第257話「地味だが堅実」





 ウェルス王都の衛星都市のひとつ、グロースムントに潜ませていたウェルス聖教会の関係者からの報告により、この街がMPCにより制圧されたという事実はレアの知るところとなっていた。


〈やあ。おめでとう。作戦はうまくいったようだね〉


〈なんで報告する前に知ってんだよって言いてえところだが、まあそれは今さらだな〉


 バンブからフレンドチャットが入ったタイミングが都市制圧から少しした後だったため、作戦成功の報告ではないかと考えたのだが、その通りだった。

 しかしどうもバンブからの報告はそれだけではないらしい。


〈……──てな感じでな。まあ実際のところは合ってんのか合ってねえのかわかんねえけど、なかなか面白い仮説だとは思わないか? 面白いって言うのは、プレイヤーが好きそうなって意味だが。

 それで結局、ヒルスの王族をキルした奴が他にいるとしたらそりゃ誰のことなんだ? ──ヒルス王都を滅ぼした災厄ってのは、あんたなんだろ?〉


〈……まあ、そうだね。わたしとしても君に対してはそれほど、隠すつもりがあったわけではないし。その通りだよ。わたしが第七災厄さんだ〉


 何ならノイシュロスの森で姿を見せてやった時に気づいていてもよさそうなものだが、バンブはレア=災厄という事実に思い至って初めてビジュアル面での共通点も思い出したらしい。


 それはともかく、確かにそのイエオリというプレイヤーは警戒すべき対象と言える。

 そのプレイヤーの言う通り、ヒルス王族をキルしたのは第二回イベントの侵攻側ランキング2位のライラである。

 偶然的中したような部分もあるが、思考プロセスとしては大きく間違っていない。

 ヒルス王族をキルし、オーラル王族を支配下に置いたことが評価されてランキング上位に入ったのは確かだ。


〈──そしてそのイエオリの言う通り、ヒルス王族を始末したのはライラだよ。それがイベントポイント獲得に大きく寄与しているのも間違いない。

 ブランが1位だったのにはまた違う理由もあるのだけれど、まあそれはおいおい教えよう。ああ、彼女もマグナメルムのメンバーだよ。気づいていると思うけど。

 イベントポイントの内訳は公開されていないし、可能性の問題でしかないにもかかわらず、その事実にたどり着いたのは大したものだね。あてずっぽうに近い部分があるにしてもさ〉


 オーラルにおけるクーデターについても概ねバンブの推測どおりだが、それは今言うべきかどうかは考える必要がある。

 第七災厄の正体がプレイヤーであることについては、今さら発覚したところでどうしようもない事に変わりはないため別に構わないと言えば構わない。

 しかしオーラル王国の影の支配者が第八災厄であり、かつプレイヤーであるという事を知られてしまうのは少し面倒だ。


 バンブに伝えること自体には問題ないが、知っているという事はそれ自体がセキュリティホールにもなりうる。バンブの態度からそのイエオリが余計な事に感づかないとも限らない。

 インベントリなどについてブランに伝えるのを躊躇していたのもそうした理由からだ。あちらはシェイプの制圧が成ればそのお祝いも兼ねて教えるつもりだが、一国を攻め滅ぼすほど強大な存在になれば、そうそう簡単にプレイヤーと接触する機会もなくなるだろうと考えてのことである。


 そういう意味ではバンブに教える情報については細心の注意を払う必要がある。

 何せ今後、彼の周囲には必ずプレイヤーが存在することになる。今のところは目敏く勘の良いプレイヤーはそのイエオリくらいのようだが、それでも十分脅威だ。


 NPCであれば、厄介な存在ならキルしてしまえば解決する。それが何者かの眷属だとしても、さらにその親をキルしてしまえばいいだけだ。

 しかしプレイヤーではそうはいかない。

 たとえキルしたとしても即座に復活してくるし、もし何らかの情報を得られでもしたら、その拡散を止める手立てはない。


〈──きみの感じた通り、そのイエオリは危険だ。今後のMPCの活動については、他の何をおいてもイエオリの仕草や動向を一番に警戒してほしい。もっとも、MPCはきみのクランだし、こちらから何か要請出来るものでもないからこれはただのお願いなんだが〉


〈やらしい言い方すんなよ。言われるまでもなく、家檻の監視については任せておけ。それからちょっとイントネーションが気になるから訂正しておくと、住居の家に牢獄の檻って書いて家檻だ〉


 MPC専用のSNSでその名は見かけた覚えがある。てっきりカオリとでも読むのかと思っていた。

 カオリにあてられる字はたくさんあるにもかかわらず、わざわざ家に檻と書いてカオリにするとは若干病んだ素質があるというか、別の意味での危険人物かもしれないと考えていたが、そういうことなら安心である。音としてイエとオリが必要だったからあてた漢字だということだ。


〈覚えておこう。それで、次は王都への襲撃だったかな。あそこにはきみもよく知っている聖女アマーリエ──マーレがいるから、きみが参加したとしてもまず間違いなく襲撃は失敗するが、それを前提とした企画だと考えていいんだよね? わたしとしては、その結果どこまで王都にプレッシャーをかけられるかが気になるところだな。城壁を突破する手立てはあるのかい?〉


〈城壁を突破するってか、壁を越える事だけを考えりゃ、方法論としちゃ2つしかねえ。破壊するか、乗り越えるかだ。破壊する場合はまだいいが、乗り越えた場合、失敗が最初から確定してるんだったら、乗り越えた城壁の存在こそが退路を阻む一番の障害になる。だから逆説的に乗り越えるってのはナシだ〉


 バンブが1人で襲撃するなら内部で『召喚』などを駆使する事で城壁を越える事も出来るが、MPCとして活動する以上それは出来ない。

 であれば確かに破壊するか乗り越えるかしか無いだろう。

 そして失敗が前提であるなら、リーダーとしては退却について考えなければならない。

 乗り越えて侵入した場合、退却の際も同様に乗り越えなければならなくなるが、そもそも退却というのは戦況が芳しくないからするのである。その状況で悠長に城壁をよじ登ろうとしても、弓矢や魔法のいい的になるだけだ。


〈と言っても、さすがにあの城壁を破壊するだけの手札は俺たちにはない。出来たとしても時間がかかるだろうし、その間、国を守る騎士たちが指をくわえて見ててくれるわけじゃねえしな〉


 ウェルス聖教会の擁する戦力であれば、何かと理由をつけて出撃させないのは可能だが、騎士団を止めることはできない。

 聖教会は現時点でも国に対してある程度の発言力を持ってはいるが、さすがに魔物の襲撃を受けている中で、城壁が破壊されるまでは出撃を見合わせるように、などと言えるはずがない。


〈つまり、王都の内部の被害を狙うってのは現実的じゃないってことだ。必然的に戦場は城壁外になる。城壁を破壊するそぶりを見せりゃ騎士団なり衛兵隊なりが出てくるだろうし、そしたらそいつらを攻撃して、適当なところで切り上げて退却だな。これを何回か繰り返しゃ、国に対するプレッシャーとしては十分だろ〉


 やはり見た目や話し方とは裏腹に、バンブは非常に優秀な人材だ。


〈いいプランだ。攻撃する魔物プレイヤーたちも生きて帰ることができれば経験値を得られるだろうし、王都の被害もコントロール可能だ。きみを勧誘して正解だった〉


〈お気に召したのならなによりだよ。それと、たとえ戦況不利になったとしても俺が直接戦う事は多分ない。クランメンバーにゃそれなりに気持ちも入ってるが、手の内を晒すほどかって言ったらそうでもねえし〉


〈それならよかった。ただひとつ言うとするなら、王都周辺の、他の街からの増援には気を付けた方がいい。きみたちの王都襲撃が始まるころには、グロースムントが落ちている事はすでにウェルスも掴んでいるはずだ。となれば王都周辺の別の街から戦力を募り、王都防衛に投入される可能性は十分にある。いや、あるいはタイミングによっては王都からグロースムントに逆侵攻をかけられる事もあるかもしれない〉


〈こっちの目的は王都への攻撃ってよりは、脅威を与えることと経験値稼ぎだからな。敵が増えんならその両方を満たせるってもんだから、むしろ歓迎だ。グロースムント奪還を計画されるのは確かに面倒だが、こっちも別に守るほどのもんでもない。最悪は放棄して逃げちまえばいい。そしたらまた襲撃をかけるだけの話だ〉


〈なるほど。その通りだな。わたしはわたしですることがあるからこの件については君に任せきりになるが、もし時間が空いたらマーレの姿を借りて見に行くかもしれない。その時はよろしくね〉






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