第237話「マニアックで濃厚なプレイ」





 リフレでのお茶会を終えたレアは、ライラとブランを連れ、キーファの街に向かっていた。


 キーファを目指して空を行く。

 3人とも飛行できるため、普通に飛べばいいと考えていたが、飛行しながら『使役』についての解説をするのは少し難しい。正確に言えば、ブランが飛行しながら理解するのは難しかった。よそ事を考えていると、ブランは飛びながらあらぬ方向へそれていってしまうのだ。速度もかなり出ているため、見失うとどこに飛んでいってしまうかわからない。

 それに他にも協力者、ジャネットたちについてブランに説明しておく必要もあった。

 そこでライラのガルグイユを呼び出し、その背に乗って移動することにした。

 SNSを見る限り、このアビゴルはひとまず人類に友好的なドラゴンという認識であるようだ。これなら仮に地上からプレイヤーに見られたところでそう大きな問題にはなるまい。

 背中に誰が乗っているかまではどうせ地上から見ることは出来ない。


「そのプレイヤーの4人は『使役』とかはしたの?」


「いや、リスクが高いだけでメリットは何もないからね。眷属にはしていないよ。ただアルケム・エクストラクタを使用して強化は行なったけど」


「そうなんだ。じゃあわたしと一緒だね。うちのマフィアにもプレイヤーいるけど、『使役』とかはしてないし。組織的に配下にいるってだけ」


「へえ。プレイヤーにそれと知られずに密かに配下に置くっていうの、意外と面白いアイデアだと思ってたんだけど。ブランちゃんに先を越されちゃってたか」


「わたしのほうは結果的にそうなっちゃっただけですけどね」


「まあそういうわけだから、その4人の前では余計なことを言わないようにね。出来れば一言も喋らないのが望ましいかな」


「らじゃー了解! ……うん? それってつまりわたしは余計なことしか言わないって思ってるってこと?」





 キーファの街に到着した。

 ドラゴンで乗り付ければ目立つ目立たないどころの騒ぎではないので、地上からでは見えないほどの上空で停止し、そこから空挺降下だ。

 3人とも飛行能力があるからこそ可能な事である。

 飛行系のスキルも無く今の仕様でこれを行うと、高確率で死亡する。

 ウルル・インパクトについてはもともとそれほど連発するつもりもなかったので別に構わないのだが、運営にはこのあたりの仕様はなんとか現実的なものに再調整してもらいたいところだ。


 時間的に宿の正面玄関から繋がる食堂などにそう人がいるとも思えなかったが、念のため3人は裏口から入った。

 裏口は厨房に直通であり、入るとすぐに生ゴミ置き場がある。

 しかし現在は生ゴミは片付けられており、入るとモニカが頭を下げていた。


「わざわざありがとう。こちらの作業の方は順調かな」


「はい。全蔵書の6割ほどは読み終わりました」


「獣人の転生については?」


「はい。現王族が幻獣人という種族らしいことまではわかったのですが、獣人から幻獣人に至る手段については……」


「そうか……」


 蔵書の内容については基本的に関連のありそうなタイトルのものから優先的に調べさせている。

 その上で6割終わったにも関わらず見つかっていないのなら、文書としては遺されていない可能性が高い。

 確かにヒューマンなどと違い、上位種族が王族やその近親者だけであるのなら、上位種族に転生する方法など記しておいても要らぬ火種を抱え込むだけである。


「別にそれほど期待していたわけでもないんでしょ? まあ、見つかったらラッキーくらいでいいんじゃない? そもそも幻獣人って名称がわかっただけでも儲け物だよ」


 そうかもしれない。

 しかし幻獣人、ということは、おそらく幻獣王のひとつ下の種族だと考えられる。

 エルフやドワーフで言えば精霊や魔精、ヒューマンで言えば聖人や邪人ということになる。


「……獣人たちの王族は、他国の王族よりも格が上なのか……? そうすることで、貴族階級が少ないことのバランスを取っている?」


「そんな感じなのかな。まあ、戦争もない世界で軍事的にバランス取ることにそれほど意味があるとは思えないけど」


「……ていうか、いつまで厨房でお話してるの? 中入らないの?」


「そうだった。ごめんブラン」


 モニカの話ではジャネットたちは今は自室にいるということだ。

 ログアウト中である可能性もあるが、ログインしているのならせっかく来た事だし様子を見ておきたい。


 2階の客室まで行き、とりあえずレアに最も協力的なマーガレットの部屋をノックする。


「え、そこから行くの?」


「そうだけど?」


「いや、いいけどさ……」


 マーガレットの私室になっている部屋の扉をノックした。

 足音がひとつ聞こえ、扉に近寄る気配を感じる。


「はいはーい。ご飯ならまだ……」


「やあ。ちょっと様子を見に来たよ。それと紹介しておきたい人物もいる。今、時間はいいかな」


「うひゃあ! どどどど、どうぞ! 狭いところですが!」


 狭いところと言うが、仮にも街一番の高級ホテルのスイートだ。狭いわけがない。


「すまないけれど、他の3人を呼んできてくれないか。もし今いれば、で構わない」


 彼女たちはプレイヤーであるため、他に用事があるようならログアウトしているだろう。

 そういった異邦人特有の事情をこちらがわかっているということはすでに伝えてある。

 先回りして伝えてやれば、向こうで勝手に深読みしてそういうものなのだと考えてくれるということはライラから聞いていた。

 おそらくこの大陸にいるNPCのいくらかはそうした事情はすでに知っていると思われる。保管庫、などというプレイヤー側からはまず言い出さないような呼称が広まっていることからもそれはうかがえる。


 やがてドタドタと慌ただしくも4名のプレイヤーがマーガレットの部屋に集まった。

 この部屋はもともと4人部屋であるし、最高級のスイートルームだ。7人が入っても余裕である。

 前回同様、レアとライラはベッドに座った。

 ブランは一瞬逡巡したようだが、ベッド脇に立っている事にしたようだ。


 すると、エリザベス燕の手の中に何か光るものが見えた。

 買ってはいないが知っている。あれは──


〈ブラン、何も反応しないで! 今からシステムメッセージが来るよ!〉


〈え? あ、う、うん!〉


《抵抗に成功しました》


 エリザベスは最初にレア、次にライラ、そして最後にブランを鑑定したようだ。

 3つのモノクルが立て続けに現れては消えていく。

 しかしこちらは当然のように抵抗に成功し、何も見せてはいない。


 ライラの検証、そしてウェインたちの会話やSNSに書き込まれている情報から、あのアイテムは基本的に『鑑定』と同じ仕様だ。相手に抵抗されてしまえば何も見ることが出来ないはずだ。

 そしてライリエネやメガネウロンの抵抗でさえ突破できない程度では、レアたちの抵抗を抜くことは出来ない。


 レアとライラはもちろんのこと、事前の警告のおかげかブランも微動だにしなかった。

 しかしこちらの視線は全てエリザベスに向いている。

 あれだけ不審な行動をしているのだから当然だ。

 レアなどわかりやすいようにわざわざ目を開けてやっている。


 こちらの不自然な視線に気づいたジャネットがエリザベスを見て、彼女の頭を叩き、すぐさま謝った。

 同時に流れるような連携で、マーガレットとアリソンが2人がかりでエリザベスの頭を無理やり下げさせる。


「こら! バカ! なんてことしてんの! も、申し訳有りません!」


「いたた! いたあい! す、すみませーん! 悪気は無かったんです、ただ、どのくらい凄いのかなって気になっちゃって……!」


 その様子から察するに、エリザベスにも特に深い考えがあってやったことではないようだ。

 新しく手に入れたアイテムを使ってみたかっただけというところだろう。SNSの雑談スレッドで見かけた、マーレを無断で『鑑定』したプレイヤーと同じということだ。


「……謝った、ということは、今何かこちらに不利益になるような事をしたということかな。察するに、エリザベスの手の中で消えていったアイテムによって何かをしたのだろうが……」


「本っ当に申し訳有りません! これはあの、異邦人だけが特別に入手できるアイテムでして、その、今このバカが使ったのは、相手の情報とか能力値とかを覗き見る事ができるアイテムというか……」


「ああ。なるほど。それだったら多分、こちらは抵抗してしまっただろうしそれほど気にしなくても良い。どうせ何も見られなかっただろう?」


「あ、はい。アイテムが消えたってことは多分発動したって事なんですけど、でも何も浮かんで来ませんでした」


「もっと、反省、しなさいよ! 覗きなんて! 覗きなんて! いやらしい!」


 マーガレットとアリソンが執拗にエリザベスの頭部を押さえつけている。もう床についてしまいそうだ。


「何もなかったのだから、気にしなくても良いって。ただし、二度目はないけど」


「も、もちろんです! 二度とさせません!」


「しかし、そういうものがあるということを教える手間が省けたのはよかったかな。『鑑定』」


「えっ? えっ?」


 レアはエリザベスを『鑑定』してみせた。

 彼女の能力はある程度はわかっている。これまでもどさくさに紛れて行なったことがある。

 それは他の3人についても同様だ。

 以前に見たときよりもほんの少し各能力値が上昇しているようだ。どうやら真面目に豹熊と戦っていたらしい。真面目にゲームで遊んでいた、というのもおかしな表現だが。


「そのアイテムが、今わたしが発動したスキルを擬似的に再現するアイテムであるとしたら、基本的に自分よりも格上の存在には通用しないはずだ。

 しかし、今即座に反応したということは、もしかして異邦人はこれをされるとすぐにわかるということなのかな?」


 ライラの検証から考えれば、使用者の能力に関わらず見られる相手は決まっているようだが、能力値的には現在のジャネットたちはプレイヤートップ層に匹敵する。

 そのあたりが設定値だとすれば、今のジャネットたちよりも格上の存在には通用しないという言葉は間違っていない。


 またレアたちにはわかりきったことだが、一般的なNPCがプレイヤーにのみシステムメッセージが聞こえる事を知っているのかどうかはわからない。

 そしてそれをプレイヤーたちが知っているのかもわからないため、一応聞いてみた。


「あ、はいそうですね! 抵抗失敗みたいなメッセージが出ました!」


「ふうん。じゃあ、あまり異邦人相手にこれをうかつに使わないほうがいいかな。君も気をつけるようにね」


 ライラが言ったのはブランに対してだ。

 『鑑定』をプレイヤーの可能性がある相手に使用する場合は十分注意すべきという内容は、スキル取得の際に打ち合わせてあるため今改めて言う必要はない。これはポーズに過ぎない。

 そういうスキルをここに居る3人は全員使用することが出来るのだという事を遠回しにジャネットたちに伝えただけだ。

 つまり、アイテムとしては異邦人専用なのかも知れないが、スキルによってそれを行なうNPCもいるという事を印象づけたのである。

 本当ならこの件についてはSNSで拡散してもらいたいところなのだが、ジャネットたちのパーティはすでに一部のプレイヤーに不審に思われているフシがある。

 SNSでの情報操作を行なうのならその点に注意が必要だろう。


 しかしせっかくライラがブランを印象づけたというのに、それを気にする素振りがあったのはジャネットとエリザベスだけだった。

 マーガレットとアリソンに至っては意識的に見ないようにしている節さえある。


 それからジャネットは、聞いてもいないのに他のアイテム、目利きのルーペと使役の首輪についても説明してくれた。

 ルーペはともかく、首輪については使用した事がないため詳細はわからないようで、しかも異邦人だとか盗み聞きなどの妙な単語が頻繁に登場するため、レアも聞いていて非常にわかりにくかった。

 もともと知っているアイテムなので問題ないが、知らなかったら理解できたかどうかわからない。


〈個人的な好奇心からちょっとしたおイタをする子はいるみたいだけど、基本的に彼女たちの闇堕ちシナリオに対する本気度、まあせっかくだから忠誠心と言っておこうか。忠誠心は問題ないみたいだね〉


〈SNSでも一切書き込みをしていないみたいだしね。逆にそのせいで釣りとか荒らしとかみたいに思われてしまっているようだけど〉


〈うさんくさいプレイヤーだと思われているのなら、それはそれでいいんじゃない? まさかそんな奴らが、マニアックで濃厚なプレイをしているとは誰も思わないでしょ〉


〈あの、マニアックで濃厚なプレイって、いったいこの人たちに何をさせてるの? レアちゃんいきなりアカウント凍結されたりとかしないよね?〉


〈まだ大したことはさせていないよ。今の所、窃盗だけかな〉


 内緒話をしているうちにジャネットのわかりにくい説明は終わっていた。


「──というような感じのアイテムなんですけど、あの、わかります?」


「ジャ姉、さすがにそれじゃわかんないんじゃ」


「少なくとも、わたしは聞いててさっぱりわかんなかったけど」


「──いや、何となくわかったよ。ありがとう。と言っても確かにわかりづらい説明ではあったな。もともと似たスキルを知っていなかったら理解できなかったかも知れない」


「これにもあるんですか!? 似たスキルが!」


「君たちも知っていると思うけど、人類の貴族が騎士たちを支配するのに使っているのがそれだよ。一部の魔物も持っているけど」


 厳密に言えば種族ごとに内容が違うし、使役の首輪の元になったスキルとも違うのだが、それはわざわざ言わなくてもいいことだ。

 本来ジャネットたちに『使役』について教えてやるつもりは無かったが、課金アイテムをすでに購入して持っているというのなら利用しない手はない。


〈この子達にペットを用意してやる必要があるな。少しぶらり旅が遅くなるけど、いいかな〉


〈いいよー! どうせ暇だし! ていうか、わたしの紹介は!?〉


〈ああそうだった。聞かれたら紹介しようと思ってたんだけど、こいつらまったくブランについて聞いてこないな〉






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