第246話「祭壇」
広くなった通路、というかもう広間だが、広間にまばらに落ちている鉱石はミスリルゴーレムに拾いに行かせた。
ミスリルゴーレムにはまだインベントリは与えていないが、どこか一ヶ所にまとめておいて貰えれば後でレアたちが回収する際に楽になる。
そうしている間に先を急ぐ。まだ時間的には余裕があるとはいえ、ドロップアイテム拾いに無駄に時間をかけている暇はない。
広間の先には扉があった。
しかし遺跡の入口のように侵入者を完全に遮断するようなものではなく、単に普通に鍵がかかっているだけのものだ。
と言ってもこの際、鍵がかかっているかどうかは重要ではない。
重要なのは破壊出来るかどうかだ。
「『斬糸』」
結果、何の抵抗もなく扉は斬り裂かれ、バラバラになって辺りに散らばった。
以前にキーファの領主の館に侵入した際は落ちる前に全て回収したが、あれは余計な騒音を立てるのを嫌ったためだ。今それをする必要はない。
「レアちゃんがいると探索が楽でいいねー」
「こんなことのためにこのスキルとったわけじゃないんだけど」
「でも便利なのは確かだよね。大は小を兼ねるっていうか、強大な力を持ってるなら些細な障害なんて問題にならないっていうのを地で行ってる感じするよね」
それについては異論はない。
しかし強大な力というならライラも同じだし、ブランにしても、すでに伯爵よりも上の爵位を持っている以上、おそらくまともに戦ってブランに勝てるキャラクターはこの大陸にはもう居ないだろう。
「……戦闘力の高さに全振りのパーティって感じだ。脳筋極まりないな」
「自覚なかったの? 追加で『召喚』したのがあの戦闘力特化のゴーレムだし、わかっててやってるのかと思ってたよ」
「いやあれは単に、ゴーレムにはゴーレムをぶつけよう、ってくらいの……」
「あ、見て見て、扉の向こう!」
レアが物理で解錠した扉の向こうの光景は、いつかどこかで見たことのあるものだった。
物理的な光と魔法的な光が漏れる、ある種神秘的な輝きだ。
「──ヒューゲルカップの地下で見たなこういうの」
この輝きは魔力のオーバーフローによるものだ。つまり、ヒューゲルカップ地下のような、特殊なアーティファクトがここにあるという事である。
部屋に入ってみると、中は十分に明るかった。
中心にあるオブジェクトがうっすらと光っているためだ。
しかしうっすらとと言っても、部屋全体を明るく照らす程度の効果はあるようだった。
どう見ても部屋全体を明るくするだけの光量はないように思えるが、マナ的なマジカルなやつだろう。リーベ大森林の洞窟と同じだ。
「部屋の明るさと……マナの濃さから考えて、ヒューゲルカップの地下よりも大きな力を持ったアーティファクトってことなのかな。これ」
言いながら光るオブジェクト──何かの祭壇のように見える──に触れるライラ。
「ちょちょちょっ……! 触って大丈夫なんですか!?」
「大丈夫かどうかは触ってみないとわからないよ。『鑑定』効かないみたいだし。アーティファクトなら、触れば何なのかわかるはずだしね」
「で、なんなのそれ」
状況から見ても、ライラの言うようにヒューゲルカップの地下のものより重要度が高いことは間違いない。
あちらは下水の染み込む地下道の奥にただ隠してあったに過ぎないが、こちらはアクセスも制限されており、ゴーレムという防衛戦力も配備してあったからだ。
「……これは──まさか、そんな……」
「いやそういう小芝居いいから。早く言いなよ」
「いやいや、雰囲気は大事だよ。
──これ、転生用のアーティファクトだ。別途特殊なアイテムも必要になるみたいだけど、要は消費アイテムでなくて設置型の賢者の石、それも追加するアイテム次第で転生条件を無視して無理やり転生させられるタイプみたいだ」
ライラの反応からして、嘘を言っているようには思えない。
ならば危険はないだろうと、レアも祭壇に触れてみた。
祭壇は確かに転生のためのアーティファクトであるようだ。
使用方法は、転生したいキャラクターが祭壇に寝そべり、供物用か何かと思われる一段上にある杯に必要なアイテムを入れること。アーティファクトの始動はその転生したい本人の意志によって行なわれる。
「賢者の石は消費アイテムだけど、その分条件がゆるいってことかな。あっちは特に他に何か要求されたことはないし。オーラルスキンクなんかはともかく、邪人とか邪王とかに特殊アイテムが必要ないとは思えないし」
「いや、それは早計だよライラ。邪王になるには膨大な経験値が必要だし、オーラルスキンクにしても『火魔法』や『水魔法』の取得が必要だったはずだ。この祭壇の、転生条件を無視する、という部分はもしかしたら、そういう条件やコストも無視出来るって事なのかも知れない」
「ああ、つまり条件やコストを別のアイテムで置き換えるということか。アイテムが何かによるけれど、経験値3000を無視できるのならおいしいな」
「3000? あ、レアちゃんが言ってたやつですか? 魔王になるには4桁要求されるとかいう……」
「そうそう。邪王とか魔王とかになるときにそのくらい要求されるの。あ、そうかブランちゃんも真祖になるなら要求されてもおかしくないな。今のうちから貯めておきなよ」
「ひい」
むしろレアにとっては、貯めればいいだけの経験値よりも重要な事がある。
それは「条件を無視できる」という点だ。
これがあれば、獣人を幻獣人に転生させてやることも可能かもしれない。
「──もしかしてだけど、ペアレの王族はこれを用いて幻獣人に転生したのか? それを以って王族として君臨することになった……? 外の王子様はこれを手に入れるためにやってきたのかな」
「彼の口ぶりからだと、これが何なのかは分かっていなかったようだけどね。文献の中にアーティファクトのあるだろう遺跡の情報が記された物があって、それでここに来たような事を言っていたかな。
その文献ていうのはジャネットたちが根こそぎ盗んできたアレの事だよね。レアちゃんの指示で獣人の転生条件とかから優先して探させているんだっけ? 未検の本の中にアーティファクトや遺跡に関するものがあるようなら、その中にここも載っていたかもね」
王子と騎士の会話によれば、ペアレはあの書庫の中からこの遺跡を見つけ出したようだった。であれば間違いないだろう。
彼ら自身の祖先が幻獣人に転生した、その経緯自体は記されておらずとも、この部屋まで辿り着くことさえできれば全容は知ることができる。
下手に転生に関する内容を文書にして残すよりも安全で確実な伝承法だと言える。
「何というか、昔のNPCは今のNPCに比べて全体的に優秀な気がするな……。今の環境で精霊王なんて生まれようがない気がするし、それを倒すだなんてとても無理だ」
「今のNPCの策略にハマって死にかけた魔王が言うと説得力ある……あ痛!」
「ライラさんって一言多いですよね。あ、それはレアちゃんもかな? あ痛! ……えへへ」
つい流れでブランにも強めの突っ込みを入れてしまったが、ブランは突然笑い出した。打ち所が悪かったのかも知れない。
「あ、ごめんつい。大丈夫?」
「大丈夫大丈夫! いやーなんかこういうスキンシップあると仲良し感出ていいよね! いつもちょっと羨ましかったからさー」
「……そうだね」
別にライラと仲良し感を出しているつもりはないが、そういうのなら今後はブランにも遠慮をしないことにする。
初めてフレンド登録をした後などはチャットを入れるのにも緊張していたものだが、いろいろな事を共にしてきて、ずいぶんと打ち解けてこれたような気がする。
わざわざスキンシップなど取らずともすでに十分距離が近いと思えるが、ブランがそう望むのならそうしてやってもいいだろう。
「──とりあえず、これを外して持ち運んだり、インベントリに入れたりは出来ないみたい。破壊不能、ってわけではないけど、移動は無理っぽいかな」
「じゃ、転生するならここに来なければならない、ってことか。
で、特殊なアイテムって具体的に何なんだろう。今わたしたちが触っても何もわからないってことは、転生する本人じゃないと条件は不明ということなのかな」
「転生する本人であってもアイテムが何か分かるとは限らないけどね。あ、ブランちゃんちょっと触ってみてよ」
確かにブランは真祖への転生を控えている。
ブランは正規のルートでの転生を望んでいるが、この祭壇を用いることでも転生が可能であるのなら、その際に必要なアイテムの詳細はわかるかもしれない。
「はいはーい。えーと……。なんだろこれ、魂?がたくさんいるみたい。魂ってアイテムなの?」
「魂がたくさんあればいいの?」
「はい。魂をたくさん用意した状態で発動させればいいみたいです。最低100個? で、それ以上は捧げる魂を増やすたびに必要経験値が減るみたいな……。ていうかやっぱり経験値いるんですね……」
捧げる魂を増やす事で消費する経験値を減らせるというのは面白い。
魂の質が問われていないのなら、経験値よりも魂の方が安上がりであるケースがあるからだ。『魂縛』を発動してそこらの雑魚をキルして魂を奪えばいいだけである。
今やブランもそれなりの相手と戦わなければまともに経験値を得ることが出来ない。有象無象の魂でそれを代替出来るのなら安いものだ。
ただ、蘇生制限などの設定から考えると、おそらく『魂縛』を発動しながらキルした相手は蘇生出来なくなる。これまでは蘇生に関するスキルもアイテムもなかったため検証した事がないが、そのはずだ。
そうなると同じ対象から連続して魂を奪う事は出来ないため、それなりに広範囲から犠牲者を募る必要があるが、幸い近くには街も村もあるためその気になればすぐに済む。
「でもこれはあくまでこの祭壇を用いた転生に必要なアイテムであって、普通に正規のルートで転生するのとは意味が違ってくると思うけどね。ブランちゃんがしたいのは正規のルートだよね?」
「そうですね。できれば、ってところですけど。でも必要なアイテムが魂ってことは、正規のルートでもそれっぽい条件が必要ってことなんですかね? なんか魂たくさん集めてどうのこうのすれば転生できたりするのかも?」
つい最近、そんな話をどこかで聞いたような気がする。
「──ブランってさ、死んだことある?」
「あるよー! たくさん!」
「え? たくさん死んだの?」
「うん。って言っても4、5回かな? 吸血鬼になる前はそりゃもうよく死んだものだよ。スケルトンってすぐ死ぬからね。初期種族のなかでも屈指の脆さなんじゃないかな。ちょっとアリに集られただけで死んじゃうし」
たくさん、の感覚は人それぞれだが、死ぬという行為に関して言えば5回も死ねばたくさん死んだように感じられるものなのかもしれない。
しかし少なくともバンブが配下で検証した、死亡回数30回という数字からすればまったく足りない。
「初期状態で裸でアリに集られたらどの種族でも多分死ぬけどね。
それよりブラン、もしも今から、えーとあと26回くらい死亡したら真祖に転生できるかも知れない、っていったら試してみる気ある?」
「死ぬのが前提なの!?」
「いやわからないけど、もしかしたら」
ブランはほんの一瞬考え込んだが、すぐに首を振った。
「──回数の問題ってより、まず死ぬのがちょっと無理かな。もう今となってはわたしの眷属たちはシェイプの国中に散ってるし、それが一斉に死亡したら大混乱になっちゃいそう。せっかく進めてきたシェイプ掌握プロジェクトも白紙に戻っちゃうし、たぶん眷属たちにもめっちゃ怒られる」
もしかしたら、真祖へ至るには『ネクロリバイバル』を発動させる必要があるのかも知れない。
そう考えての提案だったのだが、確かに今、ブランが死亡する事のデメリットは計り知れない。
「それに、レアちゃんの言い方からすると、試したとしてもそれが正解とは限らないんだよね? だったらやっぱり厳しいな。
ま、とりあえずしばらくは色々探してみるけど、ダメならしょうがないし、ここの祭壇に魂を捧げようかな」
「──そうだね。それがいいと思う」
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