第263話「中悪魔」





 役割を果たした『哲学者の卵』が消え、自由になった小悪魔は、もたつきながらもパタパタと羽を動かし、レアの元へと飛んできた。

 瞳の虹彩が独特というか、爬虫類のように縦に裂けているように見える事を除けば、ただの幼児である。

 不思議そうにこちらを見つめるレミーのホムンクルスと比べても明らかに小さい。


「そういえば、例の天使もこのくらいだったな。いやもう少し大きかったかな。しかしどうしてわたしの作ったホムンクルスは最初から悪魔だったんだろう」


 レミーと同じ設備を使い、手順も同じだったはずだ。

 何かおかしなことをしていればレミーがそう指摘しただろう。


「原因は材料か? 清らかな心臓を使ったのは同じだった。魂は違うだろうけど、『魂縛』にストックされている魂は単純に数字で管理されているから、質として違いがあるとは思えない。となると血か? これは創造者の血を使う必要があるから、もしこれが原因だとするとわたしではホムンクルスは生み出せないという事になるけど」


「わざわざ創造者の血が指定されているくらいですから、そこには特別な意味があるとしてもおかしくないかと。使用した血が原因である可能性は高いと思います」


「……これを検証するためには、もっとサンプルデータが必要だな。仮に原因が血だったとして、その場合、血の何を判定フラグにしているのかって事だ」


 レミーの血はアイテム的な意味で言えば「獣人の血」だ。レアの血は「魔王の血」ということになる。

 これだけ見れば、まあ確かにレアの血が無垢な存在や清らかな存在を生み出す材料になるとは思えない。それは悪魔くらいは生まれるだろう。


 天使や悪魔をホムンクルスの転生先とする仮説が正しいなら、天使と悪魔の分岐というのは正道ルートと邪道ルートで分けられている可能性が高い。

 つまりまだ正道とも邪道とも決まっていないレミーの血からは純粋なホムンクルスが生まれ、邪道に堕ちたレアの血からは同じく邪道の悪魔が生まれてしまったというわけだ。

 この線で検証するならば、似たような立場であるライラにやらせてみるとか、あるいは聖人であるマーレにやらせてみる必要がある。

 この仮説が正しければ、ライラの血からは悪魔、マーレの血からは天使が生まれるはずだ。


「しかし2人とも『錬金』は持っていない。前提として『哲学者の卵』が必要な事を考えると、ちょっとハードル高いな」


 結果だけ考えるのなら、現状レアが悪魔を生み出す事が出来るというのならそれはそれで問題ない。

 天使が欲しいとしても、ホムンクルスから天使へと転生させる手段さえわかればそれでいい。

 幸い転生の手段については複数の当てがある。


「検証は後回しでいいか。後回しっていうか、たぶんこれ検証しないまま忘れるやつだけど、まあしょうがない。

 でもこれなら、大天使が大量の天使を眷属にしていた事も納得がいくな。どうやってあんな大量に転生させたのかと思っていたけど、大天使がホムンクルス創造の際に自分の血を使っていたから最初から天使が生まれていたと考えれば辻褄が合う」


 この設備が完全な状態だったのなら、おそらく起動にいちいち『哲学者の卵』など必要なかっただろうし、『錬金』を持たない大天使でも材料さえあれば好きなだけ創造できたはずだ。

 心臓や魂については地上を襲えばいくらでも入手が出来るし、生きたまま攫ってきてタイルの上に乗せ、魂を奪った死体から心臓を取り出せばコストパフォーマンスも抜群だ。


「攫っていたとしたら雑魚の天使にやらせていたのかな。子供にしか見えない天使が天空へ人を連れて行くのか……。ビジュアル的に問題があるな」


 旧世代のアニメーションのワンシーン、教会で子供と犬が天使に連れられ天に召されるシーンが脳裏に浮かぶ。


「何がでしょう?」


「いや、なんでもない。

 それよりもまずは、ホムンクルスやこの小悪魔が転生出来るのかどうかの検証かな」


「その前にその小悪魔を『使役』されては?」


「そうだった。すでに懐いているようだったから忘れていた」


 ローブにまとわりつく幼児を引きはがして『使役』した。

 例によって抵抗らしき抵抗もない。

 能力値を見てみれば、以前に攻めてきた雑魚天使と同じ程度だ。

 実際に戦わせてみればレアからのバフの差で小悪魔が勝つのだろうが。


「でもスキル構成はかなり違うな。『真眼』とか射撃系のスキルは持ってない。代わりに『隠密』ツリーが充実してる。この『隠伏』というのは──」


 『隠密』ツリーのスキルはレア自身で使う機会が少なかったため、あまり研究できていない。

 ライリーやモニカなどの獣人系の眷属には気休め程度に取得させていたが、本当にそれが必要な敵が相手なら逃げた方が賢明なため、『俊敏』などの回避や逃亡の方にウェイトを置いてビルドしていた。


 しかしその考えは改める必要があるかもしれない。

 というのもこの『隠伏』というスキルの説明には、自身の発する生命力や魔力さえ外部へ知らせないようにすることができるとあるからだ。

 『真眼』や『魔眼』による視界さえ掻い潜れるとしたら、このスキルの有用性は計り知れない。


「よしきみ、ちょっとその『隠伏』とやらを使ってみてくれないか」


 そしてレア自身も、悪魔の姿を見るために開いていた瞳を閉じる。

 いつも通りのピンクの視界に重なるように、レミーやホムンクルス、周辺に控えているアリたちのLPが光って見える。

 しかし目の前の小悪魔のそれは全く見えない。


「おお! 『真眼』は完全に欺けるな! でもこれは……」


 確かに『真眼』で小悪魔の生命力は見ることができない。

 しかし『魔眼』の効果はマナや魔力を視認するというものである。

 キャラクターの持つ魔力は当然輝いて見えるし、それとは別に周辺に満ちているマナを視認できるからこそ、マナのない壁や障害物が立体的に分かり、周辺の様子がわかるのだ。

 つまり今、魔力を遮断された小悪魔の姿は、小悪魔の形の障害物として空気中のマナの中に浮いて見えていた。


「このスキルで『魔眼』を欺くのは無理か。今のところわたしとライラ以外でこれを持っているキャラクターに会ったことがないが、この事実は覚えておこう」


 『真眼』だけでもごまかせるのなら十分価値がある。

 『魔眼』を持つ敵がいたとしても、今のように空中に単体で浮かんでいるから不審に見えるのであり、壁や岩に偽装してやり過ごす事が出来れば発見するのはまず無理だ。


 これで『光魔法』の『迷彩』も併用出来れば、より隠密性は増すだろうが、悪魔ではおそらく『光魔法』は取得できない。

 それをやるならホムンクルスに『光魔法』を取得させ、その後に悪魔に転生させるしかない。

 というか、天使に『隠密』を極めさせた方が早い。


「もし見つかった時は目立つだろうし、そこまでして隠れて潜入させるくらいなら、最初から小型のキャラクターを忍ばせておいた方が賢い気もするな」


 天使系の種族が弓系スキルから派生した『真眼』を持っているために、悪魔系の種族はそのカウンターとして隠密系と『隠伏』を持っている、ということだろう。

 要はバランス調整の話だ。

 悪魔の方が逃げ隠れる方に向いていて、天使の方が殺意が高いビルドであることには若干納得いかないが。


 天使と悪魔の立ち位置についてはともかく、まずはホムンクルスから転生できるのかどうかを確認する必要がある。

 レアはインベントリから賢者の石グレートを取り出した。

 しかしすでにレミーの手には同じものがあった。

 これを量産したのはレアとレミーであるため、レミーも当然持っている。今出してきたのはその在庫だろう。


「よし、じゃあそのホムンクルスにグレートを与えてやってくれ」


「はい」


 レミーの手から赤い液体が満たされた卵型の水晶が光になって消えていき、その赤い光がホムンクルスに溶けていく。


 そのまま少し待ってみたが特に変化はない。

 消費されたということは問題なく使用出来たということだが、何も起きないという事は条件が足りていないということだ。

 経験値だけの問題ならば請求書が回ってくる。それがないなら、特定のスキルかフラグか、何かが足りないのだろう。


「転生の祭壇案件かなこれは。今はまだ……王子様たちはあそこへ到達していないはずだからいくらでも潜入できるけど。しかしそれだと、転生に必要な条件はわからないままになってしまう」


 今後量産する可能性も考えれば、転生の度に祭壇へ行かなければならないというのは面倒だ。

 できればこの地で、流れ作業のように生産から出荷まで行なってしまいたい。


 現状では量産する必要性もなく、単に天使や悪魔を生みだしてみたいというだけだが、今後もそうとは限らない。

 現代の大天使を殲滅してしまった以上、運営のテコ入れでもなければ、今後大陸を天使が襲う事はない。

 滅ぼしてしまった手前、その状況をリカバリーする義務がレアにはある。

 もし天使の量産が可能なら、今は亡き大天使の遺志を継ぎ、天使を使ってこの大陸の家畜たちから経験値を絞り取ることも考えねばならないだろう。

 大陸に住む者たちはこれまでと変わらない生活を送ることが出来、レアには経験値が入ってくる。誰も損をしない。ウィンウィンというやつだ。


 とりあえずレミーに経験値を多めに与え、天使と悪魔のどちらでもいいからホムンクルスを転生させる条件を探るよう指示しておいた。どちらか片方の条件がわかれば、もう片方も推測しやすいはずだ。

 どうしようもなければ、とりあえず1体だけ祭壇なり何なりを使い何とかして大天使まで転生させ、その1体に『錬金』を覚えさせて、生産を任せればいい。

 先の仮説が正しければ、おそらく最初から天使が生まれてくるはずだ。


「さて、わたしはわたしでこちらの方を検証しよう」


 先ほど取り出した賢者の石グレートはローブにしがみつく小悪魔に与える。

 しかしこちらも、消費はされたが反応は不発に終わった。


「ダメか。ホムンクルスは初期種族だし、そこから災厄級まで2段階しかないから、その分条件も厳しめに設定されているってことかな」


 何百年もかけてになるが、50体以上も量産していた者もいたくらいだし、天使から大天使への転生はそれほど難解な条件だとは思えない。それは悪魔も変わるまい。

 だが時間か経験値か、どちらかが多く必要になる条件である可能性はある。これがゲームであることを考えれば、時間が必要だという線は薄い。となると必要なのは経験値だろう。

 賢者の石発動時に何も言われないという事は、転生そのものに多くの経験値が必要だというわけではない。その前段階、つまり転生可能な状態にするために経験値が必要なのだと思われる。

 特定の組み合わせのスキルを取得するか、一定の能力値を持っているか、そのどちらかの条件を満たして初めて転生可能になるのだろう。


 このケースでこれまでに見たことがあるのは、子狼たちの転生である。

 あれらは経験値を与えて能力値を伸ばすことで成長し、それが一定の段階に達したところで転生が可能になっていた。

 その際に得ていたスキルによって転生先の分岐も増えたが、天使と悪魔についてはひとつしか転生先が存在しないため気にする必要はない。


「さてと。ではまずは能力値かな」


 小悪魔に経験値を振り、能力値を上昇させていく。

 まずはINTとMNDだ。

 魔法主体で戦わせるかどうかはともかく、INTはインベントリの習得や自律行動において重要な役割を果たすため、上げておいて損はない。

 他の能力値もそれぞれで数値に表れない恩恵があるのだが、重要度は高くない。こんな小さな悪魔が重い荷物を持てるようになったところで知れているし、機敏に動けるようになったり小器用になったりしても大した役には立たない。

 そしてMNDの重要度はINT並に高い。

 精神系の状態異常の耐性はたいていこちらで判定することになるし、最近新たに判明した一部の即死攻撃の抵抗判定もこの値を使う。

 『グレイシャルコフィン』がMNDとVITの両方を抵抗値として参照する事を考えれば、おそらくVITのみで判定するタイプの、肉体に作用する形での即死攻撃もあるはずだ。

 しかし肉体系の即死攻撃をしてくるような強大な敵が相手なら、VITを中途半端に上げたところで即死攻撃でなくともおそらく即死する。

 まともに戦うためにはどのみち他の能力もある程度上げる必要があるし、それをやるべきなのは今ではない。


「──ん? あれ? おお?」


「……大きくなっていますね」


「レミー、服!」


「こちらに」


 能力値を上げれば上げるほど、小悪魔の身体は成長していった。

 しかし成長はある程度のところで止まってしまった。だいたいレミーと同じくらいの年齢だろうか。

 レミーの渡してくれた服は彼女の替えの予備らしく、ホムンクルスの少女が裾をまくって着せられているのと同じものだ。


「きみ、女の子だったのか。ていうか、何かわたしに顔似てるな」


 どうやら悪魔も子狼やゴーレムと同様、経験値を得ることで外見的にも成長していく種族のようだ。

 いや、ゴーレムは違った。子狼も悪魔もゴーレムと違い特性によってそうなっているわけではない。

 つまり種族としてそう設定されているということであり、スキルやアイテムを使ってプレイヤーがどうこうできる部分ではないということだ。


 イベントの際の、雑魚の天使はよく見ていないが、大天使は少なくとも男性型だった。

 天使は男性で悪魔は女性という事なのか。

 しかし同じくレミーの服を着た、ホムンクルスも見たところ女性型だ。

 ということは、もともと女性体で生まれ、天使に転生する際にだけ男性体に変化する生物なのだろうか。


 女性から男性に変態するとなると雌性先熟ということになる。雄性先熟であれば、現実で言うと魚のクマノミやクロダイなどが有名だが、雌性先熟だとぱっと思い出せないマイナーな種が多かったように思える。この差は確か、ハーレムを形成する種族かどうか、メスのほうが身体が大きくなるかどうかなどが理由だったはずだ。


「……いや、その前にホムンクルスがすべて偽りの母体から生まれることを前提としているのなら、つまり自然生殖が考えられていないのなら、そもそも性差自体が無意味だ。

 であればわざわざ性転換する必要があるとは思えない。あれはどちらの場合でも、結局はより多くの子孫を残すための仕組みだったはず。

 そうなると、天使だろうと悪魔だろうとどちらの性別も存在してるけど、たまたまここにいるのが女性体ばかりだったということになる」


 共通点としては、創造者の性別だ。レアもレミーも女性である。

 女性体のアバターが創造したから、つまり女性体の血液を使用したから女性体のホムンクルスが生まれた、というのはありえないでもない。


「倫理コードに引っかかるとかかな。アカウントかアバターか、どちらを参照しているのかはわからないけど、自分と同じ性別のホムンクルスしか生み出せなくなっているとか」


 顔がレアのアバターに似ている事を考えれば、参照されているのはアバターの情報かもしれない。

 レミーのホムンクルスが天使へと転生できた時、女性体のままであれば性転換の可能性は除外していいだろう。

 その後もここで生みだす天使やホムンクルスがすべて女性体になるようであれば、ひとまず創造者と同じ性別になると仮定していい。


「わたしたちでは女性体しか創れないとなると、例の大天使の代役は難しいかな。まあ、別にどうでもいいけれど」





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