第250話「邪王の毒」





 プレイヤーとの会話はすべてライラに任せていた。

 レアでは気をつけていても何かの拍子にボロを出してしまわないとも限らないし、言っては何だがブランは問題外だ。


〈別に、ドラゴンを見るために遠くからはるばるやってきた、ということにしてもよかったんじゃないの?〉


〈それだとどこでドラゴンの話を聞いたんだって事になっちゃうでしょう。SNSで見た! なんて言えるわけないし〉


〈クーポンかよ! ってやりとりどっかでしたよね。どこだっけ〉


〈もう忘れたよ〉


 しかしライラに任せて正解だった。聞いていて感心した。


 明言はしていないのに、さりげなく街道をずっと移動して来たかのように話したり、遠くから馬車を乗り継いで来たようにアピールしたり、芸が細かい。大半は事実ではあるのだが、途中で空を飛んでみたり、遺跡に寄り道したりもしている。話した通りの内容というわけでもない。

 この姉はやはり、医療アドバイザーなどより詐欺師の方が向いている。

 もし実家で雇う事になるならば、営業や広報に回した方がいいかもしれない。


 ただ、気になることもある。

 ドラゴン、という単語が会話に出てきてから、周囲にさりげなく村人たちが集まってきている事だ。

 会話を拾った村人が、他の村人を呼びに行き、その村人がまた他の村人を呼び、といった具合にどんどん人がこちらに集まってきているのが『魔眼』で感じられる。

 そう広くない村ということもあり、いつしかほとんど全ての村人が辺りに潜んで会話を聞いているような状況になっていた。


「それで、ドラゴンを見ることはできるのかな。せっかくここまで来たのだし、できればお目にかかりたいのだけれど」


 ドラゴンがいるというのはおそらく、ここからも見えるあの山だろう。

 別にプレイヤーに案内してもらう必要はないが、ロールプレイの一環としてなら仕方ない。


「どうかな。村の人たちは信じてるみたいだけど、俺たちは会ったこともないし、本当にいるのかどうかもわからんし。ちなみにドラゴンに会ってどうするんだ?」


「ああ、うん。実は私の妹──こっちの白いローブの子なんだけど、この子は生まれつき身体が弱くて、目も不自由でね。私たちはそれを何とか出来ないものかと旅をしているわけなんだけど。魔物の肝なんかは薬の材料になるという話も聞くし、この村にはドラゴンがいるというじゃないか。

 ならここはひとつドラゴンの肝を煎じて飲ませてやろうかと思ってさ」


 やはり、ライラに任せたのは間違いだったかもしれない。


 目の前のプレイヤーたちはそう大きくは反応しなかったが、辺りで様子を窺っていた村人たちがそれを聞き、色めき立った。

 その雰囲気を感じ取り、動揺するプレイヤーたち。そういえば彼らの名前をまだ知らない。彼らはまだ名乗ってすらいない。こちらも名乗っていないのでお互い様だが。


 村人たちはそれぞれの家からくわや鎌、斧、弓矢や短剣などを持ち寄り、レアたちを取り囲んだ。

 全員が殺意を持ってこちらを睨みつけている。

 この村は狐獣人の村のようで、村人たちはみな狐のような耳としっぽを生やしている。


 どうやら村人たちにとってドラゴンというのはある意味で信仰対象のようなものらしい。

 それを害する趣旨の発言をしたライラを彼らは許せないようだ。

 いや──


〈あくまで可能性の話だけど、そのドラゴンとやらがこの村人たちを『使役』しているってことはないかな〉


〈あー。ないではないかも。でも以前の御者さんの話しぶりから考えると、普通に土地神様的な存在として神格化されてるってほうがありそうかな〉


〈ふっふっふ。いい方法がありますぜ。そういう場合はとりあえず──〉


〈キルしてみればいいって言うんでしょ。まあ、それが一番合理的だよね〉


 所詮は農業や林業、たまの狩り程度しかしない村人である。

 それらの作業によっても当然経験値は得ているだろうが、単に経験値を得ただけでは戦闘力には繋がらない。

 それ以上にその経験値を何に振ったのかということや、実際の戦闘での経験が重要になるということはケリーやディアスが証明している。

 であれば村人たちなど敵ではない。

 包囲されようがされまいが結果に変わりはない。


「ま、待ってくれみんな! そんな、急に!」


「そうだよ! この人たちだって、妹さんの目を治すためにワラをも掴む想いで来ただけなのかも知れないし──」


 急に殺気立って集まってきた村人たちの様子に、プレイヤーたちは狼狽え、止めようとした。


「──庇うのか? その、竜神様に仇為そうとする余所者たちを」


 村長とかそういう立場なのか、年嵩ながらも精悍な体つきの男性がプレイヤーに凄む。


「庇うとか、そういう話じゃない! とりあえず落ち着いて、話し合えないのかって言ってるだけだ!」


「──自分の利益のためだけに、竜神様を害そうなど、罰当たりにも程がある。そういう考えが浮かぶというだけで危険なやつらだ。始末するしかない」


 どう見ても狂信者である。危険なのは明らかに村人たちの方だ。

 もしかしたら、あの御者がここに立ち寄りたくなかったのは、ドラゴンの祟りを恐れていたのではなく、ドラゴンに取り憑かれた村人たちを恐れていたためなのかもしれない。

 まあある意味で村はドラゴンに対する妄執に祟られていると言えなくもないため、ドラゴンの祟りと言っても過言ではないのだろうが。


「利益、って、健康上の──」


「どきなさい。あんたらが悪い人間じゃないのはわかっとる。罰当たり者を庇い立てしたのも、優しさから来る気の迷いだろう。家に入っとりなさい。すぐに済む」


 村長(仮)に諭され、プレイヤーたちは目配せをした。

 フレンドチャットか何かで相談をしているのだろう。


 しかしレアたちとしてはどうでもいい。

 ライラの冗談半分の発言から一気にクライマックスになってしまったが、ブランが必要としている魂の件もあるし、ちょうどいい機会とも言える。

 プレイヤーをキルして魂を奪えるのかどうかはやってみなければわからないが、NPCと変わらないというなら可能だろう。ただ蘇生できなくなるというだけだ。リスポーンはどこかから魂が補充されるため──本当にシステムとして魂が存在しているのならサーバーから魂のバックアップを読み込んで再現しているとかだろう──問題ないはずだ。それならむしろプレイヤーから奪う方が効率がいいとも言える。

 もっともそうだとしても3人ぽっちでは誤差に過ぎない。彼らが村人側に回ろうが村人を止める側に回ろうが、静観しようが大差ない。


「そ、そうだけど、そうじゃない! それ以前に、みなさんじゃあこのローブの人たちには太刀打ち出来ない! 殺されるのがオチだ! 考え直してくれ!」


 ちょっと思っていたのと違った。

 このプレイヤーたちは心情的には村人寄りのようだ。

 その上で、止めようとしていたのはレアたちのためではなく、村人たちのためらしい。


 先ほどこちらに対して看破のモノクルを使用したようだったし、そこで何も見えなかったため、村人たちとレアたちとの実力差を感じ取ったのだろう。


 村人たちはプレイヤーたちとなおも押し問答のような事を続けているが、本当にこちらを殺すつもりならプレイヤーなど無視して矢でも放ってくればいい。

 それをしない事からも、彼らは今しがたの、村人ではレアたちに太刀打ち出来ないというプレイヤーの言葉に少し尻込みしてしまっているようだ。


 そうしてしばらく、乾いた稲穂の香りをバックにプレイヤーと村人たちが言い合う声だけが響く。

 実に長閑だが、これは一体何待ちの時間なのかと言いたくなってくる。


〈……なんか、時間がもったいないね〉


〈おっと。そういうの最初に言うの絶対レアちゃんだと思ったんだけど、まさかのブランちゃん〉


〈まるでわたしが一番堪え性が無いみたいな言い方しないでもらえるかな。というか、別に我慢の問題じゃないでしょう。普通に時間の無駄だよ〉


〈まあそうだね。幸い村の人達はこっちを警戒しつつもプレイヤーのみなさんに意識が向いてるし、ここはこっそりと──〉


 ライラはゆっくりと取り囲む村人たちを見渡した。

 キョロキョロしている、とはギリギリ思われない程度にゆっくりと、何度か首を巡らせて村人たちに視線を飛ばす。


「……うう……」


「なんだ……身体が……」


 すると村人たちが次々と手に持った農具や武器を取り落し始めた。重くて持っていられなくなった、といった様子だ。

 次第に膝を付く者や、うずくまる者まで出始めた。


「えっ? え? ど、どうしたんですかみなさん……?」


「体調でも悪いのか……? なんで急に、しかも一気に?」


 プレイヤーたちは、たった今まで目の前で言い争いをしていた村長(仮)までもが片膝を付くのを見て動揺している。


 ライラが『邪眼』で何かをしたのだ。

 と言っても『真眼』で見える限りでは特にLPが減少しているといったことはない。おそらく衰弱などの、能力値低下や行動妨害系だろう。


「──ふうむ。その竜神様とやら本人?の意思を確認もせずに、いたずらにバチだのなんだのと騒ぎ立てるから、君たちの方にバチが当たったんじゃないのかい?」


 ライラが村人たちを煽る。


「……もしかして、あんたたちが何かしたのか?」


「心外だな。こちらはただ彼らに取り囲まれていただけだよ。私達に何が出来るっていうんだ。丸腰だというのに」


「……」


 ライラの言うことももっともではあるが、プレイヤーたちは警戒を解かない。

 彼らにしてみれば、こちらは看破のモノクルで何も見えなかった対象だ。警戒はいくらしてもし足りないと言える。彼らの反応は正しい。

 相手の情報が何もわからないということは、何をしてくるのかもわからないということだ。


「さて。静かになったという事は、納得してもらえたと考えていいようだね。

 その、ドラゴン様というのがおわすのはあの山かな? 村人全員の同意が得られたようだし、私達は行くとしよう」


「え、あ、ま、待て……」


 立っているのはもはやプレイヤーだけだ。

 歩き出すライラを止めようと声をかけるが、精彩を欠いている。状況についてこれていないという感じだ。

 謎の能力によって村人全員を地に這わせたライラを恐れているというのが手に取るようにわかる。


「ドラゴンに会ったら、帰りにまた寄るとしよう。その時はよろしく」


 レアとブランも無言でライラの後に続き、山に入った。





 村が見えなくなったあたりで、ライラに聞いてみる。


「別に、ついでに猛毒でも与えてあのままキルしてしまってもよかったんじゃないの?」


「それでもいいんだけど。何か直接目の前で大量にキルするっていうのは黒幕っぽくない気がしない? ただの実行犯感あるっていうか。だから仕込みだけにしておこうかと思ってさ。

 村人たちにしてみれば、何故か急に全身から力が抜けて、立っていられなくなったというだけのこと。彼らはそれをどう思うのか。

 もちろんあのプレイヤーが言ったように、こちらが何かをした可能性くらいは思い当たるだろうけど、彼らが心からドラゴン様を信仰しているのなら、ひとかけらくらいは「もしかしたら本当にバチが当たったのかも」と思うかもしれない。そうでなくとも、無意識のうちにこちらを恐れて力が抜けた、つまりドラゴン様より自分の身を優先してしまった、とか考えて罪悪感を覚えたりとかするんじゃないかなって。

 要は彼らの心の片隅に後ろめたさを与えてやろうと思ってね。信心深い田舎の人たちってそういうところあるじゃない?」


 つまりライラはあの村人たちに、肉体的な毒ではなく、精神的な毒を打ち込んだという事らしい。

 この後、事態がどう推移するかは実際にドラゴンとやらを見てみなければわからないが、状況によっては直接村人たちをキルするよりもずっとドラマティックな展開になるだろう。もちろんあのプレイヤーたちにとって。


 ライラに会話を任せたのは間違いだったか正解だったかまだ何とも言えないが、気まぐれに村に立ち寄ったのは正解だった。


 これ以上無いくらいの黒幕ムーヴが出来たと言えるだろう。





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