第232話「マフィンの間違いとかじゃなくて?」





「またランキング発表は後日か。メンテナンス後に発表じゃなかったのか」


「メンテナンスの直後に発表とは言っていないからね」


「前半のポイントは大天使討伐数とは別なんだよね? わたし大天使って1回しか倒してないから一緒にされると順位下がっちゃう」


「大天使戦を一度しかしていないのはわたしたちも同じだよ。それに、どうせ匿名なんだから順位なんてどうでもよくない?」


「そうだけど、さすがに本人には順位は告知されるでしょ? ていうかレアちゃんはカウント2じゃないの? 現代のやつは?」


「あれも入れるのかな? 大天使という種族を倒した回数なのか、それとも特定の個体を倒した回数なのかによっても変わってくるけど」


「なるほど。確かに過去の奴はあくまで”コピー”だろうしね」


「……そうだね」


 リフレの街の領主館でお茶とケーキをいただきながら、まずは他愛もない雑談をする。


 このお茶会は報告会や今後の打ち合わせも兼ねている。

 ゆえに本来はレアたち一味、マグナメルムに与するプレイヤーはすべて呼ぶのが望ましい。 


 レアたち一味のプレイヤーと言えば、他にバンブもいる。しかしライラが彼をここへ呼ぶことに難色を示していたためやめておいた。

 確かにいきなり中枢部を見せるにはまだお互いに信頼が足りていない。

 こちらはある程度バンブの手の内を知っているため、アンフェアではあるのだが、元々フェアな関係ではない。


 後は本人たちがそれと知っているわけではないが、ジャネットたちもレア一味のプレイヤーだと言えるだろう。しかし当然ながら、ここに呼ぶ事は有り得ない。


 そのため相変わらず、この3人での開催となったのだった。





「さて、舌も十分湿ったところで。

 まずはお茶会の開催が2日も遅れてしまって悪かったね。ちょっと火急でするべき事ができたから。

 というのも、今回のアップデートによって、色々と面倒が起きる可能性があったからなんだ。さすがに他のプレイヤーたちがすぐに動き出すとは思えなかったけど、念のため先手を打つ意味で各地のポータルを支配しておいた。

 とりあえず各国の王都とポータルさえ押さえておけば、大陸の大まかな情勢はコントロールできるはずだからね。

 ライラ、ポートリーは?」


「ぬかりなく。そっちもペアレとウェルスは問題ないみたいだね」


「もちろん。そこでブランに聞きたいのだけど──」


 いつもの通り、ぽかんとしているのだろうな、と考えながらブランを見れば、タルトを頬張りながらではあるものの、しっかりとレアたちの方を見て話を聞いていた。


「んぐ。シェイプだね! まかせて! えっと、今はねえ、国中のマフィアをだいたい傘下にしたところなんだけど」


「うん?」


 ちょっと何を言われたのかわからなかった。


 まずブランが話についてきているのが驚きだったのだが、しかしこの返答からでは本当に話についてきていたのか怪しいものである。


「……ブランちゃん、ちょっと聞きたいんだけど、今私たちが何を話していたのかは聞いてた?」


「聞いてましたよ! 理由はよくわかんないけど、各国のポータルっていう街をとりあえず支配しようって話ですよね?」


「そう! そうなんだけど、それがどうしてマフィアの話に?」


「ポータルって、確かダンジョンのすぐそばにある街のことでしたよね? ならシェイプで言えばクリンゲルってところが多分それです! 隣にチェルヴァ針葉樹林っていう☆1ダンジョンがありますから!」


 そこまでわかっているのなら、話にはきちんとついてきているらしい。どんな修行をしたのかはわからないが、驚くべき成長と言える。


「ポータル、っていうのは何となく重要ぽいって話を聞いた覚えがあったので、その街はマフィアから領主まで、全部支配下に置いてあります! 他の街はまだマフィアしか押さえてないけど」


 素晴らしい。

 ブランの言う事が本当なら、もうすでに大陸の全てのポータルはこの3人の手にあると言うことだ。

 それならひとまず急ぐ必要のある案件はなくなったと言えるが、代わりに聞いておくべき事も出来た。


 ブランの話にたびたび登場するマフィアという単語が気になる。マフィンか何かと勘違いしているのだろうか。いや、そうだとしたら尚更意味がわからないが。


「すごいよブランちゃん。それはお手柄だ。ところでその、マフィアがどうとかいうのは、何のことなの?」


「マフィアっていうのは犯罪組織の事ですね! 今はもうシェイプの裏社会はほとんどわたしの傘下です!」


 勘違いではなかった。ブランはわかってやっている。

 とはいえ突然、ブランがそんな事をしはじめるのは不自然だ。


「……レアちゃん、何教えたの?」


「……ライラでしょう。余計な事を吹き込んだのは」


 確か最初、ブランは戦争をしたいという事だった。

 その後プレイヤーとして実力を高めるために修行をしたいとも言っていた気がするのだが、それがどう転んだら国中のマフィアを支配することにつながるのか。


「参考までに聞いておきたいんだけど、どうしてそうなったの?」


「ええと、何でだったかな。たしか──」


 顎に手をやり、首をかしげてブランが語りだした。


「たしか最初は、レアちゃんに教わった通りに行商人を各地に派遣したんだよ。それでそれぞれに活動拠点を用意させたんだけど、せっかく商人なんだから、拠点は店舗の方がいいじゃない? で、せっかく店舗を手に入れたんだから、お店もしたいじゃない?

 でもお金がなくて出来ないって言われたんだよね。たしかにうちって、レアちゃんたちみたいに普通の商売とかしてないから、お金無いんだ。

 でも目立つのは困るから、そこでお金を穏便に稼ぐためにお金持ち相手に詐欺をしようって事になって。それでもともとそういうのが得意そうな悪い奴らを支配下に入れてって、気づいたら国中のマフィアがうちの傘下に入ってたってわけ!」


「……なるほど。よくわかったよ。よくわからないってことが」


「……まず、商売をしたいからお金を稼ぐっていうところからおかしいよね。普通逆じゃない? お金を稼ぐために商売をするんじゃないの? 開業資金や運転資金が必要だ、っていうのは確かなんだけど、そのために何だっけ、穏便にお金を稼ぐって言った? 穏便にお金を稼ぐために選んだ手段が詐欺ってどういうことなの。穏便って言葉の意味知ってる?」


「いやー。いつもおふたりのやり方とか見て勉強させてもらってたからね! ずいぶんうまく行ったみたいでよかったよ!」


 つまりブランはライラの悪影響を受けてしまったということらしい。

 そう思ってライラを睨むと目が合った。


「……とりあえず、ポータルを押さえたのはお手柄だ。それはいいとして。

 となると結局シェイプは裏から支配するってことなのかな。真正面からの戦争ではなく」


「うーん。それでもいいんだけど。それだと結局勝ったって実感もないし、どうせならもっと徹底的にやりたいなって。

 そこで農作物とかの現物で税を払ってる地域の生産品を金貨で買い取って、税金は現金で払ってもらうようにして、国中から少しずつ食糧の余剰分を消し去っていこうと思っててさ。

 それで生産と消費のバランスがギリギリになったところで、一斉に畑とかを焼き払ってハイパーインフレを起こそうかと!

 で、食糧と引き換えにアーティファクト?とかいうのを巻き上げられたら楽に勝てるかなって。

 ポータルの事を思い出したのはその後で、とりあえず先にポータルだけ支配しとこうと思って、領主一家を全員『使役』して、吸血鬼として生まれ変わらせたの」


 この、相手の逃げ場を削り取っていくようなやり方は間違いなくライラの影響である。

 どう責任を取るつもりなのか、とライラを睨むと目が合った。


「さっきから見つめ合っちゃって、仲良し姉妹?」


「違うけど」


「違わないけど、今のは違う」


「……ちょっと何言ってるかわかんないですね」


 ともかく、ブランがやろうとしている事は分かった。

 現状うまくいっているようだし、その過程でレアたちの目的でもあるポータルの支配を成し遂げられたというのは素晴らしい。


「うん? そういえば。

 ブランの持っている『使役』って確か、アンデッド特効っていうか、『使役』した対象は全部アンデッドになるんじゃなかったっけ? 狼とかコウモリとか、吸血鬼因子みたいなものを持ってる魔物以外は。

 領主って事はノーブルだったんだろうし、そこはどうしたの? まさかノーブルが因子持ってるわけじゃないよね?」


「いやー。えへへ」


 ブランはバツが悪そうに頭をかいた。


「基本的に、人類っていうか、まあ人を『使役』すると強制的にスクワイア・ゾンビになっちゃうんだけど。

 でも貴族の人に限っては、スクワイア・ゾンビにしますかっていうシステムメッセージに「いいえ」ってやると、なんとリッチっていうアンデッドにできるのです!」


「じゃあ殺して『死霊』で操ったときと同じ効果になるってことなのかな」


「ふっふっふ。こっちはそれだけじゃないみたいで、たぶんスキルに『使役』を持ってる事が条件だと思うんだけど、その後自動的にリッチから吸血鬼に転生できるんだよ。まあこれ拒否するとリッチのままなんだけど。

 とにかく、わたしなら領主とかの貴族をいきなり吸血鬼にすることもできるってわけなのだ!」


 この方法なら、例えばシェイプであれば、領主だけ狙い撃ちにして『使役』してやれば、ドワーフの眷属を持った吸血鬼が作成できるという事なのだろうか。


「それだったらさ、さっきなんでごまかしたみたいに笑ってたの? それだけじゃないんじゃない?」


「ぐぬぬ、鋭いですねライラさん!

 実はこれ、吸血鬼になったときに血の呪いが発動しちゃうのか、それとも『使役』の効果が吸血鬼のやつに上書きされちゃうからなのかわかんないけど、元々領主が持ってた眷属が全部自動的にスクワイア・ゾンビに変わっちゃうんですよね。

 だから騎士団がぜんぶ死霊兵団になっちゃって、それはもう大騒ぎに」


 そんな事だろうと思った。


「幸い、夜中だったから街中の住民たちに知れ渡っちゃうってほどじゃなかったけど、それでも結構見られちゃったりして。

 最終的に騎士たちは全部吸血鬼に転生させて目撃者も全部始末したから事なきを得たんだけど、結構大変だったよ。ダンジョン化しちゃったらポータルとして意味なくなっちゃうんだろうなって思ったから、目撃者全部ゾンビにしちゃうってわけにもいかなくてさ。

 だからちょびっと人口減っちゃったんだけど、どうせそのうちもっと減ることになるしいいかなって」


 始末したというちょびっとの人口がどのくらいだったのかは不明だが、ダンジョン化を心配するほどの数であるなら、ちょびっとというレベルではないはずだ。


 しかしSNSで大きな話題になっていないということは、ブランの言う通り何とか一部のNPCたちだけで片付いたのだろうし、結果的にはそれほど問題なかったのだろう。

 減った人口にしても、シェイプを滅ぼすつもりなら早いか遅いかの違いだけだ。

 ヒルスのようにその際にポータルだけを残すとしても、街が発展すれば人口も勝手に増えてくるはずだ。減った分などすぐ戻る。

 レアとしてはポータルさえ確保出来ていればいい。


 ブランの進めている方向性でシェイプを攻めることについては特に異論の余地はない。シェイプはもともとブランのゲームボードだし、今のやり方はレアにとってもわかりやすい。

 ただいくつか、アドバイスくらいはしてもいいだろう。


「まあ、とりあえず問題ないならいいか。話を戻すけど。

 食糧を買い占めて市場のコントロールをするとしても、それがバレてしまうと何らかの対策を打たれてしまう可能性があるから、いざ決行するまではマフィアたちにでも安く販売させておいた方がいいかもね。

 それこそ既存の商人たちがやっていけなくなるほどの値段に設定してやれば、そのうち国内で食品を扱う業者はブランの息のかかった者だけになるんじゃないかな。そうなってから徐々に販売量を絞っていけばいい。

 それで有力者や上層部が、市場の値段から判断して今すぐ備蓄が必要なほどの状況じゃないと考えれば、よりスムーズに食糧は消費されていくと思うよ。

 まあその分お金も時間もかかるけど」


 まっとうな商人ならば国に税を納めなければならない。

 ならば少なくとも税金以下の値段では売ることはできないはずだ。

 シェイプの課税制度についてはわからないが、元々あった統一帝国の制度を土台にしているのなら、ヒルスやオーラルとそれほど変わらないだろう。だとしたら商売人1人にかかる税金は一律である。職業ごとに異なる金額を定めた人頭税のようなものと言い換えてもいい。

 しかし犯罪組織であるのなら、そもそも税金について考える必要はない。

 まさか律儀に納めているわけでもあるまい。

 古語にある「年貢の納め時」という言葉は、年貢を納めない者に対してこそ使われる言葉であったはずだ。つまりその頃から脱税を行なう悪人はいたわけで、それはこのゲーム世界でも同じだろう。


 それを踏まえた上で、圧倒的な資本によって他の商会を押し潰してしまえば、あとは無人の荒野を自由にするだけだ。


「なるほど! いつかレアちゃんが話してた、金貨袋でぶん殴るってやつだね!」


 そんな話をしただろうか。したかもしれない。記憶にない。

 ライラの視線を感じるが無視しておく。


「……けれど、これはあくまでNPCしか考慮しない場合の話だ。

 いざ事を起こした後、シェイプ国内で食料の値が上昇しているという情報がSNSに上げられた時には、他国の商人系のプレイヤーがインベントリで食糧を密輸しはじめる可能性がある。

 彼らはNPCと違って持って移動できる量に制限がないし、転移サービスをうまく使えば国境の封鎖もスルー出来る。

 高額で食糧を売ろうとするプレイヤーならまだいいけど、慈善事業をしたいプレイヤーには注意が必要だよ」


「それはアザレアたちも言ってた! でもプレイヤーの動きを制限する事はさすがにできないから、今のところはとりあえず密輸については見つけ次第キルするしかない感じかなー……」


 プレイヤーであろうとなかろうと、ブランの勢力以外で食糧を売ろうとしている者は基本的には邪魔者だ。疑わしいものはすべてキルしてしまえばいいだけのことではある。

 しかし商人であるともプレイヤーであるとも知られないまま、水面下に潜られてしまえば非常に厄介だ。

 確かにブランはシェイプの裏社会を支配しているのかも知れないが、その裏社会が資金力に物を言わせ、我が物顔で食糧を高額で販売しその邪魔になるものを始末しているとなれば、この場合の水面下というのは逆に体制側と通じる者たちの事と言える。

 体制側のNPCやプレイヤーたちが、表に出てこないよう暗躍し、食糧の密輸を行う。

 かなり歪な社会になるが、単に通常の国と役割が逆になっているだけである。

 それらを摘発、というか見つけ出して始末して行く事も出来なくはないだろうが、相手も手を変え品を変えていくだろうし、いたちごっこになるだけだ。禁制品の根絶が難しい事は歴史が証明している。

 歴史に謳われる為政者たちと比べてブランが有利な点は、実際には為政者ではないので疑わしいというだけでキルできるところくらいしかない。


「……とまあ、そうなってしまうと面倒だよ。密輸を行なう者たちには、出来れば水面下に潜らずにずっと表で活動してもらった方がいい。

 その場合、さっきも少し言ったけど、高額で食糧を売ろうとする、つまり自分の利益のためだけに密輸をするプレイヤーは、多分放っておいても構わないと思う」


「そうそう! それ気になったんだけど、なんで?」


「利益のためだけに食糧を売るつもりなら、予めシェイプの食糧の値段を調べてから来るはずだよね。この場合の値段というのは、すでに高騰している後なわけだから、ブランたちの設定した値段のことになる。

 密輸で最大限に利益を得ようと考えるなら、その金額の少し下あたりに価格設定をするのが妥当だ。現状の価格よりも少しでも安ければそちらが選ばれるだろうし、だったらそれ以上安くする理由がないからね。

 ここで重要なのが、ブランの本来の目的だ。

 ブランの目的はお金とかではなくて、シェイプ王国に経済的打撃を与える事だよね。だとしたら、高額で食糧を売りつけるのはブランだろうとどこぞのプレイヤーだろうと同じことだ。

 むしろブランの代わりにやってくれるというのだから、手間が省けるとも言える」


「なるほど! そう言えばそうだね! じゃあ慈善事業の方が困るのは……」


「そう。たくさんのプレイヤーに慈善事業で食糧をタダで配られたりでもしたら、ブランのプランはっ……! く、ブランの、計画は、破綻する……!

 もし、ブランが体制側であるのなら、許可なく食糧を配給するような行動は法か何かで規制すればある程度は締め付けられるだろうけど、いくら経済的に力を持っているとは言ってもマフィアでは体制側にはなり得ない。

 結局、一番強敵なのは純粋な善意ということだね」


「そんな、わたしの計画が破綻するってところだけ、わざわざ一言ずつ区切って強調しなくても……」


 そんなつもりはなかったのだが、そう聞こえてしまったらしい。

 ならどんなつもりだったのかと聞かれても答えようがないのだが。


 商人系のプレイヤーが転移サービスを利用しようとした場合、シェイプに訪れる際の玄関口は必ずポータルの街、クリンゲルになるはずだ。

 この街に限っては、すでに完全にブランの支配下にある。

 ここでなら適当な理由をつけて食糧の配布を制限してやることも出来るだろうが、この街でだけそれができても解決にはならない。

 ポータルを必ず通ると言ってもインベントリの中まで制限できるわけではない。プレイヤーなら素通りして終わりだ。


 するとライラがわざとらしく音を鳴らしてティーカップを置き、注目を集めた。

 普段はレアに作法や行儀がどうのとうるさいくせに、なんなのか。


「仕方がないなあ。じゃあお姉ちゃんが助け船を出してあげよう。

 純粋な善意。確かに強敵だ。自分で言うのもなんだけど、正直私たちの対極にある概念と言ってもいい。

 しかしだからこそ、それに対抗する手段というのも常に考えておくべきだよ。

 善意によって成り立つ救済が邪魔だと言うのなら、その善意を信じられなくしてやればいい」


 ライラの言いたいことはわかった。


「つまり、その配られる食糧に何か細工をしてやればいいということ? そうすれば次から人々は安心して食糧を受け取る事はできない」


「それが可能ならそれでもいいんだけど、プレイヤーだったら配る時にインベントリから直接取り出すだろうし、それは現実的じゃないかな。

 要は「善意の第三者」の信用を失墜させてやればいいわけだから、その本人をどうこうしてやる必要はないよ。信用に値しない、「悪意の第三者」を用意してやればいいのさ。

 例えばその配給をしているプレイヤーのすぐ隣で、同じように配給をするんだ。これは適当に『使役』したNPCを使えばいいけど、プレイヤーはエルフか獣人が多いから、その辺の種族が望ましいかな。

 ただし、こちらが配給する食糧には毒を混入させておく。これを広範囲、可能なら善意のプレイヤーの活動場所よりたくさんの場所で大々的に行なうのさ。

 そうすることで、人々は思い出すはずだ。「タダより高いものはない」という諺を。まあそんな言葉がこの世界にあるかどうかは知らないけれど、無いならここで生まれるだけだね。

 そうしてひとたび不信感が広まれば、人々は価値に見合った高い商品しか信用できなくなっていく。もちろん払う金貨が無い住民たちはそれでもタダの物を受け取るしか無いけれど、ブランちゃんの目的が国家の上層部なら、別に民衆は放っておけばいいからね。むしろどんどん安物買いの命失いをしていただいて、貴族層を震え上がらせてくれたほうがいい」


 悪魔か、こいつは。


 ライラの話を聞いたレアの正直な感想はそれだったが、同時に感心したのも確かだった。

 金はかかるが、ここにいたってはそれはさほど問題ではない。

 現れるかもしれない善意のプレイヤーに対するカウンターとして用意するには十分な策だろう。


「はえー。すっごい。いつもそんなことばっかり考えてるの? 2人とも」


「待って、わたしじゃないだろ。これはライラが──」


「いつもじゃないけど、必要とあらば、かな。それよりも、ブランちゃんもハイパーインフレまでは1人で考えたんだよね? すごい成長じゃない? ポータルの件も助かったし」


「いやーえへへへへ。こういうの、よくわからなくて苦手だったんですけど、こんな時レアちゃんだったらどうするのかなって考えてたら、不思議と色々浮かんでくるんですよね! これは修行の成果かな?」


「そこもわたしのせいにするのか!」


「レアちゃんのおかげだよ?」


 今だけはブランの純粋な笑顔が憎らしい。


 しかし今更だが、人が生きていくのに絶対に必要である食糧でこんな事を行なえば、シェイプは凄まじい勢いで荒廃していくだろう。

 ほんの短い期間で人口が数割にまで落ち込んでしまってもおかしくない。

 さらにブランの計画通りならその頃には農地も焼き払われてしまっており、復興は容易にはできない。

 先の見えない絶望に飲まれ、住民たちの精神もまともではいられなくなるだろう。

 退廃と暴力が支配する世界が訪れるが、その分野の組織にはすでにブランの息がかかっている。

 事ここに至れば、もはや王族などいようがいまいが関係あるまい。どう考えてもブランの支配する国と言える。





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