第258話「UMA」
バンブとのフレンドチャットを終えたレアが向かった先は「墜ちた天空城」だった。
瓦礫の中からようやく、用途不明の何かの残骸が発見されたらしい。
アーティファクトそのものではないのは少し残念だが、形を保った残骸が残っているだけでも良しとすべきかもしれない。
「お疲れ様スガル。プレイヤーのお客は初日から連日訪れた彼らくらいかな」
〈もったいないお言葉ですボス。はい、ぷれいやーの皆様はあれ以来訪れておりません〉
あの時の攻略失敗の顛末についてはSNSでも盛り上がっていたようだった。その話を読んだ上で、さらに挑戦してやろうというプレイヤーはいないらしい。
イベント期間が終了した今、無謀な挑戦は代償が大きいためだろう。
また攻略の糸口が見つかっていない事もプレイヤー人気が低い原因になっている。
この墜ちた天空城は、現状ではまず内部に侵入することさえ困難だ。
半球状の平面部分は斜めに大地に突き刺さった形になっているのだが、その接触部分は掘り返された土や岩塊が盛り上がるようにして覆っている。これを乗り越えるだけでちょっとしたクライミング技術が必要になる。『登攀』などのスキルで代用できるだろうが、そのために経験値を消費するのも戦闘メインのプレイヤーにとってはキツい選択のはずだ。
登らず入るのなら空を飛ぶしかない。
しかし現状、『飛翔』や『天駆』などのスキルを人間の形を保ったまま取得するのは難しい。というか、その取得条件はレアも知らない。『天駆』であれば何かの拍子にアンロックされてもおかしくないが、『飛翔』は無理だろう。これはおそらく翼や翅などの肉体的な変容が必要だ。
自力で空を飛べないのなら、外部委託をするしかない。
具体的には飛行可能な協力者を用意する事だ。
幸い課金アイテムで使役の首輪が販売されているし、そういう眷属を作るのが手っ取り早い。
今頃は、この城を攻略したいプレイヤーたちはこぞってそうした魔物を狩りに出かけているのではないだろうか。
入れないのなら天空城、というか浮遊島の外で遊ぶしかないが、外周部で戦う事ができるのはハチやアリくらいである。それならラコリーヌの森でも十分だ。それにこちらは時間をかけるとメガネウロンが飛んでくる。と言われている。
「プレイヤーが来ないのならゆっくりできるな。しばらくはアッシー君探しに専念しておいてもらおう」
〈あっしーくん、ですか〉
「旧世代に居たという、移動手段になってくれるUMAだよ。芦ノ湖で目撃情報があったんだったかな」
他にもメッシー君という食用のものも居たらしい。詳しくは知らないが。
「──それはともかく。これがその謎のオブジェクトの残骸か」
〈はい、ボス〉
スガルの傍にはアルケム・エクストラクタに似た雰囲気の、大きなガラスの筒のようなものがあった。
ただし、ガラスそのものは破壊されている。
割れたガラスの筒の下部には機械のようにも見える何かの装置があり、こちらは特に損傷しているようには見えない。
「触っても……何も感じられないな。アーティファクトではないのか。じゃあ『鑑定』。これは──」
表示されたアイテム名は「壊れたマトリクス・ファルサ」。状態は「良」となっている。
さらにアイテムとしての説明で「壊れた部分を補完することで使用する事が可能」とある。
「補完てことは、ちゃんと直さなくても使えるってことなのかな。壊れた部分というと、この太いガラス管か」
名前からすれば、ホムンクルスかどうかはともかく、これによって何かを生み出すことができるのは確かだ。
「いや、ホムンクルスを偽りの生命とするのなら、これはホムンクルス製造装置と考えて間違いないだろうね。なにせ「偽りの母体」だし」
使用する事ができる、のはいいのだが、具体的にこれを使用すると何が起きるのか、何に使用するものなのかの説明がないのは不親切極まりない。
もっとも『鑑定』としてはあくまで「壊れたマトリクス・ファルサ」の説明をしているだけであって、「壊れていないマトリクス・ファルサ」については壊れていない状態で調べろということなのだろう。
何らかの手段でその補完とやらをしたとしても、それは「補完された壊れたマトリクス・ファルサ」にすぎず、その状態で『鑑定』してみてどうなるのかはやってみなければわからない。
とにかく問題はこのマトリクス・ファルサの壊れた部分、ガラス管を補完するには具体的にどうすればよいのかということだ。
「ガラス管……みたいなものを作ってくっつけてみればいいのかな。これ分類的には何になるんだろう。錬金か?」
アイテムなどの修復には対応したスキルツリーの『修理』スキルが必要になる。名前としては同じだが、どのツリーの『修理』なのかによって成功率が異なるのだ。例えば刃の欠けた剣を修復したければ『鍛冶』の『修理』が最も成功率が高いが、『裁縫』の『修理』で修復できないわけではない。
もちろん複数の『修理』を取得していればその分成功率は上がる。剣を直すとしても、『裁縫』と『革細工』の修理を両方持っていた方が成功率が高くなる。
もしかしたらレアの持つ『使役』のように万能修理スキルがあるのかもしれないが、それを探す手間と時間を考えると気が遠くなる。
「今となってはわたしよりもレミーの方が『錬金』ツリーの枝スキルはたくさん取っているし、これの修復だか補完だかってのはレミーに任せようかな」
レミーはSTRやVITこそあまり弄っていないためそう高くないが、DEXはかなり高めにしてあるし、INTもマリオンに迫るほどの数値を持っている。
任せておけばそのうちなんとかしてくれるだろう。
「移動は……出来ない系か。仕方ない。ちょっと床が斜めだけど、ここにレミーの研究室の分室を作るしかないな。いや……」
床が斜めなのは天空城の大地となっている浮遊島が斜めに墜落したままだからだ。
これをまっすぐ立ててやることができれば、床も水平にできるだろう。
「──次のプロジェクトが決まったね。ウルル強化計画だ」
*
いかに巨大なウルルと言えども、さすがに天空城の建っていた浮遊島を動かすほどのサイズはない。
このゲームにおいては行動時にサイズ補正や重量補正なども計算されるため、同じ能力値だとしても大きく重い方がより大きな力を発揮することができる。
単純にSTRやVITを上げるために経験値を使う事だけを考えるなら、より大きいサイズのキャラクターに使った方が効果が高いという事だ。もっともDEXやAGIについては逆の事が言えるし、小さい上でSTRが高いというのも、そういうキャラクターにしかできない事もあるため一概にはどちらが優れているとも言えないが。
浮遊島を動かすためにウルルを強化するのならSTRを上げてやる必要があるが、それだけでは浮遊島を破壊する事は出来ても、壊さず動かす事は難しい。
しかしウルルにはひとつ、有利な点がある。
ウルルはもともとエルダーロックゴーレムだった。
彼らの特性には経験値を得ると身体が大きくなるというものがあり、転生を経てタロスとなったウルルもその特性は失っていない。
つまりウルルに経験値を与え、成長させればそれに伴って身体も大きくなるという事だ。
サイズ補正を考えれば、大きくなると耐久も増えていくためVITに振ると効果が大きい。
今回の目的は問題を物理で解決することなので基本的にはSTRに振っていくが、全体のバランスを見てVITにも振っていくのがいいだろう。万が一のためMNDにも振ってあるが、DEXやAGIは捨てている。どうせ振っても誤差にしかならない。またウルルは魔法を使う事がないためINTにもそれほど力を入れたりしない。
「大きくなってる! ……ような気がする。わたしとの大きさに差があり過ぎてサイズ感がわかんないなこれ。あ、わたしも巨体とか解放すれば……いやだめか。顔はそのままだった。視点が高くなるだけだな」
『天駆』で上空まで駆け上がり、俯瞰しながら経験値を振っていく。
浮遊島ほどの大きさが必要なわけではない。
島を持ち上げるほどの力も要らない
ただ少し、島の傾きを修正できればそれでいい。
「──このくらいなら見た目的にいけそうな気がする。数値的には見た目以上にパワーはあるはずだから、やさしくやれば動かせない事もないはずだ」
かつてウルル・インパクトをぶつけた際、その衝撃で破壊しきれなかったことを考えれば、浮遊島がただの岩の塊であるとは考えにくい。ただの岩なら最初のインパクトで真っ二つになっていたはずだ。
しかし現在、アリたちによって内部に洞窟を作成することができているということは、つまり工兵アリ以下のランクの素材でできているという事でもある。工兵アリの分泌する酸では自分より弱い鉱物までしか溶かすことはできないからだ。
実際に内部の岩を『鑑定』してみるとそこらの岩と同様の内容が表示されるため、少なくとも現在はただの岩であることは間違いない。
レアはこれらの事から、浮遊島も天空城同様、墜落した事で「浮遊島」から「墜ちた浮遊島」とかそういうものに変化しているのではないかと考えた。
あるいはもともと浮遊島はただの岩の塊だが、それを空中に浮かべるアーティファクトが岩の塊に破壊耐性に近いものを付与していたという可能性も考えられる。
浮遊島そのものを『鑑定』してみたいが、意識の問題なのかシステム的な制限なのか、どうも全体をひとつの物体として認識できないらしく、前述の通りただの岩や岩壁などそういう内容しか表示させる事ができなかった。
「どのみち、総アダマス製で、しかも高いVITや耐性によってとにかく硬くなっているウルルと比べれば、岩の塊なんて豆腐みたいなものだ。優しく扱ってあげないと、手の形に穴が開いてしまうかもしれない」
いかに硬度に差があると言っても岩は豆腐と違って一定の硬さがある。さすがに本当に豆腐の塊を持ち上げるような事態にはならないだろうが、サイズや重量を考えれば岩程度の硬度では心もとないのは確かだ。
「おっと、作業の前に中にいるレミーに連絡をしておかなくては」
ウルル強化計画の実行前にレミーにはあらましを説明し、すでに天空城跡地で研究を始めさせている。突然地面を動かしてしまっては重大な事故を引き起こしかねない。
報告・連絡・相談は業務の基本だ。
「──よし。
じゃあウルル。作業を始めてくれ。ゆっくりと、慎重にだよ」
レアの指示にウルルがゆっくりと頷く。別に頷くのはゆっくりやる必要はないのだが。
ウルルがその大きな手を浮遊島の縁にかける。
まさに地響きとしか言いようのない音を立て、ウルルの手の動きに従って浮遊島も徐々に角度を変えていく。
同時にウルルの足もとも少しずつ大地にめり込んでいくのが見えた。
「ああ、地面の事については考えていなかったな。ウルルだけなら沈み込んでしまうほどではなかったみたいだけど、浮遊島を動かすための荷重がかかれば沈んでしまうのか」
しかし沈む速度よりも浮遊島の動く速度の方が若干速い。ような気がする。共に非常にゆっくりしたペースのため、動いているかどうかもよく見てみなければわからないほどだが。
このペースならウルルが動けなくなるよりも浮遊島がまっすぐになる方が早いだろう。
「浮遊島がただの空中庭園みたいな感じになってしまうけど、まあその方が見栄えもいいし別にいいか。せっかくだから上が水平になったら建物とかも建てて、ちゃんとした拠点を作ろう。プレイヤーたちが攻め込みたくなるような立派な施設を」
しかしその前に、浮遊島が完全に水平になってしまった場合、プレイヤーたちの侵入はより困難になる。
侵入には本当に飛行可能なユニットが必要になるだろう。
それでは運よく飛行ユニットを入手できた一部のプレイヤーたちしか訪れることができなくなる。
「侵入する為に何かギミックが必要かな。たとえばここに一体エルダーゴーレムあたりを配置しておいて、それを倒すと足場に出来るとか」
しかしエルダーロックゴーレム一体では高さが足りるか微妙だし、こんなところにいきなりゴーレムが現れれば不自然極まりない。
「不自然なのは天空城が突然平らになっている事もそうだな。
まあ、これはこれで見栄えとしても良くなったし、ヒルス王都を景観的な理由で侵略したわたしがするならそれほどおかしな行動でもないだろうけど」
やはり周辺には何体かエルダーロックゴーレムを配置しておくことにする。
ロックゴーレムたちについてはプレイヤーには初お目見えになるが、今さらゴーレムが増えたところで気にする者などそういまい。
そこまでやれば一段落と言えるだろう。
あとはレミーの研究の進捗待ちになるし、火山のゴーレムは前回同様マリオンに任せ、レアはウェルスの様子を見に行ってもいいかもしれない。
魔物プレイヤーたちの戦いぶりは直接見たことがないため、少し興味がある。
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