第234話「姫プレイ」





「それよりもライラさん。買った課金アイテムは使ってみたんですか? どうでした?」


「ああ、そうだね。

 じゃあまずは使役の首輪っていうやつからね。

 これはさっきも言ったけど、たぶん汎用の『使役』の効果と同じものだと思う。もっともMPとかLPの消費なんかのコストは要求されなかったから、実際のところはわからないけど。

 ただ少なくとも種族に関係なく『使役』の対象にすることができるのは確かだった。私は邪王──ヒューマン系の上位種族なんだけど、獣人やエルフのキャラクターでも問題なく対象に出来たから」


 どうやらレアがふたつのポータルの支配に向かっている間、どこかの街で実験を行なっていたらしい。ライラの担当分はポートリーだけだったため、レアより時間が余っていたようだ。


「だけどスキルじゃないからなのか何なのかわかんないけど、自分の能力値のボーナスは全く乗らないみたい。私とそこいらのNPCとじゃ、MNDには天と地ほどの差があるんだけど、それでも普通に抵抗されたからね。システムメッセージが聞こえないからか、こっちが何かしたって事には気が付きもしなかったみたいだけど。

 その後『魅了』とか『支配』とか使ってから実験してみたけど、どれも成功しなかったな。公式の説明にある通り、このアイテムに限っては物理的に屈服させてやる必要があるみたい」


「物理的に屈服、って、具体的に何すればいいんですか?」


「さあ? あのアイテム、失敗しても使うと消えるから、検証したくてももう出来ないんだよね。購入制限いっぱいまで使っちゃったから」


「物理的に屈服させるというのが何を表しているのかはわからないけど、少なくとも他人の眷属を『使役』しようとすると必ず失敗するのはスキルの『使役』と同じみたいだよ。他のプレイヤーがわたしのハチたちを痛めつけて『使役』しようとして失敗してた」


 スガルからの報告にはそうあった。スガルも『使役』を持っているため、プレイヤーたちが何をしようとしていたのか、察することができたらしい。


「屈服させるって、痛めつけることなのかな。ひどい事をするね」


「うちのスガルも頭に来たみたいで、大型の蟲モンスターを駆り出してプレイヤーたちを挽き潰してた」


 結局今のところ屈服させた成功例を見ていないのでわからないが、もしかしたらかつてトレの森でレアがジークに行なったのがそれにあたるのかもしれない。

 あの時は『精神魔法』などを使わず、戦闘によってジークの心を折り、確かそれで『使役』していたはずだ。


「こういうアイテムが出てきちゃうと、姫プレイとかも捗りそうだよね」


「ひめぷれい?」


「ええと、なんて言ったらいいかな。自分に好意を持っているプレイヤーたちを代わりに戦わせたり稼がせたりして、その恩恵だけをタダで受け取るみたいな。そういうプレイヤーばかりで自分の周囲を固めて、他人の批判からガードさせたりとか。まるでお姫様を守るナイトたちみたいな構図なのを揶揄されて姫プレイって言われてたりするんだけど」


「なるほどー! わたしやレアちゃんが配下相手にやってるやつですな!」


 そうだが、そうではない。

 NPCに貢がせるのは普通姫プレイとは言わないだろう。言わないはずだ。


「……姫プレイっていうのは、プレイヤー相手にやるから姫プレイって言うんだよ。相手がNPCなら、それもう普通の姫じゃないか」


「なるほどおっしゃる通りですねレア姫」


「ぶっとばすよライラ。それは2人も同じでしょう」


 このアイテムによって、例えばプレイヤーズ騎士団などを設立する姫プレイヤーも登場してくるかもしれない。

 そしてその騎士プレイヤーたちもさらに眷属を作るようなことにでもなれば、いつかはレアたちに匹敵する勢力が台頭してくる可能性もある。

 しかしそうだとしてもまだまだ先の話だし、正式サービス開始前からコツコツとプレイしてきたレアたちに容易に追いつけるとは思えない。


「まあ、ネズミとかに関しては、別途そういうスキルが必要になるからまだいい。プレイヤーを『使役』する事についても、そいつが誰かの眷属だろうと主君だろうとソロだろうと、プレイヤーであるなら警戒すべき対象であることに変わりはないから問題ない。

 厄介なのは人類のNPCを眷属にしようとするプレイヤーが現れたりする事だよ。これからは一層、そこらのNPCに対してもこちらがプレイヤーであることは隠さなければならなくなるし、いざNPCを『使役』しようと思ったらすでに誰かの眷属だった、なんてことも有り得る」


 ライラの言う通りだ。

 課金アイテムを手に入れてすぐ、いきなりそこらの住民を『使役』するプレイヤーがいるかはわからないが、現時点ですでに2日経過している。

 すでに検証を終え、実用に入ったプレイヤーがいないとも限らない。

 ライラは購入した課金アイテムはすべて使い切ってしまっているが、これは検証の目的がどちらかといえば失敗を前提として行われていたからだ。

 成功させるつもりであるなら、ライラなら最初から成功させているだろう。


「でもさ、屈服させる、とかいうのが物理でへこませることだっていうならさ。どうやったってアイテム使ったプレイヤーよりも弱い相手しか『使役』できないよね? まあそれはわたしたちも同じなんだけど。

 そんな格下のキャラクターを『使役』したところで、実用レベルまで引き上げるためにはかなりの、それこそ自分自身をそこまで成長させてきたのと同じくらいの経験値が必要になるんじゃない?

 でもそうすると『使役』とかをしない勢はその分のリソースを全部自分だけに使えるわけだから、戦力的には差が付いてきちゃうよね?」


 基本的に、純粋な戦力という意味で言えば、同じだけの値の経験値を複数にばらけさせて使用するよりも、1人に集約して使ったほうが総合的には強くなる。

 100人の駆け出しが100人の兵士になったところで、1人の駆け出しから1人の英雄に登りつめたキャラクターには勝つことは出来ない。

 現代の大天使に関しても、あれが全ての経験値を1体に集約させていたら勝てたかどうかはわからない。

 もっとも複数にバラけさせたが故の効率の高さもあったはずなので、最初からその方向性で大天使が自分自身をビルドしていたらそもそもあれだけの経験値を得ていたかはわからないが。


「確かにブランちゃんの言うように、殴って勝てる程度の相手しか『使役』しないのならそんなに問題にはならないと思う。一番警戒しなければならないのは──」


「そう、一番警戒しなければならないのは、初めから『使役』を持っている貴族階級を眷属にしようとするプレイヤーだ。もちろん貴族はそこらのNPCよりずっと強い。簡単には屈服はさせられないだろうけど、子供であれば戦闘力も精神力も大したことはない。

 つまりプレイヤーによる貴族子女の拉致、これが一番の問題になる」


「……ええー。何のためらいもなく子供を誘拐するプレイヤーなんているのかな」


「ひそかにこれを成功させれば、後はその子供の親さえキルしてしまえばその領地はそのプレイヤーの物にしてしまえるからね。リスクは高いけど、リターンも大きい。ためらう理由はないと思うよ」


 厳密には違うのだろうが、方向性としては現王族の祖先たちがかつて精霊王に行なったのがこれと言えるのかもしれない。


「いや、ためらう理由ってそういうアレじゃない気がするけど……」


 とはいえ、さすがに王族相手にまでこれを行なう者がいるとは思えない。失敗し、かつバレてしまえば一発でレッドリスト入りだ。

 王族に手を出したとなれば国が黙っているわけがない。見逃してしまえば既存の権力構造の崩壊に繋がりかねないため、その国はもちろん、他国であってもこの手の犯罪者は許さないはずだ。どの国に逃げても追手を撒くことはできないだろう。

 となると表向き国交の無くなっているヒルスに逃げ込むしかないが、ヒルスはレアの庭である。そういう情報がもしあれば、レアなら面白半分で探し出し、何らかの手を打つだろう。


 王族の治める王都を別とすれば、後は押さえておくべき要衝といえばポータルがある。

 レアとライラが最も警戒していたのがそれだった。


 課金アイテムがどういった仕様であるにしろ、もっとも少ないコストで最大限の効果が得られるのが貴族の子供を『使役』することだ。

 獣人を除けば、ほとんどの人類種には貴族階級がおり、当然子供も存在している。

 仮に今、レアがこうしたメリットを知りながら全く新しくゲームを始めたとするなら、限界数まで課金アイテムを買い込んで貴族の子供を拐うだろう。


 ポータルと言うのはあくまでレアとライラが勝手に呼んでいるだけであり、ゲームシステム的、ゲーム世界的には特別なところはない。

 しかしその価値はプレイヤーからすれば明らかだ。

 つまりそこを支配する領主は他と変わらない程度だが、その街の価値は他とは雲泥の差があるという事である。

 狙われないわけがない。


 それを足がかりに街ごと手に入れてしまうプレイヤーが自分たちの他にも増えてくることを考え、最低限取られたくない街だけを押さえたというわけだ。

 リバーシで言えば、先に四隅だけ取ってしまったようなものである。

 もっともリバーシにおいて重要なのは最終的な石数であり、四隅を取ったかどうかは直接勝利に寄与するわけではないが。

 しかし今後、仮にひとつの街を支配するようなプレイヤーが現れたとしても、王都やポータル以上に発展させられるとは考えにくいのも確かだ。

 リバーシと違いマスの1つに詰め込まれた情報量が多いだけに、その分要衝の持つ重要度も上がってくる。


 幸い、この時点でポータルを治める領主の元にはプレイヤーの魔の手は伸びておらず、問題なく支配することができた。

 もっとも現状では、リフレやオーラル王都のように最初から支配下にある街の貴族にもプレイヤーが何らかのモーションをかけたような様子はない。

 それらの街では貴族階級は子供に至るまで全て眷属にしてあるため、何か妙な事があればすぐにわかるはずだ。

 となればもしかしたら、まだプレイヤーたちは貴族を『使役』することの効率に思い至ってないのかも知れない。





「まあ、とりあえず最低限渡したくない街についてはもう手は打ったからいいとして」


「じゃあ、次は鑑定アイテムね。これは目利きのルーペと看破のモノクルって名前で、それぞれ物品と人物を『鑑定』できるアイテムだ。

 これもスキルじゃないからなのかわからないけど、どうも見ることが出来る相手っていうのは自分の能力値とは関係なく決まってるみたい」


「見ることが出来る対象と見ることが出来ない対象は固定で決まっているって事?」


「というよりも、このアイテムを使用した際の、使用者の能力値の数値っていうか、要は行動達成値みたいなものが固定で決まってるって感じかな。多分だけど、現行のプレイヤーのトップ層くらいが使ったっていう想定だと思う。

 そこらの街の人とかは余裕で見られるんだけど、私が使ってもライリエネ──ヒューゲルカップの領主代行の抵抗は抜けなかった」


 つまり、誰が使用したとしても、現行のトッププレイヤー──他の人の名前をよく知らないので仮にウェインとするが──ウェインが『鑑定』を発動した時と同じ結果が得られるという事だ。

 この仕様が今後も変わらないのであれば、現在のウェインの能力値を調べておいて、それを元に課金アイテムで抜かれるボーダーラインを設定しておくこともできるだろう。

 わざわざ会いたい相手でもないが、もう一度ウェインに直接まみえる用事が出来てしまった。


 そうなるとこれは現状、プレイヤーたちが使う分には特に問題はないだろう。使用者目線で言えば、むしろ低ランクのプレイヤーにとっては破格に高性能なアイテムと言える。課金する価値は十分にある。

 ただし、現行のトップ層のプレイヤーのレベルを逸脱した能力値を持つ者にとっては何の価値もないアイテムだ。


「この仕様はアイテム用のルーペについても同じみたいで、店売りの武具は見られるんだけど、ユスティースの着てる鎧は見ることが出来なかった」


「それ、間違ってユスティースに当たってたらバレてたんじゃないの? あぶないことするね」


「目利きのルーペはアイテムにしか反応しないから大丈夫だよ。

 システムメッセージにあった一部のキャラクターの製作物って部分の、その一部のキャラクターの強さというか、そういうものがネックになって見ることができないみたい。まあ総評してどちらも同じ仕様みたいだね。

 ところでここにひとつ、看破のモノクルが残してあるんだけど──」


《抵抗に成功しました》


 見慣れたメッセージだ。


「──なるほど、やっぱり通常の『鑑定』と同じく、何かをされたという事はプレイヤーにはわかるということだね?」


「その通り。ついでに言えばライリエネたちは特に気付いた様子はなかったから、性格の悪いプレイヤーはこれをNPCとPCを見分けるためのツールとして利用してくる可能性がある」


「ライラにだけは言われたくないだろうけど、その可能性もあるか」


「ええと、つまり突然抵抗がどうのこうのというメッセージが出たとしても、顔色ひとつ変えちゃダメって事ですね?」


「うん。間違ってもさっきみたいにうひ?とか言ったらダメだよ」


「あ、あれは急にメッセージが来たので……あ、それよりも! わたしもプレイヤーとNPCを一発で見破る方法を編み出しましたよ!」


「おお! それはすごい!」


「ブランは時々すごく鋭い事をいうからね。これは期待できるな」


 ブランはおもむろに立ち上がり、ひとつ咳払いをして続けた。


「殺せばいいんだよ! 死んだキャラクターはいいNPCで、生き返ったキャラクターは訓練されたプレイヤーだー!」


 期待して損した。


「そうだね」


「あ、もう座っていいよ」


「冷たい! なんで!?」


「それはね。知りたかったのは、殺さずに判別する方法だったからだよ」


「あー……。そうなの?」


「そうだよ。

 でもまあ、考えてみれば今ならそれもいい手だと言えるかな。

 ブランは多分、生きているうちに『使役』してもキルしてからアンデッド化して『使役』しても、結果は大して変わらないからその方法を素晴らしいものだと考えたんだろうけど。

 これまではわたしたちは死んでしまったらアンデッドにしか出来なかったけど、今なら蘇生して生きたまま『使役』できるからね」


「そうだね。そうなるとプレイヤーの疑いがある相手に対しては、とりあえずキルしてみてから考えるというのが基本方針で良いかもね」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る