第261話「ウロボロス」
イベントが終わり、大天使討伐のためにヒューゲルカップに集まっていたプレイヤーや、狩り場を変えていたプレイヤーも大半はホームに戻りつつある。
レアもホームであるリーベ大森林を確認してみたが、こちらには相変わらずプレイヤーはいない。
もしいたら騒ぎになっているはずだし、しばらく誰も来ていないのだろう。
というのも、成長させたウルルはすでにトレの森の広場に入るサイズではないため、リーベ大森林に移動させておいたからだ。
正確にはもともとエアファーレンがあったあたりである。瓦礫を退けて、そこに足を入れるための穴を掘り、掘り炬燵のように座らせて待機させている。
どこからどうみても荘厳な神殿だ。しかもそこらの城より遙かに大きい。
こんなものが突然現れたとなればプレイヤーたちも黙ってはいないはずである。
一方ラコリーヌやヒルス王都にはちらほらとアタックしているパーティがあるが、イベント前ほどの活気はないようだ。
あれらのダンジョンはウェインの友人たちが牽引するような形で攻略を進めていたため、その彼らがリフレの街に移動している今は小康状態のようになっているのだろう。
もちろん彼らでなくともハイレベルなプレイヤーはいるし、かつては中堅どころだったプレイヤーも☆4程度の難易度には挑めるくらいに成長してきているため、ウェインたちが戻らなかったとしてもそのうち活気は戻るはずだ。
またペアレの祭壇の間もゴーレムたちを通じて常時監視しているが、ペアレの王子様は未だ壁ゴーレムを突破できていない。ウェルスの第2王子と違って先頭に立って戦おうという気はないらしい。彼が参戦すれば突破は容易とまではいかないまでも、十分可能なレベルになるはずなのだが。
そして天空城はレミーの報告待ちである。
といった具合に、各地の状況に問題はない。
ならばここはイベントで得た経験値やアイテムを使い、もう少し勢力の強化を考えてもいいタイミングではないだろうか。
ウルルについてはすでに済ませてしまったが、ライラのトゥルードラゴンを見ていて、レアも少し、ユーベルを弄ってみたくなってしまった。
*
トレの森のいつもの広場にユーベルを『召喚』し、スタニスラフにも声をかけた。
「各種族の何とか王とかはどれも大きくなさそうだからいいんだけど、ウルルとまでは言わないまでも、ユーベルとか武者髑髏並に大きかったら例の祭壇には入らないよね。そういうキャラクターの転生はどうするんだろう」
あの祭壇がアーティファクトなら、このアルケム・エクストラクタのようにサイズにかかわらず利用できる可能性は高い。
しかしそもそも、あの地下遺跡の中に巨大なモンスターを入れる事が出来ない。
すぐそばにいる壁ゴーレムたちでさえ、祭壇の間の入口を通れないため祭壇が使えない。
あれがプレイヤー転生のために用意されたオブジェクトであるならそれでもいいのかもしれないが、レアやライラ、ブランのようにプレイヤーでも巨体を得る可能性はある。
そういう場合には周囲の遺跡や森をまとめて吹き飛ばして祭壇を露出させたりする前提なのだろうか。そんなはずはないと思うが。
「……いや、大きくなるためには今のところ、転生するかアルケム・エクストラクタを使うしかない。祭壇以外でそんな事ができるプレイヤーなら、祭壇を使う必要はないってことなのかな」
バンブがそれにあたる。
彼は自分の力だけで現在のデオヴォルドラウグルに転生して見せたが、あのようなプレイヤーには確かに転生の祭壇など必要ない。
「まあいいか。とりあえずユーベルは……ううん。
せっかくだしライラのところの子よりも強いドラゴンにしてやりたい気持ちはあるけど、あまりやりすぎるとユスティースとかいう騎士のプレイヤーと勝負にならなくなっちゃうんだよな……」
今のユスティースやプレイヤーたちの実力なら、20人規模のレイドを組めばユーベル相手でも十分勝負になるだろう。
それでもおそらくユーベルが勝つが、絶望的と言うほどの差ではない。
誰かがザグレウスの心臓の真の価値に気付き、ヒーラー係が全員『
「いや、あれは『神聖魔法』だし、ヒーラーが『回復魔法』メインでビルドしていたとしたら、まず『光魔法』の取得からになる。『復活』そのものの分も考えると、相当経験値が必要なはずだ。
今から順番に取っていくとなるとかなり稼がないといけないし、それを加味して『復活』を持ったヒーラーを擁するレイドパーティと考えると、今よりもっと成長した状態を想定する必要があるな」
パーティ全員がそのクラスとなると、10人もいれば戦えるかもしれない。
今すぐの話ではないだろうが、そう考えるとユーベルも見た目の割に頼りなく思えてくる。
「──やはり強化しよう。
アンフィスバエナはたしか、伝説だと毒とか石化が得意とか言われていたかな。今は毒系しかブレス攻撃はないけれど、石化が可能なら攻撃力の大きな向上に繋がるな。石化攻撃をするような種族の特性をぶちこめれば……」
「石化、ですか。それはいわゆる、生きている者を生きたまま石像に変えてしまうという?」
「その石化だよ。スタニスラフには心当たりでもあるの?」
レアは今のところ、そのような能力を持った魔物には会ったことがない。
また、そんな致命的な攻撃をしてくる魔物の情報もSNS上では話題に上がっていない。
「心当たり、と言うほどでもありませんが……。
ただ以前に俺、いや私めが過去の統一帝国の文献を研究していた時に、いずこかにはそういう危険な力を持った魔物がいると記載されているものがありましたが……」
「言い直すくらいなら俺でいいよ。気にしないから。
何処かにはいる、とはまた曖昧な。それじゃ探しようがないな」
精霊王統治下における、この大陸の技術水準──魔法やスキルも含めた──がわからないため何とも言えない。
精霊王自身は黄金龍封印に立ち合っていたらしいし、海外に出かけたことがあるのは間違いない。その文献の記述者もそうとは限らないが、そうでないとも限らない。
となるとまずその文献とやらがこの大陸の話なのかどうかすら不明だ。
「この大陸以外の事については書かれた文献とかはないの?」
「……あるのかもしれませんが、今とは街や土地の名前もずいぶん違っておりますので……。
どこの街の事を書いているのかすらわからんというのが正直なところです。先ほどの、いずこかには、というのも、正確に言えば「この街のそばの砂漠にはそういう魔物がいるから気をつけろ」という内容なのですが、その街というのがどこなのかわからんのです」
「なんだよそれ……」
しかし古文書に分類されるような古い文献である。しかも研究仲間がいたわけでもない。
いうなれば、古語辞典を自分でイチから作りながら解読をすすめていくようなものだ。
ひとりでやろうとする方が間違っている。
そういうことであれば、現状その方向からの強化は諦めた方がいいかもしれない。
見つかりさえすれば、レア自身がやったように後から追加できないこともないだろう。
「たしかユーベルには賢者の石は試したことがなかったな。一度それを試してみて、あとは普通に能力値やスキルに振っていこう」
転生条件にスキルや能力値が含まれていたとしても、ディアスたちの例を見れば、後から満たしても問題なく転生は出来るはずだ。
レアはインベントリから賢者の石グレートを取り出し、ユーベルに与えた。
すると。
《眷属が転生条件を満たしました》
《あなたの経験値3000を消費し「ウロボロス」への転生を許可しますか?》
「おお、3000も要求されるなら間違いなく災厄級だな! ていうか、蛇じゃないのかウロボロスって。ギリシャの方だと竜って話もあったかな。ウロヴォロス・ドラコーンとかって聞いたことある気がする。でもドラコーンって古代ギリシャ語だと蛇の事だし、古代ギリシャ人は実は蛇と竜の区別が付いてなかった可能性もあるな」
3000ならば安──くはないが、今なら十分払える額である。ウルルと同格くらいには強化したいとしても、この後さらに能力値やスキルに振ってやるだけの余裕もある。問題ない。
「よし、許可しよう」
もはや見慣れた光景だが、ユーベルの巨大な姿をマナが包み込み、そのシルエットを変化させる。
身体は一回り以上太くなり、首や尾はそれ以上に長く伸びていく。
ドラゴン然とした翼も細く長く広がり、さらに2対、同じ形状のものが生えてくる。
胴や手足は伸びたという印象はないが、首や尾が非常に長くなったために目立っていないだけだ。元の形状を保ったまま大きくなっている。
尾が太く長すぎるためにこれまでのように直立に近い二足歩行は出来ないだろうが、前傾して尾を引きずるようにすれば上半身を起こして歩行することは可能だろう。首も非常に長い上に2本あるため、歩くだけでかなりの筋力が必要になる──というか、せっかく羽根が3対あるのだから、無理して歩くより素直に飛んだ方がスマートだ。
体色は赤黒い色から灰褐色になり、若干大人っぽさが出たような気もする。
赤黒と比べれば明るめの色合いのためか、実際の大きさよりもさらに大きくなったようにも見える。
《特定災害生物「死を告げる竜」が誕生しました》
《「死を告げる竜」はすでに既存勢力の支配下にあるため、規定のメッセージの発信はキャンセルされました》
いつものアレである。
ユーベルはどう見ても正道とは言えない種族のため、このアナウンスはいいのだが、そもそも正道ルートというのは存在するのだろうか。
「まあ、いいや。調べようもないし。とりあえず、ウルルと同じくらいには能力値を上げておこう」
それから新たにアンロックされたスキルの確認もしなければならない。
増えていたのは、まずは『死の咆哮』。
スケリェットギドラの『死の芳香』と名前が似ているが、字面としてはトゥルードラゴンの『竜の咆哮』が近い。
この『死の咆哮』は、叫び声を上げることで声を聞いた全ての者にMNDによる抵抗判定を強い、判定に失敗した者を即死させるという効果だった。
「即死攻撃か! 抵抗は──MND判定か。『グレイシャルコフィン』より成功させやすい……抵抗しにくいな。これをもし敵がやってきたら厄介だ。
わたしはよほどの事がない限り大丈夫だろうが、MND低めの眷属は注意が必要だな」
試してみたいが、聞いた者全て、とある以上、敵味方の区別が付けられるとは思えない。
攻撃側もMNDを使用するため、レアには通用しないだろうし、試すとしたらユーベルと2人で行動する時くらいしかない。
「どこかのプレイヤーが言っていたように、次のイベントがドラゴンがらみだったとしたらどさくさに紛れて暴れまわるんだけど……。まあいいか」
他にアンロックされたもの、というか追加された特性として、「再生」というものがあった。
この特性には見覚えがある。
アブハング湿原に自生していたミミズバショウとかいう気持ち悪い植物が持っていたものだ。
あの植物はこの特性を持っていることによって再生ポーションの材料として利用されている。
このウロボロスはそれを自前で所持しているらしい。
あの時はミミズが気持ち悪かったためスルーしていたが、詳しく調べてみると、これは非常に有用な特性だった。
言葉の通り、本当に再生する能力のようだ。
通常、普通の怪我などはLPを回復させれば消えて無くなる。
しかし例外もあり、例えばキャラクターが腕を切り落とされてしまったりした場合、部位破壊判定というものを受けることになる。この状態ではLPを回復させても腕は元に戻らず、これを癒やすためには再生ポーションのような特別なアイテムや何らかの手段が必要になる。
ところがこの再生という特性を持っていれば、部位破壊判定を受けたとしても、LPの回復と共に破壊された部位も自動的に再生されていくらしい。再生ポーションいらずというわけである。
「ミミズバショウをたくさん集めて抽出すれば……。いやでもちょっと抵抗あるな……」
ウロボロスは死と再生の象徴であるという伝説もあるし、『死の咆哮』や「再生」を持っているのはそのためだろう。
これらの他には見た目と能力値以外に変化した部分はないようだ。
「じゃあとりあえず能力値を上げて……。ユーベルの強化はこんなところかな。これならライラの真ドラゴンと喧嘩しても余裕で勝てるでしょう。あとは石化系の攻撃をする魔物が見つかれば、抽出して追加かな」
「俺なんかには、石化よりも即死の方がずっと強力な攻撃に思えるのですが、まだ石化が必要なんですかね……」
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