第226話「笑顔」(ブラン視点)
「ご主人さま。各地の主要都市への間者の派遣は概ね完了いたしました」
「定時連絡でも問題はありません」
「行商吸血鬼たちは、予め渡した資金を使って店舗を購入し、怪しまれない程度のセーフハウスは用意できたようです」
アザレアたちから報告が入る。
間者というのはシェイプの各地の大きめの都市に派遣した行商人の事だ。当然すべて吸血鬼である。
アザレアたちも吸血鬼になった際に、アンデッド限定ではあるがブラン同様の『使役』を取得可能になっている。それを使って行商人たちを眷属にしたのだ。
まとめてブランが『使役』してもよかったのだが、ブラン1人で全ての間者と連絡をとるのは無理があるため、そちらはすべてライストリュゴネスたちに任せることにしたのである。
もちろん連絡を取ると言っても、まさかNPCとフレンドチャットが使えるわけでもない。
間者には予め報告書を作成させておき、決まった時間にその間者の視界をアザレアたちが覗き見る事で連絡を取っていた。
マゼンタの言った定時連絡というのがそれだ。
逆にこちらから通達事項がある場合は、身体ごと乗っ取ることで筆談を行う。
これはSNSを見ていてブランが思いついたやり方だ。
この件が一段落したらレアたちにも教えるつもりだ。きっと褒めてくれるだろう。
「順調だねえ。もうお店とか始められるの?」
「いえ、商品も少ないですし仕入れルートもありませんのでさすがに……」
「資金も店舗購入の際にかなり使ってしまったようですので、運転資金は別途必要になるかと……」
レアやライラと違い、ブランの勢力はまともな経済活動を行なっていない。
ゆえに手持ちの資金と言えば街を丸ごと滅ぼした際に家々から回収した財産だけであり、当然使えば失われる。
そしてそのうち、持たせられる分はすでに行商吸血鬼たちに持たせてしまってあり、もうほとんど残ってはいない。
彼らが現地で店舗、つまり活動拠点を確保するために使用してしまったのであれば、新たにどこかから調達する必要がある。
「先立つ物が必要か……。こういうの苦手なんだけどなあ。うーん……」
「とりあえず、現地に派遣した行商吸血鬼に、その街で一番の商人などを襲わせて配下にしますか?」
「けれどアザレア、大きな商会なんかはガードも固いし、ひそかに支配下に置くというのは難易度が高いのではないかしら。騒ぎになれば、後々の活動にも影響が出るわ」
「じゃあ、マゼンタには何かいい案でもあるの?」
「それは──」
行商吸血鬼たちも『使役』は持っている。
ただし彼らはまだ下級の吸血鬼であるため、眷属にしたキャラクターはゾンビになってしまう。怪しまれないよう吸血鬼の配下を作らせるにはもう少し経験値を振ってやる必要がある。
また実際に行動を起こす前に無用な騒ぎになって、警戒を強められても厄介だ。金を持っていそうな商人たちを支配するにしても、出来るだけ静かに済ませる必要がある。
「でしたらこういうのはどうでしょう」
カーマインが自信ありげに言った。
いつもアザレアに先を越されているのを気にしてか、最近は少し違った角度から意見を言う事が増えてきている。
「行商吸血鬼に支配させるのは、大店の商会ではなく、犯罪組織のボスやスラムの貧民たちにします。スラムなどの治安の悪い場所でしたら、多少の騒ぎが起きたところで知れています。そしてそこで『使役』したアウトローたちはINTを上げ、賢くします。賢くした彼らを使い、大店に詐欺をしかけ、その財産を根こそぎ奪い取るのです。
もし失敗した場合には、仕方がありませんのでその時点で商会の主人を『使役』する方向にシフトすればいいかと」
これは非常に魅力的な提案だ。
ブランもレアたちと肩を並べて戦うのなら、暗躍というものもしてみるべきかもしれない。
常々そう考えてはいたのだが、ブランの頭では中々いい案も思いつかなかった。
この、街のギャングたちを支配して大商会相手に詐欺を働くというのは、ライラあたりがいかにもやりそうな事だ。
せっかくの提言なので、この件についてはカーマインに一任することにした。
と言っても各地の間者たちを実際に『使役』しているのはカーマインだけではない。
ゆえにカーマインをプロジェクトリーダーとしてライストリュゴネスの3名で当たることになった。
まずは行商人吸血鬼にまだ街に慣れていないふりをさせ、さりげなく治安の悪い地域に行かせる。
そこで絡んで来たチンピラに財布を丸ごと奪わせる。
残り少ない資金とは言っても、街のチンピラにしてみれば大金である。
チンピラが一匹狼だったとしても、そんな大金を持っていれば必ず何らかの犯罪組織に嗅ぎつけられる。
チンピラがもともと犯罪組織に関わりのあるものなら、必ず組織に上納するはずだ。
どちらにしても金貨を奪ったチンピラを辿っていけば犯罪組織を見つけることができる。
そうして見つけた組織のリーダーをキルし、死体を『使役』するのだ。
この最後の工程についてはアザレアたち幹部級が直々に行なった。
行商吸血鬼に経験値を与えてやらせるよりは、そちらのほうが安上がりだからである。
各地の街でこれを繰り返していくうち、次第にシェイプに
この過程で自然と資金問題については解決したが、せっかくなのでマフィアには通常業務として詐欺はさせておくことにした。
「今度こそ、順調だね」
「はい。お店も始められますよ」
「おお、それはいいね!」
「あの、お店屋さんが目的ではありませんが」
「そうだった!」
ブランの目的はシェイプを支配することだ。
商売をすることではない。
とはいえ、この国の主要都市の裏社会はすでにブランの掌中にある。
その気になれば今すぐ各地の街を襲い、壊滅させる事も容易であり、事実上シェイプの命は握っていると言ってもいい。
それはここ、王都でもそうだ。
ブランたちは今、王都最大の犯罪シンジケート、その本拠地にいた。
シェイプ王都には犯罪組織が複数あったのだが、組織のトップは今や全てブランの配下である。
ただし、一般の構成員にはそれは知らされていない。
一般の構成員は日々縄張りを求めて他組織と抗争をしているが、お互いに同じ頭を持つもの同士だとは認識していない。
「なんか、すごいよね。めちゃめちゃお金入ってくるなこれ。経験値もだけど。
犯罪って儲かるんだなあ。世の中から無くならないのもわかるよ」
「その分経費もかかっておりますが」
「人手もですね」
「事業規模が大きいからそう見えるだけです。利益は莫大ですよ。
あの、ご主人さま?」
「え? ……ああ! よくやったよカーマイン! お手柄だ!」
「いいえとんでもございません」
カーマインは小鼻を膨らませて得意げに答えた。
当初、ブランは犯罪組織を構成する全てのギャングを支配下に置くつもりでいた。
しかしギャングの中にはドワーフでないものもかなり混じっていた。
それに気付いたプロジェクトリーダー、カーマインが違和感を覚え、ドワーフ以外の構成員について下級吸血鬼に調べさせたところ、インベントリらしきものを使用している形跡があったのである。つまりプレイヤーであるらしい事が判明したのだ。
考えてみれば、プレイヤーのすべてがNPCの人間社会に溶け込み、傭兵として働いたり、あるいは職人や商人として活動したりしているわけではない。
当然そういった他人との関わりを面倒だと感じる者もいるだろうし、そうした者で、さらに魔物プレイヤーを選ばなかったようなプレイヤーもいるはずだ。そういうプレイヤーはどうするのかといえば、野盗や山賊にでもなるしかない。
街なかで言えばストリートギャングである。
そのため『使役』するのは組織のボスやその周辺のキャラクターに留め、プレイヤーである可能性が少しでもある場合は即座に殺した。
どうせ生きているうちに『使役』しても、死亡してからアンデッドとして復活させてから『使役』しても結果は変わらない。
怪しい者はキルしてしばらく待ってみて、死体が消えるようならプレイヤーだ。
NPCは死亡してから1時間以上が経過してしまえば、アンデッド化しても弱いゾンビにしかならないし、生前の記憶を失ってしまう。
そこまで待たなくてはならないとなると面倒だが、その必要は無かった。プレイヤーであれば大抵は装備品のロストを恐れて5分と待たずにリスポーンしてしまうからだ。判別は容易だった。
つまりプレイヤーかどうかを判別する最も優れたやり方とは、とりあえずキルしてみる事だったのだ。
プレイヤーの見分け方が難題だという事についてはかつてレアと雑談で話した事があった。これも教えればきっと喜んでくれるはずだ。
またプレイヤーの疑いのあるギャングをキルする場合は、不審に思われないよう抗争を装って行なう事にしていた。
ブランが各組織の上層部だけ支配し、組織の下部にはそれまでと変わらず縄張り争いをさせているのは、抗争を自然に演出するためでもあった。
「ぷれいやーと思しき者のリストも着々と出来てきていますね」
「こうしたメソッドはレア様やライラ様の支配地でも応用できるのではないでしょうか」
「うんうん。あんまりわたしからあの2人に情報を提供できるケースって無いから、これは次回のお茶会ではびっくりさせる事ができそうだね」
ごく一般的な戦闘系プレイヤーを警戒するのであれば、傭兵全般を監視すればいいためわかりやすい。
しかし社会に溶け込む商人や職人、そしてある意味で社会風景のひとつであるアウトローや犯罪者などはプレイヤーだと判別するのは困難だ。
そうした場合はとりあえず殺してしまうのが手っ取り早い。
ここまでで何日も費やしてしまい、例の大天使のイベントももう終了間近になってしまった。
とはいえ後は王城周辺のような日の当たる場所さえ武力で制圧してしまえば、この国はもう落ちたも同然である。
まったりと食事のフルーツタルト──オーラルからお取り寄せしたフルーツをふんだんに使い、金にあかせてシェイプ王都一番の菓子職人に作らせた逸品。ライラの手作りの方が好みだが、菓子職人のものは食べるとバフがつく──を頬張っていたところ、ブランの執務室のドアを突然ぶしつけに開け、厳つい男が転がり込んできた。
「ブラン様! マゼンタ様!」
「え? なに? 誰?」
「あ、わたくしの配下の者です。──何事か! 無礼よ!」
「も、申し訳ありやせん! ですがその、俺のシマに妙なやつらが……!」
シェイプ王都は広い。
その広い王都の裏社会をギャングたちが分割して治めている。もっともそれを知っているのは一部の者だけであり、大半のギャングたちは必死に縄張り争いをしている。
マゼンタ配下の厳つい男が言っているシマというのも、その分割されたギャングの縄張りの1つだ。
どうやらそこに怪しい2人組が襲撃を仕掛けてきたらしい。
実はこの少し前にも、抗争をしていたはずのグループが2つとも壊滅している事があった。
リスポーンした眷属の下級吸血鬼からは2人組の妙な男が乱入してきたと報告を受けていたが、その正体まではわかっていなかった。
2人組という人数の少なさから考えて、官憲というのは考えづらい。
しかし治安維持目的でもないのにマフィアを襲撃するような者がそうそういるとは思えない。
おそらく今回襲撃してきた2人組というのは、抗争に乱入してきた2人組と同じ者だろう。
「妙な奴ら、とは具体的ではないわね。報告はきちんとなさい。ご主人さまの御前よ?」
「失礼しやした! ええと、1人は見たことのないデザインの、おそらくは革の上下を着ていまして、もう1人はその……」
「なんなの?」
「もう1人はその、コックです」
*
ブランが直接現場に行く事についてアザレアたちはいい顔をしなかったが、シェイプへは修行という意味も込めて来ているのである。執務室でケーキを食べてまったりする事を普通は修行とは言わない。
厳つい男のシマとやらに来てみれば、そこはまだ絶賛カチコミの真っ最中だった。
襲撃を受けてから厳つい男が報告に向かい、その報告を聞いてブランたちがここへ訪れた事を考えると、それなりに時間は経っている。厳つい男の部下たちはずいぶん持ちこたえていると言える。
いや、そもそもたった2人でギャングのアジトに攻め込むというのがおかしい。この場合頑張っているのは怪しい2人組の方だろうか。
「あれがその2人組? 包丁とフライパンで戦ってるね……。確かにコックだ。それとずいぶん背が高く見えるな。まわりがドワーフだからかな? 背があるコックか……」
そしてもう1人はヒデオであった。例の変身ヒーローである。
以前に会ったときは大した強さには思えなかったが、さすがに街のギャング相手になら無双も出来るということなのか。
あれから一週間近くも経っている。あるいはどこかで経験値稼ぎでもして成長したのかも知れない。
「もういいよ。厳ついおじさん。部下の人たちを下げて。人材の無駄だ。あとはわたしたちが片付けよう」
「すいやせん……。 ──おめえら! 下がれ! ここは姐さんらがケツ持ってくれる! 感謝しとけよオラ!」
厳つい男は部下たちを引き連れて下がっていった。
後にはブランとアザレアたち3人、それからヒデオとコックが残された。
「──貴様! その剣! あの時の吸血鬼だな! スタニスラフ博士をどこへやった!」
ヒデオがそう叫んだ。
ブランは先日の赤いローブを身にまとっている。顔は見えないはずだが、念のためにと持っていたレアの大剣を見て判断したらしい。
しかしブランが吸血鬼だというのは前回の邂逅からだけではわかるはずのない事実である。
どこから情報が漏れたのだろう。
「この街を裏社会から闇の勢力で支配しようとしているようだが、そんな事はこの俺が許さん!」
アザレアたちを見るが、軽く首を横に振られる。
こちらが吸血鬼であるという情報が漏れている心当たりはない。
「──わたしが吸血鬼というのは、どういう根拠があって言っているの?」
「その声! お前、女だったのか!」
「無礼な! 口を慎め! 下郎が! 質問に答えよ!」
カーマインが激昂し、ヒデオを怒鳴りつけた。
雰囲気だけは完璧にカッコいい女幹部だが、口を慎むのか質問に答えるのかどっちなのか、聞いていたブランの方が混乱しそうになった。
「俺くらいになれば、そんな事はお前たちの格好から容易に推察可能なのだ!」
「それに、この街のギャング共も何人かは吸血鬼になっちまってるみたいだしな。確かに挽き肉にしてやったはずなのに、次の日には生きていやがる奴がいた」
ヒデオの方は単純にブランの服装から推測しただけであるようだ。
今は違うが、以前にヒデオと会った時は確かに伯爵から貰った、貴族然とした男物の一張羅を着ていた。吸血鬼らしいといえばらしかったかもしれない。
一方でこのコックの言い様はなかなか恐るべき内容である。
ただギャングが復活したのはアザレアたちの眷属だからであり、吸血鬼であるかどうかは全く関係ない。
しかしこの格好で、包丁を握り、挽き肉にしてやったなどと言われては。
今後ハンバーグがおいしく食べられなくなりそうだ。
──ヒデオと仲が良いってことはこのコックもプレイヤーなんだろうけど、なんでこう、プレイヤーっていうのはどっか頭おかしい奴ばっかりなのかな。
「まあ、バレているなら仕方がない。でもわたしたちが吸血鬼だってわかったところで、特に状況は何も変わらないな。アザレア! マゼンタ! カーマイン! やっておしまい!」
「かしこまりました。『召喚:下級吸血鬼』」
アザレアたちが配下の吸血鬼を喚び出し、ヒデオとコックにけしかけた。
戦闘開始だ。
「おやっさん!」
「こっちは任せろヒデオ! それより早く変身しな! あとおやっさんって呼ぶんじゃねえ!」
「ああ!」
あのコックはオヤッサンというらしい。
『鑑定』で詳しく見てみたいが、レアとライラからプレイヤーに対しては『鑑定』は慎重にするように注意されている。
どさくさに紛れて行なうしか無いが、今はそのチャンスはない。
「さあ来な! 『キッチン』で俺に勝てると思うなよ!」
こいつは何を言っているのだろう。どこにキッチンがあるのか。
ここはブラン配下のギャングの本拠地のひとつであり、表向きは酒場である。
もちろんキッチンも建物のどこかにはあるだろうが、少なくとも今オヤッサンが暴れている場所ではない。
そんな事を考えながら眺めていると、オヤッサンの両手に突然包丁が現れた。
先ほどまで片手に持っていたフライパンはどこかに消えている。
「なんだあれ……」
「まずはみじん切りだ!」
オヤッサンは両手の包丁を巧みに取り回し、吸血鬼たちを次々と斬り刻んでいく。
とはいえ所詮は包丁である。
吸血鬼たちも下級とは言え、さすがに食材の生肉よりは防御も高い。当然包丁はすぐに刃こぼれし、使えなくなる。
しかしオヤッサンはそのたびに「キッチン」や「みじん切り」などと叫び、その手に新たな包丁を召喚している。
「……包丁を召喚するスキルか何かでしょうか。そしてその発動ワードがキッチンとかみじん切りなのでは」
「うーん……いや、マジでわかんないな。何なんだあれ」
「行くぜ『キッチン』! お次は角煮だ! 吸血鬼と言えど、角煮にされちゃあ復活できまい!」
オヤッサンが叫ぶと、次は包丁の代わりに巨大な蓋付きの鍋が現れる。
オヤッサンはみじん切りにした吸血鬼を鍋にぶちこみ、どこからともなく現れた火で熱し始めた。
そこはかとなくいい匂いが漂ってくるが、これは材料を考えるとヤバいやつだ。うかつに嗅ぐと後で吐く事になりかねない。
「『シャドウランス』! 『ブレイズランス』!」
ブランは半ば反射的に魔法を放った。
燃え盛る炎の槍をその巨大鍋で防ごうとしたオヤッサンだったが、その一瞬前に不可視の影の槍が脇腹に突き刺さった。
目立つ『火魔法』に意識を集中させておき、ひそかに『闇魔法』をヒットさせる。
これは大天使戦でライラと行なった魔法の斉射から思いついた戦法である。
このように建物内部などの影の多い場所でなら、おそらく避けられることはない。
「ぐお!? ば、馬鹿な!」
そして体勢を崩した瞬間に『ブレイズランス』が直撃し、大きくLPを削る。
レイドボスである大天使にもダメージを与えたブランの魔法攻撃である。謎のスキルを駆使するコックとは言え、そうそう耐えられるものではない。
「トドメだ──『ライトニングストライク』!」
「ぐわあああ! そんな、俺はキッチンで負けたことは──」
オヤッサンは最期に根性で捨て台詞を遺し、光になって消えていった。やはりプレイヤーだったらしい。
「──たまに意味不明なやつが現れるな……」
総評してふざけたコックだったが、下級吸血鬼を容易に倒し、ブランの魔法攻撃に2発も耐えたのは驚嘆に値する。
あのようなイロモノなのかガチなのか判別の難しいプレイヤーが今後も現れるようなら注意が必要だ。
レアやライラ、ブランならともかく、あれだけふざけていては真面目なアザレアたちでは初見で十分に警戒するのは難しい。
「おやっさん! おのれ吸血鬼め!」
ヒデオはいつの間にか変身を終え、下級吸血鬼と戦っていた。
コックに気を取られ、変身シーンを見逃してしまった。
「もう残りは彼だけ?」
「はい。初めから2人しかおりませんでしたので」
それなら多少ははっちゃけても問題ないだろう。
ブランは背中の剣を地面に突き立て、着ていた赤いローブを脱ぎ捨てた。
ローブはふわりと舞いながら後方へ落ちていく。非常にかっこいい演出ができた。修業の成果が表れている。
剣とローブはアザレアとマゼンタが回収した。
「よし。じゃあ……『変身』」
他のプレイヤーならまだしも、『変態』をよく知るヒデオに発動ワードを聞かれてしまうと面倒なため、小声で宣言した。
変身、と言うだけならば、大半のキャラクターは別スキルの『変身』の事だと考えるだろうが、このヒデオに限って言えばそうとは限らない。むしろヒデオが『変身』スキルを知らない場合『変態』の方を連想するはずだ。
その場合、発動ワードの変更を疑われてしまう。発動ワードの変更自体はおそらくNPCでも可能だろうが、正式サービス開始時にアップデートされた内容であるため、仮にNPCに可能だったとしてもそれを知っているのは不自然だ。と、レアが言っていた。
『変態』の発動により、ブランの身体が盛り上がり、鎧のような装甲が内側から服を突き破る。
光沢のある白を基調としところどころに黒い装甲をあしらった、生物的なデザインの全身鎧を身にまとう騎士が現れる。
「──ようやく、この形態の性能試験ができるね」
「き、貴様! その姿、まさかスタニスラフ博士の!」
「その通り。彼は快く協力してくれたよ」
「でたらめを言うな! お前たちが無理やりやらせたんだろう!」
無理やりだったかどうかはわからない。
確かにスタニスラフというドワーフはレアに支配されているが、あの様子では眷属であろうが無かろうが喜んで協力していたような気もする。見方によってはレアは彼に研究室と予算と素材を好きなだけ与えてやったとも言える。
「こういうの、見解の相違とかっていうんだったかな。まあいいや。じゃあ、ひとつわたしの検証に……付き合ってもらおうか!」
地を蹴ってヒデオに向かう。
ブランは確かに魔法主体でビルドしてきたプレイヤーであるが、ここ最近はAGIやSTRにも振るようにしている。VITは勝手に上がってしまったため放置しているが。
不安なのはDEXだが、近接攻撃に関してはDEXによる命中補正は技術でカバーできるから必要ないとレアもライラも言っていた。そのためそれほど振っていない。またブランは判定にDEXを使用するようなスキルもあまり持っていなかった。
準災厄級とも言えるブランの動きにヒデオはほとんど反応出来ず、ただ腕を振り下ろしただけの一撃がその肩にまともに入った。
これもレアからのアドバイスだが、格闘に慣れていないのなら拳で突いたりするよりも、腕や脚を振りまわして相手にぶつけるほうが確実だし怪我のリスクが低いらしい。その際は指先のような脆い末端は握り込むなどして保護してやる必要があるが、どうせ今は全て装甲で覆われている。
本来それでは相手をひるませる程度の効果しかないらしいが、ブランの能力値で行なえば立派に脅威的な攻撃となる。
ブランは『素手』も取得したため、普通に拳を握って突きを放ってもシステムサポートにより怪我をしたりはしなかっただろうが、念のためである。
そういう攻撃は慣れてきてからすればいい。
ブランの腕の一振りはヒデオの肩の甲殻を一撃で粉砕し、大きなダメージを与えた。
「ぅぐあっ! な、なんだこの力は……!」
「……おお、すごい威力……なのか、きみが弱いだけなのかいまいちよくわかんないな。よし、今度はきみのターンだ。ちょっと攻撃してみてよ」
「くぅ……くそ、後悔するなよ! くらえ!」
ヒデオは肩の痛みを振り切るようにその場で垂直にジャンプして、ブランにドロップキックを放った。
ヒデオの両足はブランの胸に直撃し、硬い金属同士が衝突する重い音が響き渡った。
しかし、どん、という衝撃は来たものの、ブランにはダメージらしいダメージは入らなかった。
「ば、バカな……!」
「鎧」や「甲殻」といった特性や、上昇したVITのおかげだ。
ヒデオ程度の能力値やスキルでは、現在のブランにダメージを与えることはできない。
「ふふん。どうしたの? もっと頑張って、わたしを笑顔にしてよ」
「貴様……!」
傲慢とも言える態度のブランをヒデオが睨みつける。
「……すでに笑顔なのでは?」
「……笑顔でないとしたら、ふふん、というのは一体……」
背後から聞こえるアザレアたちの突っ込みは気にしない。
ヒデオはなおもがむしゃらに攻撃を繰り返すも、ひとつとしてブランに有効なものはない。
まるでパワーアップ回直前に、理不尽に強力な敵怪人が登場した時のような光景だ。
しばらくそのまま好きにさせていたが、特に状況に変化の兆しはない。追い詰められてパワーアップ、というようなことはなさそうだ。
「そろそろいいかな。とりあえず、この肉体の性能をはかるひとつの指標にはなったな。多分あのドワーフによって同じ強化を施されたらしい、きみに対してこれだけ一方的に優位に立てるのなら、ひとまず十分と言っていいよね」
使用された素材を考えればまったく同じ強化ではないが、方向性としては同じだ。
「博士……! 本当に、悪の組織に魂を売ってしまったのか……!」
「そうなんじゃないかな。きみもあんな男の事は忘れて、新しいパートナーを探した方がいいよ。あ、もしかしてさっきのコックがそうなのかな?」
あのコックはもしかしたら、どこかで喫茶店かスナックでも経営しているのかも知れない。
いや、あるいは彼もヒーロー枠なのか。変身はしなかったようだが。
「また会う事があるかどうかはわからないけど、とりあえずまたね。それとさっきのコックによろしく。『ヘルフレイム』」
ブランは自分を中心に魔法を発動し、肩のダメージも抜けきっていないヒデオを焼き尽くした。
演出優先、自傷ダメージ覚悟のパフォーマンスだったのだが、ブランにほとんどダメージはなかった。
どうやらINTよりもVITの方がずいぶん高い事と、ミスリルやアダマスの持つ耐性によりダメージを受けなかったようだ。
この方向で強化を進めていけば、自爆特攻しても自分だけは無事というオンリーワンの戦闘スタイルを確立できるかもしれない。
どちらかと言えば殺意が高めのビルドであるレアたちとはまた違った方向性だ。
「わたしが目指すべきはもしかしてこれかな? いろいろ考えてみよう」
「自傷を伴う攻撃手段はお勧めできませんが、防御を高めるのは賛成です」
ブランの希望により、下がって見ていたアザレアたちがローブと剣崎を持って近寄る。
「襲撃をしてきたのは今のところ、あの2名だけですから、これでトラブルは解決ですね」
「お手数おかけしやして……。申し訳ありやせん」
カーマインが先程の厳つい男を連れて来た。
ひとりだけだ。部下のチンピラたちはいない。カーマインが気を利かせてどこかに追いやってくれたのだろう。
彼の部下にはプレイヤーが混じっている可能性がある。
この姿を不特定多数のプレイヤーに見られてしまうとさすがにレアに怒られる。
今回はブランが直々に対応することでヒデオたちを撃退することができた。
しかし、大したことがないとはいえヒデオやオヤッサンもプレイヤーだ。相手がプレイヤーともなればちょっと暴力をかじった程度のチンピラや転生したての下級吸血鬼では荷が重い。
「ああいった手合いが現れたら、次からもすぐにわたしたちを呼ぶか、あるいはオジサンの部下のプレ、ええと、保管庫がどうのこうの?の人をぶつけるとかした方がいいよ」
「──なるほど、保管庫持ちの奴らは姐さんらの眷属じゃなくても死にませんからね。わかりやした」
部下のチンピラも、生きている普通のチンピラはプレイヤーかどうか確定していない。
しかし一度キルしてリストに乗せたチンピラは確実にプレイヤーだ。プレイヤーではない部下を用意するのは難しいが、プレイヤーである部下を用意するのは容易である。
ついでに眷属になっている下級吸血鬼たちにはもう少し経験値を振って強化しておいた方がいいかもしれない。
今回のヒデオたちの襲撃はブランの到着まで持ちこたえる事ができる程度の脅威度しかなかったが、これからもそうとは限らない。
「よし、じゃあ帰ってタルトを食べよう!」
「……戦争はどうなったんでしょう」
「……裏社会を牛耳ったのだし、とりあえずはいいのではないかしら」
「……ふふ、今のところ、勲功1位はこの私ね」
「聞こえてるよー! まあ、いつでもやれる状態ではあるし、例のスタニスラフじゃないけど、ドワーフは何を隠し持ってるかわかんないし、戦うのならもう少しこっちも力を蓄えてからにしようかなって。それに戦わなくても相手を弱体化させられるっていうのは、ライラさんを見てて学んだし!」
もし戦うのなら、もっと経験値が必要だ。せめて前イベント時のレアくらいの能力値は欲しいところである。
そして戦わずして相手を弱体化させるのなら、もっと経済を掌握しなければならない。
いざとなれば暴力的な手段に訴えればいいブランの配下のギャングたちならともかく、まともな貴族や王族ならば、食べていくためにはやはりお金が必要なはずだ。
しかし国家間の経済活動が乏しいこの大陸では、通貨の価値というのはいまいち理解が薄い、とレアだかライラだかが言っていた。
職人が多く鉱山も多いシェイプでは、どちらかといえば税は金貨で支払うのが一般的だが、農村のように食糧などの現物で徴収している街がないわけではない。そういった事も通貨が軽んじられる一因になっている、らしい。
そういった街でも、別に食糧で支払う事が義務付けられているわけではなく、どちらで納税してもいい事になっている。単に農業都市では金貨自体の保有量が少ないため、現物支払いをしているだけのようだ。
犯罪組織の経済力と暴力をバックボーンに、今後は国内の表側の商会の乗っ取りを進め、そうした農業都市の作物を金貨で買い取り、経済的に発展させる。買い取り金額が、作物を税として納めるよりも高く設定されていればみな喜んで売るだろう。
すると結果的に税のほとんどは金貨で支払われることになるが、その時点では別に誰も困らない。国や貴族にしても、もともと税として納められた食糧は商人に売る事で換金しているからだ。手間が省けるだけである。
しかしもし、そうなった後に例えば国中のすべての田畑が焼き払われてしまったとしたらどうなるか。
食料の備蓄もなく、手元に金貨はあるかもしれないが、買いたいものは市場のどこにもない。そう、ブランの配下の商会を除いては。
餓える苦しみはブランはよく知っている。正確にはよく知っているのはブランではなく配下の下級吸血鬼たちなのだが、配下のものはブランのものである。
そして隣国オーラルとの国境方面はライラ配下の盗賊が跋扈しており、ペアレとは前イベントの影響で仲がいいとはとても言えない。外国からの輸入は出来ない。
となればたとえどれだけ高いとしても、国はブランの息のかかった商会から食糧を買うしかない。
国民はどうか知らないが、王侯貴族は食べるためなら金に糸目はつけないはずだ。
最終的には、食糧と引き換えにアーティファクトを巻き上げられれば万々歳だ。
「名付けて、パンがないならアーティファクトを売ればいいじゃない作戦だ!」
「……そんなにうまくいくのでしょうか」
「……ぷれいやー、たちが保管庫に食糧をしこたま抱えて密輸などをしたら、一気に破綻する作戦なのでは」
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