第247話「落下ダメージ小」





「とりあえず、いずれにしてもおそらく魂は大量に必要だ。これからシェイプでたくさんの魂を手に入れられるかもしれないけど、なるべく効率よく集めることを考えた方がいい」


「わかった!」


「それはそれとして、問題はこの祭壇の処遇だよね。ここから動かせないのならこの遺跡はまるごと支配しておく必要があるけど」


 ライラがするのであればそれでもいいが、レアとブランはダンジョンに関する運営からの提案に同意しているため、この領域を支配してしまえばいずれ転移先リストに載ることになる。

 ここ最近で追加された転移先といえば、ブランの支配したザスターヴァの街や、レアの支配した墜ちた天空城がある。あれらについては転移先、というかダンジョンに追加された経緯も明らかである。

 しかし特に何のイベントも無かったというのに突然辺鄙な田舎の森が転移先に追加されたとなれば、好奇心旺盛なプレイヤーたちはこぞって訪れるだろう。こんな田舎にいったい何が起きたのかと。

 それはよろしくない。

 それにライラが支配したとしても、もし運営がいずれこの領域をプレイヤーに開放するつもりだったとしたら、アップデートで転移先リストに載る可能性がある。

 その場合おそらくライラにもダンジョン経営に関する提案メールが行くことになるだろう。

 その提案に同意すればライラの支配下の全ての領域がいっぺんにリストに載って大騒ぎになり、同意しなければおそらく何かと引き換えにここを手放す羽目になる。


「だったら外の王子様たちに引き続き警備してもらうっていうのが楽かな」


「でもそれだと、獣の王子様、っていうかペアレ王国?が転生の祭壇を押さえる事になっちゃいますよね? それはそれで面倒そうだけど」


 結局、彼がこの森の支配権を持っているのかどうかも不明なままだ。

 地下に大量のゴーレムがいたことを考えれば、同じ領域であるのだとしたら、いくら地上を制圧しても支配権を奪う事は出来ない。

 しかし別々の領域であるならば、地上はシルヴェストル王子の領域であるが、地下はゴーレムたちが支配していたということになる。


「ていうか、広間のゴーレムたちってボスいたんだっけ? 特にそういう特殊なやつはいなかったように思えるけど。まわりと同じカタチのボスが紛れてたんだとしても、途中で残りが全部死ぬって事もなかったし。たまたまレアちゃんのゴーレムが倒した最後の個体がボスだったって言うのなら別だけど」


「ブランちゃん良く見てるね。でも確かにそうだね。なら壁ゴーレムには多分ボスはいないんでしょう」


 つまりこの遺跡の壁ゴーレムたちは誰にも支配されていない、それぞれが独立した勢力であるという事である。


 魔法生物というのは通常、基本的に自分を生みだした存在に従うようになっている。

 これはレアによって生み出された鎧坂さんや剣崎たちがそうだった。

 レアは彼らをきちんと『使役』して運用していたが、生みだした直後、『使役』する前であっても何となくのつながりのようなものや、自分の言う事を聞くのだろうなという感覚はあった。

 スガルの生みだしたアリたちにもそういう傾向はあったが、おそらく自我の薄いキャラクターの行動の基本になっているのだろう。蟲系の魔物たちはMNDを上げてやれば個性も出てくるようだったが、魔法生物ではそういった事はなかった。

 そのことから考えるに、ここにいる壁ゴーレムたちも同様に、最初に生みだした誰かの命令に従ってここを守っていたものと思われる。


「ゴーレムたちのボスがいない、ということは、この地下遺跡は勢力フリーの領域ってことなのかな」


「外の森林と別扱いなのかどうなのかもわからないから、断言はできないけどね」


「支配者がいないのなら、ここのゴーレムたちは死んだらそれっきりってことだ。つまり今、この遺跡を守っているのはわたしのミスリルゴーレムたちだけという事なのかな」


 ミスリルゴーレム達を引き上げるかどうかはともかくとして、転生の祭壇(仮称)をシルヴェストル王子やペアレ王国に一時預けておくことについては別に問題ない。

 あの王子が幻獣人としてスタンダードな実力だとすれば、新たに王国の獣人が何人転生したところで大した脅威にはならない。王国がアーティファクトでどれだけ貴族を増やそうと好きにすればいい。

 それによって様々な問題が起きるかも知れない、場合によっては旧統一国家のように新興貴族たちによるクーデターさえ起きてもおかしくないだろうが、それは彼らの問題であり、レアには関係ない。


 あるいは現在幻獣人である王族を、さらに上の存在である幻獣王にしようとしたとしても、むしろマグナメルムにとっては望むところである。

 もともとマグナメルムの目的のひとつは幻獣王の誕生であるし、勝手にやってくれるのなら手間が省けるというものだ。


 ただし、それらをマグナメルムの与り知らぬところでやられるのは気に入らない。

 幻獣人を増やすにしても、幻獣王を生み出すにしても、それはマグナメルムの監視の下でやってもらいたい。

 そう考えれば、この遺跡と外の森が領域としてひとつながりであろうがなかろうが同じことだ。まとめて王子に管理させ、それを監視しておくだけでいい。

 現状のペアレ王国の戦力はおおよそ把握できているし、彼らが今後この祭壇を使って戦力の増強をするならば、それをすべて押さえておけばペアレ王国の総戦力は管理できるはずだ。

 監視要員としてここに数体ゴーレムでも置いておけば、ペアレがやりすぎたときには止めてやることもできるだろう。


 レアがそう語ると、ライラも頷いた。


「外の王子様の蘇生実験はどっちに転んでも無意味になっちゃうね。でもどのみち蘇生はしてやる必要があるし、実験の成否はともかく、清らかな心臓で受付時間を延ばしておいたのは正解だったな。そうでなかったら、たぶんもう天に召されてる頃だよ」


「ああ、もう1時間以上経つのか。それは──」


 不意に部屋の外のミスリルゴーレムたちが慌ただしく動き始めた。

 インベントリを与えていない彼らとはフレンド登録ができないため、フレンドチャットが来る事はないが、この距離であれば何か異常があったことくらいはわかる。


「──部屋を出よう。広間で何かあったみたいだ」





 祭壇の部屋を出てみると、だだっ広いだけだったはずの広間は再び戦場と化していた。

 例の壁ゴーレムが大量に現れ、ミスリルゴーレムたちと戦闘を繰り広げている。

 先ほど同様鎧袖一触に破壊されているが、問題はそこではない。


「ゴーレムが復活してる? ということはやはりどこかにボスがいたのか? 最初に彼らを破壊してからもうすぐ1時間だし、誰かの眷属だったとしたらこのタイミングで復活というのはあり得ない話じゃない」


「『イヴィル・スマイト』。……あ、一撃か。じゃあ『フレアアロー』。……これもだめか、脆過ぎるな! 『サンダーボルト』。……よし、さすがにこれなら死なないな」


「……何してるのライラ」


「こいつらには『精神魔法』とかは効かないし、美形とか超美形も影響あるかわからないから念のためにね。『使役』。……よし通った。てことはこいつら、野良のゴーレムだよ」


「え?」


 戦闘を離脱し、ライラの前に跪く壁ゴーレム。と言ってもしゃがんだりできるほど足が長くないため、少し頭を下げているかな、という程度だが。


「他のもこいつと同じ野良ゴーレムだとしたら、この壁ゴーレムたちはリスポーンしたんじゃなくて、リポップしたって事だね」


 リポップ。

 他のゲームであれば普通の事だが、このゲームでは用語としては聞いたことがない。

 他の地域で発生した魔物などが移動してきたり、あるいは新たに生まれた魔物が繁殖する事で結果的に環境が元に戻るという事はよくある話だが、それにしても1時間というのはスパンが短すぎる。

 そんな短時間で再発生していたら、とっくの昔に遺跡はゴーレムでパンクしているはずだ。


「──ということは、トレントたちと同じく、一定範囲内に発生する個体数が決まっているってことなのかな」


「もしかしてだけど、前のが残ってたら新しいのは出てこないとかっていう風になってるんじゃない? ふたりともあっち見て。壁際の天井に何か怪しい穴があるよ」


 ブランに言われ、壁──といってもゴーレムの事ではなく、ゴーレムたちがいなくなった場合の広間の最外周に当たる本来の壁である──を確認してみれば、たしかに上に四角い穴がいくつもあいている。

 見ていると時おり、そこから壁ゴーレムが広間に落ちてきているようだ。


「なるほど、いくら能力差があると言っても、さすがに『フレアアロー』1発で死亡というのはありえないだろうと思っていたけど、落下の時にすでにダメージ受けてるのか」


「あの穴がゴーレムの製造ラインにつながっているのかな? 今も時々生まれ落ちているのは、さっきは短時間で全滅したから、生産が追いついていないということか。

 リポップした時間から考えると、生産にはおよそ1時間が必要になると見ていい。製造ラインの数は限られているだろうから、すべてのゴーレムが破壊されてしまったとしても同時に供給できるのはラインの数までだ。一度に全てを元通りにはできない。けれど足りてない分は継続して生産されるから、こうして散発的に落ちてくる、と」


 レアの言葉にライラが補足する。


「さっきまでは静かだったから、製造ラインが稼働する条件は広間のゴーレムの数が減ることかな。つまり最大数を維持する限りは製造ラインは動かない。破壊されたゴーレムの補充まで含めて考えられた防衛システムということだね。

 ゴーレムたちが『使役』されていないのは、破壊されて再生産されることを前提としてデザインされたシステムだからか。それだったら最初からすべて『使役』しておいても同じだけど、それができる上位者をここに張りつけておくというわけにもいかないし、長いスパンで見ればその人物の異動とか退職だってあるだろう。それを見越してこういう形にしたんだろうね。

 となると製造ラインそのものに、元々遺跡を守るようにという命令が刻みつけられているということなのかな」


「そこまできっちりシステム構築してるのに、生まれた瞬間ダメージ受けるっていうのは何かアンバランスだよね」


「それはアップデートのせいじゃないかな。何故か急によくわからない仕様変更があったせいだよ多分」


 何故か、というかおそらくはレアのせいだが。


「しようへんこう」


「あこれまたシステムメッセージまじめに読んでないやつだな。あとで読んでおきなよ」


 キーファの街に空挺降下した際もそうだが、ブランも『飛翔』やそれに類するスキルを所持している。上空で油断すれば死にかねないため、注意が必要だ。


「それにしてもこれ、なんとか制御できないかな」


 この防衛システムをうまく管理出来れば、ペアレの獣人たちが祭壇を利用するにしても完全に制御してやることが可能だ。転生させたくなければゴーレムたちで通路を塞いで祭壇の間を通行止めにしてしまえばいい。

 ゴーレム発生装置、というか製造ラインを押さえることができれば解決するかもしれないが、この防衛態勢においてその点がアキレス腱になることは言うまでもない。対策していないはずがない。

 ゴーレムをかき分け、無理やり天井の穴の中を調べてみたが、やはりこれも移動不能のアーティファクトだった。なんとなれば祭壇よりも高ランクかもしれない。漏れ出るマナの輝きがあちらと同等だ。

 設置数を考えれば祭壇本体よりも周囲のセキュリティシステムのほうにコストがかかっているのは明らかだ。本末転倒であるが、有効であることも確かだ。


「──今は無理だけど、私たち、と、レアちゃんが呼んだミスリルゴーレムが居なくなれば、たぶん部分的になら制御出来ない事もなさそうだよ。ほら」


「……? なにがほらなの?」


「いや、さっき私が『使役』した個体、攻撃対象になってないでしょ? このゴーレムたちは全員何者にも『使役』されていない状態だから、基本的に敵味方の区別がつけられないんだよ。多分、外見で判断してるんじゃないかな。だから同じ形をしているゴーレムは攻撃対象に選ばれない」


「ドヤ顔で解説してもらって申し訳ないんですけど、見た目区別つかないのはわたしたちも一緒なんで、見てもわかんないっす……」


 気をつけておかないと、せっかくライラが『使役』した壁ゴーレムもそのうちレアのミスリルゴーレムに破壊されてしまうだろう。





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