第220話「協力者」(バンブ視点)





 天使とかいう飛び回る糞の群れが出てこなくなった。


 あれは弱いくせに数が多く、しかも守りも考えずただ攻撃してくるだけなので、バンブの配下のホブゴブリンたちを使った経験値稼ぎに実にちょうどよかったのだが。


「この間のシステムメッセージのあれか? イベントも後半に入ったから、雑魚戦からボス回しに切り替わったっつーことかな」


 SNSをチェックしてみる。

 どうやら、大ボスの大天使とかいうモンスターは現代ではすでに討伐されてしまったらしい。

 しかも討伐したのは第七災厄、前回のイベントで誕生したワールドボスだということだ。

 つまりはシナリオ通りということらしい。

 やはり後半戦は雑魚は出てこず、ひたすらにボスを周回することで稼げというのだろう。


 バンブはこのノイシュロス一帯を支配下に置くダンジョンボスである。

 当然、多くの眷属を持ち、その分手数も多い。手が広いと言い換えてもいい。

 そのため雑魚である天使の討伐数ならば、プレイヤーベースでトップであるという確信があった。


 何せ領域周辺に飛来する天使たちは、毎回必ず全て殺している。

 もはや数も数えていないが、到底ひとりのプレイヤーに可能な仕事ではない。

 ランキング1位は間違いなく、このバンブである。


 しかし前回、イベントランキングに名前が乗ってしまったことで、SNS上で自分を探すような動きがあるのも知っていた。

 もし見つかれば、どうなることかわからない。

 ひとたび誰かにバレてしまえばSNSで拡散されるだろうし、これまでこのダンジョンでバンブや配下に倒されたプレイヤーたちはここぞとばかりに復讐に乗り出すだろう。

 バンブにしてみれば、死にたくなければ来なければいいだけなのだが、それはゲームの目的を否定する事にもなる。お互いに仕方のない事だと割り切っている。

 しかし相手も割り切ってくれるとは限らない。

 だから自分の素性を明かすつもりはなかったし、当然今イベントにも匿名の希望を出していた。


 故にバンブは確信していた。今回のイベント1位は間違いなく「匿名希望」になると。


「しかし、もう天使が来ないんじゃあ、俺がこれ以上ポイントを稼ぐのは無理だな。1位はぜひとも匿名希望にしてみたかったんだが。まあ、言ってもポイント取得の条件も公開されてないし、天使の討伐数なのかどうかもわかんねえけど──」





「──そうだね。しかし大天使討伐はイベントポイントとは別に計上されるという話だし、これ以上天使が来ないというのなら、まだ諦めるのは早いんじゃないかな」





「っ! 誰だ!」


 突然響いた肉声に驚いて辺りを見渡した。

 するとバンブの背後、苦労して建て直した山小屋の、そのすぐ側に女が立っていた。


 まばゆいばかりの金髪が、陽の光を弾いて鮮やかに煌めいている。

 バンブがこの顔を忘れるわけがない。


「てめえ! あのときの女か!」


「久しぶりだね。バンブ君……でよかったよね? 自己紹介はしていないが、きみ、前回のイベントで侵攻ランキング3位だった人だろう」


 こちらの素性はバレていた。


 今の独り言を聞かれていたとすれば当然だ。この女がプレイヤーなら、そこからこちらもプレイヤーであると察する事は容易である。

 ボスエリアには自分しかいない。

 ずっとそうだったため、完全に油断していた。

 しかしこのエリアに侵入できる者がいないわけではなかったのだ。

 現にこの女はかつて、仲間とともに一度ここに来ている。


「……だったらなんだ? SNS拡散でもするつもりか?」


「そんなことはしないよ。出来ない理由もあるしね。それよりも、今日はちょっと、君にいい話を持ってきたんだ」


 不審極まりない。

 古今東西、いい話で始まる話はたいてい詐欺か作り話だ。


「けっこうだ。間に合ってる。他を当たんな」


「まあ、そう言わずに、話だけでも。

 聞けばきみ、ランキング上位に匿名希望を潜り込ませたいみたいじゃないか。前半のポイントは詳細は不明だけれど、後半の大天使はシステムメッセージに討伐ランキングとしっかりと書かれている。

 つまり大天使とやらを討伐しまくれば、そちらのほうのランキングに名前を載せることも不可能ではないはずだよ」


 どうやら先ほどの、匿名希望と名前を載せて人類側のプレイヤーを悔しがらせたいという願望も聞かれていたらしい。

 どうせそう作られたアバターに過ぎないのだろうが、美しい容姿の女性キャラクターに、自分の子供じみた自己顕示欲も見透かされてしまったようで思わず赤面してしまう。


「……ちっ。だがこっからじゃ、そのヒューゲルカップとかいう街に行くことも出来ねえぜ。現地じゃ魔物も差別されねえって話だが、そもそも街同士の転移システムを魔物が使えるわけがない以上、いくら参加ができるっつっても会場に行けないんじゃ意味がねえ」


「言われてみればその通りだな。まあでも、それなら問題はない。そもそもきみ、わたしがどうやってここまで来たと思っているんだい?

 きみのために特別に、チャーター機を用意させてもらった」


 女がそう言うと、不意に辺りに影が差した。

 見上げれば、上空から巨大な何かが近づいてくる。

 初めて見るが、これは──


「ド、ドラゴン……!?」


「遠慮しないで乗り給え。手伝ってもらう代わりと言っては何だが、他にも色々と、きみには支援をさせてもらおうと思っている」


「てめ……。なにもんだ……」


「まあ、概ねきみと同じ立場の者だよ。プレイヤーさ。ただのね」









 女──レアと名乗ったそいつから、ドラゴンの背中で道すがら聞いた話はどれも驚くに値するものだった。

 特にイカれていたのは『召喚』に関する事だ。

 まさか『空間魔法』と組み合わせることで、擬似的に転移が可能になるなんて考えたこともなかった。

 もちろんすぐさま取得した。試しに配下のいる場所へ自分を『召喚』してみようとしたが、それは同乗しているレアに止められた。


「バカなのか君は。そんなことをしたら、またあの森に戻ってしまうだろう。もう一度迎えに行けとでも言うのか」


「ああ、わりい。どうにも、一回試してみないと何だかな」


「どうしてもというのなら、一旦どこかに落ち着いたときにでもやるといい。まず先に配下を『召喚』しておいて──」





 それからしばらくはドラゴンの背に乗っていたが、やがて何もない草原で降ろされた。

 遠くに城らしきものは見えるが、それ以外には何もない。

 確かにイベント会場への入り口は郊外だという話だったが、それにしても遠すぎる。


「ここは?」


「──ありがとう、もう帰っていいよ。じゃあね。

 いや、実は今のドラゴン君だけど、ちょっと一部のプレイヤーたちに面が割れていてね。彼に乗って直接現地に乗り付けるのは都合が悪いんだ。

 それで申し訳無いんだけど、ここからは歩きだ。ああ『召喚』を試したいのなら今のうちにどうぞ。わたしはわたしですることがある」


 そう言うのならと、バンブはさっそく森にいるホブゴブリンメイジを喚び出し、自分自身を森の別のホブゴブリンのところへと『召喚』した。





 帰ってきてみれば、レアは何やら高そうな鎧とドレスを身にまとい、同じく豪華な素材と思われる目隠しをして待っていた。


「おかえり。満足したかい?」


「ああ、まあな。すげえなこれ。それより、何だよその格好は」


「いや。大したことじゃあないんだけれどね。実はバンブ君と一緒に大天使に挑むのはわたしではないんだ。わたしはわたしで、別の集団と挑む事になっている」


「あん? じゃ誰と行けってんだよ」


「わたしの配下だよ。きみにもほら、そこのホブゴブリンメイジのような配下がいるでしょう? それと同じさ」


 ホブゴブリンメイジ。

 そう看破されたのはおそらく初めてだ。

 これまでノイシュロスでこのホブゴブリンたちと戦ったプレイヤーは、その多くが大きいゴブリンとか何とか、曖昧な言い方をしていた。

 レアはホブゴブリンを知っているのか。

 それとも何か、相手の種族を知る手段でも備えているのか。


 この女は得体が知れない。全く底が見えない。

 特に目隠しで視線を隠している今はなおさらそう感じられる。


 とはいえそれほど警戒する気持ちも起こらなかった。

 バンブにとって最も悪いシナリオは、レアに裏切られ、SNSでその正体を拡散されることだ。

 しかしこのレアがそんな事をするメリットがあるようには感じられない。

 むしろ、どちらかといえばバンブよりもレアの方が知られて困る秘密が多いように思える。

 SNSに書き込みが出来ない理由もあるようなことを言っていた。つまり名前を公開する事自体が彼女にとってリスキーな行為だということだ。


「──待てよ、レアってお前、第一回目のイベントの優勝者か!」


「おっと。ようやく気づいたか。もしかしたら第一回目のイベントの後にゲームを始めたプレイヤーなのかと思ってドキドキしてしまったよ」


 あれは運営の仕込みの、いわゆる公式キャラクターだとばかり思っていた。


「……中の人居たのか、あれ」


「そりゃいるさ。何だと思ってるんだ。まあ、こちらの素性は明かしたと言っていいよね。それなりに信用してくれると嬉しいな。

 ああそうだ。何ならフレンド登録でもしておこうか」


 レアはそう言うと、着ていた鎧の懐から1枚のカードを取り出した。

 バンブはこれまで使ったことがないが、説明だけなら読んだことがある。確かインベントリで生成できるこのカードを、フレンド登録したい相手に渡し、その相手がインベントリにカードをしまう事でフレンド登録が可能になるという仕様だったはずだ。

 解除したい時は取り出して破り捨てるだけだ。

 どちらか片方だけがインベントリにカードをしまえばフレンド状態にはなるが、解除をお互いの同意の上で行うようにするためにも、カードは交換するのがセオリーだとか聞いたことがある。フレンドの居ないバンブには関係のない話だが。


 バンブもインベントリから自分のカードを生成し、取り出した。レアとは違い、手の中に突然カードが現れる。

 どうせこの場にはプレイヤーしか居ないし、わざわざ懐からカードを取り出すようなロールプレイをする必要があったようには思えないが、そういう性分なのだろうか。


「──よし、ではこれでフレンド登録できたかな」


「ああ。インベントリに仕舞ったぜ」


 フレンドリストにはひとつだけ、レアという名前が追加されている。


「これでわたしたちはもう友達だというわけだね。

 それより話の続きだけれど。君と一緒に討伐に行ってほしいのはわたしの配下なんだ。ちょっと縁があって配下にした者なんだが──『召喚:ガスラーク』」


 レアがスキルを発動すると、その傍らに筋骨隆々の、そして立派な鎧をまとったホブゴブリンが現れた。

 いや、これは見慣れたホブゴブリンではない。

 似ているが違う。


「こいつは……」


「わたしの眷属で、名をガスラークという。今回きみと一緒に戦ってくれる、ゴブリンキングだよ」









 バンブは腹を決め、レアに全面的に協力することにした。

 というか、冷静に考えてみれば、向こうはこちらの素性も知っていれば、アジトも知っている。

 あの山小屋がバンブのリスポーン地点であることも知っているだろうし、レアがその気になればこちらを延々とリス狩りすることも可能だ。

 しかも、このガスラークや先ほどのドラゴンのような強力なNPCも配下として持っている。

 つまりレア自身が眠っていようがなんだろうが、それとは関係なくこちらは狩り続けられるという事だ。

 レアは直接はそう言わなかったが、最初から選択肢は無いようなものだった。


 草原で別れる前、レアに手渡されたのは身体を覆う深緑のローブだ。

 とはいえ丈は随分短くされており、どちらかといえばフードの付いたチュニックというイメージだ。

 格闘主体のバンブの動きを阻害しないのは大変ありがたい。


 これを着て、素性を隠せと言うことだった。

 確かにバンブの今の姿を見た事のあるプレイヤーが居ないわけではない。

 いくら魔物プレイヤーでも参加可能と言っても、そこにバンブの姿があればバンブがプレイヤーだとバレてしまう。それはバンブの望むところではないし、どうやらレアもそうらしい。


 故に表立ってパーティを率いていることにするのはガスラークである。

 このゴブリンキングは非常に頭がいいようで、なんと人語も話す。

 もしかしたら、INTかMNDを上げたりすれば、バンブの配下も言葉を話すのかもしれない。


「ではバンブ様、行きましょうか」


「ああ。しかし、俺に敬語はいらないぞ。認めたくないが、あんた、俺より格上なんじゃないか? 格上だってわかってる相手にへりくだられちゃ、俺としても立つ瀬がねえ」


「性分ですので。それにレア様のご友人であれば、不躾な態度は出来ませぬ」


「お、おう」





 ゴブリンとホブゴブリンの集団で草原を行く。


 これはバンブ自身と、そしてこのガスラークがここへ『召喚』した者たちだ。

 総勢で56名いる。

 バンブの領域の守りのこともあるし、出せるのは自分を入れて20が限界だと言ったところ、だったらこちらは36名出そうと、レアがガスラークに命じて『召喚』させたのだ。


「──ああ、なんか見えてきたな。あれがそのイベント会場か」

 

「正確にはイベント会場への入場門のようなものですね。その先に長い地下道があり、さらにその奥にアーティファクトが安置されているとの事です」


「あんた、なんで俺より詳しいんだよ」


「詳細はレア様より伺っておりますから。最大限、バンブ様のサポートをせよとの事です」


「お、おう、そうか。悪いな」


 バンブたちが近づいて行くのに気がついたプレイヤーたちが、いっせいに色めき立つ。

 それはそうだろう。

 なにせ50を超えるホブゴブリンの群れだ。

 しかも、プレイヤーたちが知っているのかどうかはわからないが、その中央にはゴブリンキングもいる。

 ちょっとした都市なら十分落とせる戦力だ。


「なんかでかいゴブリンがたくさん来たぞ!」 


「何なんだ!?」


「とりあえず、攻撃を──」




「ま、待ってください!」




 武器を構えようとするプレイヤーたちを、1人の女が止めた。

 周りにいる騎士たちと似たような鎧を着ているところを見るに、NPCの騎士のようだ。

 鎧の輝き方から見るに、彼らの上司か何かかもしれない。


「システムメッセージを読んでないんですか! この周辺では魔物であっても一方的に攻撃するのは禁止されています! 戦いたい場合は、きちんと申し入れて正式なPvPを──」


 驚いた。

 話の内容からして、騎士ではなくプレイヤーらしい。

 NPCの騎士がシステムメッセージがどうとかPvPがどうとか言うわけがない。


 しかし、ただのプレイヤーにしてはその格好がおかしい。

 それにテントで作業をしている騎士や、大きな鍋でスープのようなものを煮込んでいる騎士たちとも距離が近そうに見える。

 もしや、プレイヤーでありながら、NPCの権力層に取り入ったというのだろうか。

 ありえない事ではない。

 なにせ、レアとかいう謎の女と協定を結んだばかりだ。

 プレイヤーというものには、バンブの想像以上に色々な奴がいるらしいことはわかっている。


 とにかく、その女騎士プレイヤーや周りのNPC騎士たちが興奮したプレイヤーたちを鎮めたおかげで、バンブたちはゆうゆうとイベント会場に向かうことが出来た。


 ちょっとしたテント街を通り抜けがてら、ガスラークが女騎士に会釈をしていた。

 おそらくレアにそう指示をされていたのだろうが、実にプレイヤー臭い動作だ。このガスラークをNPCだと疑うものはいまい。

 同時にフードチュニックで姿を隠したバンブに意識を向けさせない事にも成功している。

 ガスラークのようにゴブリン系でありながら立派な体躯を持ち、しかも装備も充実しているプレイヤーがいるとなれば、他のプレイヤーにしても考えなければならない事も色々と出てくるのだろう。


 ガスラークがバンブよりも格上であるとするなら、この場にいるどのプレイヤーでも勝てるとは思えない。そんな者が在野に眠っていたとなれば。


「……あんな強そうな魔物のプレイヤーがいるとは」


「……なあ、あいつが「ブラン」なんじゃないか?」


「──前回の侵攻1位か! なるほど……」


 良くは聞こえないが、プレイヤーたちは通り過ぎるバンブたちを遠巻きにひそひそと噂話をしているようだ。

 その視線はどれもがガスラークに固定されている。

 まったくレアのサポートには頭が下がる。よくここまで考えて手配をしたものだ。


 女騎士は誰もバンブたちに攻撃をしようとしないのを確認すると、少し離れたテントの方へ歩き始めた。

 何とはなしにその後ろ姿を見ていると、その歩いていく先に輝く金髪がいた。

 レアだ。


 かなり遠い上に目隠しをしているが、こちらの視線に気づいたのかどうか、レアが軽く頷くのが見えた。

 バンブもそれに頷き返し、イベント会場への入り口とかいう地下への階段を降りて行った。






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