第260話「これが貴族というものか」





 近衛騎士団はまさに意気揚々と表現するのがふさわしい態度で大通りを行進し、城門から外へ出ていった。

 先頭の人物が出がけに城壁上のレア──聖女アマーリエに何やら合図をしていたようだったが、こちらの目にはLPの人型にしか見えないため、何をしたのかまではよくわからなかった。


「……今のは投げキッスです。第2王子殿下は聖女様にご執心なようなので」


 訝しげなレアの様子から、察した女司祭が小声で教えてくれた。ではあの先頭の人物が第2王子ということだ。


「……そうなのか。マーレも大変だな」


 大変なのは大変だろうが、ウェルスの政権中枢に食い込みたいレアとしては歓迎すべき状況とも言える。

 国王や政府としては聖教会の人気に歯止めをかけるつもりで第2王子に出撃を命じたのだろうが、彼は彼で聖女にいいところを見せたくて出撃命令に応じた、ということのようだ。国王も大変である。


 しかし、あれが第2王子だとするなら、少々厄介だ。

 彼のLPは近衛騎士たちの誰よりも多かった。

 騎士という職業、戦い方から考えれば、LPが多いという事は純粋に強いという事を意味する。LPの数値を計算する際に参照される能力値は、どれも前衛職に必要なものだからだ。

 人気取りが目的なのは間違いないだろうが、それ以上に第2王子の実力も信頼されているのかもしれない。


「フェルディナン殿下は武勇の誉れも高いですから、きっと魔物たちを蹴散らしてくださることでしょう」


「そうですね。あの方なら安心です」


 第2王子フェルディナンについて全く知らないレアのため、女司祭がさりげなく振ってくれた一般常識を交えたセリフに適当に相槌を打つ。第2王子フェルディナンはその実力も確かなものらしい。

 それにしても、特に考えなくても周りがすべてのお膳立てをしてくれるというのは楽でいい。これが貴族というものか。





 眼下では、これまでと雰囲気の違う騎士団の登場にMPCのプレイヤーたちも動揺しているようだ。

 近衛騎士団なら着ている装備品も豪華なものだろうし、先頭の王子様はそれにさらに輪をかけた豪華さのはずだ。見ていないため想像だが。

 実力が不明な新エネミー、つまり新たに現れた近衛騎士団に無策で突撃するのは賢くない。

 しかしそういう時の為に眷属は居るのである。

 バンブも同様に考えたらしい。これまではプレイヤーがメインで戦闘していたようだったが、彼らは前線から下がっていき、代わりに明らかにLPの低い、眷属らしき雑魚モンスターが王子や近衛に襲いかかっていった。眷属をけしかけるようプレイヤーたちに指示したようだ。


 眷属たちもプレイヤーに比べれば弱いとはいえ、一般的な街のNPCや衛兵程度なら十分倒せる戦闘力はある。また一言に眷属と言っても色々だ。配下から得られた経験値を自身の強化に使用するタイプのプレイヤーもいれば、そのまま配下を強化して、より効率を上げようとするプレイヤーもいるからだ。

 そういうプレイスタイルの差から、同じように見える雑魚モンスターでもその強さはまちまちである。


 しかしそんな些細な差など王子たちにとっては関係なかった。

 王子が戦うまでもない。

 周囲を固める近衛によって、襲い来る魔物たちはそのすべてが簡単に撃破され、死体を積み重ねていった。

 これでは王子の実力がどの程度なのかまったくわからないが、いくら守られているとはいえ動じた様子も見られないことから、少なくとも彼が場数を踏んでいることだけは確かなようだ。

 地力が高く、度胸も据わっているのなら、その時点で十分強敵と言える。

 見た限りでは取り巻きの近衛騎士団も相当な実力者たちだ。数値以上の戦闘力があるかどうかは今の時点では不明だが、根拠もなく敵の実力を低めに見積もるのは危険である。

 ある程度の被害を覚悟し、王都ごと滅ぼしてしまうつもりで全力で戦うのなら勝てなくもないだろうが、それは今すべきことではない。


 それにプレイヤーであれば死亡したらリスポーンをすることになる。

 レアにとってはどちらでもいいが、バンブはまだMPCをプレイヤーとして宣伝するつもりはないようなので、死亡しても即座にリスポーンさせるわけにはいかないはずだ。

 1時間後を狙ってリスポーンさせればどこかのボスクラスのモンスターの眷属という風に誤認させることも可能だろうが、プレイヤーが自分の死体を長時間放置するというのは抵抗が強いだろう。少なくともレアはごめんである。

 となると彼らはおいそれと人前で死ぬわけにはいかないはずだ。


「──敵が退却を始めたぞ!」


「おお! さすがは!」


 対応が早い。

 プレイヤーたちに眷属をけしかけさせた時にはすでに、バンブの中では撤退が決まっていたのだろう。

 あれはひと当てして戦力を測るというより、眷属たちを捨て石にし、追撃の出鼻をくじくための指示だったのかもしれない。


「フェルディナン殿下の雄姿に恐れをなしたのでしょう。所詮は知恵無き魔物の群れです」


 喜ぶ騎士に、適当に王子へのおべんちゃらを言っておく。

 あまり妙な風に受け取られると後でマーレが面倒なことになるかもしれないが、本人相手でなければ問題あるまい。


 不利を悟ったプレイヤーたちによる撤退は実に統率のとれた鮮やかなものだが、それも俯瞰から、一定以上のLPだけを見ているからこそ分かる事実である。

 実際にはLPの小さい、眷属と思われる魔物たちはモタついた動きであるため、集団全体としては無様に逃げ去るようにも見えている。

 これなら魔物が尻尾をまいて逃げ帰る様子として不審に思われることもあるまい。

 戦場で眷属の動きまで細やかに指示ができたとも思えないし、撤退の際の動きはあらかじめパターン化して周知してあったのだろう。


 王子や近衛は無理に追撃をしたりはせず、生き残っている一般の騎士や兵士たちに命じ、周辺の警戒や負傷者の救護などを優先して行なわせているようだ。

 王権を脅かすかも知れない聖女にうつつを抜かしているという話から、もっと短絡的な人物なのかと考えていたが、もしかしたら意外に優秀な人間なのかもしれない。

 女司祭の言いようからは窺い知れなかったが、聖女にモーションをかけているのも単なる色恋目当てではなく、もっと別の狙いがある可能性もある。


 例えばそう、国内で人気の高い聖女を娶ることで、王位継承順の入れ替えを狙っている、だとか。


 聖教会の目的は王家に対する発言力を増す事だ。

 国内で聖教会の人気が高まってくれば、国王と言えどもその存在は無視できなくなる。そうなれば昨今の不安定な社会情勢や魔物たちの不穏な動きを引き合いに出し、ウェルス全体を軍国主義に傾けさせていくよう誘導してやる事も不可能ではない。

 そうしておいて、最終的には国王本人に更なる力を求めさせる。

 ノーブル・ヒューマンや邪王などの種族的な傾向を見れば、ヒューマン系種族の特徴として、少数の上位種族が多数の下位種族を従える事で成立する、いわゆるピラミッド型の社会体制を構築する事で発展していくようにデザインされていることがわかる。

 であれば、王としては自分以外の存在が上位の種族に転生する事は看過できないはずだし、ヒューマンとしてステージを上げる事が国として必要だというなら、その先陣は自ら切ろうとするはずだ。


 さすがに聖教会がそこまで狙っている事は気が付いていなくとも、王家に近づこうとしていることくらいは気づいていてもおかしくない。

 第2王子フェルディナンがそれに気づいていたとして、その上で聖教会を利用し、国民人気を盾に王位継承順を歪めさせ、聖教会を抱きこむことで王位に就こうと狙っている。

 そういう可能性はあるかもしれない。

 後継者の事を考えれば、どこの馬の骨とも知れない聖女を正妻にするのは難しいが、側室を作るなどすれば解決できないほどの問題でもない。


「──聖女様、どうかされましたか?」


「いえ、ちょっと疲れたようです」


「もう襲撃は終わったようですし、大聖堂に戻りましょう。

 騎士様がた、エスコートありがとうございます」


「いいえ! こちらこそ、聖女様におかれましては、王都防衛にご協力いただき──」


「実際に防衛したのは騎士様や兵士の皆さんであり、その支えとなったのは聖教会のヒーラーの皆さんです。わたくしは何もしていませんよ」


 本当に何もしていない。文字通り高みの見物をしていただけだ。









「──と言うわけで、あのフェルディナンという第2王子が何を狙っているのかは知っておく必要があると思って」


「それを、私が探るのですか? あの、正直ちょっと」


 大聖堂のマーレの自室に戻り、マーレに身体を返して自分自身を『召喚』し、事の顛末を話して聞かせた。

 フェルディナンに関する事だけでなく、戦闘の様子についても話しておく必要がある。

 詳細は隣で見ていた女司祭も把握しているのでフォローは出来るだろうが、『真眼』のみを通して見た印象はレアからしか伝えることはできない。


「探ると言われましても……。どうすればいいのですか? その、男女の機微とかそういうものは教わったことがないのでまったくわかりませんが……」


「貴族の令嬢なんだから、そのくらい澄まし顔でこなせないようでどうするの」


「前から思っていましたが、何か偏った貴族観をお持ちでないですか? この際ですから言わせていただきますが、基本的に主君である陛下が出来ないようなことは配下の私たちも出来ませんよ」


「……わかった。じゃあマーレは適当でいいや。女司祭の、えーと──」


「オルガです」


「パメラです」


「──彼女たちに任せる事にしよう。オルガ、パメラ。第2王子の様子について、他人から見た印象という程度でいいから、本当にマーレにお熱なのかどうかをよく見ておいてくれ」


 2人の女司祭は何か言いたげな表情ではあったものの、とりあえずは頷いてくれた。


「まあ、今となっては割と重要度も低いというか、どう転んでもいい案件ではあるから、聖女と災厄わたしが繋がっていることさえバレなければいいよ。

 にっちもさっちもいかなくなったら暴力で解決すればいいし」


「ああ、それでしたら得意です」


 それを聞くとマーレはようやくホッとしたような表情を見せた。


「……主君のできることしか……」


「……やはりそういう……」


 何かこそこそ話をしているオルガとパメラを尻目に、レアはウェルスを後にした。





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