第233話「メルヘン伯爵」





「じゃあとりあえず、シェイプは順調という事でいいのかな」


「そうだねえ。あ、そういえば例のヒデオっていうヒーローに会ったよ。強くなってたかどうかはわかんないけど。でも一緒にいたコックさんは強かったな。倒すのに魔法3発使ったし、あと妙なスキルで次から次へと包丁とか鍋とか出してきたし」


 詳しく聞いてみると、どうやらまさに戦うコックともいうべきプレイヤーが現れたようだ。

 ブランが得られたという経験値から計算すれば、おおよそ準トップ層と言えるくらいの実力は備えていると思われる。

 ソロでそこまで経験値を稼いだというのはかなりのやり手に思えるが、重要なのはそれよりも『キッチン』を取得しているらしい事である。次から次へと包丁を生みだしたというのはその効果によるものだろう。

 あれはもともと『調理』のための補助スキルだが、包丁は刃物であるので、刺せば当然怪我をする。

 その点を利用し、攻撃力は低いものの、使い捨てが可能な武器として利用したのだろう。武器のランクの低さは能力値やスキルによってある程度は補えるため、その方向で考えるのなら中々に面白いビルドかもしれない。


 しかし効率は最悪だ。あのスキルの取得には『調理』が必要だが、『調理』の取得には光と闇を除く全属性の魔法スキルの取得が必要である。

 その上でさらに武術系のスキルを取ったりSTRやDEXに経験値を振るというのは現実的ではない。


「史上最強のコックでも目指してるのかな。ロマンプレイってやつ」


「それだけでソロで準トップ層並の経験値を稼いだのか。すごい執念だ」


「まあ、このゲームってロマンに走る人ほど楽しみやすい傾向にあるからね。それは何でもそうなのかもしれないけど」


 いずれにしてもそのトオルとかいうプレイヤーの名前は覚えておく価値があるだろう。

 『調理』を取得できたということは、『錬金』ツリーも極めることが出来る可能性を秘めている。

 ロマンを重んじるプレイヤーであれば心配いらないのかも知れないが、警戒は必要だ。


「わたしのほうはそんな感じ! レアちゃんたちは結局、イベント終わるまでは何してたの?」


「そうだった。まずは例の『復活レスレクティオ』のことだけれど。あれはブランの言った通り、蘇生アイテムを使用することでアンロックされるスキルで間違いなかったよ。

 つまり条件は『神聖魔法』の取得と蘇生アイテムの使用、ということになるかな」


 厳密に言えば条件はアイテムの使用ではなく蘇生行動を行なうことであるという可能性もあるが、現状蘇生はアイテムでしか行えないため同じことである。検証のしようもない。


「おおー! でもやっぱり『神聖魔法』が取れない人は絶対取れないって事なんだね」


「んー。まあそもそも『神聖魔法』が絶対取れない、とは限らないと思うけどね」


「それと協力者としてバンブっていうプレイヤーとフレンドになったよ。ここに呼んでもよかったんだけど、それはライラがダメだっていうからやめといた」


「聞いたことあるような無いような……」


「前回のイベントで侵攻3位だった人物だよ」


「おお、ああー……。……ああ。あー。うん、そのひとかー」


「これ覚えてないやつだな」


「いいよ別に覚えなくても。それより次の報告だけど、最初に私たち3人で討伐した大天使。

 これはちょっと事情もあって、とにかく討伐数を稼ぐ必要があったから、こっちから何名かのヘルプを出すことでプレイヤーたちに何回も討伐させておいた。これは人類側も魔物側も同様かな」


「その時に協力してもらったのがさっきのバンブだよ。魔物側の純粋なプレイヤーって知り合いにいないからね」


「数えてないから最終的に何体倒したのかはわかんないけど、とりあえず辻褄が合う程度には回せたんじゃないかな。

 ところでレアちゃん、聞きそびれてたんだけど、あの56人ていうの、何か意味あるの? だいたいいつもそのくらいの人数になるように調整してたよね」


「いや特には。深い意味はないよ。ただのバランス調整。そのくらいだったらちょうど苦戦しながら勝てるかなと思っただけ」


「へー。じゃああれからはずっと大天使の相手してたってこと?」


「いや、そっちは完全にNPCたちに任せっきりだね。

 その間にわたしたちはのんびりと徒歩で旅とかしてたかな。ペアレのポータルから王都まで。この後も、何も問題が起きなければ王都からその先のルート村ってところまで行くつもりだったけど」


「ええ!? ずるい! わたしも旅したい!」


「それは全然かまわないんだけど、ブラン修行はいいの?」


「修行はけっこうしたと思うんだよね! だってほら、シェイプの経済支配はもう目前だしさ! これってレアちゃんたちと肩を並べるだけの実力があるって言ってもいいんじゃない!?」


 肩を並べて戦うフィールドが思っていたのと違う。

 おそらくもともとブランが想定していたものとも違うだろう。

 しかしその意味でもいいのなら、確かにそうかもしれない。


「ふうん。『鑑定』」


「うひ?」


 ライラがブランを『鑑定』した。

 実際の戦闘においての実力と必ずしも一致するというわけではないが、戦闘力のひとつの指標としては能力値やスキルを見るのが手っ取り早い。


「おお、だいぶ伸ばしてるねー。前に見たときよりもVITの数値がさらに高くなってる気がするんだけど、こんなに必要ある? 弱めの災厄よりよほど強いんじゃないのこれ。あとはINTやSTRもかなり高いね。DEXだけ妙に低いのが気になるけど、AGIは高いし近接メインなら当てられないってことはないか。遠距離は魔法撃てばいいしね」


「コックを魔法で確殺出来なかったのがショックでしたからね! あの後まじめにINTも伸ばしました!」


「……ていうか、いつのまにか公爵級になってるな。伯爵追い越してんじゃん」


 レアも見てみたところ、ブランの種族が「吸血鬼ヴァンパイア公爵ダッチェス」になっていた。


「侯爵が一番上だと思っていたんだけど、公爵あるのか。でも真祖ではないんだね」


「真祖はおそらく災厄級だから、もしブランがそれになってたらアナウンス入るよ」


「いつの間にかそんなことに!?」


 何かあとひと押しがあれば真祖に至れそうではある。


「これならたぶん、賢者の石とかで無理やり転生すれば真祖になると思うけど、どうする?」


 ブランは腕を組んで悩み始めた。


「えー、悩むところなのそこ。もらっちゃえばいいのに」


「……やめときます! せっかくなので、ただの吸血鬼からどうやったら真祖になれるのかはちゃんと知りたいので! レアちゃんの好きな、検証っていうやつだよ!」


 気持ちはわかる。

 というか、そのあたりの条件はすべて賢者の石でスキップしてしまった身としては耳が痛い。


「……おお、なんか私がとんでもない効率厨であるかのように思えてきたぞ」


「……だいたい間違ってなくない? でもま、転生の条件についてはわたしも気になるしね。応援するよ」


「ありがと! でも今は応援よりも旅行のチケットの方が欲しいかなーって」


「ああそうだった。まあ、それはお茶会が終わってからだね」





「ええと、後は何かあったかな」


 さしあたり、緊急性の高いポータルの件については完全に解決した。

 正直これが最も心配だったため、すでに解決していたことについては素直に喜ばしい。

 それにブランのシェイプ侵攻も順調のようだ。

 現時点ですでに問題ない気もするが、このまま進めるとしても、想定通りに行けば王族を滅ぼさずとも完全支配は可能だろう。


「そういえばさ、2人は例の課金アイテムって買ってみた?」


 課金アイテムの件があった。

 もともと急いでポータルの支配を進めたのもそれが理由のひとつにある。


「わたしは買ってないよ。検証という意味では気になるけど、効果としてはどれも必要ないものだし。さすがにそれにリアルマネーをつぎ込むのは抵抗がある」


「私は買ったよ。そういうブランちゃんは?」


 アイテムの効果に価値がないのはライラも同じであるはずだが、ライラはあれを購入したらしい。


「わたしも買ってません。『鑑定』は持ってるし、アンデッド限定だけど『使役』もあるので」


 ブランの『使役』は種族由来のスキルであり、効果が限定されている。

 今後の事を考えれば、汎用の『使役』について教えたほうがいいかもしれない。

 今回ももしそれを持っていれば、余計な人的損耗は発生しなかったはずだ。


「ていうか、そういえば『使役』が可能な課金アイテムって、いったいどの『使役』の効果なんですか?」


「汎用の奴だね多分。あれはあらゆる種族的な関係を無視して『使役』が可能だから、逆に言えばあれじゃないと誰でも使えるアイテムとしてデザインすることはできないと思うよ」


 仮にノーブル・ヒューマンの持つ『使役』を元に作られている場合、ヒューマン系しか『使役』できない事になる。

 昨今の倫理委員会ではゲーム内設定を尊重する裁定が増えてきてはいるが、さすがにヒト型NPCを奴隷化するためのアイテムなど審査を通るはずがない。ヒト型NPCの『使役』はあくまで副次効果としてシステム上可能なだけですよというスタンスだろう。

 おそらく普通に魔物をテイムするためのアイテムとして申請しているはずだ。だとすれば種族縛りのあるアイテムでは成立しない。


「じゃあさ。もしかしたら、課金アイテムを使って、ネズミみたいな小動物を眷属にして情報収集をするようなプレイヤーもいるかも知れないって事かな?」


「まあ、いないとは限らないかもね」


 その可能性も十分にある。

 確かにこれをやられると少々厄介だ。こちらの会話を盗み聞きでもされてはかなわない。

 念のため、今後はプレイヤーと察せられそうなワードは会話で極力使わないようにした方がいいだろう。


 また協力者であるプレイヤーには全員『真眼』を取得させたほうがいいかもしれない。

 どれだけ小さな動物だとしても、『使役』できるということはキャラクターとしてデザインされているということであり、つまりデータを持ち、当然LPも持っているからだ。

 昆虫のようなアイテム扱いの存在に対しては意味はないが、あれらはどのみち『使役』も出来ないため問題ない。

 『真眼』を取得し、周辺で不審な動きをしている小さなLPがもし見えるようなら、とりあえず潰しておけばいい。


「ネズミのような小動物は見つけ次第駆除しておかないといけないってことか。しかしいちいち狩るのは面倒だな……。ネズミの天敵ってなんだろ」


「猫とかフェレット? ああ、野外ならフクロウとか猛禽類もそうかな」


「フクロウか、なるほど」


 まだそうしたプレイヤーがいると決まったわけではないが、対策は打っておいて損はない。

 幸い、暇そうなフクロウには心当たりがある。


「ていうか根本的になんだけど。仮にネズミを『使役』して、その子に色々探らせたとしても、その子から主が情報を伝えてもらうのって無理じゃない? 眷属なら動物でも何となく気持ちはわかるんだけど、具体的に何が言いたいのかはさすがに喋ってもらわないと無理だし」


 ライラの言う通り、確かにネズミを『使役』して諜報をやらせたところで大した意味はない。視覚や聴覚をジャックできるのなら話は別だが、そこまでやれる相手ならとっくの昔に『使役』も持っているはずだ。今さら警戒しても遅い。

 知らずにフレンドチャットを前提にして考えてしまっていた。


「でも例えば動物とお話できるスキルとかがあればそうでもないんじゃない?」


 確かに動物と会話ができるスキルがあれば、小動物にスパイ活動をさせることができる。

 ブランらしからぬメルヘンな思考と言えるが、ありえない話ではない。


「……そうだね。あったらいいね」


 ライラはまともに取り合わず、優しげな目でブランを見つめている。

 しかしそれがブランには気に入らなかったようで、むきになって反論してきた。


「いやいやいや! なんですかその目は! 可能性はありますよ! だって伯爵がネズミを使って人類の国を探ってたとか言ってたし! あの時点じゃあ『空間魔法』とか『召喚』とかの妙な使い方はしていなかったはずだから、だとしたらネズミ君から直接聞くしか方法は無いはず!」


 ブランの話によれば、伯爵はネズミなどの小動物を利用して定期的に人類の国家の内偵を行なっていたらしい。

 ブランが突然メルヘンなことを言いだしたのは、伯爵のその行動を知っていたからであるようだ。


 そんなスキルを取得するほど小動物が好きなプレイヤーなら、常に一緒にいられるように小動物を『使役』するだろう。

 それほどの動物好きが大事なペットを使って諜報をするかどうかは微妙だが、世の中にはどんなプレイヤーがいるかわからない。


「やはり、オミナス君強化計画を立てないとだね」







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