第242話「遺跡ダンジョン」
街道をのんびりと歩く。
パストからルートへは乗合馬車のようなものはない。従って街道の真ん中を歩いていても交通事故に遭う事はない。
「野盗もいないな」
「こっちに来るのは村に用があるか、村に帰る人だけだから、襲うメリットが少ないのかな」
「村に用がある人って言うのはともかく、村に帰るのならパストで何かを売ってきた帰りだろうし、お金はもってるんじゃない?」
「めずらしく鋭いなブランちゃん。じゃあ何かそうしない理由があるのかもね」
うがった見方をすれば、この辺り一帯の野盗の元締めがルート村である、という可能性が考えられる。
「村人に危害を加える悪党には、村を守るドラゴン様の祟りが落ちる、とか?」
少しばかりメルヘンだが、話としてはその方がありそうだ。
あるいはそれが事実ではないとしても、ドラゴンが実際に存在し、野盗がそれを見たり聞いたりしたことがあるのであれば、野盗たちが勝手に恐れている可能性は十分にある。
そうであるなら、リスクを冒して小さな村の住人を襲わずとも、少し王都よりに移動すれば安全に獲物を狩ることができる。
馬車の御者ではないが、盗賊稼業も験担ぎは重要だろう。
しかし一番現実的なのは。
「単純にこっちは魔物の領域が近いから拠点が作りづらい、とかなんじゃないかな」
前々回のイベントではないが、もし魔物の領域から突然魔物が溢れてくれば、ちゃんとした街であっても存亡の危機に陥ることもある。
野盗が作るような簡素な砦ではとても耐えられまいし、きちんとした砦が作れるようなら野盗などやるまい。
「どうせ人もいないなら、ちょっと急ごう」
魔物の領域と思われる場所までは走ることにした。
現在の3人の能力値ならば、本気で走れば馬車より速い。
*
街道の途中にある立て看板に沿って向かった先にあったのは、欝蒼とした森だった。
雰囲気としてはラコリーヌが一番近いだろうか。
というのもところどころに古びた石畳のようなものや、苔むした石柱らしきものも見えるからだ。
「……遺跡かな、これ」
「ラコリーヌみたいに普通の街を破壊して緑化したとかでなければ、そうだろうね」
「いや、そんなケースそうないでしょ」
遺跡の領域とは珍しいが、これほどダンジョンらしいダンジョンというのもない。
王城もそうだが、ペアレにはかつての統一帝国の遺産が多く残されているのだろうか。
「近くにはセーフティエリアはないみたいだね。ダンジョン登録されてないやつだよこれ」
「じゃあプレイヤーはいない?」
「いないとは限らないけど、アクセスも悪いし少ないかもね」
なんだかんだと、街を出発してからここにたどり着くまでにかなりの時間が経っている。街を拠点に攻略するには迂遠な立地だ。
しかしこうしたフィールドを攻略するためのサポートとして発売されたのが、インスタントセーフティエリア発生装置である。
直後にダンジョン転移システムも実装された為、課金してまで使わずともサポートされているダンジョンに行けばいいという風潮になっている。売行きはさぞ低迷しているだろうが、特にラインナップから消されずに残っているということは買うプレイヤーがいるということだろう。
「そういうものを使ったようなキャンプ跡地も見当たらないな。SNSでも特に書き込みもないみたいだし、あんまり知られてない場所なのかな」
「だとしたらプレイヤーたちに黒幕ムーブを印象付けるという目的は達せられないけど……」
「でも普通に冒険はできそうだよ! ちょっとこれワクワク案件じゃない?」
ここがもし本当に遺跡であるのなら、最深部には何か有用なアーティファクトでもあるかもしれない。
パストの街ともルート村とも適度に遠いこの位置ならば、ポータルとして利用できるわけでもないし、ダンジョンとしてリストに載らない理由はない。
もちろんそうした立地の全ての領域がダンジョンになっているというわけでもないため、特に理由なくリストから漏れているだけかもしれないが、現在の状況でプレイヤーの目に触れさせるにはまだ早いといった理由で意図的に漏らされている可能性もなくはない。
「そうだね。早速行ってみよう」
森の雰囲気は全体的に薄暗く、緑豊かであるにもかかわらず寒々しい印象を受けるところだった。
寒々しい印象というか、実際に寒い。
雪に覆われているというほどではないが、気温自体が低い。
木々の間の間隔は広めだが、日差しが弱く感じられるのは上空を覆う葉が多いためだろう。
寒い地方で少しでも多くの日光を得るために、ああして高い位置で葉を広げているのだろうか。
「あ、何か来るよ」
『魔眼』で捉えたのだろう。ライラの言葉の通りに側面から何かが近付いてくる。
大きさは出会った頃の白魔たちと同じ程度で、形からすると猫だ。
相当大きな動物になるが、木々の間隔が広いのはこうした大型生物が生息しているためなのかもしれない。
つまりリーベ大森林の深層と同じだ。
「たぶん虎かなこれ」
猫は茂みから顔を出さずにこちらの様子をうかがっているが、こちらからはブラン以外はすでに見えている。
しかしまったく気づいていないふりをしながら、歩みを止めないよう森を進んでいく。
「先制で始末する?」
「MPからすると大したことのない魔物だろうけど、一応『鑑定』してみたいから、姿を見せるまで待っていよう」
やがてこちらが油断していると判断したのか、斜め後方から飛びかかってきた。
狙いはレアだ。一番身長が低いせいだろうか。
そのまま攻撃を受けてもよかったのだが、ローブが汚れるのが嫌だったので避けた。ローブには汚れに対する耐性があるといっても、敵対するキャラクターによる攻撃にも対応しているのかはわからない。
「『鑑定』」
猫は【風虎】という種族らしい。虎らしい特有の縞模様もなく、単に鮮やかな薄緑色をしているだけのため、普通に猫にしか見えない。牙は立派なようだが、能力値やスキルを見てもレアたちに痛痒を与えられるほどではない。
総評すれば、単に大型の猫だ。
「猫じゃん」
「名前からして虎でしょこれ。どうする?」
もう用は済んだ。
この魔物が捕食者として森で活動しているのであれば、大した難易度の森ではない。
少なくともこの外周部で言えば、多めに見ても☆3といったところだ。
「『解放:糸』『解放:金剛鋼』『解放:剣』『斬糸』」
右手の人差指から一本だけ糸を出し、新体操のリボン競技のように渦を作って、再び襲いかかってきた猫を巻き取り、そのままバラバラにした。
「うわ! なにそれかっけー!」
「でしょう? 使い勝手もいいしコストパフォーマンスもいいし、結構気に入ってる」
「でもそれたぶんだけど、自分より格上相手にはまったくダメージ入らなくなるやつだよね」
その場合でも耐性や防御を無効にするアクティブスキルと組み合わせれば十分に通用するはずだ。
そこまでするなら魔法を撃った方がおそらく早いが。
「あーあ。レアちゃんがばらばらにしちゃったから毛皮とかも価値なくなっちゃったんじゃないこれ」
「心にもないこと言わない。剥ぎ取りなんてするつもりなかったでしょう」
「インベントリに入れて持って帰れば、騎士の誰かがやってくれるもん」
「もん、って……」
「いや、さすがに”もん”はないですよ……」
「うぐ。いやでも、丸ごと毛皮にすればインテリアとして価値が出そうな品ではあるし、執務室の床に敷くのも悪くないかなって。剥製にしても映えそうだし」
「なるほど、それもそうだね。わたし自身には必要ないけど、リフレやキーファにはあってもいいか」
「あー。ギャングのボスの部屋とかにも似合いそう」
こうして猫は見つけ次第、なるべく無傷で倒すことになった。
「虎だってば」
その後も何度か虎と戦った。
レアの手札では傷つけないで始末するというのは難しく、たいていはどこかに傷を残してしまった。
どうやらこのダンジョンのメインのモンスターは風虎であるようだ。
気温はともかく、魔物のサイズや木々の生育状況から見るに、リーベ大森林を思い出す雰囲気だ。
「蟲はいないね」
「同じ事考えてた。たぶん、普通はいないんじゃないかな。うちのリーベが特殊だっただけだよ」
「代わりにここには遺跡があるから、ゲーム的に考察するとすれば、イベントとしては戦闘イベントじゃなくて謎解きとか何かのフラグとかそういうものが用意されてたってことかもね」
ここに遺跡を作ったのは運営ではなく古代の帝国の民なのだろうが、その行動もゆるやかに誘導されていた可能性はある。
というよりも、遺跡のような重要なオブジェクトが無かったからこそスガルはリーベ大森林に生まれたのだろう。
あれは明らかに誕生してから日も経っていないようだったし、サービス開始まもないプレイヤーたちが各地で戦う中ボスとして用意された魔物だったはずだ。
そのままベスパイド女王国が大森林を支配していれば領域の主として君臨していたのだろうが、その前に不幸にも倒されてしまった。
この遺跡はともかく、大陸各地にはそうして用意された、生態系と関係のない魔物も多数いるのだろう。
「あ、また出たよ! 虎だ!」
「レアちゃんは引っこんでてね。ここは私が」
茂みから飛び出してきた風虎にライラが『邪眼』を発動した。
ライラは先頭に立っていたためブランからは見えなかっただろうが、レアの『魔眼』にははっきりと見えた。
ライラの眉の位置がせり上がり、元々眉があった場所にもう1対の目が現れていた。
その4つの眼がマナの光を一瞬放ち、ライラのMPが減った。
と同時に視線の先にいた虎が崩れ落ちた。
飛びだした際の勢いは殺せず、そのままに地面をすべり、ライラの足もとまで来て止まった。
いつかの熊と同じ状況だ。
目を増やしたということは、最低でも3種の状態異常を発動させたはずだ。最大で4つである。
以前の解説からすれば、衰弱、猛毒、疫病あたりだろうか。
「おおー! 何したんですか今の!」
「ふっふっふ。私は種族的な能力の『邪眼』で、視界にいる対象に状態異常を付与できるんだよ。今のは同時に衰弱、猛毒、疫病を与えてやったのさ。まず衰弱はあらゆる能力値が下がるから、大抵いつも入れてる。次に猛毒は一定時間ごとに一定割合のスリップダメージを与える効果。疫病はそのふたつを一緒にしたような効果だね。
これらもひとつずつ与えてもそれほど劇的な効果は出ないんだけど、同時に与えることで通常の何倍もの効果を生み出すことができるんだ。
ほら、話してるうちにもう死亡したよ」
地面を滑ったことで汚れてしまったが、それで毛皮が損なわれてしまうほどこの虎も弱くはない。
どうやら目論見通り、きれいな形で死体を入手することに成功したようだ。
虎の処理係はライラに決定である。
「……それにしてもさあ、変な森だよね」
「なにがですか?」
「虎しか出てこないところだよ」
「虎のボスがいるから、虎を配下にしてるんじゃないの?」
「そうじゃなくて。これが自然な森だとするなら、この虎たちは普段何を食べてるのかなって話さ」
「あ、そうか!」
仮に虎型のボスがいて、その配下がこの虎たちだというのなら別にそれでもいい。
しかしそうだとしても、それだけの虎を養う食糧は必要なはずだ。
いつかのブランの支配する廃墟のように、餓死とリスポーンを繰り返しているというのならわからないでもないが、その場合でも少なくともボスの食糧は必要になる。
いずれの場合でも魔物系NPCが生きるにしては不自然な環境だ。
「考えられるとしたら、配下の虎たちは別にエサをもらっているとか」
「その場合、腹が満たされているにもかかわらずリスクを冒して狩りをするよう命じられていることになる」
レアの言葉をライラが続ける。それをまたレアが引き継いで説明する。
「虎の他に魔物はいないようだから、狩りの相手は必然的に侵入者だ」
「つまり、この森を支配している何者かは、虎を使って侵入者を排除しているってことだね」
「……普段からそういう練習してるの? ってくらい息ぴったりだね」
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