使や大天使の性別が変わってしまっているのは謎だろうが、以前の大天使は滅ぼしてしまった以上、別の人物であると印象付けるには効果的でもある。
以前の大天使が復活したというシナリオの方が無理がないのは確かだが、それでは力を合わせて過去の大天使を周回したのはなんだったのかとなってしまう。そうした不満の流れ弾が聖女や領主に向いてしまったら面倒だ。今後の彼女らの言動の説得力が薄くなりかねない。
「でも何にしても、まずは宣伝しないとお客も来ないな。ウルルに平らにしてもらった事はすでにSNSで話題になってたし、セーフティエリアまで見物客は来てるみたいだけど、天使に彼らを襲わせるわけにもいかないし」
天空城が水平になったことについては話題になっていたが、それだけでは単に侵入難易度が上がったというだけである。
また階段でも作ろうかと用意してあるエルダーロックゴーレムも目撃されているが、これも普通に考えたら余計な中ボスが増えただけだ。
このダンジョンに最初にトライしてきたウェインたちもどこかに、というかリフレに行ってしまっているし、他のプレイヤーたちは彼らの動向を注視して、自ら特攻するような行動は控えているような節がある。
犠牲者──実際に現地に来て天使と戦ってくれるプレイヤーが現れなければ、リニューアルを宣伝する事は出来ない。
かと言ってSNSに書きこむわけにもいかない。
無難なのはグスタフに命じてウルバン商会を使い、NPCたちに噂として広めさせることだが、噂の出所やどうやって情報をつかんだのかなどを探るような暇人もいないとも限らない。
「……しょうがないな。ライラに相談するか」
しかしライラにヴィネアを会わせるのはまだ早い。いやタイミング的に相応しい時が来るのかどうかは不明だが、とにかく何となく抵抗がある。
ヴィネアには天空城から決して出ないよう言いつけ、ライラがいるであろうヒューゲルカップ城に向かった。
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