第224話「マグナメルム」





 宿屋にはレアが、傭兵組合の周辺にはライラが、それぞれ監視の目を埋め込んだ。

 それを辿っていつでも移動も可能であるし、もうこのキーファですることはない。


「次の街、ラティフォリアとか言ったかな。モニカに聞いたところによれば馬車が出ているらしいけど……」


「馬車か。びっくりするほど速いよあれ。体感的にはリニア並」


「……本当に馬なのそれ」


「馬型の魔物らしいよ。『使役』しているわけじゃないみたいなんだけど、大人しい性格なのかな」


 馬車に乗って旅をするというのもゲームでしか味わうことのできない体験だ。リニア並の速度の馬車というのは想像がつかないが、空気抵抗や衝撃、振動などの問題はどうクリアしているのだろう。

 そういった部分への好奇心や、馬車そのものへの興味もあり、今回は馬車を利用してみることにした。


 そしてレアとライラは宿屋から出て駅に向かった。

 宿の一室からレアたちを見ている者がいることには気づいていたが放っておいた。誰かはわかっているし、特に害はない。


 キーファの駅はなかなか大きな施設であり、現在も拡張が続けられているようだ。

 街を覆う外壁の外にあるため、いくら拡張しても問題はないだろうが、安全性には疑問が残る。

 こうした場合はあらかじめ計画を立てて外壁の方を先に広げたり、増設したりするべきだろう。リフレの街ではそうしている。


「この街の安全対策については、他人事だしどうでもいいか。それよりラティフォリア方面行きの定期便とかってあるのかな。どれだろう」


「あれじゃない? 上にそう書いてある」


 乗客や馬が濡れないように建てられている屋根から吊り下げられた看板に、よく見れば行き先らしきものが書いてある。

 見渡した限りではラティフォリア行きというのは無かったが、王都方面行きの乗り場があるようだ。

 目的地は王都の向こうであるため、別に馬車がラティフォリアに寄ろうが寄るまいがどちらでも構わない。王都まで行ってしまうのならそこからまた別の馬車に乗るだけだ。


 さっそく2人は御者に金貨を支払い、席をとった。

 出発の時間は決まっていないようだが、乗客がいっぱいになったら発車するらしい。あるいはいっぱいにはならなくても、ある程度以上の人数がいる状態で決まった時間になった場合は発車するようだ。


 乗り場には待合室のような場所が設けられており、出発まではそこで待つことになるらしい。

 待合室にはすでに数人の乗客らしき者たちがいたが、定員にはまだ少し足りない。


〈プレイヤーが利用するにはなかなか気の長いサービスだ〉


〈相応の金貨さえ支払えば丸ごとチャーターできるみたいだよ。プレイヤーならその方が早いんじゃないかな〉


〈そうする?〉


〈どちらでも〉


〈じゃあこのまま待とう。乗合馬車なんて、そうそう乗る機会はないからね〉


 ライラと2人でおとなしく待合室のベンチに座った。

 定員までまだ少し足りないのは確かだが、どうせすぐに埋まるはずだ。


 案の定、ほどなく御者が呼びに来た。発車の時間にはまだなっていなかったはずなので、定員が埋まったらしい。

 待合室から出てみれば、馬車の前にいたのはマーガレットたちだった。宿を引き払いレアたちを追って来たのだ。


「やあ、今度はお友達も一緒みたいだね」


「……ほんとに覚えられてる」


「だから言ったじゃん! ──あの! 王都方面に行かれるんですか! あ、案内しましょうか!」


 マーガレット久慈がレアを見つめて迫ってくる。


〈……何これ。レアちゃん何したの〉


〈いや、特におかしなことはしていないけど……〉


 正確には目的地は王都ではなく、その先のルート村だ。

 しかもどちらかといえばぶらり旅が目的なのであって、案内は必要ない。


「──いや、大丈夫だよ。それには及ばない」


「そうですか……」


 そんなマーガレットに、他のメンバーは何やら説得でもしているかのような仕草を見せている。

 無言でしているため何やら妙な光景だが、おそらくフレンドチャットか何かだろう。


「それより、きみたちも王都行きの乗客なのかな? 他のお客さんもいることだし、さっさと乗ってしまおう」









 馬車の客車の中でも、マーガレットは妙に近くの席に座ってきた。


「──あの、ところでお2人は何をされているんですか?」


「……見ての通り、馬車に乗っているんだけど」


「強いて言うなら、座っている、かな」


「そういうことではなくて、あの湿原の──あ、そうですよね。他のお客さんもいますもんね」


 何やら勝手に納得してしまった。

 湿原で熊にしていた実験のことなどを聞きたいようだが、素直に教えるわけがない。

 それは他の乗客がいようがいまいが関係ないが、何なのか。


「──このローブ、よく見ると全然汚れとか無いですよね。それにものすごく上質そう……。やっぱり高い素材だったりするんですか?」


 レアの着ているローブはクイーンアラクネア謹製のものだ。

 『鑑定』したところによれば、特にエンチャントなどをしなくても汚れがつきにくい効果があるらしい。


「……まあ、そうそう売られていないだろう事は確かだけど……」


「やっぱりそうですよね! あの、高級な質感なんかはとてもよくお似合いです!」


 質感が似合っている、という褒め言葉は初めて聞いたが、じゃあローブのデザインは似合っていないとでも言うのか。


〈……ねえこの子、やべー奴なんじゃない?〉


〈何、やべー奴って〉


〈こんな感じの子ときどき門下生にいたよね。私物盗んだりしてた子〉


〈あれは確か、わたしと身長が近かったから間違えて持って行っちゃっただけだったと思ったんだけど。ていうか何で知ってるの?〉


〈お母様に聞いたから。それより、やっぱり何かしたんじゃないの? 間接的にキルされた、しかもNPC相手にこんだけ近づいてくるって、普通に考えておかしいよ〉


〈何もしてないってば〉


 マーガレットの仲間たちは不安げに、しかし好奇心は隠せないといった雰囲気でこちらの様子を伺っている。


 妙な空気と会話を続けたまま馬車は高速で走り続け、しばらくすると中継地点のラティフォリアに到着した。

 王都方面とは言うものの、一応途中降車駅はあるらしい。

 マーガレットがまとわりついてきたせいで、馬車の雰囲気をあまり味わえなかった。

 しかし振動や衝撃が気になるということもなかったため、馬車自体にそういう効果でも持たせてあるのか、あるいは馬の能力でそういうものがあったりするのだろう。


「ところで君たちは王都に行くのかい?」


「ええとぉ……」


 マーガレットが仲間の方を見る。

 仲間たちは曖昧に首をかしげている。

 彼女らの目的がレアたちの動向を探る事なら、この問いに即答はできないだろう。

 ライラが聞いたのも、おそらく彼女たちの答えとは違う行き先にするためだ。


「実はまだ決めていなくて! ローブさんたちはどこまで行くんですか?」


「……奇遇だね。私たちもまだ決めていなかったんだよ」


 マーガレットたちの事はわからないが、少なくともレアとライラは王都までの料金を前払いしている。決めていないわけではない。

 そして駅に着いたというのにマーガレットたちも即座に降りようとしないあたり、おそらく王都まで支払い済みなのだろう。


 無駄に緊張感のあるやり取りをしているが、レアとしてはどうでもよかった。そもそも王都も目的地ではないし、そこまでこのプレイヤーたちが付いて来ようが来まいが大した差はない。


 そんなことよりもローブさんという呼び方の方が気になる。黒幕を呼ぶにしては全く格好よくない。


「──その、ローブさん、と言うのはやめてもらってもいいかな。少し間抜けな印象を受けてしまう」


「ああ、そうですよね! すみません! 何とお呼びすれば?」


〈……ナチュラルに名前聞いて来たよ。おそるべきコミュ力だ。レアちゃん、こいつは要警戒だよ〉


〈そうかな……? 普通の会話じゃない? それより、なんて名乗ろうか〉


〈そうだねえ……。この場は誤魔化す、っていう事をしないのなら、黒幕としてプレイヤーたちに周知させたい通称を答えるってことだよね。あ、カラミティシスターズっていうのはどう? 災厄の姉妹だし!〉


〈……ライラはセンスを親の腹にでも忘れてきたの?〉


〈その言い様だとその分レアちゃんがセンス持ってる事になるんだけど。じゃあ聞かせてもらおうか! 2人分のセンスの詰まった名前とやらを!〉


〈……マグナ・メルムとかは?〉


〈大いなる災い? ……いいと思うけど、それ絶対私がマグナでレアちゃんがメルムとか言われるパターンだよね、コンビ芸人みたいに〉


〈ライラのよりはまし〉


〈いや、あんまり変わらなくない? 私の方がまだアーティスト感あるっていうか──〉


「マグナメルム、とでも呼んでくれればいいよ。そう呼ばれている」


〈呼ばれているって誰に!? てか、言ったもん勝ちかよ! ずるいぞ!〉


「……大いなる災厄?」


 かなり古いラテン語なのだが、マーガレットの仲間のひとりにはわかったようだ。


「──待って、災厄? 災厄ってこれまさか」


「──いやいやいや、角とか羽根とかあったって話だし、人間、ヒューマンそっくりっていう事はないでしょ」


「──国ひとつ消し去るような存在が、角や羽根さえ消せないなんてことあるかな」


「──そういう問題?」


「──羽根とか角とか鎧とかが分離して凝縮された存在があの黒い方とか?」


 もはやフレンドチャットでひそひそ話をすることさえ忘れているほど動揺しているようだが、だいたい正解なので下手に突っ込みづらい。


〈なんだよ分離して凝縮された存在って! 私はサポートメカか何かか!〉


〈……うるさいなあ〉


 どうせ黒幕NPCムーブをしているのだし、その正体が災厄だろうと別の怪しいNPCだろうと大差はない。

 かと言って別にこちらから教えてやることもない。

 このプレイヤーたちと殊更に深くかかわるつもりもないし、もしかしたらそうかもしれないが実際のところは謎、という程度に留めておけばいい。


「ええと、それで結局マグナメルムのお2人はどちらまで……?」


「……王都かな。とりあえずは」


「なるほど、じゃあ私達もそうしますね!」


 もはや相手も追跡を隠す気さえないようだ。





 ラティフォリアから王都までの旅程も特に問題は起きなかった。

 馬車を狙う野盗や山賊などが襲ってこないか楽しみにしていたのだが、馬車を引く馬が怖いのか、それとも高速で走る馬車に攻撃する手段を持っていないのか、そういったアクシデントは無かった。


 『魔眼』によれば街道沿いには怪しい集団が潜んでいたりはしたので、野盗がいないというわけではないのだろうが、彼らは徒歩での旅行者専門なのだろうか。

 レアやライラにとっては大した金額でもなかったが、確かに馬車の料金は高めだった。急いでいないなら傭兵を雇って徒歩で移動したほうが安上がりと言えるし、そちらの方が一般的なのかもしれない。

 だとしたら、王都から向こうは今度こそ歩きで行ってもいい。









「これがペアレの王都か」


 到着した馬車から降りて目にした王都は、思っていたものとはかなり違っていた。

 ヒルスやオーラル、ウェルスの王都が平野に築かれていたせいかもしれない。王都といえば、なんとなくそういうイメージで固定されていた。


 このペアレの王都は山岳部にあり、その王城は岩山をまるごと利用して築城された山城だった。

 周囲は切り立った崖に囲まれ、まさに難攻不落の要塞であると言える。

 城下街は傾斜が多くはあるものの、山裾に広がるように栄えており、他の国の王都のように街を囲む城壁などは見当たらない。

 レアたちが馬車を降りた駅は街の最外周部にあり、駅からでも王城、というか岩山が一望できた。


「有事の際には、住民は全て城の中に避難することになっているみたいです」


「へえ。合理的だね。少なくとも周囲の全てを壁で囲むよりは安上がりだ」


「すごいですよね! 私達も初めて見た時はそれはもう感動して、世界遺産のマサダ要塞ってこんな感じなのかなって」


「ふうん。その世界なんとかというのが何かは知らないけれど」


 あやうく普通に相槌を打ってしまうところだった。

 しかしなんとなく獣人という種族の器用さは、こうした生産よりも戦闘に偏って発揮されているという印象があったのだが、この城を見る限りではそうでもないのかもしれない。


〈これほんとに獣人が作ったのかな? 前文明の時に作られた要塞とかをそのまま使ってるんじゃない? ヒューゲルカップ城と同じくらいの歴史を感じるんだけど〉


〈なるほどその可能性もあるか〉


「しかし、この様子では街には入れても、王城に入るというのは無理なようだね」


「そうですねー。え? まさか王城に何か用が……?」


「いや、ただの好奇心だよ。観光目的の旅だからね」


 半分嘘である。観光してみたい気持ちがないわけではないが、王城に用がないわけでもない。

 王族として君臨しているからには、何らかの形で『使役』を持っているはずであり、つまり他の獣人たちより一段上の種族であると思われる。

 その種族とは何なのか、そして他の獣人がどうやったらそこに至ることができるのか。

 この国をモン吉たちによる攻撃で押しつぶしてしまう前にそのあたりだけは調べておきたい。


「さて。まずは宿でも取ろうかな」


「宿を!?」


「……なぜ急に大きな声を?」


「あ、いや……」


 王都の宿にもキーファのように何かをするつもりだとでも思ったのだろうか。

 それは概ね正しいのだが、こう警戒されているとやりづらい。


〈面倒になってきたし、もう適当に撒いちゃおうよ。今キルしてやれば、たぶんこの子たちキーファの街までとんぼ返りだよ〉


〈そうだね。そうしようか〉


 駅で降りた他の乗客は、レアたちが王城に見とれている間にすでに去っている。

 現実の駅とは違い、到着時間が一定というわけでもないため、常時駅に人がいるというわけでもない。今下りた馬車の御者も休憩に向かったのかどこかへ行ってしまった。

 今なら最小限の目撃者で済ませることもできそうだ。


「あの!」


「……何かな」


 糸にしようか、魔法にしようか、貫き手にしようか考えていたところで、出鼻を挫かれた。


「あの、何か手伝えることはありませんか!?」


「──ちょっとマーガレット!?」


「……以前にも言ったかもしれないが、案内だったら──」


「そ、そうでなくて、その、アブハング湿原でしていたような……なんていうか、わ、悪いことのお手伝いです!」


〈……やっぱりやべー奴だったじゃん。悪い男にひっかかって身を持ち崩すタイプだよこの子〉


〈まるでわたしが彼女を騙す悪い男であるかのように言わないで欲しいんだけど〉


 マーガレットはレアを決意を込めた目で見つめている。

 その仲間たちも、当初こそ止めるように声をあげてはいたが、今はなんというか、仕方がないという感じで成り行きを見守っている。


〈どのみち頷くわけにもいかないし、やっぱりまとめてキルして──〉


〈いや、レアちゃん。これはこれで面白いんじゃない?〉


〈なんだよ。ライラはこの子苦手なんじゃなかったの?〉


〈利用価値があるのなら話は別さ。ままま、ここは私が〉


「──なるほど。わかった。しかしここでは人の目が多すぎるし、やはり一旦どこかの宿に部屋をとり、そこで話を聞こうじゃないか。君たちが一体何を手伝ってくれるというのかを」





 宿屋を支配するのは後回しにし、まずは普通に部屋を取りそこへ向かった。

 一番いい部屋を取ったのだが、6人1部屋というのは宿の人間がいい顔をしなかったため、仕方なく2部屋取った。金貨は全員分をレアが支払った。

 キーファの宿より値が張ったが、部屋やサービスの質は大して差がなさそうだ。


「──ここなら誰かに聞かれたりという事はないかな」


「そうだね。防音もしっかりしているようだし、周囲で聞き耳を立てていそうな気配もない」


 レアとライラはベッドに腰かけ、マーガレットたち4人は椅子に座らせた。


「では、君たちが何を手伝ってくれるというのか、だけど。そもそも君たちは私たちが何をしていると考えているのかな」


 とりあえず話はライラに任せ、成り行きを見守ることにした。面白いと言いだしたのはライラである。


「ええと、ダンジョンのボスにドーピング、何か強化的なサムシングをして、ヤバい魔物を生み出す、とか?」


「あと宿とかの街のNPC、住民にも何かしてます?」


 彼女たちから見える事実からすればそうなるだろう。

 最終的な目標としては黄金龍の復活であり、そのために精霊王や聖王が必要であるため、実際には熊で実験をしていたにすぎない。

 宿屋のスタッフについてはたしかに何かをしたが、これは外から見て何か変化があるわけではない。『使役』について説明してやる義理もないし、言わなくてもいいだろう。


「宿屋のスタッフについては、私はよく知らないな。宿の部屋を取ることについては妹に任せていたからね。

 しかし君たちも遊んでくれた、あの豹熊については強化したのは私たちで間違いないよ。ダンジョンのボス、というのが何かは知らないが、それが熊を意味しているのならだけど」


 そういえば、ダンジョンがどうとかいうのはプレイヤーが勝手に呼んでいるだけだった。

 いつかのシステムメッセージでも公式の呼称でない事は示唆されていた。

 ライラの、こうした細かいところで抜け目がないところは素直に感心する。


「あ、そうか。ダンジョンってプレイヤーが勝手に呼んでるだけなのか」


「あの、ということは、マグナメルムのお姉さんの方は妹さんに養ってもらっているって事なんですか? さっきも妹さんの方が支払ってたし」


 マーガレットの感想は他のメンバーと少しずれているようだが、言われてみればそうである。


「……後でちゃんと払うよ」


「マーガレット、そんなことどうでもいいでしょ。それよりも、あの熊がいきなりパワーアップしたのは一体……」


「まあ待ちたまえよ。そもそも私たちは、君たちが手伝ってくれるというから話をしているに過ぎない。別にこちらの事をすべて教えてあげるという義理はないんだ。それはわかるね?

 では少し聞き方を変えよう。手伝ってくれるとして、君たちに何ができるのかな」


 プレイヤーたちはお互いに目を見合わせ、何やら逡巡でもしているかのように見える。フレンドチャットで相談しているのだろう。

 マーガレットだけはその輪に加わっていないかのように見えるが、意志の統一ができていないのだろうか。


〈そもそもこの子たちは何が狙いなんだ。こちらに取り入って、情報を拡散するのが目的かな〉


〈どうかなあ。違うんじゃない? たぶん彼女たちは今、ルート分岐の重要な選択肢を選ぼうとしてるんじゃないかな〉


〈ルート分岐……?〉


「……私達は普通の獣人ですけど、プレ、ええと、保管庫?とか持っています。誰にも分らないようにどんなものでもどこにでも持ちこんだりとかできます。

 それに、同じ保管庫を持っている人たちの、えーと、一部の会話とかを盗み見たりもできます、それから、えーと……」


 なんだか採用面接でもしているかのような気分だ。

 マーガレットが言っているのは一般的にプレイヤーに与えられているとされている恩恵だが、明かすことはしないが当然レアもライラにも与えられている。

 それにこれも教えてやる気はないが、インベントリに関しては実際のところはプレイヤーのみに与えられた特権というわけでもない。


「──なるほど、異邦人は保管庫を持っているとか聞いたことがあるが、それのことか。盗み見とかいうのもその関係かな。

 しかしそれは、つまり君たちでなくとも構わないという事でもあるな。別の異邦人を捕まえて利用するという形でも私たちにしてみれば同じ事だ」


 ライラが圧をかけている。

 これはいわゆる「あなたがわが社に入社された場合に、わが社にもたらすメリットについてお答えください」というやつだ。

 ただ通常の採用面接と違い、こちらは入社後の待遇についてはまだ一切明かしていない。非常にアンフェアな面接だと言える。


「い、異邦人を捕まえて利用するというのはたぶん、無理だと思います。異邦人には脅しとかそういうのは効かないし、ええと、スキルとか魔法とか、そういうものでも無理やりに従わせるのもたぶんできません。それにそういう事をすると、ええと、異邦人にしか使えない遠距離で会話ができる機能によって、全ての異邦人に知れ渡っちゃう可能性が……」


「それが君がさっき言っていた、盗み見ることができる会話というやつかな。言いかえれば、異邦人同士であれば盗み見をさせる事がいくらでも出来るというわけだ。それによって情報交換をしているというわけだな」


「そうですそうです!」


「しかし──」


 ライラが脚を組み替えた。

 高級な宿のベッドはマットレスも上等なようで、隣でごそごそ動かれるとレアの身体も釣られて動いてしまう。


「しかし、異邦人は従わせる事が出来ないと君は言ったが、それは君たち自身についても言える事だよね。つまり君たちが私たちの手伝いを心から望んでしていると、どうして証明できるというんだい? しかも君たちはこちらの情報を、それとバレないようにいくらでも他社に流すこともできるという」


 もう面接にしか思えないため、ライラのセリフも他者ではなく他社にしか聞こえない。


「──裏切ります」


「裏切る?」


「他の全てのプレイヤーを裏切って、マグナメルムの為にプレイします!」


 後ろの方で仲間たちがため息をついている。

 意志の統一ができているかはともかく、マーガレットのこの決意についてはもう知っているようだ。


 ライラが言っていた、ルート分岐の選択肢とはこれのことだろう。


 つまりマーガレットは獣人でありながら、人類側の勢力として普通にゲームをプレイすることをやめ、黒幕側のプレイヤーとして暗躍するルートを選択したという事だ。


 これはある意味ではライラの配下の、正確にはライリエネの配下だが、ユスティースと同じとも言える。

 ユスティースは騎士になることを望み、NPCである──と本人は信じている──ヒューゲルカップ領主に仕えることを選んだ。

 マーガレットもまた、NPCである黒幕、マグナメルムに仕えたいという事だ。


 面白い、というライラの言葉もわかる。

 確かにこれは面白い。


 多くは人類としてプレイしているプレイヤーばかりだろうが、中にはブランやバンブのように魔物としてプレイしている者もいる。

 それは基本的に初期種族を選択した時に決まってしまうが、絶対というわけでもない。

 レアやライラがそうだと言える。もとはエルフとヒューマンだった。

 そして今、マーガレットもそうした道を選択しようとしている。


 マーガレットにレアやライラがプレイヤーであるという素性を明かすつもりはないが、NPCとして彼女を部下にしてやるというのも悪くないかもしれない。


「──プレイヤー、というのは異邦人のことか? プレイというのが何なのかはわからないが、要は異邦人たちを裏切って私たちの為に働くという解釈でいいのかな?」


「あ、そう、そうですそうです!」


「しかしそれは証明しようがないな。何せ君たちは私たちにわからないよう連絡が取れるのだろう?」


「そ、そうですけど、それはもう行動で示していくしか……」


「──いいじゃないか。面白そうだ。使ってあげようよ」


「ちょっと……」


 ライラがレアを軽く睨んだ。

 しかし本当に文句があればフレンドチャットで言ってくるはずだし、そもそも先に面白いと言ったのはライラだ。これはポーズに過ぎない。


「別に彼女たち異邦人に限らず、どういった者を利用するにしても結局は行動で判断するしかない。であれば何も変わらないし、やる気があるだけ上等なんじゃない?」


「それはそうかもしれないが……いや、そうだね」


「あの、採用ありがとうございます!」


 面接だと思っていたのはレアだけでは無いようだ。


「彼女はいいとして、他の、きみたちはどうする? 考え直すのなら今のうちだが」


「──良ければ、私たちも一緒にお願いします。マーガレットとはまあ、古い付き合いだし、一蓮托生みたいなところもあるし」


「ジャ姉……」


 ということは、代表して発言したこのリーダー格の人物がジャネット矢坂ということらしい。

 ジャネット矢坂をはじめ、どちらがどちらかわからないが、他のエリザベス燕もアリソン吉良も仕方がないなという風に苦笑を浮かべてマーガレットを見ている。


「そのマーガレット君を説得して、全員で陽の当たる場所を歩くという選択肢もあると思うが……」


「あー。駄目ですね多分。マーガレット、前に推しがどうとか言って破産しかけたときと同じ顔してるし」


「そうそう。説得に応じる時の顔じゃないんで」


 彼女らはまとめて雇用することになりそうだ。


〈私たちはNPCの黒幕だということでいいよね?〉


〈もちろん。本当にこちらの、闇堕ちルートでプレイするつもりなのかどうかはSNSに余計な事が書き込まれていないかをチェックしていけば裏は取れるし〉


 その場合は、「マグナメルム」のキーワードで検索をしてみればいいだろう。

 このワードは現状彼女たちしか知らないはずだからだ。


 ペアレの王都では獣人の転生条件を調べるつもりだった。

 幸いマーガレットたちは獣人であるし、ペアレを探らせるのなら適任と言える。


 しかしマーガレットたちを『使役』するつもりはない。

 プレイヤーを直接『使役』するのはリスクが高すぎるし、今さら間に誰かを挟むというのも不自然だ。

 それにプレイヤーは運営に希望を出せばいつでも使役状態を解除できる。NPCと違って『使役』したとしても何の保障にもならない。


 とはいえ現状では彼女たちは弱すぎる。何をさせるにしても、何らかの形で強化してやる必要がある。

 眷属でない彼女たちにレアから経験値を分け与えてやることはできない。

 であれば、強化の手段は限られる。


 人類側ルートに完全に見切りをつけてもらうという意味でも、人体改造というのはちょうどいいのではないだろうか。






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