第223話「大きいお友達」





「ところでよ。あんただったら、俺の協力なんてなくたってあの大天使とかいうボスも倒せそうなもんだけど、何でこんな面倒くさいことしてるんだ?」


「こんな面倒くさいこと、というのは、眷属を使って大天使を討伐したり、さっきみたいな変装をして他のプレイヤーと協力したりということかな」


「ああ」


「別にわたしが独りでやってもいいんだけど、そんな事をしている者がいれば非常に目立つからだよ。きみと同様、訳あってわたしもプレイヤーたちに対してはNPCの振りをしているからね。

 そんな者が大天使討伐を単独で何度も行なうというのは、不自然極まりない」


「そりゃそうだな。何の目的でそんなことをしているんだっつー話になる」


「それに他にやりたいこともあるからね。大天使ばかりに手をかけていられない」


 こうした協力者に対する状況説明などは必要なこととして割り切ってはいるが、正直早くぶらり旅を再開したいところなのである。

 徒歩でのんびり移動するというのは、レアにとって思いのほか楽しいものだった。


「なるほど。忙しそうだな」


「他に聞きたいことはあるかい? 別にいつ聞いてくれてもいいんだけれど、あまり頻繁に会って話をするという機会もないだろうし、顔をあわせている今のうちに聞いておいてくれると助かるが」


「あるある。こいつだ」


 バンブはインベントリからザグレウスの心臓を取り出した。

 先ほどの大天使のドロップだ。

 ガスラークには協力の礼としてバンブに渡しておくよう指示してあった。


「こいつ、なんなんだ? あの天使どもの落とす宝石に似ちゃいるが、澄んだ色も輝きも別もんだ。あれだけ強力なモンスターがドロップするアイテムだし、ただの宝石じゃあねえはずだが……」


「ああ、それか。名前はザグレウスの心臓という。蘇生アイテムだよ。死亡したキャラクターにそのアイテムを使用目的で近づけると、アイテムが消失することで死亡状態から復帰する。この際にLPもある程度回復するようで、生前の怪我も──」


「待て待て待て待て! 蘇生アイテム!? これがそうなのか!? 今までそんなもん聞いたこと無かったぞ! ていうか、蘇生なんてあったんだな……」


「そりゃあるでしょう。死んだ時にシステムメッセージでも流れたはずだよ。1時間は蘇生待機があるとかなんとか。もう今は出ないのかもしれないけど」


 ダンジョンボスになってしまうと、任意でリスポーンができなくなってしまう。そのため同様のメッセージが今も流れるのかどうかは、レアもあれ以降死亡していないためわからない。

 それに蘇生が1時間以内という制限は、死体に魂が残っていられる時間が1時間だからだということだった。

 であればリスポーンが前提であるダンジョンボスについては、もしかしたら蘇生制限は1時間ではないのかもしれない。

 一度どこかで確認しておく必要がある。

 確認するためには、どこかのダンジョンのボスを試しにキルしてみる必要があるが──


「……あー、覚えてねえな。どうだったかな。何かメッセージは流れた気がするんだが、蘇生についちゃ……って、なんだその目は」


「なんでもないよ。それより、もう他にはないかな」


「あんたについちゃ、それこそ山ほど疑問はあるが……。協力関係ってことなら、こっちから何も出せるもんがねえってのに、一方的に質問するのは格好悪い。だからまあ、今はいい。

 今回協力した内容に関しちゃ、聞きたいことはもうねえな」


「そうかい。何かあれば、フレンドチャットで連絡してくれればいい。あ、そうだ──」


 移動しようと椅子がわりにしていたゴーレムから腰を上げ、以前よりもずいぶんと立派になったログハウスを見上げた。


「最後に聞いておこう。前回わたしがこのダンジョンを攻撃した事について、恨んではいないのか? もし遺恨があるようなら、今後の関係にも影響してくるだろうし、出来ればここで正直に言って欲しい」


「……正直、家を燃やされた時ははらわた煮えくり返るほど頭にきたけどよ。

 俺だって配下を使って街を襲ったり、NPCやプレイヤーも殺しまくってるし、それについちゃお互い様だ。お互い割り切って戦ったんなら、そこで出た犠牲や損害についても割り切るべきだ。

 あの時ほとんど一方的に俺がやられたのは、俺が弱かったってだけだし、今なら勝てると思っちゃいたが、どうやらそいつも無理そうだ。考えてみりゃ、こっちが強くなった分だけ相手も強くなってておかしくねえし、ちいっと考えが甘かったな。

 まあ、またやりたいってんなら相手になるが、そん時もひとつ怨みっこなしで頼むぜ」


 実に大人な対応だ。

 レアであればここまで割り切れるだろうか。

 無理な気がする。


「……そう言ってもらえるならよかった。

 きみとまた戦うというのも魅力的な提案だが、まだ少しだけ実力的に開きがあるな。それにお互いダンジョンを治める身だし、死亡には気をつけなければならない。やるとしてもそこは注意しなくてはね。

 さて、ではわたしはもう行こう。

 あの草原にはさっきのホブゴブリンメイジはまだ残してあるね? 出来れば何度か、大天使を仕留めておいてくれるとありがたい。というのも──」









「やあ、おかえり。これでひとまずは、放っておいても大天使討伐のカウンターは回りそうかな」


 キーファの街で一番の宿屋、銀の荒熊亭の、さらに一番上等な部屋でライラが待っていた。


「ただいま。そうだね。マーレにはイベント終了まではヒューゲルカップでプレイヤー達による大天使討伐のサポートをしてもらうつもり。そっちの、ライリエネだっけ? 領主代行にも付き合ってもらうって事でいいんだよね?」


「もちろん。あれ? ケリーちゃんだっけ? あのデキる獣人の子は?」


「やめといた。面倒なのとエンカウントしそうになって逃げたって言ってたから。

 別パーティでプレイヤーのフリして回そうかと思ってたんだけど、よく考えたらどれだけ人数いたとしても、目的地はひとつなんだから、タイミングがかち合えば会うこともあるなって」


「ふうん。魔物プレイヤーの方は?」


「魔物プレイヤー向けにはうちのガスラークをメインで活動させるつもり。それから例のバンブってプレイヤーにもサポートしてもらう。

 マーレたちのようにNPCとして参加させるのなら問題ないけど、プレイヤーのふりをさせるのなら思わぬミスをしないとも限らないしね。そのあたりのサポートをバンブにお願いしておいた」


「──ああ、例の3位くんか。大丈夫なの? どういう人柄?」


「どうって、言葉遣いの割にかなり大人な人物だよ。友人になったからには、頼んだ事はちゃんとやってくれると思う」


「大人」


「そう。道理をわきまえているというか、自制心のある人物だよ」


「友人」


「うん。フレンド登録したからね」





 そういえば、この宿屋にもともと泊まっていたあのプレイヤーたちはどうしているのだろうか。

 この宿屋が今もこうして無事であるということは、それほど無茶な事はしていないはずだが、何の変化もなく平穏無事で暮らしているとも思えない。


〈モニカ〉


〈はい、レア様〉


〈ちょっと宿帳持ってきて〉


 しばらくしてモニカが宿帳を持ってやってきた。


「ありがとう。さて──」


 宿帳をめくっていくと、少し前のページにマーガレットの名が載っていた。

 フルネーム、なのかどうかは不明だが、そこには「マーガレット久慈」と書いてある。正式にはこれがプレイヤーキャラクター名のようだ。


「ええと、じゃあこの並んで書いてあるのがさっきのパーティメンバーなのかな」


 ジャネット矢坂。

 マーガレット久慈。

 エリザベス燕。

 そしてアリソン吉良。


「三匹……じゃない、4人で合ってるな」


 宿帳の日付から言って、彼女らがこの宿を利用し始めてからおよそ1ヶ月といったところだ。

 そして名前の前にチェックマークがついていないことから、おそらく未だ宿泊中なのだろう。

 この宿屋ではチェックアウトをした宿泊客の名前にはチェックマークを入れるルールになっているらしい。


「この4名はこの宿の事を、というかわたしたちの事を特に言いふらしたりはしていないのかな」


「時折り元オーナーを監視しているような行動をとったり、こちらのお部屋を伺っているようなそぶりを見せることはありますが、それ以外には特には。今まで通り、湿原に出かけて狩りをして帰ってくるという感じですね。今までと違うとすれば、出かけて行ったにもかかわらずお部屋から出てくるケースが増えた事くらいでしょうか」


 出かけたのに部屋から出てきたということは、部屋でリスポーンしている、つまり死に戻りしたということだ。

 これまで通りに熊に挑んで返り討ちにあっているのだろう。

 あの熊は、これまででも☆1ダンジョンで稼ぐ層のプレイヤーが挑むにしてはかなり強めの設定だったが、今では全く相手にならないくらいには強化されている。今のマーガレット久慈たちが倒せる相手ではない。


 しかし元々はダンジョンのボスと言えば適正ランクのプレイヤーでは倒せないものである。

 つまり他のダンジョンと同じと言える。そこは我慢してもらうか、あるいは精進してもらいたい。


「しかし黙っているのはなぜなんだろう。あの状況で、この宿屋がわたしの手に落ちていないと考えるほうが不自然だと思うけど」


「盗み聞いた会話では、イベントが終わるまではどうの、とか話しておりましたが……」


「ふうん……?」


 イベントが終わるまでは、力及ばず死亡したとしてもデスペナルティがないから、自分たちだけで調査したい、とかだろうか。

 どちらにしてもイベント期間が終わってみれば何か動きがあるはずだ。

 彼女たちがこの宿屋が怪しいと拡散してくれなければプレイヤーたちが集まってこず、こちらからプレイヤーたちの監視もしづらくなるのだが、かといって宿屋やレアの方から怪しさを宣伝するというわけにもいかない。

 この件についてはイベント終了まで棚上げだ。


「まあ、問題ないなら放っておいていい。

 ライラ、そろそろ旅の続きを──ライラ?」


「──よし、レアちゃん。今度そのバンブ君と会うときにはお姉ちゃんを連れて行くように」


「別にいいけど、わたしはあっちにゴーレムを置いてあるから『召喚』で飛んでいけるけど、ライラはどうやって来るつもりなの?」


「ノイシュロスでしょ? 普通にどこかから転移サービスで行って、そこからは空飛んでいくよ」


「いいけど、プレイヤーとかに見つからないでね」








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