第225話「あの暗闇の続き」(ヒデオ視点)





「──チンピラどもの抗争?」


「ああ。この街のマフィアはどこも老舗ばっかりで、もうずいぶん長いこと抗争らしい抗争も起きてなかったんだが、ここにきて急に騒がしくなってきたらしい」


「天使襲撃の影響か?」


「いやあ、タイミング的にはむしろ天使が来なくなってからだな。何かのイベントだとしたら、逆に天使イベントが終わったから次のイベントが起きたって感じか」


 シェイプ王国王都、そのスラム近くにある小さな酒場で、ヒデオはマスターと世間話をしていた。


「きな臭いな……」


「ああ。こりゃひと雨来るかもしれねえな」


 客はヒデオ1人しかいない。

 この店、スナック「水売り」ではいつものことだ。

 だいたい、酒場だというのに水を売るとはどういうつもりでつけた名前なのか。


「いや、その前にスナックじゃねえし酒場でもねえ。ウチはレストランだっていつも言ってんだろ。あと厳密に言えばお前も客じゃねえ」


「おっと、声に出てたか。すまないおやっさん」


「おやっさんて言うのもやめろ」


 「水売り」はおやっさんこと、トオルというプレイヤーが1人で切り盛りしている店である。

 トオルもかつては傭兵として身を立てていたらしいが、今は引退してこうして小さな店を構えて日々料理を作っている。

 正式サービス開始からまだ1年も経っていないのだが、もう引退とは実に忙しない人生だ。

 さらに言えば別にゲームを引退したというわけではないのがまたややこしい。


 店は小さく客もいないが、トオルの料理の腕は超一流で、どんな材料からでも極上の料理を作ることができる素晴らしいコックである。

 なんでも、傭兵だったころの経験を活かして腕を磨いたらしいが、具体的な方法などは一切秘密で、SNSにも何も書き込んでいないらしい。









 トオルとは、この王都で出会った。


 あの後、スタニスラフの地下遺跡から這い出し、まずは自分自身の戦闘力を高める事が必要だと感じたヒデオは、とりあえず王都に向かう事にした。


 王都であれば様々な情報が集まる。

 どちらかと言えばプレイヤーよりもNPCと話す方が好ましいヒデオにとっては、王都は新たな活動拠点にするには最適だった。


 そもそもヒデオがシェイプを選んだのはドワーフが多い国だからだ。

 なぜかと言えば、プレイヤーが初期に選ぶ種族において、最も人気がないのがドワーフだったからである。

 国民の殆どがドワーフであるシェイプ王国ならば、プレイヤーと話したくなければドワーフに話しかければいい。十中八九NPCのはずだ。

 エルフや獣人、ヒューマンの多い国ではNPCだと思って話しかけたらプレイヤーだった、という可能性も高まる。世の中危険な国ばかりだ。


 しかし王都へ向かう道中は決して楽な旅にはならなかった。

 以前に移動した時は、移動時間を優先してなけなしの金貨を叩いて馬車に乗った。

 だから気付かなかったのだが、この世界ではどうやら徒歩の旅行者というのは野盗のカモらしい。

 もちろんヒデオもプレイヤーである。そこらの野盗では相手にならない。

 しかし中にはヒデオのように人と話すのが苦手で、しかしヒデオと違い道を誤ったプレイヤーもおり、そうした者が野盗に身をやつして襲いかかってくる事もあった。

 やっていることはNPCの野盗と同じはずなのだが、彼らはNPCよりもずっと強い。おそらく死ぬことがないプレイヤーである強みを活かし、NPCの野盗と違いハイリスク・ハイリターンな仕事をこなす事が出来るからだろう。

 野盗プレイヤーはそうして得た経験値をふんだんに使い、ヒデオに襲いかかってきた。


 もちろん変身し、討ち倒そうかと一度は考えた。


 しかしもしかしたら、彼らは別の道を行った自分自身だったかもしれないと思うと、どうしても出来なかった。

 彼らはヒデオだ。スタニスラフ博士に出会うことが出来なかった未来、その先のヒデオの姿なのだ。

 あとここで服がなくなってしまうと王都に入れなくなるという事も少しだけ考えた。少しだけ。


 街へ入るには特に身分証のようなものはいらない。

 野盗のようなアウトローも世の中にはいるが、それよりも魔物を侵入させないことのほうが重要視されているからだ。いちいち全ての通行人の身分を確認するなどいくら時間があっても足りないし、コストも無限にかかってしまうからだろう。

 だから普通は街に入るにあたって特に用意しなければならない物はない。

 しかし例外もある。それが衣服だ。

 ヒトに似ている魔物も世の中にはいるらしいが、その多くはろくに服を着ていない。そのため基本的に服を着ていないものは街に入ることはできない。

 本当に人類であれば服の有無など問題ではないが、それをいちいち確認してくれるほど兵士は優しくない。

 つまりここで服を失ってしまうわけにはいかないのだ。


 だからヒデオは逃げた。


 そうして王都までなんとか辿り着いたヒデオだったが、金貨も食糧も尽きており、このままでは餓死してしまい、ひとつ前の街でリスポーンしてしまう、というところを救ってくれたのがトオルだった。


 トオルはヒデオをこの店に連れ帰り、異常にクオリティの高い料理を食べさせた。

 そして店の手伝いをすることを条件に、以来ヒデオは水売りに世話になっているのだった。

 もっとも客もほとんど来ないので手伝いと言ってもすることもないのだが。

 さすがにそれでは店の経営も成り立たないので、ヒデオは修行も兼ねて少し遠出して魔物の領域まで行き、魔物を狩って素材を売り、生活費として店に金を入れていた。





「だが、もしイベントに関係ないとしたら、何かの特殊なクエストの条件がアンロックされてるのかもしれないぞ」


「……せっかく雰囲気出してるんだから、もっとそれっぽく言ってくれよ。何かが動き出してるのかも知れない、とかさ」


 トオルはヒデオの古臭いロールプレイにも理解を示し、時折こうした雰囲気作りのためだけの会話にも付き合ってくれている。


「ああ、そうだな。何かが動き出してるのかも知れない……」


「ああ……」


 いつもの中身のない会話である。

 ただいつもと違うのは、今回はきちんとしたソースがあるということだ。


「それはともかく、マフィアの抗争がたびたび起きてるのは確かみたいだぜ。修業したいってんならチンピラ相手にちょっと遊んできちゃあどうだ?」


「そうだな……」


 マフィアの抗争だというなら、仮にイベントや特殊クエストだとしてもさすがに災厄級のレイドボスには関係あるまい。首を突っ込んだとしてもいきなり殺されることはないはずだ。

 王都から日帰りで行ける距離にいるような魔物相手では取得できる経験値も知れているし、気分転換も兼ねて対人戦──と言ってもNPCだが──もいいかもしれない。


「よし、じゃあちょっと近くのマフィアのアジトを覗いてくるとしよう。おやっさん、マフィアのアジトってどこにあるんだい?」


「おやっさんはよせ。あくまで噂になるが、この辺だと向こうのスラム街に入ってすぐの、ブラッドなんたらって酒場がマフィアの息のかかった店だっつー話だが……。

 ひとりで行くのか? ……よし、俺も行こう。もし何かのイベント絡みだったら気になるしな」


 引退したんじゃなかったのか、と思ったが、元傭兵のプレイヤーの助けがあるのは心強い。

 ヒデオはトオルと連れだってスラムに向かった。

 普通だったら止めるところだが、おそらくトオルの戦闘力はかなり高い。ヒデオでは勝てないのではないだろうか。心配はいらない。


 酒場に近づくにつれ、何やら喧噪のような雰囲気が伝わってくる。どうやら今まさに抗争の真っ最中らしい。


 その酒場では角材やナイフを持ったチンピラが殴り合いをしていた。

 斬られることを恐れていないかのような戦い方をしている者もいるが、もしかしたらあれはプレイヤーだろうか。

 野盗に身をやつすプレイヤーもいるのだから、マフィアに入るプレイヤーがいてもおかしくはない。


「出遅れちまったか。俺たちも参加するぞ!」


 ヒデオはとりあえず手近なチンピラに殴りかかり、昏倒させた。

 ただのストリートギャングであれば魔物よりは弱いため、ヒデオの相手にはならない。


 見ればトオルは包丁を巧みに使い、チンピラたちを切り刻んでいた。

 ガチで殺しにかかっている。

 マフィアに顔を覚えられてしまえばここからそう遠くないトオルの店も襲撃される可能性があるが、あの店はトオルのパーソナルエリアであるため、中にいる限りは安全だ。外から店ごと破壊されてしまうような場合には無力だが、いくらマフィアとは言え街なかでさすがにそんな事はしないだろう。

 しかし例えば出待ちなどをされては店から一歩も出られなくなる。

 トオルの殺意が高いのはここに居る全てのギャングをキルするつもりだからだろう。目撃者が居なくなってしまえば心配の必要はない。

 マフィアの抗争に首を突っ込んだのも、ヒデオの修行にかこつけて、巻きこまれる前に全て始末してしまえという考えからなのかもしれない。


 そうして戦い始めて1時間は経っただろうか。

 その場にいるチンピラをすべて倒し、抗争を鎮圧した。

 おそらく縄張り争いだったと思われるが、この場合どちらが勝った事になるのか。


「……おい、ヒデオ、気づいたか」


「うん? 何にだ?」


「俺が挽き肉にしてやったチンピラだがな、何人か、死体が消えてやがる」


「え? プレイヤーが混じってたってことか?」


「いや、プレイヤーだったら死亡した瞬間にリスポーンで消えるはずだ。これだけ時間が経ってから消えるってこたあ……」


「まさか、アンデッドか?」


「かもしれねえ。吸血鬼とか、そういう人間と区別がつかないタイプの不死者なのかもな……」


 ヒデオの脳裏に、第七災厄の隣にいた中性的な男の顔が浮かんだ。

 いかにも吸血鬼というイメージ通りの、貴族風の服を着た男だ。見ただけでは性別が分からないくらいの線の細い顔立ちをしていたが、男物の服を着ているのだから男だろう。


 この街のマフィアの抗争激化の陰には、吸血鬼が絡んでいる。

 となればこれは新しいイベントなどではない。


 おそらく、この状況はヒデオがあの地下遺跡から連れてきたものだ。

 あの埃臭い地下で、指先ひとつ動かす事ができなかった、あの暗闇の続きだ。

 逃げたつもりは無かったが、どこまで逃げても追いかけてくる、白い災厄の姿が脳裏に浮かんだ。

 であれば、ヒデオが解決するべきなのだろう。


「おやっさん……」


「付き合うぜ。みなまで言うな。あとおやっさんって言うな」


 どうやらこの街のギャングたちを調べてみる必要があるようだ。

 ヒデオの考えが正しければ、第七災厄は吸血鬼を使い、この王都を陰から支配することを目論んでいる。


 今のヒデオではまだ、災厄級に直接相対してしまえば手も足も出ないだろうが、その目論見を妨害してやることくらいはできるかも知れない。

 特にあの中性的な男はそれほど強そうにも思えなかった。

 吸血鬼を利用しているというのならあの男が来るのだろうし、それならヒデオでも十分戦えるはずだ。





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