第256話「コバルトブルー」(バンブ視点)





 相談があるんだが──


 バンブがそう声をかけた時にはすでに、仮の拠点まで用意してあった。


 人類国家を攻撃することについては、クラン専用のSNSの開設当初から話に上がってはいた。

 レアにはこの時点からアカウントを与えておいたので、その時の会話を見ていたのだろう。

 この様子では、何も言い出さなければ向こうから提案してきていたかもしれない。


 この時の相談というのは「攻めるとしたらどの国がよいか」という事だったのだが、拠点が用意されているのならそれはすでに決まっているようなものだ。

 どのみち、レアやあのライラたち──マグナメルムというプレイヤーズクランは大陸の全ての国の中枢に潜り込んでいるらしく、人類国家と事を構えるのなら必ず彼女たちと衝突する事になる。

 協力体制にある以上は当然打ち合わせが必要だ。


 レアからは、このマグナメルムにバンブも参加しないかとお誘いを受けている。

 ライラがわざわざフレンドチャットで威嚇してきたが、そちらも反対するとまでは明言していなかった。

 バンブにとってはクランの掛け持ちになり、自分自身のダンジョンの事も考えるとかなり忙しい事になるが、実際のところ自ら行動する必要がある件はMPCの装備作りくらいなものだ。マグナメルムの活動に関しても当面はMPCの運営だけで十分であるようだし、参加自体は問題なかった。

 しかしバンブはこのメンバーの中に自分が入るというのは、少し力不足なのではないかと感じていた。

 レアにはタダでさえMPCの件で全面的にスポンサーになってもらっている。

 その上で明らかに実力的に劣るバンブがメンバーとしてクランに参加するとなれば、より一層頭が上がらなくなるのではないかと考えてしまい、回答は保留にしてあった。


 この頃には流石に、世事に疎いバンブと言えどもレアの正体には気がついていた。

 と言っても確信したのは最近になってからである。

 アダマスやカーバイトといった上位の金属の提供を受ける際に指定された場所、リーベ大森林に行った時だ。

 あの場所を待ち合わせ場所に指定した事もそうだが、いかにもあの周辺を完全に掌握しているかのような雰囲気だった。


 リーベ大森林と言えば、バンブも都市を滅ぼした第二回公式イベントで、バンブとは違い国すら滅ぼしてみせた第七災厄が生誕したと言われている場所である。

 その周辺を掌握しているとなれば、レアがその第七災厄か、あるいは第七災厄とされている魔物を支配しているかのどちらかであるのは間違いない。いや、仮に彼女の眷属が第七災厄だったとしても、その黒幕がレアであるなら広い意味では彼女が災厄だと言ってもいいだろう。


 さらにもうひとつ、リーベ大森林の名は以前にもSNSに登場した事がある。

 第一回公式イベント、バトルロイヤルの終了直後だ。

 あのイベントの優勝者は、普段はあの森林で稼いでいるという噂が立ったことがあった。

 と言ってもその信憑性は疑わしいとされていた。

 その後しばらくして次のイベントで森が完全に危険区域になったため、その優勝者に関してはバトルロイヤルそのものも含めて、プレイヤーを森に注目させるための運営の仕込みなのではないかと考えられたためだ。


 その優勝者こそがレアである。

 だとしたら、運営の仕込みを疑うよりも、彼女は元々魔物であり、その上でバンブと違い効率的に経験値を稼ぐ事に成功し、その力で第一回目のイベントに優勝し、その後さらに成長し大森林を拠点にして国に攻め入った、と考えた方が自然だ。というか、それが正解だろう。


 マグナメルムは「全ての国の中枢に潜り込んでいる」と言っていた。普通に考えれば突拍子もない話だが、レアが第七災厄であり、そう言われるだけの力があるとすれば不思議でもない。


 まずウェルスについてはわかりやすい。噂の聖女がそれだ。あれはレアが言うところの「着ぐるみ」である。その具体的な手段についてはまだ聞かされていないが、聖女がレアの完全な支配下にあるのは間違いない。

 おそらくレアはあの聖女を足がかりにして聖教会を掌握し、そこからウェルス王国中枢に食い込んでいくつもりなのだ。


 ポートリーについてもわからないでもない。

 以前にあの国は旧ヒルス王国の村を不当に占領したらしい。

 SNSの書き込みを見た限りでは、その報復として謎の骸骨軍団が王国を襲い、そして国王が倒されたという事だった。

 間違いなくレアの仕業だ。

 ただ公式サイトによればまだポートリー王国が滅んだわけではないようなので、王族を根絶やしにしたわけでも、王都を滅ぼしたわけでもない。

 王が倒れたことで起きた政権交代のどさくさに紛れ、新政権の重要ポストに自分たちの息のかかった者を送り込んだと考えるのが妥当だろう。


 また政権交代と言えば、オーラル王国が思い出される。

 あれはヒルス王国が滅んだ第二回イベント、その後半に起きた軍事クーデターによって成されたものだ。

 王城自体は無血に近い制圧だったようだし、街なかでの戦闘も騎士同士によるものが殆どで、そのため死者はかなり少なかったらしい。

 しかし先代国王の騎士団が未だに機能しているという点から考えても、クーデター後も国王が生きているのは明らかだ。普通に考えたらそのようなことはありえない。前政権のもとにまるごと軍事力を残しているようなものだし、なんならその前政権の軍事力によって治安維持活動もさせているほどだ。

 あまりに異常な状況だが、これも前国王を完全に支配していると仮定すれば納得がいく。

 あのレアが何の種族の魔物なのかはわからないが、少なくともアンデッド、ゴブリン、そしてアリを支配しているのは間違いない。この時点でバンブの知る『使役』の効果から考えれば有り得ない事だ。今更そこにヒューマンが一種増えたところで変わるまい。


 そしてペアレ王国はバンブのホームのある国だ。

 そのためSNSはこまめにチェックしている。

 それによれば、キーファという街の近くのダンジョンに謎のローブのNPCが現れたという噂があるらしい。

 間違いなくレアである。

 黒いのもいたということなので、ライラも同行していたようだ。

 そうであるなら、あの国の未来はもう決まっているも同然だ。


 シェイプについてはあまり目立ったイベントも起きていないためわからないが、第三回イベント、天使襲撃のさなかにいくつかの街が巨人によって滅ぼされたという書き込みを見かけた。

 また最近は全体的に街の治安が不安定になっているというか、NPC同士による喧嘩や抗争などをよく見かけるらしい。

 これらがどう関係しているのかはわからないが、もしかしたらすでに、シェイプ王国にもマグナメルムの撃ち込んだ毒がゆっくりとまわり始めているのかもしれない。





「……まあ、あいつの撃ち込んだ毒、っていう意味では、俺自身もここに撃ち込まれた毒と言えなくもねえわけだが」


「マスター、なんか言いました?」


「いや、独り言だ」


 作戦会議の最中だった。

 SNS上で済ませてしまってもいいのだが、あちらはログが残せるというメリットがある反面、無関係な誰かに見られてしまうという可能性を消すことは出来ない。

 閲覧にはログインが必要で、そのためのアカウントを作るにはバンブの許可が必要なのだが、それさえ掻い潜る存在がいないとも限らない。

 であればVRモジュールの個人認証とアカウントを連携させなければログインできないゲーム内の方がいくらかセキュリティとしては高いはずだ。

 もっとも、こちらはこちらでゲーム内ならではのある種アナログな手段──物理的な潜入や盗み聞きなど──によって情報漏洩のリスクがあるという事は忘れてはならないが。


「参加予定者はもう全員この仮設アジトに集合済みだな」


「はい。いつでもいけます」


「よし、じゃ予定通り、リアル時間で明日のこの時間から作戦開始だ。今回襲撃するのはウェルス王都の隣の街、グロースムントだ。どこまでできるかわからんが、可能ならこの街を完全に支配下に置きたい。以降の作戦の拠点に出来れば最高だな」


「マスター、プレイヤーだって言っても、魔物の俺たちだけで制圧しちまったらダンジョン化しちまうんじゃ?」


「それはおそらく問題ない。制圧しても街のままのはずだ。ただし、セーフティエリアを残すのは難しいだろう。セーフティエリアでは戦闘行動はとれないから、プレイヤーやNPCに立て篭まれると手出しができなくなる」


 バンブも以前、ノイシュロスでは苦労したものだ。


「どうするんですか?」


「外部から建物ごと破壊する。セーフティエリアと外を区別しているのは特定のオブジェクトで、これはセーフティエリアごとに違うから一概には言えないんだが、街の中ならまず間違いなく建物がそれだ。そいつを破壊してやればセーフティエリアやパーソナルエリアは消えてなくなる。残したままにするのが難しいってのはこれが理由だ。たぶん、結果的に街のセーフティエリアは全部破壊することになるはずだ」


 これが森の中や荒野に用意されたセーフティエリアであれば、キーとなるオブジェクトが地中に埋まっていたりするため破壊は難しくなるのだが、街なかであればむしろ楽な部類である。


「制圧した後は、ジェネラル系以上の種族の奴の眷属で街の警備をさせる。それならプレイヤーである俺たちが寝ている間も守らせる事が出来るからな。警備のローテーションについては制圧後に改めて打ち合わせをする。

 今のところで質問のある奴はいるか?」


 見渡してみるが誰も挙手をしない。問題なさそうだ。

 会議に出ているのはメンバー全員と言うわけではないが、少なくともジェネラルのプレイヤーは全員出席している。その上の種族になった者はまだいないため、ジェネラル以上と言ってもジェネラルしかいないのだが。


「よし、では各自準備をしておいてくれ。作戦開始30分前には所定の位置に集まっておくようにな」









 NPCの国家においても、天使たちによる襲撃の終息宣言が出されている。

 ペアレやシェイプなど、いちいちそのようなものを出さない国家もあるが、オーラル、ポートリー、そしてここウェルスに関しては国と聖教会が連名でそうした声明を出していた。

 その差はおそらくマグナメルムによる影響力の差だろう。

 つまりオーラルやポートリー、ウェルスにおいては政府に声明を出させる事ができるほどに中枢に食い込んでいるということだ。

 といっても別に嘘の内容というわけでもないし、状況から考えて天使の襲撃が落ち着いているのは確かだ。影響力と言うのが強権的に政府を従わせられるほどのものなのかどうかまでは判断できない。


「マスター、敵の守備隊はあらかた片付きました。王都から増援が来る前に市街地の制圧に入ります」


「おう。予定通りだな。このまま進めよう」


「はい!」


 天使襲撃の終息宣言が出された事で、ウェルス王国も各地に派遣されていた防衛隊はほとんどが引き上げられていた。

 それはもともと魔物の領域と接していない、城壁のないこういう平和な街であればさらに顕著だ。

 派遣した防衛隊を構成していた兵士や騎士たちに休息を与えるため、現在に限って言えば、各国の防衛能力は一時的に天使襲撃前より低下している。一種の揺り戻しとも言うべき状態だ。

 バンブたちはこの隙を狙って襲撃を計画したのである。


 終息宣言を出せば、国が明確にそう指示しなくとも各部隊や地方領主はそのように行動するだろうことはレアから伝えられていた。ゲームのNPCと言っても疲労を無視して行動し続けられるわけではない。考えてみれば当然の事だが、言われて初めて気がついた。

 特に今攻め込んでいるグロースムントは魔物の領域も遠く、かつ王都も近い街である。となれば領主の政策は王都に忖度そんたくしたものになりがちだ。自分の街だけで生きていく力や気概を持たず、王都の繁栄のおこぼれをもらう形でしか街が存続できないからだ。中央がそれとなく兵を休ませる事を匂わせれば、グロースムントも追従するだろう。


 その目論見は正しく、この時グロースムントにいた守備隊も、常設の自警団のようなものに毛が生えた程度だった。

 経済的に安定した街であるのは確かなようで、装備品こそ騎士にも劣らぬほど立派なものだったが、中身が泥人形さながらでは意味がない。

 そしてさらに立派な装備を着ているだろう正規の騎士は領主の館を守っているらしく、街の守備には出てこなかった。


「拍子抜け、と言っちゃあ何だが、前のイベントで街を襲った時と比べても格段に手ごたえがないな」


 あらかじめ戦力を低下させておくようマグナメルムの支援を受けた上での事だが、それにしても弱い。

 バンブの想定では騎士団とぶつかるのは街が襲われてすぐのことだったのだが、まさか街を無視して領主館の守りに入るとは思っていなかった。

 あのノイシュロスでは序盤からまさに総力戦と言った雰囲気で、兵士も住民も共に武器を取り襲い来るゴブリンに立ち向かっていたものだったが。


「国民性かな。いや、この大陸は国ってよりは街単位での独立気質が高いんだったか。じゃあ領主の問題か」


「首都のおこぼれをもらって繁栄してる街っていうのはどこもこんなもんなんじゃないですか」


 城壁がないため、スケルトンやゴブリンたちが群れをなして街になだれ込んでいくのがよく見える。

 あのスケルトンやゴブリンは大半がジェネラルの眷属だが、ところどころにはプレイヤーも混じっている。

 守備隊を倒したような、特に強い個体はだいたいそうだ。

 彼らは先陣切って住民たちに斬りかかっていく。


 眷属のゴブリンやスケルトンが住民をキルしてしまうと、その経験値は主君であるジェネラルが総取りとなる。

 敵の住民は弱く、こちらの眷属の手数が多いためそうなりがちである。

 それでは眷属を持たないプレイヤーの旨みが少ないため、戦闘はなるべくプレイヤーに優先させるよう取り決めがしてあった。

 眷属の魔物たちは、基本的に制圧した家や地域の維持や、数的圧力を与える目的でしか使わないということだ。

 それはレアから借りているガスラークについても同様であり、今もバンブの側に控えている。

 バンブにしてみれば上司に監視されているようで落ち着かない事この上ないが、それを表に出すわけにはいかない。なにせここではガスラークはバンブの眷属ということになっている。


〈さっきのよりも立派な鎧を着た集団と接触! 戦闘に入ります!〉


 前線にいるホブゴブリン・グラディエーターのプレイヤーからの連絡だ。

 魔物の種族は職業のような名前がついているが、それだけにわかりやすくなっている。

 グラディエーターはナイトからリーダーに転生する際に特殊な条件を満たしていれば選択できる種族で、リーダーと違いジェネラルへ進むことはできないがその分単体の戦闘力が高い種族だ。本人のプレイヤースキルにもよるが、多少眷属がいる程度のジェネラルであれば、眷属ごと粉砕して勝利することが出来るほどだ。


「ようやく騎士が出てきましたね。すでに街の住民の被害は無視できないレベルだと思うんですが、遅すぎる」


「そうだな。仮にここで俺たちを止められたとしても、もうこの街の復興は難しいだろう」


 傍らに控えているコボルトジェネラルの家檻の言葉を補足する。

 この家檻はあの草原で一番最初にバンブに声をかけてきたプレイヤーであり、今ではクランの副マスターを自称している。

 あの当時はゴブリンリーダーに過ぎなかったが、その後コボルト系への転生を果たし、さらに稼いであったらしい経験値を費やしてジェネラルにまで成長した。

 かつてバンブに装備の件について報告してきたスケルトンジェネラルのスケルトイも副マスターを名乗っているようだが、別に副将が何人居ても問題ないからか、特に衝突している様子もなく仲良くやっている。

 そのスケルトイは血の気が多く、眷属に攻撃させるのはルール違反だがプレイヤー本人なら問題ないっすよねとばかりに、眷属をそこらに控えさせておいて自分で突撃していった。


「──世間の反応は想定内だな。ゴブリンとスケルトンがメインってことで魔物プレイヤーによる襲撃と疑われている節もあるが、コボルトの存在によりそれを否定している者もいる。ゲームスタート時にはコボルトは選択できないし、公式SNSしか見ていないプレイヤーじゃあコボルト転生の事実を知るのは難しいからな」


「それにこちらの数の多さもプレイヤー説を否定する要因になっているようです。『使役』の存在は知っているはずですが、プレイヤー、それも魔物プレイヤーがすでにそれを取得している事については思い至っている人がいないみたいですね」


 複数の種族の魔物が手を組んで人を襲うというケースがあるのかどうかも知らないが、もし他にもそういうケースがあるのなら今回の襲撃もプレイヤーズクランによるものだとは思われないだろう。

 プレイヤーたちの脳裏にある、この大陸の強大な魔物といえば第七災厄である。

 彼女は蟲系の魔物とアンデッドを従え、最近では双頭のドラゴンと共に現れる事もあるという。

 複数の魔物を従える存在としてあれ以上に目立つ広告塔はないと言える。

 こちらもせいぜいその手先とでも勘違いしてくれれば助かる。


「あ、スケルトイが騎士団長を倒したみたいですね。あとは領主館を制圧し、領主をキルすればミッションは完了です」


「そうみてえだな。いかに平和な街とはいえ、騎士団長ともなりゃそこらの生半可なプレイヤーより強いのが普通だ。それを倒すとは、大した強さだ」


「……マスターにそれを言われても……」


「そういやそうか。まあ、世の中には一枚も二枚も上手の奴もいるってことだ。もしかしたら俺の他にもな」


「──それは「ブラン」や「ライラ」というプレイヤーの事ですか?」


 家檻を側に置いているのはそれなり以上の実力を持ち、かつ頭も回るからなのだが、その家檻からこの名前が出たことに少し動揺してしまった。

 しかしこの名前が出ること自体は驚くことでもない。

 前々回、第二回公式イベントで侵攻側としてランキングに載ったのが、これにバンブを加えた3名だったからだ。

 ライラと言えばあのレアの姉である。彼女たちの関係については直接聞いたわけではないが、おそらく間違いないだろう。ブランについてはバンブは直接知らないが、マグナメルムのメンバーの1人だろう事は想像に難くない。


「……そうだな。俺でさえ3位だったわけだからな」


「マスターはあのイベントの時、どういうプレイをしたんですか?」


「街を攻撃する魔物たちに混じってたくさんNPCをキルしていたな。まあプレイヤーも混じってたんだろうが」


「どこの国ですか?」


 この質問には慎重に答える必要がある。


 まずオーラルは論外だ。

 あの国の騎士は強い。例のイベント時にはほとんど被害は出なかったと聞いている。

 最も人が死んだのは王都のクーデター騒ぎの時、騎士同士の戦いによってだ。あの国を相手にして魔物プレイヤーが侵攻ポイントを稼ぐというのは難しい。


 ポートリーも同様である。数こそ多くはないが、騎士1人1人の強さは他国とは比べ物にならない。当然イベントでもその実力は遺憾なく発揮され、オーラルほどではないにしろ、陥落した街というのは確か存在しなかったはずだ。


 騎士が強いという意味ではシェイプも同様なのだが、こちらは街が1つ落ちている。といっても魔物にやられたわけではない。やったのは隣国ペアレの獣人たちだ。魔物プレイヤーが街でポイントを稼ぐのが難しいというのはこの国も同じである。


 ウェルスはどうだろうか。

 この国はヒルスとそう変わらない、ヒューマンの多い平和な国だ。騎士団もそれほど強いというわけではない。しかし前回イベントでは被害を最小限に抑える事が出来ていた。

 その理由は、少数の強いプレイヤーたちの奮闘によって早期に襲撃を収束させる事ができたためだ。ギノレガメッシュというプレイヤーの活躍を皮切りに、各地でそういう英雄ムーブをするプレイヤーが後を絶たなかったらしい。

 NPCの実力はともかく、プレイヤーの民度は高い国だったと言えるだろう。それだけに目立った活躍をした魔物がいれば話題になっていたはずであり、ここも魔物プレイヤーがポイントを稼いだ国としては考えづらい。


 ペアレと答えるのは言うまでもなく、まったく問題ない。何せ真実だからだ。しかしその場合、バンブがノイシュロス襲撃の首謀者である事を隠したままで、家檻を納得させられるだけの説得力を持ったシナリオを考えるのは難しい。


 となるとあとはヒルス王国しかない。

 幸い、と言ってはNPCに恨まれるかも知れないが、あの国は滅んだ街には事欠かない。

 どうせほとんどはレアによるものだろうが、それが確定しているのは意外にも王都と、リーベ大森林を臨むエアファーレン、そしてそれらをつなぐラコリーヌという街だけだ。

 ならば他の街の陥落にバンブが関与していた事にすれば問題ないはずだ。


「──ヒルス王国、いや旧ヒルス王国だな。街の名前は忘れたが、いくつか連続してアンデッドに襲われたっていう街があったろう。あの辺だ。これはお前にだけ教えるんだが──」


 バンブはフードの中のマスクを下げ、その醜い顔を家檻に見せた。

 家檻のコバルトブルーの瞳を覗き込み、告げる。


「実は俺は、ゴブリンとアンデッドのハイブリッドでな。ゴブリン系もアンデッド系も両方『使役』することができる。つまりまあ、そういうわけだ」


 ヒルスで活動していたというのは嘘だが、それ以外は本当だ。強いて言うのならアンデッド系を『使役』できたのは自分がアンデッドだからではなくシャーマン系の種族だったからだが、大した問題ではない。

 地味なイメージがあるせいか、クランメンバーにもシャーマン系はいない。


「誰にも言うなよ。しばらくはな」


「は、はいわかりました。言いません……」


「で、なんでそんな事を言いだしたんだ」


 あまり突っ込まれたくない話題のため、逸らす意味を込めて聞き返した。


「……マスターは、人類、魔物合わせてこれまで私が見た中で一番強いプレイヤーだと思います」


「そうか。そりゃありがとよ」


 これはあの日、レアの操る聖女にキルされるまでバンブも信じて疑わない内容だった。

 その前のイベントで順位的にバンブよりも上の者が2名いたことはいたが、それも実力と言うよりは巡り合わせ、例えば運だとか、何かのサポートで思いがけずポイントを稼いでしまったとか、そんなところだろうと考えていた。

 確かに仕様上、戦闘力が高い方がイベントで活躍しやすい傾向にあるが、多くの経験値を得ているとしても戦闘関連にばかり振っているプレイヤーだけではあるまい。そういうプレイヤーが隙間産業的な活躍をしてポイントを稼いだのではないかということだ。

 実際には違ったわけだが、そういったポイント稼ぎの可能性が潰えたわけではない。家檻の言いたいのはそういうことだろう。


「そのマスターが、侵攻ポイント3位というのはちょっと信じられないというか、もちろんマスターの言うように、もっと強いプレイヤーを私が知らないだけなのかもしれませんが……。

 そんなプレイヤーがいると考えるよりも、実力とは別に、なんていうか、効率的な部分で私たちの想像を超える動きをしたプレイヤーがいたんじゃないかって」


「ふうん?」


 効率、となるとバンブの想定とも少し違う。

 相槌で先を促す。


「あのイベントは、侵攻と防衛についてポイントが分けられていました。魔物による襲撃というイベントですから、防衛というのは人類の街を守ることで、侵攻はそれ以外と取ることもできます。

 防衛ポイントを稼ぐには街を守ればよく、侵攻がその逆だとすれば、もっとも侵攻ポイントを稼げる功績は何かと言えば、単純に考えれば街の陥落です」


「まあ、そうだな」


 バンブのしたのがそれである。それでも3位しか取れなかったが。


「でもそれ以上に稼げるかもしれない可能性が存在します。国家の滅亡です」


 レアのしたのがそれだろう。もっとも彼女は運営と何らかの取引をした結果、ランキングには載らなかったらしいが。


「つまりヒルスを滅ぼした災厄がブランだと? いくらなんでも──」


「はい、さすがにそれは飛躍しすぎです。でも、あの時私は違和感を覚えたんです。災厄によってヒルス王都が陥落したのは2日目の夜でした。でも公式サイトからヒルス王国が消えたのは3日目の夕方です。この半日のズレはなんなのか」


「それはオーラルのクーデターがらみで書き込みがあったな。

 確か当時のオーラル国王がヒルスから亡命してきた王族を殺してアーティファクトを奪ったからで──」


「その書き込みは私も見ました。

 しかし、森エッティ教授というプレイヤーが作成した最新版のマップによれば、ヒルス王都とオーラル王都はかなり離れています。馬車を飛ばしたとしても到底半日程度で到達できる距離ではありません」


 プレイヤーメイドのマップについては非常に精度の高いものが作られている事は知っている。レアも褒めていた。


「という事は、オーラル国王は亡命してくるかどうかもわからない王族を、ヒルス王都から半日の距離で待ち構えていた事になります」


 ヒルス王都が災厄級の魔物に襲われた事をオーラルが知ったとしても、それから兵を出したのではやはり間に合わない。

 そもそも、リアルタイムでヒルス王都襲撃の事実を知ること自体難しいだろう。

 となると第七災厄がヒルス王都に現れる前には兵を出しておかなければならない。


「……なるほど。そう言われりゃ、確かに不自然だな」


「ここに侵攻ポイントを大きく稼いだプレイヤーの存在を重ねると、ひとつの仮説を立てることができます。

 すなわち、ヒルス周辺で強盗か何かをしていたブランやライラというプレイヤーが、たまたま見つけて襲撃した馬車が、ヒルス王家の生き残りの馬車であり、彼らの持っていたアーティファクトも奪った。

 しかしアーティファクトに触れることで得られた情報から、プレイヤー、しかも盗賊が持っていても仕方がないアイテムであることがわかり、隣国オーラルにアーティファクトを売り払った。ヒルス国内で売らなかったのは、自分たちが襲った馬車がヒルス王家のものだと察したからでしょう。

 タイミングや位置的に考えて、この時売ったであろうオーラルの都市はおそらくヒューゲルカップです。SNSへの一部のプレイヤーの書き込みもそれを裏付けています」


 一応筋は通っている。

 ヒルス王都を滅ぼしたのは第七災厄──レアで間違いない。

 しかしSNSにもあったように、その際に王族が亡命を企て、王都から脱出したのもまた確かなのだろう。公式サイト更新のタイミングや、その後のオーラル革命後の声明からもそれは明らかだ。

 ヒューゲルカップのくだりは、ヒルス滅亡の公式認定からそれほど時間もたたないうちに、ヒューゲルカップの騎士がその事実を知っていたという書き込みの事だ。


「その後、このヒューゲルカップの領主の旗振りでクーデターが起こされたという事ですから、普通に考えればアーティファクトを入手することで野心が増大した領主が、王権を倒して新たにオーラルの実権を握ろうと考えて事を起こしたものなのではないかと。

 いえ、それにしても準備から実行までが早すぎますから、やはりクーデターの計画自体は王女と共にかねてから練っていて、アーティファクトの入手は引き金にしか過ぎなかったと考える方がスマートですね。

 もしこの仮説が正しければ、オーラルの革命後に新女王から出された声明にあった「前王が亡命してきたヒルス王族を不当に殺害した」という文言は嘘ということになります。本来のクーデターの動機を隠すための欺瞞情報でしょう」


 たまたまヒルス王族をキルしたプレイヤーがアーティファクトを背負ってやってきたため、それをうまいこと利用したというわけだ。

 それを欺瞞情報に利用したという事は、元々のクーデターの動機はもっとロクでもないものだった可能性が高い。

 もっともそれはバンブにとっても家檻にとってもどうでもいい事ではあるが。


 ただ、ヒューゲルカップの領主については今回の大天使討伐でも大活躍をしたNPCだ。

 遠目ではあるが、バンブもちらりと聖女と親しげに会話している様子を見た。その印象からでは、優秀そうではありつつも、クーデターを首謀するような人物には見えなかった。

 家檻の言うような野心あふれる領主像とは少しずれているように思える。


 ふと、その領主と話していた聖女の姿も思い出された。

 あれも聖女としてふさわしいかどうかはバンブにはわからないが、少なくとも気品あふれる淑やかなイメージがあったのは確かだ。

 かつてバンブに槍を突き刺した、あの娘とは少しイメージが違うように思える。あれはあれで育ちの良さはあったように思えるが、少なくとも淑やかではない。もっと凛とした雰囲気だった。

 そのイメージの差はおそらく、文字通り中身の差だろう。

 聖女本人か、それともレアが操っているのかの差だ。


 もし、これが領主にも同じ事が言えるとしたら。

 クーデターを目論んだ領主というのは、実は領主の着ぐるみを着た別の人物だったとしたら。

 だとしたら、それがおそらくブランかライラだ。

 そしてその場合、家檻の仮説も併せて考えれば、亡命するヒルス王族をキルしたのもその人物、ヒューゲルカップの領主本人だったということになる。


 まだ知り合って間もないが、例えばあのライラであれば、クーデターを起こした上に、さらに自分の罪までも前王になすりつけたとしても不思議はない。そのくらいの事は鼻歌まじりにしそうである。

 ブランの方が順位が上である事を考えれば、黒幕はブランの可能性もあるが、あのレアやライラよりも悪辣な人物というのはバンブにはちょっと想像出来ない。だとしたらブランはおそらく実行犯といった所だろう。


「……亡命するヒルス王族をキルしたことこそが、ヒルス滅亡の直接的な原因になった。だからプレイヤーの勲功1位はブランとライラになる、というわけか」


「はい。さらにその後のオーラル革命の引き金にもなった可能性もあります。もっともそちらがポイントとして加算されているかはわかりませんが。

 そしてこれなら、おそらくマスターほどの戦闘力は必要ありません」


 話している間に、領主の館は制圧され、領主は無事にキルできたようだ。

 クランメンバーから次々に状況クリアの報告が入ってくる。

 それらに律儀に返事をしながらバンブは考えた。


 家檻の考えが正しいのかどうか、それは本人たちに聞いてみなければわからない。

 あのライラがただの盗賊というのはイメージに合わないため、どちらかと言えば家檻の仮説をもとにしたバンブの考えの方が正解に近いだろう。

 しかし現状、家檻の仮説を否定するだけの材料はない。

 それはつまり、家檻の仮説が一定の説得力を持っているということを意味している。

 裁判などを行なうというわけではないし、事実がどうなのかや証拠があるのかなどは重要ではない。

 もしこの仮説が広まる事があれば、それがプレイヤーたちにとっての真実となるだろう。


 「ライラ」や「ブラン」といったプレイヤーに興味を持ち、隙のない仮説を立てることが出来る人物。

 この家檻というプレイヤーは有能だが危険だ。

 これは報告の必要があるかもしれない。






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