第240話「自然に対する傲慢さ」
「ところでさ、今ってどのくらいまで来たのかな。ていうか次の街まであとどのくらい?」
「どうかなあ。前回馬車でかかった時間とわたしたちの歩く速度を考えると、まだ多分2割くらいだと思うけど」
「ええ!? 今日中に着かなくない?」
「そうだね。徒歩って大変なんだな」
以前にレミーに販売させていた疲労回復ポーションはプレイヤーに大層売れていたそうだが、つまりそういうことなのだろう。
馬車をチャーターするだけの金貨を持たないプレイヤーは、疲労回復ポーションを飲みながら走って移動しているのだ。
「雰囲気はつかめたし、もういいといえばいいんだけどさ。野盗襲撃というイベントも見ることができたし」
草原を踏み締める柔らかな感覚。
風が運ぶ草木の匂い。
照りつける日差しと流れゆく雲。
それらはたいそう素晴らしかったが、たまに感じるからこそ尊いのだとも言える。
そしてもう十分に堪能した。
というか、照りつける日差しはレアやブランにとっては別に歓迎すべきものでもない。
「じゃあ、徒歩による移動は満足したってことでいいかな」
「そうしよー! 次はなんとかって街から馬車に乗ろうよ! 貸し切りで! 大丈夫! 金ならある!」
「……この自然に対する傲慢さが、いかにも現代人って感じするよね」
「ライラもそんなに歳は変わらないでしょ」
*
「すげー! 馬車はえー! 何これどうなってんの?」
ラティフォリアで貸し切りにした馬車に乗り、王都へと向かう。
今度は前回のようにまとわりついて邪魔をするプレイヤーはいない。
存分に馬車の雰囲気を堪能することができる。
「確かに、どうなってんのかなこれ。まったく振動も何もないんだけど」
「『鑑定』してないの? 御者さんのスキルだよ。『運転』っていう、非生物の乗り物に乗る時にいろんなボーナスを得られるやつ。ツリーには『速度上昇』とか『振動軽減』とかもあるみたいだね」
「馬車は非生物扱いなのか。馬単体だったら『騎乗』の管轄になるのかな」
「そうだね。そのおかげでこっちも快適に移動できるってわけさ」
そんなスキルを取得しているとなると、御者とはつまり専門の技術職と言える。馬車のチャーター代が高いのも頷けるというものだ。
さらに馬の生命や健康を維持するためのコストもかかる。
客室の会話は御者には聞こえない作りになっているらしい。そのため、貸し切りにしてあればこのように遠慮なく会話をすることができる。
火急の要件がある場合には客室内に垂らされている紐を引くと、御者の手元のベルが弾かれ、音が鳴るようになっている。
「この馬?っていうのは御者の持ち物なのかな。つまり御者っていうのは個人事業主なのか、それとも複数の馬と馬車を所有する会社に属する会社員なのか、どっちなんだろ」
「レアちゃんまたなんか悪いこと考えてるの?」
「ライラに言われたくないな」
馬車という非常にコストのかかる設備や、『運転』スキルという専門技術の必要性から考えて、乗合馬車というのは公共性の高い事業でありながら、独占市場になりがちな側面を持っていると言える。
普通であれば、現実の鉄道事業などのように、国から何らかの認可を与えられて経営しているか、あるいは国そのものによって運営されていると考えるのが妥当だ。
これはいざという時に物流の要となり得る交通網を国が管理することができるというメリットも秘めている。
しかしヒルスで国家が崩壊した今でもヒルス国内の馬車の運行に変化がないこと、いくつか支配している街の領主のところまで乗合馬車の運行状況に関する報告がないことから、体制側の息がほとんどかかっていないことがうかがえる。
先ほどライラが言ったように、おそらく法整備もロクにされていないのだろう。でなければライラが知らないわけがない。
「通貨と同様、物流や交通網の重要性もあまり考えられていないってことか」
「まあ、魔物とかいうものがそこらを闊歩してるような世界だからね。リスクが高すぎる。
オーラルの交易も専用の馬車を用意してやらせているから、公共の乗合馬車についてはノータッチだよ。たいした利益が上がる分野でもないしね」
確かにそうかもしれない。
現在の街道は魔物の領域を避けるように敷設されているが、それも絶対というわけではない。
「じゃあ、保険みたいな何かをやれば、もう少しこの分野も活発になるかもしれないのか」
「やるの?」
やってもいいが、面倒くさい。
どちらかと言えばそうした事業はライラが好きそうな分野だ。
「そういえば、ライラはどうしてやってないの?」
「国内と、隣国との交易ルートの安全は私がコントロールできるからだよ。私と関係ない隊商だけを狙い撃ちで沈めるだけで勝手に儲かるからね。保険金の利鞘で稼ぐよりも、独占貿易した方が利益が大きい。国内の物流も大きなところは大抵私の息がかかってるから、普通に稼いだ方がいい。保険業務に人的リソースを割り振る余裕もないしね」
これはヒルスでも同じことが言える。
現在、すでにヒルス国内に残っている主だった商会はたいていグスタフのウルバン商会の配下に入っている。
「なんかまた難しい話してるけど、つまりどゆこと?」
「レアちゃんが新しい詐欺を思いついたんだけど、それより暴力で解決した方が儲かるって話だよ」
「なるほど?」
「ちが……わない、けど、人聞きが悪いな!」
「まあまあ。レアちゃんも物理で解決する方が得意だし、よかったんじゃない?」
「も? 誰と一緒にしているの?」
馬車の客室から笑い声が漏れる。
そんな和やかな雰囲気を乗せて、馬車は王都に到着した。
*
「言っておくけれど、物理で解決した方が合理的な場合が多いから物理にウェイトを置いているというだけで、別にそっちのほうが得意なわけじゃ……」
「うおー! すごい! なにこれ要塞!?」
ブランは話を聞いていない。
しかし気持ちはわからないでもない。
声を出してしまうほどではないにしろ、レアもこのペアレ王城を初めて見た時は圧倒されたものだ。
「天然の岩山をくりぬいて築城されたみたいだよ。有事の際には都民はあの王城に避難するようになってるんだ」
「ライラさん何でも知ってますね!」
「何でもは……」
「それマーガレットの受け売りだろ」
雄大な王城は以前に来た時と変わらぬ威容を誇っている。
違うとすれば、警戒する兵士が多いような気がするくらいだ。
前回来た際は駅周辺には少数の衛兵が立っているくらいで、このように兵士が小隊単位で巡回をしているというような事はなかった。
「なんか、物々しいね。何かあったのかな」
「さあねえ」
「何かあったんじゃない?」
〈念のため、会話はフレンドチャットに切り替えよう。余計な詮索をされても面倒だ〉
警備が物々しいのは王城に侵入者があったせいだろう。
書庫の物が根こそぎ奪われたとなれば、この警戒態勢も頷ける。
〈別に王都に用事はないんだけど、どうする?〉
〈なんかお土産とかないのかな。岩山城せんべいとか〉
〈あるわけないでしょう。そもそもこの世界に観光っていう概念があるのかどうか〉
〈観光自体はあるんじゃない? 王都に用事があって来る商人や貴族もいるだろうし。そう考えるとお土産みたいなものもあるかもね。まあ移動にはそれなりに時間もリスクもかかるから、お土産で食べ物ってのは少ないだろうけど〉
〈じゃあ木刀か〉
〈ペナントじゃない?〉
〈ペナントをお土産にする文化は日本のタオルメーカーが流行らせたものだから、この世界にあるわけないでしょ〉
レアたちは白黒赤のフード付きローブという見るからに怪しい3人組だが、王都ともなれば色々な人間がいる。
普段であれば、また異邦人かということでスルーされていたのだろうが、今はそうはいかない。
なぜなら王城の書庫からあれだけの物を盗みだすにはどう考えてもインベントリが必要であり、犯人がプレイヤーである事は明らかだからだ。
呼びとめられることこそないものの、馬車から降りた時から兵士にマークされている事は気づいていた。
というか、その兵士というのはジャネットたちを王城内へ招き入れた、レアの息のかかった兵士である。
彼らが疑われなかったのも、犯人がプレイヤーであると目されているからに他ならない。NPCの一般兵士がプレイヤーを手引きして書物を盗みだすことに何のメリットもないし、そもそも盗んだプレイヤーの目的もはっきりしていない。
そのため、異邦人が爆発的に増え始めるよりも前から、つまり正式サービス開始前から国に仕えていた兵士が疑われることはない。
〈虫除けも手配したから、別にしたければ王都の観光をしてもいいけど、どうする?〉
〈王城内って
〈観光っていう意味で言えば絶対無理かな。強襲とか潜入だったらいけるかもしれないけど〉
警戒態勢下でなくとも普通王城に部外者は
〈城に入れないなら別にいいかな〉
〈じゃ、このまま次の街行きの馬車を探そうか。チャーターすれば早いけど〉
〈今乗ってきたやつは王都が終点なのかな? チャーターしたら次の街まで行ってくれないかな〉
〈交渉次第で行ってくれるのかも知れないけど、馬車って基本ひとつのルートしか走らないから、今のはたぶん、王都からキーファ方面の間とかなんじゃないかな。走る距離も大抵は1区間、多くて2区間くらいだしね。それとたぶん、基本的に王都は終点だろうから、王都を越えて運行している路線はないと思うよ〉
『使役』してしまえば話は早いが、それではいつもと変わらない。
それにこの先に行ったことがないのなら、ここまで運んできてくれた馬車を配下にしたところで特に意味はない。
〈普通に、王都発の馬車をチャーターしよう。ルート村とかいうところまで行っている馬車があるのかわからないけど、一番近くの街はパストってところかな。そこまでだったら1台チャーターすれば直通で行けるっぽい〉
後の事はそのパストの街に行ってから考えればいいだろう。
辺境とはいえ、村がやっていくためには近くの街からの何らかの支援は必要だろうし、まったくアクセスがないわけではないはずだ。
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