第241話「悪事と経済」





 王都からパスト方面にはあまり便がないらしく、御者にはたいそう渋られたが、相場の倍以上の金貨を握らせる事で何とか契約した。

 御者としては、行きの分だけチャーターされたとしても、パストから王都に帰るのに空荷ではもったいないし、そこで乗客や荷が見込めないのであれば、実質片道分の儲けだけで往復しなければならなくなるからだろう。

 そういう理由で多めに要求されたのならば、パストからルート村までの道のりも金さえ多めに支払えば送ってもらえるかもしれない。


「こういう、運転手さんの事情とかも考えながら価格交渉とかするのって、なんか楽しいね」


「基本札束──レアちゃん風に言うなら金貨袋でぶん殴ってるだけだけどね」


「文句があるならライラが払いなよ。ゲームの中でくらい」


 交通費は相変わらずレアが支払っている。

 別に金には困っていないし、他で出費らしい出費があるわけでもないので構わないのだが、それはライラも同じはずだ。


「いや、私は結構お金使うから。特に国の方と個人の財布は分けているから、別にそんなにお金持ってるわけじゃないんだよね」


「それはわたしも同じなんだけど」


「あ、わたしもおこづかい制ですよ」


 おこづかい、というのとは少し違う。


「そういえば、そのルート村には何しに行くの?」


「あれ、言ってなかったかな。ドラゴンがいるっていう伝承があるらしいから、ちょっと見に行こうかと思って」


「ドラゴン! 天然ものってこと?」


「たぶんね」


 馬車は軽快に行程を消化していく。


 街道脇にはキーファ方面と同様に野盗らしき複数の人影が感知できる。

 この辺りになると気温もかなり低くなっており、獲物を待って待機するのも楽ではないと思われるが、どうやら野盗というのも過酷な職業らしい。


「野盗の人たち、寒くないのかな」


「ていうかもう、普通に魔物とか狩って素材売った方が多分楽だよね」


「楽ばっかりの人生じゃあダメになるとかって考えてるんじゃない?」


「野盗職人の朝は早い、みたいな感じなのかな」


 当たれば大きいのかも知れないが、丸1日何の成果も得られないような日もあるだろう。

 もっともそれは猟や漁でも同じ事だし、生き物を狩って生計を立てるというのはそれが獣であれ魔物であれ人であれ、大なり小なりそういうものなのかもしれない。


「でも考えてみれば、街ごとの自給自足が基本の世界において、今私たちが乗っている馬車もそうなんだけど、野盗っていうのも要は自分たちの労働力を金貨に変えているわけじゃない? まさか旅行者の食料だけ奪ってそれを食べているとか、旅行者そのものを食べているってわけじゃないだろうし。

 そう考えるとさ、一番経済的な活動してるのってなんだかんだ言って悪い奴らな気がするよね」


「おそらく大陸で一番邪悪だろう人物が言うと説得力あるね」


「総合的な経済力もトップレベルだしね! 至言ですね!」


 さすがに王都の近くで盗みを働くというリスクを負う気はないらしく、野盗らしきMPがいたのは王都よりもパストに近くなってからだった。


「もうほどなくパストに着くかな」


「パストはどういう街なんですか?」


「近隣の農村とか山村とかの収穫物をまとめるいちがあるんだよ。ラコリーヌほど大きくないけど、だからたぶんエルンタールみたいな感じかな」


「立地的には王都からひと駅なのにラコリーヌより小さいんだ」


「獣人はあんまり商売得意じゃないみたいだしね。農業もあんまり好きじゃないみたいだし。食糧も狩りで得た肉か、となりのウェルス王国の牧場から買った家畜とか、そんな感じだから」


 農作物なら多少は運べるが、狩りの獲物では交易には使えない。毛皮や骨細工ならまだしも、肉では腐ってしまうだろう。

 となれば商いに使用できる肉は家畜くらいだ。生きているのが最も新鮮な状態と言える。

 そうした食文化が獣人の経済発展を妨げてもいるようだ。


「でも、これからはもっと頑張っていかないと、ヒューマンの巨大資本が乗り込んできたら、獣人やドワーフの脆弱な資本じゃああっという間に踏み潰されてしまうけどね」


「もう遅くないですかね。あとポートリーだっけ? エルフの国は?」


「あそこは最初からヒューマンの国と海に挟まれてる感じだから、未来はないよ。たぶん私やレアちゃんが現れなかったとしても、いずれはヒルスかオーラルの経済的植民地になってたんじゃないかな」


 と言っても、彼らの主食は果物だ。果樹園に大きな問題さえなければ自給自足でやっていけたはずだ。

 つまりライラが果樹園に火を放ったりしなければ、植民地になったりはしなかった。

 魔物たちから民を守る騎士団の実力も、少ない人数の割に非常に高かったようだし、骸骨の軍隊と戦争さえしなければ治安の問題も起きなかっただろう。


「運のない国だったね」


「過去形!?」


「運ならこれからもないだろうから、未来完了進行形かな」


 こうして考えてみると、プレイヤーが街を手に入れ、経済的に発展させようと考えた時、もはや候補はウェルスかヒルスかオーラルしかないと言える。

 そもそも獣人やドワーフ、エルフは数が少ないかわりに単体の能力値が高めなので、プレイヤーが『使役』するには少々難易度が高いのだが。









「いや、さすがにルート村までは付き合えねえ。それはいくら金貨を積まれてもだ」


 断られてしまった。


 パストに到着してすぐ、ここまで運んでくれた御者に交渉を持ちかけてみたのだが、この有様である。

 どうやらこの御者はルート村に伝わるドラゴンの伝説を知っているらしく、それで難色を示しているようだ。


 ドラゴンの伝承自体は別に悪いものでもなく、特に村や人が襲われたという話もないようなのだが、馬車の運行というのは多分に運に左右されることが多いらしく、少しでもキナ臭い場所には近寄らないようにするというのが長く続けるコツらしい。


 それが彼の職業哲学だというのなら仕方がない。


「……どうするの? 暴力で解決する?」


「……ちょっと、聞こえるよ。しないよそんなこと」


「ま、歩けばいいんじゃない? そのルート村で生産されてる農作物とか家畜とかもこの街で売られているみたいだし、街道はあるみたいだから」


「おいおいあんたら、歩いていくのか。断った俺がいうのもなんだけどよ、街道からちょっと逸れる形だが途中にゃ魔物の領域もあるんだぞ。若いの3人ていうのはちょっとばかし向こう見ずだぞ」


「ご心配なく。こう見えても結構としは行ってるんだ。それじゃ、ここまでありがとう。王都まで気をつけて」


「そりゃこっちのセリフだ。まあ、なんだ。毎度あり。次回のご用命もお待ちしてるぜ」


 馬車は来た道を去っていった。

 次回の、というのは彼なりにこちらの安全を願ってのことなのだろう。


「なんかさ、この世界の人って基本優しい人多いよね」


「ブランはどうだか知らないけれど、わたしとライラはたぶん顔のおかげかな。初期好感度にボーナス付いてるから、基本的にいい印象から始まるみたい」


「何それズルい!」


 パストの街は広さで言えばラコリーヌ並だろうが、活気の面ではそれほどでもないようだった。

 と言ってもレアはラコリーヌの街の市場の活気など知らないが。

 ラコリーヌの街で逃げ惑っていた人々の数からおおよそ推定しただけである。

 わかりやすいところでいえばキーファの街より市場規模は小さそうに見える。

 おそらく元はあちらと同程度だったのだろうが、キーファの街にプレイヤーが増えてきた影響で徐々に差がついてきているのだろう。


「見るべきものもそうなさそうだし、適当にルート村までの道のりを誰かに聞いたらもう行くかい?」


「それもいいけど、途中にある領域って言うのも少し気になるよね。ダンジョン登録されているところかな?」


「登録されてたらそこが最寄りの転移先って事?」


「それもあるけれど、ほら、SNSで私たちのこと、ボスを強化して回るNPCなんじゃないかみたいな話も出てたじゃない? ジャネットたちが書き込まなくなったから有耶無耶になっちゃったけど。それをさ、せっかくだからまたやろうよ。もしまたプレイヤーの目撃者でもいれば噂になってくれるかもしれないし」


「おお! お茶会で言ってた黒幕ムーブだね! わたしもやりたい!」


「ああ。あれは楽しかったね。よし、じゃあついでにやろうか」






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