第262話「小悪魔」





「さて、じゃあ次はドラゴン繋がりで、リーベ大森林の洞窟で養殖していたヒルスサラマンダーたちを……」


〈ボス、失礼します〉


 リーベ大森林の洞窟にみっちりと詰め込み、アリたちに餌を運ばせてただただ太らせて転生させたヒルスサラマンダーたちを『召喚』しようとしていたところに、天空城のレミーから連絡が来た。


〈やあ。お疲れ様レミー。レミーからチャットということは、なにか進展があったのかな〉


〈はい、ボス。このアイテムの修復は出来ませんでしたが、補完して発動させることには成功しました〉


〈おお! それは素晴らしい!〉


 可能であれば設備の修復ができれば良かったが、それも『鑑定』で完品を調べてみたいからというだけだ。レアとしては使えるのであればそれで文句はない。


〈ただ……〉


〈ただ?〉


〈使い方が全く分からない状態でしたので、補完に成功した時点で起動してしまいました。そのため図らずも試運転もすることになってしまったのですが……〉


 何も問題はない。

 むしろ手間が省けたというものだ。


〈どうやらこれはホムンクルスの製造に特化した設備のようで、発動させると自動的にホムンクルスを生み出します。その場に材料が用意してあれば、その材料を消費して工程が進みます。ただこの時、材料の欄にある「魂」というものだけは予め準備しておくことが困難なためか、側にいるキャラクターの魂を強制的に奪うようです〉


〈ほう〉


 確かに魂をアイテムとして準備するのは面倒である。

 おそらく明太リストがどこからか用意していた魂縛石とかいう消費アイテムが必要になるはずだ。制圧したヒルス王都の商店からいくつかは接収してあるが、流通ルートは不明なままである。

 グスタフに指示して探らせているが、このアイテムを扱う商人も少ないようで、どこから仕入れているのかはよくわかっていない。


 バンブの配下が行なった『ネクロリバイバル』の実験によれば、魂を必要とする場合には、スキルの『魂縛』で代用することも可能らしいことはわかっている。

 しかしその場合、例えば『ネクロリバイバル』であればスキルの発動者が『魂縛』を所持し、なおかつ余剰分の魂を蓄えておく必要がある。となるとおそらくマトリクス・ファルサの場合は設備の起動者が『魂縛』を持っている必要があるはずだ。

 レミーは『使役』の取得の際に『魂縛』は取っているはずだが、それ以降は主に生産活動くらいしかさせていないため、余計な魂を持っていたとは思えない。


〈この、側にいる、というのはどこでも良いわけではなく、マトリクス・ファルサの前方にあるタイルの上にいる必要があるらしいのです。今回はたまたまそこにいた、アシスタントの工兵アリが魂を奪う対象となり、設備の起動と共に死亡してしまいました。大変申し訳ありません〉


 確かマトリクス・ファルサの置いてあった部屋は石畳だった。

 前方にタイルが敷いてあったかと言われれば、たしかに色が違う床があったような気がしないでもないが、よく覚えていない。

 しかしそれはレアがすぐさまレミーに引き渡したからその程度しか印象に残っていないのであって、マトリクス・ファルサを詳しく調べたレミーが気付かなかったわけがない。

 謎の設備のすぐ側にあからさまに怪しいタイルが敷いてあったら、普通は警戒するだろう。INTの高いレミーであればなおさらだ。

 そんなところにたまたま工兵アリが乗っていた、などありえない。

 また強制的に魂を奪い、死亡させてしまうとなれば、抵抗判定が無かったとは考えにくい。

 本当に予期せぬ事故だったのなら工兵アリは抵抗しただろう。


〈レミーさあ……〉


〈はい。ですから申し訳ありません、と〉


 やはりわかっていてやったらしい。

 まあ倫理的な問題はともかく、マトリクス・ファルサの起動に成功したのは喜ばしいことだ。

 亡くなった工兵アリには悪いが、マグナメルムの発展のためには仕方がない。


〈まあ、いいか。ご苦労さま。じゃあ、今からそちらに行くよ。ちょうど一段落ついたところだし〉


〈はい。お待ちしております〉









 改めてマトリクス・ファルサを見てみると、その前方には確かにタイルが敷いてある。

 敷いてあると言うか、タイルを使って簡易な魔法陣のようなものが形成されている。あの大破壊を受けても床面には比較的被害は少なかったので、そのおかげで無事だったのだろう。

 ただ見るからに怪しいため、レミーが確信を持ってここに工兵アリを配置したのは明らかである。


「それはそれとして。

 その、レミーの影に隠れているのが生み出したホムンクルスかい?」


 レミーの着ている作業着にしがみつき、その後ろに隠れるようにして恐る恐るレアを見ている小さい幼児がいる。そう身長の高くないレミーと比べても小さい。

 ただそのくらいの身長の子供にしては頭が少し小さいような気もするので、もしかしたら幼児ではなく小型の少女なのかも知れない。確かホムンクルスは普通のヒューマンよりも小さめだという話を聞いたことがある。


「ずいぶんとレミーに懐いているようだが……。というか、これは単にわたしが怖がられているだけなのかな」


「『使役』してしまえば怖がられる事もなくなると思います」


 怖がられている事については否定してくれないらしい。


「……いや、やめておこう。レミーに懐いているようだし、その子はレミーの眷属にするといい」


「……ボスがそう言われるのでしたら」


 明らかにホッとした様子の幼児である。

 レミーに懐いているように見えるのは、おそらくレミーによって生み出された存在だからだ。

 自我の薄い魔法生物は基本的に創造者に忠実だ。

 自我が薄いにしては少し主張しすぎているような気もするが、誤差だろう。


 ホムンクルスはレミーに『使役』されたことでレアとの繋がりも出来たためか、恐れずに前に出てくるようになった。

 そしてレアに一礼した。


「おお、なんか、親戚の子供って感じだ。これはいいな。

 で、ホムンクルスのレシピはいくつかの素材が虫食い状態だったと思うのだけど、一体何を使ったのかな」


「私の血液です。マトリクス・ファルサの起動時にそう要求されましたので」


「血なんてありふれたもの、いくらでも目にしていると思うんだけどな」


 そう考えながらレシピを出してみると、いつの間にかリストに載っていた。

 そこには「【レア】の血」と書いてある。

 つまり、これは血液なら何でもいいという訳ではなく、ホムンクルスの創造には創造者の血が必要だという意味なのだろう。

 『大いなる業』で作成出来るアイテムのレシピに素材が記載される条件は、おそらくそのキャラクターがゲーム内で該当の素材を目にすることだ。

 かつてホムンクルスを作ろうとしていたときには、たしかにレアは自分の血を見たことは無かった。


「まだ明らかになってない素材もあるけど」


「はい。私もそうです。ですからこのマトリクス・ファルサには、その足りない素材を補う機能があるのではないかと」


「なるほどね。これを使えば可能になるというのなら残りの不明な素材はどうでもいいか」


 賢者の石でもそうだが、魔物の心臓というのは清らかな心臓で代用することが可能だ。これももう手に入れる機会は無いが、イベント中にプレイヤーたちから買い集めた分がまだ残っている。

 大天使討伐アトラクションのチケット代わりになる以上、今後プレイヤーから買い取ることは困難になるだろうが、それは仕方がない。


 それに加えて魂と自分自身の血液を用意すればいいだけなら、かなり安価に量産する事が可能だ。

 血液を失うとLPも減り、場合によってはバッドステータスを受けることになるが、あれは部位破壊扱いにはならないため、回復系スキルやポーションで解決する。


「早速やってみよう」


「工兵アリを呼びましょう」


「いやいいよ。わたしは『魂縛』のストックに魂持ってるし」


 本来助手として用意していたはずのアリたちを魂のストックとしてしか見ていないのは問題である。誰に似たのだろう。


 レアは清らかな心臓を用意し、自分の指に傷をつけた。


「……ていうか、壊れたままだけど、補完ってどうすればいいの?」


 壊れたままというか、ガラス管の残骸だけが綺麗に取り除かれている。


「失礼しました。『哲学者の卵』です。それをこの、もともと水晶があった位置に出現させれば、それが起動のキーになるようです」


 つまり水晶の卵をガラス管の代わりにするというわけだ。むしろただのガラスの筒よりもより相応しいとも言える。

 ガラス管も割れてしまっていたためもうわからないが、もしかしたら元々卵の形をしていたのかもしれない。というか、調べてないので知らないが、ガラスではなく水晶だったのかもしれない。


「『哲学者の卵』」


《マトリクス・ファルサを起動します》


「何か出てきたな。ええと、心臓と、魂と、あなたの血液、か。……これでよし」


 魂についてはどうすればいいかわからなかったが、反応が始まった事でストックが減っていたため、持っているだけでいいようだ。


「もしかしたらこれ、余剰分の魂を持たずに、かつタイルに誰も載せないで起動したら、発動者の魂が奪われるとかあるのかな」


 試してみたいがリスクが大きい。

 このマトリクス・ファルサを起動するには『哲学者の卵』が必要だが、これを取得しているのはレアとレミーしかいない。

 レアは言うまでもなく、レミーも今や多数の眷属を抱える身である。

 というか、仮にそれが正しかった場合、初起動時はタイルに工兵アリを乗せていたおかげで助かったとも言える。運が良かった。いやレミーがわざとタイルにアリを乗せていた事を考えると、用心のおかげと言うべきか。

 もしかしたら一度目はそれを試して、レミー自身は抵抗して失敗し、それでアリに協力を頼んだ、とかなのかも知れない。


 水晶の卵の中では反応が進み、徐々にだが小さな人の形が作られようとしている。


「──おお、実に幻想的な……。いやなんか小さくないかな、レミーの子より。気のせいかな」


 気のせいではない。

 明らかにレミーの生み出したホムンクルスよりも小さく見える。


「背中に何か生えてる──あ、羽かな、これ。ていうか」


 いつものように水晶が割れる。

 その中から現れたのは、コウモリのような真っ黒な羽を持つ、幼児というより赤子のような──


「どう見ても悪魔じゃないかこれ。なんでだ」







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