第239話「願わくば、明日も今日と同じ日に」





 街道脇を歩きながら何度か街道を走る馬車を見送ったが、撥ねられるということは無かった。

 そういう意味では道程は順調だった。


 しかしというかやはりというか、以前に不審な反応を多数見かけた付近に、今回も同様に多数のMPが蠢いているのが見えた。

 直線で視線が通るわけではないため、向こうからこちらが見えているかは不明だが、『魔眼』による視界は立体的な感覚器官である。完全に周囲を覆われている訳でないのなら視る事が可能だ。

 隠れているのは下生えというか、低木の密集地のようなところだ。木々の隙間から通行する人間を探っているのだろう。

 周辺は草原で、木などもあまり生えていない。

 にもかかわらずこの辺りにだけ低木が密集しているというのは少しおかしい。

 もしも彼らが盗賊稼業のために植えたのだとしたら、意外と勤勉な者たちなのかもしれない。


「ちょっと、ワクワクするね」


「え? 何が?」


「あそこ、何かちっちゃい森みたいなのあるでしょ。背の低い林っていうか。

 あの辺に20人くらいかな? 怪しい人たちが居るんだよ。レアちゃんはそれを見つけたの」


「ああ! あのブロッコリーみたいなやつですね!」


「ブロッ……まあそれだよ」





 気付いていない風を装い、自然な足取りで街道脇を進んでいくと、やがてその茂みの中から10人近い獣人が現れた。残りの10人はまだ出てこない。


「──悪いが、ここを通るにゃ通行料がいる。通りたかったらその荷物を……荷物……」


「……あいつら、手ぶらですぜ」


「通りたかったら着ている服を置いてきな! よくみりゃ、随分上等そうな生地じゃねえか!」


 野盗風情がクイーンアラクネアの生地を見たことがあるとは思えないが、それでも見たことがない事が分かる程度には審美眼があるらしい。

 盗品を売る先の業者に買いたたかれないためにも、こうしたアウトローな稼業にはそれなりの目利きが必要なのかも知れない。

 そうであるなら人物の能力を看破する技能も磨いておけばいいものだが、これまで失敗が無かったせいでその分野は伸ばすことが出来なかったのだろう。

 当たり前といえば当たり前である。これまでに失敗したことがあったとしたなら、彼らはおそらくここには居ない。


「どうするの?」


「もしかしたらプレイヤーが混じっているかもしれない。ここはブランの説が有効であるかどうかを見るためにも、とりあえず全てキルしてみよう」


「あ、じゃあわたしやりたい! 修行の成果を見せてやるぜー!」


 しかしこちらの余裕ある態度が気に入らなかったらしい、相手のリーダーが苛立った様子で声を上げた。


「てめえら、何をごちゃごちゃ言ってやがる! とっとと脱いで──」


「えっと、えっとー……。よっしゃ! 喰らいなー! 『ブラストクリムゾン』!」


 ブランの周囲に真紅の光球がいくつも現れ、それが盗賊たちめがけて高速で飛んでいった。

 高速といってもレアからすれば知れている。回避は容易だ。

 しかしこの魔法の真価は飛翔速度ではない。

 盗賊たちでは回避することは出来ないだろうから意味はないが、この光球は追尾型である。

 ブランが発動前にキョロキョロしていたのは、視線でひとりひとりをロックオンしていたためだろう。

 そして名前の通り──


「うぐあ」


「な」


「ひ」


 耳をつんざく爆音が立て続けに鳴り響き、空気を震わせた。

 名前の通り、この魔法は着弾すると爆発する。


 風薫る草原、その真中にまっすぐに敷かれた一筋の線。

 そんな長閑な風景だったはずの街道はもはや、ここにはない。

 あるのは焼け野原と、わずかに肉の焦げる匂いだけだ。


「──ブラン、死体ごと消し飛ばしてしまったら、リスポーンしたかどうかもわからないでしょ」


「あ、そうだった! まあ、あっちにあと10人いるんでしょ? そっちで頑張るから!」


 ブランはくるり、と身体を横に向ける。

 その視線の先には低木の茂みがある。


「凍れー! 『グレイシャルコフィン』!」


 ブランが魔法を発動しようとした瞬間、茂みに隠れた10人は逃げ出そうと走り始めたようだったが、遅い。

 挟撃か何かを狙って伏せられていたのだろうが、足止めの先発隊が全滅した時点ですぐに逃げ出すべきだったのだ。呑気に観戦していられる身分ではないはずだ。


 背中を向けて走り出す、その格好のまま、盗賊たちは低木と共に凍りついた。


「よっし! これなら消えたかどうかよく見えるよね!」


「そうだね。偉い偉い」


 ブランの発動した魔法により、茂みはちょっとした氷山のようになっている。

 その氷山の中に、低木と盗賊たちがオブジェとして閉じ込められていた。

 LPもMPも感じられない。全員完全に死亡している。


 この魔法は『氷魔法』のツリーに存在するものだが、いわゆる即死系の効果を持っている。

 抵抗されてしまえば相手の周りに何の効果もない氷の粒をまき散らすだけで終わってしまうが、相手が抵抗に失敗すれば即座に氷の棺に閉じ込められ、LPとMPが一瞬で失われる。

 判定の際には攻撃側はINTを参照し、防御側はVITとMNDを参照する事になる。つまり『挑発』などとは逆に防御側有利の判定ではあるが、相手が格下ならばこのように一撃で終わらせる事が可能だ。

 とはいえかなりの能力差がなければ成功しない上にMPの消費量も多いため、使い勝手は非常に悪い。


 しかし相手が例えば、能力値を上げるのではなく、スキルによる耐性やダメージ軽減などに経験値を振っていた場合、その威力は絶大だ。

 ダメージを与えるわけではなく効果によってLPとMPをゼロにするため、あらゆる耐性や防御は意味を成さない。


 例のコックが一撃で倒せなかったことを気にして、魔法に対して積極的に経験値を振ったというのは本当らしい。

 このあたりの魔法はレアもライラも取得しているが、取得には相当な経験値を要求されたはずだ。


「もう死んでるからただのオブジェクトになってるし、『魔眼』や『真眼』じゃまったく見えないけど、よく見ると氷の中に人間の形の空間があいてるね。あれたぶん異邦人の跡地だ」


 ライラの言葉に薄目を開けてみてみれば、氷の中に確かに不自然な気泡のような空間があり、それは人の形をしていた。

 魔法発動の直後にこのように死体が消えているとなれば、プレイヤー以外にはありえない。

 伏せられていた10人程度の中のほんの2名分だが、やはりどうやらプレイヤーが混じっていたらしい。


「なるほど。とりあえず全てキルしてしまえば、プレ、異邦人であれば復活してこの場から去っていくし、適当に追い払うにはいい手だね」


「でっしょ? 時代はサーチ&ジェノサイドだよ!」


「ところでレアちゃん、死に残ったこの人たちは何かするの? わざわざプレイヤーと分類したみたいだけど」


「別になにも? 単にブランのやり方を試してみただけだよ」


 このように周囲に街や集落のない場所であれば、目撃者もいない。派手にNPCやプレイヤーをキルしても何の問題もない。

 ブランの言う、とりあえず全てキルしてみてから考えるというスタイルを試してみるのにもってこいだったからやらせてみただけだ。


 おそらくそういう立地だったからこそ、あの野盗たちもここを選んで罠を張っていたのだろうが、見られて困るのは自分たちだけではないという事を忘れるべきではなかった。

 昨日までうまくいったからといって、今日もうまくいく保証などないのだ。


「消えた、ってことは、どこかでリス、復活したってことなんだろうけど。つまりどこか近くに野盗の拠点があるって事になるけど、探す?」


「どうしようかな。目的地までを考えるとまだまだ距離があるんだよね。別に急いでるわけじゃないし寄り道してもいいんだけど」


 今確定しているのは、襲ってきた盗賊のうち少なくとも2名はプレイヤーであり、どこかに彼らの拠点があるという事だけだ。

 そう遠くはないはずだが、どこにあるのか全く分からないのではさすがに探しようがない。


「まあ、とりあえず放っておけばいいんじゃない? 全部で何人の盗賊団なのかはわからないけど、NPCをあれだけキルすればまともな活動は出来ないはずだし」


「そうだね。わたしのポータルのそばで略奪行為というのは業腹だけど」


 もしキーファの街に無視できない経済的被害が出ているのであれば、それはキーファの衛兵たちが解決するべき問題である。

 レアがその手を下す前に、まずは彼らに任せるのが筋だろう。

 今は体制の急激な変化でてんてこ舞いかも知れないが、いずれ落ち着けばキーファの街の衛兵も以前より強い力を発揮できるはずだ。

 何せ彼らはもう単なる兵士ではなく、れっきとした騎士である。

 死を恐れる事はないし、単純な能力値も強化されている。





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