第249話「金色の海」(別視点)
枕蓮はケモ耳が好きだ。
と言っても自分に生やすのが好きなわけではない。ケモ耳が生えているキャラクターを愛でるのが好きなのだ。
だから初期国家には当然ペアレ王国を選択した。
そんな彼が初期スポーンしたのは空っ風吹きすさぶ草原だった。その風は山を越えて吹き下ろしているようで、草原からは雄大な山が見えた。
その山のふもとに村を見つけ、以来枕蓮はその村、ルート村を拠点にして活動していた。
ルート村は長閑な村だ。
ペアレ王国からは辺境の村として危険度が高いとされているようだが、実際には危険なことなどほとんどない。
辺境というのはこのゲームでは魔物の領域のごく近くにある集落の事を指すようで、SNSで得られる情報からすると、他国のほとんどの辺境の街というのは強固な城壁によって守られているらしい。
ところがペアレの辺境の多くにはそうした城壁などはなく、常に魔物の危険にさらされた状態で人々は生活している。
獣人は生まれつきヒューマンよりも能力値が高く様々なスキルも得やすいが、それでも生存率は高くない。その分、生き伸びて成人した住民は平均的に高い戦闘力を持っている。ペアレの住民のほとんどがルーキーのプレイヤーよりも強いのはそうした理由からだろう。
これは村の住民から聞いた事だが、城壁や村を守る騎士などが居ないためか、ほとんど税などはかかっていないらしい。
それどころか逆に国から金銭的な援助などもあるようだ。その代わり、村の人たちは自分の身は自分で守らねばならない。
辺境であるルート村には確かに、隣接するダンジョンがある。
ダンジョンというか、山なのだが、これが地元では魔物の領域とされている。
しかし枕蓮は、この山の魔物が村まで降りてくるのを見たことがない。
山にはドラゴンがいるという伝承があり、このドラゴンが山の魔物をすべて支配下に置いているのだという。
そのドラゴンの指示なのか、山に住む魔物たちは山の中だけで生活を完結させているらしい。
これが山の魔物が村を襲わない理由だ。
ドラゴンに直接会ったことのある住民はいないし、目撃証言もあいまいなものしかないのだが、とにかくそういう話になっており、本当にドラゴンなのかは不明なものの、強大な何者かによって半ば守られるような形でこの村は存続しているのだった。
プレイヤーである枕蓮としては物足りないとも言えるが、初期スポーンした村ということもあり、愛着の湧いてしまった今となってはこの村の長閑さも悪くないと思っていた。
枕蓮の後に付近に初期スポーンでやってきたプレイヤーたちはほとんどが戦闘を求めて別の街へ移っていったが、枕蓮はそんな気にはなれなかった。
枕蓮と同様に考えたプレイヤー、アスチンとマートンらと共に、畑を耕したり、たまに遠出して魔物を狩ったりしながら、このスローライフゲームを楽しんでいた。
*
「──まさに
「リアルじゃあんまり見られない光景だよね。食用農作物はほとんど工場で栽培されてるし、自然の中で太陽の光を受けて輝く稲穂なんて、もうクラシックなムービーの中でしか見られないから」
この地でコメの収穫を行なうのは初めてではないが、そのたびに枕蓮はこうして感動していた。
住民に借りた田畑で始めた稲作は、最初のうちこそうまくいかなかったものだが、今では村一番のコメ農家と言っても過言ではない腕前になっていた。
この世界の農作物は生育サイクルが早く、また季節によってそれほど大きな気候の変動がないため、1年の間に何度も栽培と収穫が可能だ。
ワンサイクルにリアルで半年かかってしまうようでは農業系のプレイヤーはほとんどがする事が無くなってしまい、ゲームとして面白みが半減してしまう。それだったらリアルで土地を借りて趣味の園芸をすればいいだけのため、これはある意味で当然の仕様と言える。
これは畜産でも同様なようで、動物や魔物も異常な早さで成長する。その割には成獣となってからの期間は長いようで、彼らは非常に歪なバランスの生涯を送る。
人間で言えば1歳程度で心身ともに成人し、その後50を過ぎるまでは若い姿のままであるようなものだ。
もっともこれはSNSで他国のプレイヤーから聞いただけなので、本当にそうなのかは知らない。
ペアレでは畜産はあまり盛んではなく、それはこのルート村でも同じだった。
「ここらの気候はコメに合ってるのかもな。確か昼夜の温度差があると生育にいいんだったかな。夜は雪が降るほど寒いし、昼は日が当ればこんなふうに暖かくなる」
アスチンの言うように、まだ朝だが降り注ぐ日差しは十分に暖かく、眼前の稲穂を黄金色に煌かせていた。
普通のコメなら雪などに降られてしまってはさすがにひとたまりもないが、これもゲームゆえの事だ。
「よし、天気のいいうちに稲刈りを済ませちまうか!」
この日は丹精込めて育てたコメを収穫する予定だった。
このコメは村の住民たちの育てた野菜や狩りの獲物と交換し、それで食事を作って店で村の人々にふるまうのだ。
枕蓮たちの店──スパカ食堂はその家屋から自分たちで建てたものだ。
ペアレ王国では、このような辺境には土地ごとの所有権のようなものはない。城壁などで覆われていないため、土地や空間が限られていないからだ。いくらでも村を広げることができるが、その広げた先で魔物に襲われたとしても自己責任である。縛られない代わりに守ってもくれない。自由とはそういうものだ。
枕蓮たちは、建築系のスキルは基礎のみを取得し、足りない部分はSTRやDEXを上げることで対応していた。
これは農業系スキルにおいても、調理系のスキルにおいても同様だった。すべて基本的なスキルだけを取得し、あとは能力値とリアルスキルでごまかした。もっとも調理系スキルは『下拵え』だけ取っておけばほとんどなんとかなったため、それほど問題はなかったが。
枕蓮たちはこの村で農業を営みながら食堂を経営し、時に魔物を狩りに出かけたりもする、マルチなプレイヤーとして活動しているのだった。
「ん? おい蓮、誰か来るぞ」
新参者である枕蓮たちの田畑は村の最外周部にある。当然街道をやってくる来客を最初に発見するのは彼らになる。
「おお、ホントだ。手ぶらってことはプレイヤーか? 赤黒白のローブたあ怪しんでくださいって言ってるようなもんだな」
「この辺はなんでか盗賊とかもいないし平和だから、別に変な格好してるからってどうこうなることはないけどね」
それにしてもこの村にわざわざプレイヤーが来るというのは珍しい事だ。
何せここには何もない。枕蓮たちのようにスローライフを楽しみたいなら最高の環境だが、それにしたって別にここでなければならない理由はない。
自分の今いる街から近い田舎へ移動すればいいだけだ。
もっとも初期スポーンでこの近所に当たったのならわからないでもない。アスチンやマートンがそのパターンだった。
「仲間が増えるのかな?」
「いやあどうかな。スローライフしたい勢にしちゃ、ちょっとこだわりの強すぎる服装してるしな」
やがて近付いてきたローブ姿たちは、身長からすると女性のように思えた。
足元を見ると、黒と白のローブはスカートにブーツ、赤ローブはパンツスタイルにブーツを履いているようだ。ローブも含め、どれも田舎ではあまり見かけない洗練されたデザインで、生地も上等そうに見える。
見れば見るほど田舎には似つかわしくない3人組である。
「やあ。あんたたち、プレイヤーか? どっから来たんだ?」
枕蓮が代表して声をかけた。パーティというほどのものでもないが、なんとなくこの中では最も古参である枕蓮がリーダー的なポジションに収まっている。
相手もリーダーなのか、問いかけには黒いローブが答えた。
「……ぷれいやー? それが何かは知らないが、私たちが来たのは街道の向こうの、パストとかいう街からだよ。それ以外の場所から人が来ることなんてあるのかな? 街道は1本しかないのに」
この口ぶり、どうやら怪しいローブたちはNPCらしい。
くぐもって聞こえた声にフードの中をよく見てみれば、どうやら口元を覆うマスクをしているようだ。
しかしNPCにしては手ぶらで旅をするというのは異常である。最悪着替えは仕方がないとしても、道中の食糧やテントか毛布などの宿泊用の道具は最低限必要になる。プレイヤーであればそれらはインベントリに放り込んでおけば問題ないが、NPCではそうはいかない。
〈この間の課金アイテムで調べてみるよ。プレイヤーなら何か反応するはずだし、反応しないならたぶんNPCだ〉
マートンに課金アイテムを使わせてしまう事に一抹の申し訳なさはあるが、対応している枕蓮が目の前でやるわけにはいかない。
「いや、あんたらが気付いたかどうかは知らないが、パストからここまでの街道には途中脇道みたいなもんがあってな。その脇道の先に魔物の棲みついてる森があるんだよ。森には薄緑色の巨大な猫みたいな魔物が出るんだが、こいつがまた強くてな。見たところ、荷物なんかは持ってないみたいだし、もしかしたらその森から逃げて来たのかと思ってさ」
「そうなのか。心配してくれてありがとう。
いや、道中では特に、そんな恐ろしい魔物がいるような場所は通らなかったよ」
〈──何の反応もしないな。NPCのセンが濃厚かも。っていうか、まったく何も見えないんだけど、ちゃんと発動してるよなこれ〉
〈アイテムが消えたんだったら発動したんだろう。見えなかったのはおそらくこいつらが相当に強いからだ。確かそんな検証結果が上がってた。ウェルスの騎士くらいなら見えるらしいが、オーラルなんかの一部の騎士や噂の聖女なんかは全く見えないらしいぞ〉
「危険な目に遭わなかったのならよかったよ。ようこそルート村へ。俺たちはこの村に厄介になってるプレイヤー──保管庫持ちってやつなんだが、あんたたちはこの村に何をしに?」
話しながらも枕蓮の視線は黒ローブの目元にくぎ付けだった。
褐色の肌に浮かぶ瞳は鮮やかな紫、紅桔梗色だったか、そんな色と、燃えるような真紅の2色。そう、この黒ローブはいわゆるオッドアイをしていた。
オッドアイというのはキャラクターメイキングでは選択できない組み合わせである。またカラーコンタクトのようなアクセサリも発見されたと聞いたことはない。
さらにその肌の褐色も深みのある色で、これもプレイヤーが選択できる色にはないものだ。
〈眼の色が左右で違う。それに肌色も特殊な色だ。少なくともプレイヤーじゃないのは間違いない。それにどこから来たのかって質問に対して、街道を基準にして答えてた。これは普段から地続きでの移動しかしていないからだと思う〉
この村の周辺にはダンジョンはないため、ここに来るにはプレイヤーだろうと歩いて来るしかないのだが、ここからパストの街までと同じくらいの距離に実はダンジョンがある。先ほど話した森とは別の場所だが、こちらは☆2程度の初心者~中堅向けのダンジョンのため、稀にプレイヤーが訪れる事もあるようだ。
プレイヤーであれば、パストの街まで馬車で来てここまで歩いてくるよりは、そのダンジョンに転移してから歩いてきた方が早い。
〈うおほんとだ。てか、顔隠しててもわかるわ。これ美人だわ〉
〈白いほうも透明感すごいな。でもアルビニズムならこんなものだったかな? 目は……閉じてるからわからないけど、睫毛も白いし多分こっちはアルビニズムだ。それ自体はプレイヤーでも選択できる特性だけど、NPCと色違いの格好して行動を共にしてるんだったらこっちもNPCって考えるのが妥当かな〉
〈赤い奴はよくわからんな。目は赤いみたいだが……顔色はあんまりよくないか?〉
彼女たちがプレイヤーでないのは間違いないだろうが、NPCとは限らない。可能性は限りなく低いが、公式の用意した特殊なキャラクターという可能性もある。
ナースのヨーイチという有名プレイヤーがそうしたキャラクターの存在を仄めかしていた。
いずれにしても、プレイヤーでないのならとりあえずNPCとして扱っておくのがいいだろう。
「この街には観光に来たんだ。めずらしい生き物がいるらしいという噂を聞いたものでね」
「観光? 珍しい生き物? そんなのいたかな……?」
「おや? このひとつ前の、パストまで乗せてくれた御者に聞いたんだけれど。
──ドラゴン、という生き物が近くの山にいるらしいじゃないか」
枕蓮たちは一瞬、あっけに取られた。
確かにドラゴンはいる、とこの村ではそういう伝承になっている。山の魔物もそのドラゴンによって抑えられている、と言われてはいる。
といってもそれは、どちらかといえば民間の土着信仰のようなものというか、ドラゴン様がみてるから清く正しく生きましょうとか、そういう言い聞かせに使われるようなもので、実際にいるのかどうかは定かではない。何せ誰も見たことがないからだ。
ただ魔物が跋扈し、空から天使が攻めてくるような世界の事である。ドラゴンが実際にいてもおかしくはないし、この村の人々はそう信じている。
その御者という者がパスト周辺で営業しているのならドラゴンの伝承を知っていてもおかしくはない。買い物や所用でたまにパストに行く事もあるが、あの街にもドラゴンの存在を知っている住民は多くいる。
しかし、わざわざそれを見るためにこの田舎町まで来ようという者は今までいなかった。
それはNPC、プレイヤーを併せてもだ。
プレイヤーであれば好奇心に駆られて訪れてもおかしくはないが、この村はあまりにも平和すぎ、何もなさすぎた。そのためプレイヤーたちにはただの噂だと思われるか、あるいはどうせドラゴンにはそのうちイベントか何かで遭遇する事になるだろうから、わざわざ田舎町まで行く必要がないなどと思われていた。
この村に住んでいる枕蓮たちですら会った事がないのに、物見遊山のプレイヤーが会える確率は非常に低いと言わざるを得ないし、仮に会えたところでそれだけだ。この村には他になにも見るべきものもするべき事もない。また前述の通りアクセスも悪い。
そんな中、このローブたちは、ただでさえNPCということで転移サービスが使えないにもかかわらず、パストの街から歩いてわざわざドラゴンに会いに来たらしい。
いや、御者から聞いたという事は馬車を利用したという事である。つまりパストよりも向こうから来たという事だ。なぜならパストの街からこちら方面には馬車は出ていないからだ。馬車に乗るには王都方面から来るしかない。
「遠くからわざわざドラゴンに会いに来たってのか? こんな辺境の村まで」
「ああ、いや。遠くから来たのは確かだけれど、別にそのためというわけではないかな。途中でドラゴンの話を聞いたので、それならひとつ見てみようと思っただけだよ」
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