第221話「大天使討伐」(ユスティース視点)
特別任務がある。
そう領主ライリエネから直々に伝えられ、ユスティースはヒューゲルカップ郊外のテントに来ていた。
先輩騎士たちがこのあたりで何かの仕事をしていたのは知っていた。
その後すぐにシステムメッセージから通達があったことから、どうやらイベント絡みの何かだったらしい。
ユスティースにその指示が来なかったのは、ユスティースがプレイヤーだからだろう。
いかに領主の騎士になったとは言え、さすがにイベントの準備にまで首を突っ込めるというわけではないようだ。
ライリエネから伝えられたその特別任務というのは、協力者に手を貸して大天使討伐に参加して欲しいという内容だった。
どうやら、騎士のイベント進行中に公式イベントとかち合うと、このように領主側からも参加要請が来るらしい。別の専用シナリオ進行中でも公式イベントに公然と参加できるのはありがたい。
しかし純粋に浮かれていたのはそこまでで、その協力者という人物の名前を聞いた瞬間飛び上がるほど驚いた。
なんと、協力者というのはウェルスで話題の聖女様だったのだ。
まさか聖女が、というか、NPCでもイベントに参加可能だとは驚いた。
しかし領主にそうストレートに聞くわけにもいかず、悶々としていたが、それはライリエネの方からさり気なく教えてくれた。
ライリエネの話をわかりやすく要約すると、こういうことだ。
アーティファクトの仕様として、発動時に範囲内にいる全てのキャラクターが転移する。
その際に転移するキャラクターというのは、プレイヤーキャラクターかノンプレイヤーキャラクターかは問われない。
アーティファクト起動の際にも特にシステムから確認が入るようなこともないため、そもそも起動もNPCだけでも可能なようだ。
ライリエネとしても、アーティファクトによる大天使の討伐が世界にとって必要であると認識しているらしく、最悪は騎士団だけでも成し遂げるつもりでいたらしい。
領主から直々にそのようなことを言われてしまえば、断ることなどできようはずもない。
もっとも最初からそんなつもりはない。
噂の聖女と肩を並べてレイドバトルなど、他のどのプレイヤーにも体験できないプレミアムなイベントだ。
と言っても、現地に行ってからもしも他に異邦人の協力者がいるようであれば、遠慮なく声をかけるようにも言われているが。
*
「──ご苦労さま、ユスティース。嫌な役目を押し付けて悪かったね。注意をするのなら、同じ異邦人の方がいいかと思って」
「いいえ、大丈夫です。確かに私が適任でしょう」
騒ぎを起こしかけたプレイヤーたちを諌め、ライリエネの待機しているテントまで戻ったところを労われた。
システムメッセージにも周辺でむやみに攻撃をしかければ騎士団に対処されると明記してある。
確かにユスティースも堂々と魔物の集団が現れたのには肝をつぶしたが、彼らは非常に落ち着いており、こちらに敵対行動は取ろうとしなかった。
通常の魔物であればそのような統制がとれるはずもなく、つまりあれは全てがプレイヤーであると考えるのが自然だ。
それに対して一方的に攻撃をしかけるというのはPKに相当する。
この周辺でのPKが制限されている以上、見つけてしまえば止めなければならない。
ユスティースはプレイヤーだが、このヒューゲルカップの騎士でもあるのだ。
ふと見れば聖女がゴブリンの集団の方を見て、少し顎を引いたような仕草をした。
やはり聖なる教会に所属しているだけあり、ゴブリンのような魔物を見かければ、たとえその視界が失われているとしても睨みつけずにはいられないのだろう。
「──どうしたのですか? 聖女様。あちらを睨んでいたようでしたが」
「え? ああ、いえ。あのような方々もいるのだな、と思いまして」
「驚かれたでしょうが、今回に限っては味方だと思います。なにせ大天使は大陸に住まう全ての者の共通の敵ですから」
「そうですね……」
ゴブリンたちが地下へ降りていってしまうと、聖女は興味を失ったようにそちらからは視線を外し──といっても目隠しをしているため本当にそうなのかは不明だが──ライリエネとの雑談を再開した。
領主と聖女がどういう知り合いなのかは詳しくは聞いていないが、どうも教会つながりらしい。
聞けば、オーラル王都に拠点を置くオーラル聖教会と聖女の所属するウェルス聖教会は、元々その成り立ちを同じくすること、そして同じヒューマンが多いことなどから、ここ最近では積極的に協力体制を敷いているようだ。
確かにヒルス亡き今、ヒューマンを主とする国家はオーラルとウェルスしかない。この2国の結びつきが強くなるのは当然と言える。
ただ、聖教会は国と言うよりは民間団体に近い。つまり国家としてではなく純粋に住民たちが不安を感じて相互協力を求めているにすぎない。
そのため今はまだ国家としてウェルスの政府と正式に協力を結んでいるわけではないらしいが、ライリエネが言うには「どうせウェルスの王族が理解するのも時間の問題だ」とのことだった。
「さて。先ほどのゴブリンの彼らの転移が終わる頃に、我々も行くとしよう。
実際に剣を交えるところまではいってないが、軽く揉めてしまった手前、向こうで鉢合わせてしまうと気まずいからね」
ライリエネの言葉に、聖女をはじめその場にいた者たちが出立の準備にかかりはじめた。
このパーティのメンバーは、まず聖女アマーリエ。
そして聖女の連れてきた聖教会のヒーラーたちが10名。
ヒューゲルカップ騎士団の、ユスティースを始めとする精鋭が10名。
さらに有志のプレイヤーパーティが34名である。
驚いたことに、このパーティは前回イベントで第七災厄を退けた、現行トップ層のパーティだ。
リーダーは前回はウェインという有名プレイヤーだったが、今回はアマテインというプレイヤーが務めている。ウェインはサブリーダーらしい。
そのウェインは何やらきょろきょろと誰かを探しているようだった。
どうやら知り合いを見かけたらしいが、もう出発だというのに全く落ち着きが無い。
一方のアマテインは準備万端整っているらしく、落ち着いている。
なるほどリーダーを交代したのもうなずける。
このプレイヤーパーティが挑戦するのは2回目で、1度目は33人で挑んだところ、ほとんど為す術もなくやられてしまったらしい。
今回は対策や作戦を用意し、さらに前回不参加だった丈夫がどうのこうのとかいうプレイヤーも加えての再挑戦だとの事だ。
そしてなんと、この作戦には領主ライリエネも参加する。
万が一領主が死亡してしまえば、連鎖的に騎士団は全滅してしまうし、ユスティースの身もどうなるのかわからない。
出来ればやめて欲しかったのだが、領主は大丈夫の一点張りで水掛け論になってしまった。
説得は諦め、せめていざというときはユスティースの身に代えても守る覚悟で挑む事にした。
この、総勢56名が大天使討伐戦のメンバーだ。
*
「──ここが、アーティファクトのある部屋だ。起動にはアイテムが必要だけど、清らかな心臓10個を捧げるのが一番効率がいい」
「なるほど。ではそれは私から出そう。天使討伐を推奨するつもりで買取をしていたのだが、まさかここで役に立つとはね」
ウェインの言葉にライリエネが背負い袋から宝石を10個取り出し、アーティファクトに捧げた。
ライリエネはさも今知ったかのように言っているが、そうだとしたら準備よく宝石を持ってきているはずがない。
これは当然、ドヤ顔で解説したウェインの顔を立ててのことだ。
さすがは領主という地位にある人物である。人間が出来ている。
転移した先は、だだっ広いドーム状の部屋だった。
その中心には大天使がおり、こちらを睨んで何かを言っているが、この距離からでは聞こえない。
その隙にか、ウェインを始めとするプレイヤーたちは早速位置取りをするべく動き始めている。
2回目だということだし、この大天使の反応はすでに一度見ているのだろう。
「──人類の家畜化は、まずは貴様らを始末してからだ!」
ひときわ大きな大天使の叫び声はユスティースの耳にも届いた。
それと同時に大天使は光る弓矢を構え、何かのスキルを発動した。
ぼうっとしている場合ではなかった。すでに戦闘は始まっている。
見れば聖女がいち早く駆け出し、側面から大天使に迫りつつあった。
大天使はその姿を捉え、そちらに向けて矢を放つ。
と同時に大きな音がし、壁に突き刺さる矢が見えた。
「……えっ」
なんという速さだ。
ほとんど見えなかった。
聖女も躱しきれず、左肩を射抜かれたらしい。左腕が使えないというほどでもない──つまり部位破壊判定は受けていない──ようではあったが、それでもかなりのダメージだろう。
恐るべき攻撃だ。これが噂の即死攻撃とやらなのか。
その即死攻撃を受けてさえ、即死せずになおも大天使へ迫らんとする聖女は、やはりそこらのプレイヤーなどよりよほど格上の存在らしい。
そんな聖女に聖教会のヒーラーたちから『回復魔法』が飛び、失われたLPを回復させようとする。
しかしそれは大天使が許さなかった。
先ほどの光の速さで飛ぶかのようなスキルを連続して放ち、回復しようとした聖教会の聖職者たちを次々と射抜いていく。
彼らはさすがに聖女ほどの身体能力や耐久はないらしく、射抜かれた者たちはその一撃で倒れ伏した。
だがその犠牲は無駄ではない。
その時には聖女はすでに、大天使のすぐ側まで迫っていた。
さらに聖教会の神官たちは、攻撃を受けなかった者たちも次々と聖女へ『回復魔法』を飛ばし、そのLPをすべて回復させた。
大天使はヒーラーたちすべてに攻撃はせず、即死攻撃は数発で終わっている。
仮に神官たちの『回復魔法』がすべて滞りなく発動していたとすれば明らかにオーバーヒールになっていただろうが、結果的に絶妙な回復量に落ち着いていた。まさか神官たちが大天使の即死攻撃を読んでいたわけでもないだろうし、実にすばらしい連携だ。
「って、ぼーっとしてる場合じゃなかった!」
目まぐるしく移り変わる戦況についていけていなかったが、ユスティースの仕事は解説ではない。
というか、別に解説さえしていない。
ユスティースの仕事は大天使を討伐することである。
攻撃に参加しなければ。
ユスティースはライリエネの勧めもあって魔法も剣も同程度に伸ばしているが、元々騎士を志していたこともあり、今でも若干剣のほうが得意である。
格上相手に少しでもダメージを通すつもりなら、接近して斬りかかった方が確実だ。
大天使に接近した聖女の攻撃は、鋭く大天使を切りつけた。
大天使は完全に聖女のほうに身体を向け、他の誰にも気を払っていない。
敵が聖女の攻撃に気を取られている隙に忍び寄る。
と言っても着ているのは全身鎧である。音を殺しきることはできない。
大天使もユスティースの接近には気づいているはずだが、聖女から視線を外そうとしない。
これは好都合だ。
「『
敵を攻撃圏内に捉えた、と感じた瞬間、スキルを発動して背後から攻撃を仕掛けた。
『騎士の力』は騎士となった時にアンロックされた『騎士道』というツリーにあるスキルで、一時的にSTRとDEXを引き上げる効果がある。
また『捨て身』は次に受けるダメージが倍になるというデメリットと引き換えに、一時的に攻撃力を倍にする効果だ。あらかじめ『騎士の力』を発動しておくことにより、この時の上昇分も上乗せすることができる。
そして『大切断』はこちらも反動でダメージを受けてしまう代わりに、敵に体重を乗せて全力で斬りかかるスキルである。『斧術』ツリーで取得できるスキルだが、斬撃系の攻撃が可能な武器ならどれでも発動可能だ。
この『大切断』による反動ダメージを貰うことで『捨て身』のデメリットを任意で受ける事ができるという、斬撃系の攻撃では基本のコンボである。
「ぐああ! なんだ、この……おのれ! その剣のせいか!」
ユスティースの剣は大天使の背中を斬り裂き、確かなダメージを与えた。
しかし血しぶきは舞っているが、大天使の行動に何らかの影響を与えているようには見えない。ダメージを与えたと言っても、そこまで大きなものでもないようだ。
しかし与えたダメージは大天使の気を引く事だけは出来たようで、ユスティースのほうを睨みつけてきた。
とはいえさすがにこの至近距離では弓は使えない。
大天使は光る弓を消し、その拳を握りしめた。
まさかのステゴロである。
「ナイスアシストだ! 『挑発』!」
一方プレイヤーたちも指を咥えて見ていたわけではない。
ユスティース同様、ひそかに近づいていたタンクの何とかというプレイヤーが『挑発』のスキルを発動したようだ。
これでユスティースへの攻撃も──
「っ! 『パリィ』!」
ギリギリで間に合った。
大天使はタンクの『挑発』を受けたにもかかわらず、お構いなしにユスティースに殴りかかってきたのだ。
迫る大天使の拳と自分の体の間に剣を滑り込ませる。
しかしユスティースの技術では、このタイミングから大天使の攻撃に合わせる事はできず、『パリィ』は失敗し、拳の直撃を受けてしまった。
「っきゃあああ!」
ものすごい衝撃だ。
しかし鎧のお陰か剣のお陰か、大天使の近接攻撃能力は弓ほどではないのか、一撃で倒されてしまうという事はなかった。
LPはかなり削られ、吹き飛ばされることで距離も開けられてしまったが、専任タンクでもないユスティースがレイドボスの攻撃を受けて命があるだけ儲けものと言える。
「大丈夫かい? 『中回復』」
ライリエネから『回復魔法』の支援を受け、失ったLPも取り戻す事ができた。
守るべき主君に回復行動というヘイトを稼ぐ行為をさせてしまうとは申し訳なくて仕方がないが、幸い大天使は遠ざかったユスティースや、それを回復したライリエネよりも聖女のほうにご執心だ。
一方で『挑発』を発動したタンクのプレイヤーには見向きもしない。
「バフかけたのに『挑発』できないのかよ! そんなに差があんのか!」
『挑発』はたしか発動した側のSTRとVIT、それに対して受ける側はMNDで判定を行なうスキルだったはずだ。
参照する能力値の数的には2:1という有利な条件である上、主に発動するキャラクターはタンク職、つまりVITやSTRに優先的に経験値を振っているはずのキャラクターであるため、本来は相当格上相手にも敵対心を稼ぐ事ができる。
にも関わらず抵抗されたということは、この大天使とプレイヤーたちとの能力値はダブルスコア以上の差をつけられているということになる。
「……剣と鎧のおかげかな。生きててよかった」
初回イベントクリア特典の装備品はやはり相当高位のものだったようだ。
ますます騎士関連のイベントについては公開するわけにはいかなくなった。
ユスティースがNPCの眷属、つまりは騎士になっている事自体は気づいている者もいるだろうが、同様に騎士になるようなプレイヤーが現れた時、ユスティースの持つ装備品との違いに気づいてしまうかもしれない。
これがまだ別の貴族の騎士であるなら、単純にライリエネが素晴らしいだけだという事で片付けられるかもしれないが、同じくライリエネの騎士になったプレイヤーが出てきてしまえばそうもいかないだろう。
「だあ! くそ! この! おら!」
『挑発』が不発に終わったタンクのプレイヤーは、少しでも大天使の気を引くべくがむしゃらに攻撃を繰り出している。
その頃には別のタンクや騎士たちも大天使に近づいていき、代わる代わるに『挑発』をかけてみたり、同じように攻撃をしてみたりと、少なくとも大天使の行動を妨害することには成功していた。
「おのれ鬱陶しい畜生共めが!」
大天使は最初に『挑発』を試みたタンクに的を絞り、その長い手足から繰り出されるカラテ技を連続して叩きつけた。
「ようやくこっちを見たな! 『ランパート』! 『パリィ』!」
ユスティースは吹き飛ばされ、大きなダメージを受けてしまった大天使の攻撃だが、そのタンクのプレイヤーは大きな盾や片手剣を巧みに使い、見事に最小限のダメージで収めた。専門職なだけのことはある。
『パリィ』は失敗してもダメージ量の固定値軽減があるため、武器を持つスタイルのプレイヤーなら大抵取得をしているが、成功させるためには敵の攻撃を見切り、適切なタイミングで武器を振るう必要がある。これは純粋なプレイヤースキルによるところが大きい。
しかしタンクたちが大天使に群がってしまったせいで、聖女の攻撃は届かなくなってしまった。
聖女の攻撃についてはほんの少し目にしただけだが、少なくともユスティースよりはダメージを与えていたように思える。
確かにダメージをタンクたちで引き受ける事は出来ているが、これでは本末転倒なのではないか。
「『セイクリッド・スマイト』!」
すると聖女は近場にいたタンクの背中を駆け上がり、高く跳躍すると、大天使の頭上から『神聖魔法』を撃ち込んだ。
大天使は属性的に聖なるものに縁があるらしく、かなり減衰してしまったようだが、それでもそれなりのダメージを大天使に与えることに成功していた。
「なるほど、近接が駄目でも魔法なら……。『ブレイズランス』!」
自分もどちらかといえば聖女と同じく剣と魔法のデュアルスタイルであったことを思い出し、ユスティースもタンクたちの隙間を縫うようにして魔法を放った。
「おのれ!」
大天使はしかし、目の前のタンクたちの妨害にあい、距離のある魔法攻撃に対して反撃が出来ないでいる。
弓を持とうとすればそれは大きな隙になり、何人ものプレイヤーたちの連続攻撃を受けてしまう事になるからだ。
その中でも最初に『挑発』に失敗したプレイヤーのタンクの攻撃はそれなりに痛いようで、特に彼の剣を警戒しているのが見て取れる。
よく見ればその剣の輝きはユスティースのものに似ている気がする。
もしかして同じ材質で作られているのだろうか。
だとすれば、そうプレイヤーでも手に入れられる材質であるとすれば、ユスティースもこれほど胃の痛い思いをせずとも済むのだが。
この頃になると、近接物理職のプレイヤーや攻撃が得意な騎士たちも大天使の周囲に集まってきていた。大天使の行動への妨害は、タンクのみならず近接アタッカーのプレイヤーたちも行なっている。
「忌々しい! 『大回復』!」
ここで大天使が自分自身に『回復魔法』を放った。
「よし! 遠距離攻撃を叩き込め! タンクたちは攻撃を控え、大天使を抑え込むことだけに集中しろ!」
するとそれまでは時おり回復をするくらいで、積極的に戦闘に関与してなかったライリエネが大声で全体に指示を出した。
このフィールドはかなり広く、現在では大天使を中心にして周囲にほぼ満遍なくパーティメンバーが散っている。
中心で戦闘音が響いていることもあり、遠くのプレイヤーには少し叫んだ程度ではなかなか声は届きにくい。
しかしライリエネの声はよく通り、ユスティースから見ても遠方のプレイヤーたちが頷くのが見えた。
何らかのスキルの効果だろうか。
その号令の下、騎士、神官、プレイヤーたちは一丸となり、矢継ぎ早に大天使に魔法を叩き込んでいく。
弓を持っているプレイヤーは弓によるアクティブスキルだ。
そのとある弓兵の彼は今までじっとチャンスを待っていたのか、あまり目立っていなかったが、ここぞとばかりに矢を放っている。
というか、よく見ればそれは噂のヨーイチだった。
プレイヤーの知り合いの少ないユスティースでも知っている。
ヨーイチはタンクたちの隙間を縫うためか、体勢を変えながらいくつかアクティブスキルを放つ。
そして低い位置に隙間を見出したのか、しゃがみ込み──
ユスティースはそこで視線を外した。
遊んでいる場合ではない。
魔法が撃てるのはユスティースもだ。攻撃に参加する。
それらの攻撃に対し、大天使は弓で反撃を試みるが、それはさすがにタンクたちが許さない。
しかし先ほどまでとは違い、あくまで妨害に留めて、過度に攻撃をするような事はないようだ。
大天使は鬱陶しげにタンクたちを睨むものの、その敵対心は依然として遠距離にいる魔法職たち、中でも単体で最も大きなダメージソースになっているエルフの女性プレイヤーや、例のヨーイチに向いている。
いくら敵対心を得ようとも、あちらから攻撃を受けないのであれば遠距離攻撃職でも安全に攻撃を続ける事ができる。
大天使は攻撃の機会を弓を構えることに費やし、それを妨害され、結局は拳で周囲を殴るに留め、しかしそれは防がれる。
「おのれ! ならばこれでどうだ! 『セイクリッド・スマイト』!」
弓でも拳でも大きな成果が得られないと見た大天使は、ここで方針転換をしたようだ。
先ほど聖女の放った『神聖魔法』と同じもの、『セイクリッド・スマイト』なる単体魔法をエルフのプレイヤーに対して放ったのである。
これまで大天使は魔法攻撃をしていなかったため、これがどのくらいの脅威なのかはわからない。
しかしLPの少ない魔法職が直撃を受けて無事でいられるとは思えない。
「あぶな──」
「『ラディアンスガード』!」
いつの間に移動していたのか、射線上に聖女が割り込み、光のバリアを展開して大天使の魔法を受け止めた。
光のバリアはその一撃で崩壊してしまったようだが、レイドボスの魔法攻撃を完全に防ぎ切るとは驚くべき効果だ。
「──聖女は確かに『神聖魔法』にかなり力を入れてはいるけど、本来は防御系のスキルに長けているんだ」
いつの間にかユスティースの側まで来ていたライリエネだ。
「よくご存知ですね……って、あぶないですよ! 下がってください!」
「大丈夫だよ。それよりも、やはり大天使は『神聖魔法』も高いレベルで取得しているようだね。そうであるなら、弓が撃てない状況で遠距離から攻撃してやれば『神聖魔法』を撃つはずだと聞、思っていたが。そして今、魔法を撃つということは──」
「裁きの光を受けろ畜生共! 『ジャッジメントレイ』!」
さらに大天使から幾筋もの光が放たれ、周囲のタンクたちを貫き、そのまま遠距離の魔法職にも突き刺さる。
しかし威力の大部分はタンクたちに当たった時点で減衰しているらしく、魔法職のキャラクターたちは死亡にまでは至っていない。
「『大回復』」
「『中回復』!」
「『中回復』!」
広範囲にいくつもの攻撃を放つ分ひとつひとつの威力が低いためか、タンクたちにも幸い死亡者は出ていない。
魔法職たちにもタンクたちにも、聖女やライリエネ、神官たちから回復が飛ぶ。
「回復など! 小賢しい! 『シャインランス』!」
「ライリエネ様! くっ!」
回復行動によって大天使の敵対心を高めたライリエネに『光魔法』が飛んできた。
ユスティースはとっさにライリエネの前に滑り込み、その攻撃を自分の身体で受けた。かなりLPを削られてしまったが、死亡するほどではない。ライリエネも無事だ。
『シャインランス』は大天使の最初の弓による攻撃よりも更に速い。『光魔法』の攻撃魔法は威力は控えめだがその速度は全ての攻撃の中でも群を抜いている。
ユスティースが割り込むことが出来たのは、大天使がこちらを、ライリエネの方を睨んでいるのが目に入ったからだ。
どのような攻撃が飛んでくるかはわからなかったが、ライリエネを守る一心で身を挺してかばったのだ。
大天使はINTの数値は他の能力値ほどではないのか、幸いユスティースを死亡させるほどのダメージでは無かったが、それでも威力の低い『光魔法』でこれほどのダメージをユスティースに与えたのは驚異である。
「ありがとうユスティース。『中回復』」
「──すみません、ご無事ですか。ライリエネ様」
「ああ。君のお陰でね。さて、それよりも魔法攻撃を続けなくては」
「『ブレイズランス』!」
「『サンダーボルト』!」
それからもライリエネの指示により、魔法職たちから攻撃魔法がひっきりなしに飛んでいる。
魔法職のキャラクターたちはなるべく一ヶ所にかたまるようにし、そこから魔法を放っていた。ユスティースやライリエネも同様だ。
「鬱陶しい! 『シャインランス』!」
「『ラディアンスガード』!」
その理由はこれだ。
いまや大天使に与えているダメージはほとんどが弓か魔法での攻撃によるものになっていた。そして大天使は魔法職への反撃に執心している。
その反撃に対し、聖女が防御用のスキルを発動する事で魔法職を守っているためだ。
反撃の対象になりうるキャラクターはまとまっていた方が守りやすい。
大天使へのダメージは着々と蓄積されている。
それはときおり、ヨーイチが教えてくれているので間違いないだろう。
どういうスキルかユスティースは知らないが、他のプレイヤーたちはその報告を信用しているようだ。それにこの状況ででまかせを言う意味もない。
「おのれ! 『中回復』!」
さらに大天使の使う『回復魔法』はグレードが下がっている。
下がっているのは使用頻度もだ。
また最初の頃に撃たれた『ジャッジメントレイ』なる広範囲魔法も撃とうとしない。
攻撃の軸を弓や素手によるものから魔法に切り替えているせいである。
そのためリキャストがかち合い、使用できる魔法の選択肢が減ってきているのだ。
これがライリエネの作戦だ。
大天使が『大回復』を使用した直後から、パーティメンバーに積極的に遠距離攻撃を仕掛けさせ、大天使に魔法を使わせ続けることで、『大回復』のリキャストがカウントされないように仕向けたのである。
大天使はタンクたちに行動を封じられ、遠距離からじりじりとLPを削られ、しかし満足に回復も出来ず、反撃の魔法は聖女によって防がれている。
これだけの人数のタンクが居なければ大天使を抑える事は出来なかった。
遠距離からのダメージが足りなければ、大天使に魔法攻撃をさせることは出来なかったかもしれない。
回復役もこの人数がいたからこそ、強力な攻撃にもなんとか耐えきることが出来た。
そして何より聖女の防御スキルとライリエネの采配だ。
結局のところを高位NPCに頼ってしまったという無念はあるが、この大天使は明らかに強すぎる。たぶん、この2人は運営の用意したお助けNPCか何かだったのだ。
今回の戦術を参考にすれば、犠牲はもっと出るかもしれないが、プレイヤーたちだけで大天使を討伐する事も不可能ではないはずだ。
「──ああぁぁ……おのれ……おのれ……父よ……」
そしてついに、大天使が倒れた。
大天使の身体は光りながら薄くなっていき、やがてその場に宝石を遺して消えた。
戦闘フィールドになっていたホールに大歓声が響き渡った。
これは快挙と言えるだろう。
おそらくプレイヤーの中で、大天使討伐に成功したのは自分たちが初だ。
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