第238話「やべー奴ら」





「そういえば、紹介するのを忘れていた。この赤いローブを着た者もわたしたちの仲間でね。名前は──」


「名前はまあ、今はいいんじゃない? 直接呼ぶ事はないでしょう」


 ブランは真祖まであと一歩と言うところまで手が届いている。ライラのネーミングのルールに従えば、ノウェムとでも呼ばせるのが妥当だ。

 しかしライラに止められた。

 確かに、ブランが真祖へ至る道を発見するよりも前にどこかで知らない何者かが災厄級にのし上がらないとも限らない。

 そうなるとブランも九番目ではなくなってしまう。

 それはそれで、こちらの計画外に生まれてしまったその災厄級の何者かを討伐する、というクエストを用意してやれないこともないだろうが、そいつがプレイヤーだったとしたら面倒だ。滅ぼす事が出来ない。

 見たところ、ジャネットたちはブランにそれほど興味がないようだし、今は特に固有の呼び名は教えなくてもいいのかもしれない。


「そうだね。そんなにしょっちゅう会う事もないだろうし、名前はいいか。彼女の事についてはそれでいいとして──」


「彼女! 女性なんですね!」


「よかった! いやよくない!」


 マーガレットとアリソンがその目をクワッと見開くと、急に大声を出してきた。


「うわびっくりした! 何?」


「すみません! 何でもありません! 落ち着きなマーガレット! どうどう……」


「深呼吸よアリソン。ひっひっふーよ」


 それをジャネットとエリザベスがなだめている。

 なんとなくだが4人の関係性が掴めてきたような気がする。

 ジャネットはリーダー格らしく、貧乏くじ係だ。同情する。

 マーガレットは出会ってからずっとおかしいので、おそらくおかしい枠なのだろう。しかし書物をすべてインベントリに仕舞うよう提案したのは彼女だったということなので、いつもおかしいわけではないのかもしれない。

 アリソンはこれまであまり目が合う事がなかったため、よくわからない。しかしどうやらおかしい枠のひとりのようだ。マーガレットと同じ匂いがする。

 エリザベスはおかしい枠の2人に比べればまともだが、先ほどの鑑定アイテムの無断使用の件からすると、知識欲優先で暴走してしまう事もあるようだ。

 本当にジャネットには同情する。


〈やっぱやべー奴らだったね。レアちゃんも気をつけなよ〉


〈わたしは別にやばくないんだけど〉


〈ライラさんが言ってるのはたぶんそういう意味じゃないと思うんだけど、それはそれとしてレアちゃんにヤバい自覚がないのもちょっとびっくりっていうか〉


〈いやブランに言われたくないな〉


 とりあえず、ブラン──謎の赤ローブについての紹介はこれで終わりでいいだろう。ほとんど何も紹介していないに等しいのだが、誰もそれを気にしていないようなので構うまい。


 次はペットだ。


 単純に利便性を考えれば、空を飛ぶ事の出来る魔物というのがいい。

 しかし人を乗せて飛行可能なほどの魔物となれば、ジャネットたちの実力ではソロで支配するのは難しい。

 どうせ基本的に4人で活動するのだろうし、ガルグイユでも1体用意してジャネットたちの移動専用にしてやればいい。このプロジェクトの発案者はライラだし、アビゴルをそのまま貸し出させてもいい。


 移動用として考えなくてもいいならば、配下としてもっとも使い勝手がいいのが人類である。

 このゲーム世界の人類には生まれついての才能のような格差はない。どんな者でも経験値さえ与えてやればいくらでも強くできる。

 その分必要な経験値量は増えてしまうが、どのみち今のジャネットたちが単騎で一方的に屈服させられる程度の相手であるなら、魔物であってもある程度経験値を与えて強化してやらなければ使い物にならない事に変わりはない。


 そういった内容を説明し、提案した。


「というわけで、そのアイテムというもので『使役』するのなら、そこらの街の住民を拉致して監禁して心を折り、そして眷属にするのがいいと思うのだけど、どうかな」


「セプテム……それはさすがにどうかと思うよ」


「こ、これが闇堕ちルートの洗礼……! でも、一度決めたからにはここは心を鬼にして……」


「Sっ気強いセプテム様も素敵だわ……」


「それよりお優しいオクトー様のが素敵じゃない?」


「ていうか、人類のNPCも対象にできるんだ。これ」


「あっと。そういえば他の異邦人たちもそのアイテムは持っているのか。だったら余計な事は言いふらさないようにね」


「ももも、もちろんです!」


 そしてモニカを呼びつけ、ジャネットたちに住民を拉致して『使役』する手口について指導するよう指示しておいた。

 後は彼女に任せておけばうまく指導してくれるだろう。

 もっともモニカの持っているのはスキルの『使役』であり、モニカの能力値によってボーナスを得ているはずなので、ジャネットたちが使うよりもかなり有利である。参考にできるかどうかはジャネットたち次第になるが。


「では、わたしたちは他にすることがあるからもう行くけれど」


「ええ……!?」


「そんな……」


「まあ、時々様子は見に来るよ。それともし、危急の要件で何かあるようなら、このモニカにその旨を言いつけてくれればいい。少し時間がかかるかもしれないが、こちらに伝わるように手配しておくから」


 レアがログアウトしている場合に連絡されても対応できない。

 それにNPCがフレンドチャットのような即時発動可能な通信手段を持っているのは不自然だし、こう言っておけば特に不審には思われないだろう。









「なるほど、やべー奴らでしたね!」


「でしょう? だから心配でさ」


「やばいのは確かだと思うけど、前回のクエストの事を考えれば、結果はきちんと出してくれると思うんだけど」


「いやそういう事じゃなくて」


「ね? 心配でしょ?」


 ブランとライラが何やら通じ合っているようで軽めに苛つくが、経験から言ってこういうときはどうせ聞いても教えられた事がないので無視しておく。


「それより、旅行はどうする? 目的地はペアレ王都の向こうにあるルート村っていうところだから、ここからだとちょっと相当距離あるけど」


「まあどうせ時間あるし私は歩いてもいいよ」


「わたしも暇なんで! シェイプの経済支配はもう少し時間がかかるし、それはわたしが何かするよりもアザレア達に丸投げしておいた方が安全な気がするし」


「でしょうね」


「でしょうね!? ひどくない?」


「じゃあ徒歩で移動しよう。街道にはどうやら野盗のたぐいがいるみたいなんだけど、馬車だとスルーされるっぽいんだよね。徒歩ならちょっかい掛けてくるかもしれないし。ちょっと興味あるんだ」


 前回の馬車から見えた、謎のMP反応だ。

 おそらく野盗か何かだと考えられるが、会ってみなければわからない。


「野盗! そういうのもいるのか! じゃあシェイプの裏社会を支配したって言っても、全部ではないってことなのかな」


「どうかな。街で活動しない盗賊と言っても、何かを奪えばそれをどこかに売る必要があるはずだ。それに奪った金貨で食糧や何かを買うにしても、まっとうなところで買い物をしていて何かの拍子にアシがつかないとも限らない。

 そう考えれば街なかの犯罪組織の中にも、野盗とつながりのあるグループは必ずいるはずだよ。もしブランがそれを知らないというのなら、マフィアの中では普通の取引のひとつにすぎなくて、当たり前すぎて報告の必要がないと考えられてるとかじゃないかな」


 というよりも、ライストリュゴネスの娘たちのところへは報告が来ているが、大したことのない内容のためいちいち言う必要がないと考えられていると判断するのが妥当な気がする。

 ブランの話が本当なら、街なかのギャングにもプレイヤーが混じっている。ならば野盗の中にも混じっていておかしくない。

 そうなると野盗をまるごと取り込むというのもリスクが高い。後ろ暗い取引相手という程度の距離感がちょうどいいのだろう。


「まあ、報告がないという事は取るに足らないということなんだろうし、覚えていたら後で聞いてみればいいんじゃない?」


「そうだね。そうしよ」


 王都へ向かう街道、正確にはラティフォリアに向かう街道だが、それは駅のそばから伸びている。本来は城門によって管理されるべき玄関口のはずであるが、この街は施設や駅の拡大のため城壁がすでに機能していない。

 一応境界線あたりに衛兵は立っているようだが、城壁の外側である駅周辺のセキュリティはザルと言わざるを得ない。


「んふふ」


「え、なに?」


「なんでも?」









 街道は舗装はされているというほどではないが、砂利というには大きすぎる石が隙間なく埋め込まれている。おそらく馬車が通るためだ。ただの土では馬の足跡と馬車の轍ですぐにダメになってしまう。これはそれを防止する目的だろう。

 こんな凹凸のある足元を車輪のついた重量物があのスピードで移動をしたのに、車内にはほとんど衝撃がなかったのは驚きだ。何らかのスキルか何かの効果によって、もしかしたら本当にリニアのように浮いているのかもしれない。


「いい天気だねえ」


「そういえば、雨とか降ったらどうする? それでも歩く?」


 考えていなかった。

 レアとライラの着ているローブは汚れることがない。クイーンアラクネアの糸によって織られた生地の効果だ。

 さらに水濡れのような装備品にも発生する一部の状態異常もガードするらしく、雨に降られても濡れることはない。

 しかしブランの着ているローブは別だ。これは普通の店売り品のため、普通にびしょ濡れになる。


「馬車って途中から乗れたりするのかな?」


「途中からって、ヒッチハイクするってこと?」


「……制度的にどうなのかはわからないけど、物理的に難しいんじゃないかな。あの速度で走る馬車を止められるとは思えないし。

 ていうか、よく考えたらもっと端っこ歩かないと、ってかなんなら街道を少し外れて歩かないと、馬車に撥ねられかねないな」


 ライラに促され、2人も道の外に移動した。

 街道の外には砂利のようなものはなく、雑草が好き勝手に伸びているが、踏み締められた跡もある。

 徒歩の旅行者は街道脇を歩くのが暗黙のマナーらしい。

 この世界に道路交通法があるのかどうかはわからないが、仮にあったとしても、目撃者もいないだろう街と街の間の街道で人を撥ねてしまったところで、おそらく名乗り出る者などいまい。

 それを咎められるような制度だったとしても、証人となる馬車の乗客にいくらかの金を握らせて終わりだ。

 その乗客にしても馬車の料金すら払えないような貧乏人の事など気にしないだろう。


「そういえば、馬車に乗らない徒歩の旅人って、つまり馬車の乗車料金を支払う能力がない人ってことなんだろうけど、だったら野盗は何の目的で襲うんだろ。襲ったところで実入りも少ないよね」


「まあ、どこまで法整備されているのか、って話にもなるんだろうけど。

 辻馬車に乗ったり、あるいは貸し切りでもいいけど、その状態って結局自分の持ってる財産と命を御者ぎょしゃに委ねるってことだからね。

 仮にその御者が犯罪組織とつながりがある者だとしたら、乗った時点で野盗に襲われたのと同じことになる。

 そう考えると、安全を重視するなら自分の専用の馬車を持つか、あるいは信頼できる傭兵を雇って歩いて移動したほうがいいって事になるからね。そういう、馬車を自前で用意はできないけど護衛は雇える半端な金持ち狙いなんじゃないかな」


 悪事に関して解説させたらおそらくライラの右に出る者はいまい。

 便利ではあるのだが、この姉が今、リアルでは自分の隣に寝転がっていると考えると少し背筋が寒くなる。






★ ★ ★


今更ですが、レアが突然笑い始めたら大抵は何かしらダジャレを思いついた時です。

探してみましょう(

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