第219話「モニカ」





 宿屋の主人からスタッフの全てにいたるまでを『使役』したレアは、厨房の奥で一番若いベルガールの犬獣人の少女と向かいあっていた。

 ベルガールと言っても、宿屋内でそれほど厳密に分業がされているわけでもない。この少女はハウスキーピングやウェイトレスも兼任しているようだ。つまりは下っ端である。


「君をこの宿屋の影の女主人にしようと思う。一番若手の君ならば、営業中に単独で出かけていても、お使いなどの名目があればそれほどおかしく思われないだろう。どこかへ出かけ、有用なNPCが他にいれば『使役』して従わせてもいい」


 本来であれば転生させて上位の種族にするところだが、獣人は転生させても上位種族になることはない。別の動物を模した獣人に転生するだけだが、ここでそれをしてしまうと見た目から明らかに変化してしまい、常連客などに不審に思われる可能性がある。


 そこで転生はさせずに、ケリーたち同様にスキルで汎用的な『使役』を取得させておくに留めた。

 勢力の中で、管理者クラスの基本になっているラインまでINTを上げておくのも忘れない。

 さらに相手の抵抗も考えられるため、MNDにも振っておく。ついでにDEXやAGIにも振り、『隠密』や『俊敏』系も取得させた。いざという時に隠密行動や逃走をしやすくさせるためだ。


「君に与えた『使役』の力は他の、例えば貴族たちと違って万能なものだ。その気になればそこらのネズミさえも支配下に置くことができる。うまく使って、わたしのために働いてくれ」


「──おまかせください」


 尻尾がブンブン振れている。


 ケリーたちはそれほど尻尾で派手に感情表現をしていたようなイメージはなかったが、人生経験の差だろうか、それとも犬系と猫系の違いなのか。


「じゃあ、よろしく頼むよ。モニカ」









 宿屋の裏口から出ると、大通りへこっそりと戻った。

 正面入口の方を覗いてみると、マーガレットはまだぼうっと正面入口を見つめたままだ。

 どうやら、『魅了』の効果で強制的に術者を見つめると言っても、システム的に術者の方向がわかるということはないようだ。


 彼女のパーティメンバーがどこに行ったのかは不明だが、しばらくすれば、というかフレンドチャットなどで呼ばれれば帰ってきて、彼女をどうにかするだろう。

 どうせすぐに『魅了』の効果も切れるだろうし、レアはマーガレットを放っておくことにした。

 プレイヤーの奇行は日常茶飯事なのか、道行く獣人たちも取り立てて注意を払う様子はない。


「さて。ライラは何をしているのかな」


 傭兵組合の方へ足を向ける。


 宿屋からは少し離れているが、十分目の届く距離だ。

 この宿は高級であるため傭兵などがおいそれと泊まれるとは思えないが、傭兵以外の取引相手、例えば依頼者などもいることから考えれば、大通りに面しているのは悪くない立地といえる。

 傭兵とその依頼者以外に用のない施設が一等地に建っているというのは少し妙にも思えるが、運営の息がかかっているというのならわからないでもない。


「──レアちゃん、こっち」


 傭兵組合の建物の陰、路地のようなところにライラはいた。

 こんなところに黒ずくめのローブが息を潜めていたら、即通報案件である。


「わたしの方は用は済んだよ。そっちは?」


「こっちもおおむね」


 傭兵組合を支配したとすれば、こんな路地裏でコソコソしている必要はない。

 それに傭兵組合自体には手は出さないと言っていた。

 ライラは結局誰を支配したのだろう。


「気になる?」


「……別に」


「しょうがないな、教えてあげようか──」


 ここでフレンドチャットに切り替え、ライラは答えた。


〈傭兵組合に出入りする業者だよ。と言っても依頼人とかじゃなくて、仕入先といえばいいのかな。つまり、製紙業者だよ。

 依頼書を用意するからには、必ず紙は必要になるからね。例えば食事なんかは各スタッフの自由になっているかもしれないし、服飾関係もそう頻繁にやり取りするわけじゃない。でも毎日消費する紙ならば、必ず決まった業者とやり取りしているはずだと思ったんだよね〉


 要は傭兵組合を直接どうこうしなくとも、傭兵組合と密接に関わりのある業者を支配してしまえば、間接的に監視が可能だということらしい。

 悪くない手だ。正直に言えば感心した。


〈ヒューゲルカップでもしているの?〉


〈いや、あっちは別の方法かな。傭兵組合を世間から隔離することでコントロールしようと考えてたんだよ。そのせいで逆に紙が消費されなくなっちゃったから、この方法は取れない〉


 例えばリフレの街で傭兵組合にアプローチしようと考えた場合、どちらかといえば業者から攻めた方が良さそうである。

 あの街はルーキーのプレイヤーたちも多くいるし、テューア草原で薬草栽培をしている関係上、傭兵組合を通して薬草関係の依頼が貼り出されることもある。

 それを受けるのはプレイヤーというよりも主に自警団や難民上がりの薬草農家、つまり概ねレアの制御下にあるNPCたちだが、組合を通すことで手数料と引き換えに面倒なやり取りを省いているのも確かだ。


〈いや、っていうか、職人街はすでに支配下にあるし、よく考えたら最初から傭兵組合の周りは固めてあったな〉


〈リフレのこと? そのつもりでやってたんじゃないの? 私あれ見てなるほどって思ったんだけど〉


〈……そのつもりでやってたよ? 何言ってるの?〉


 とにかく、これにてキーファの街でやっておくべき事は終わった。

 次の目的はドラゴンのいるというルートの村だ。


〈ルートの村は……ここからだと、王都を挟んで反対側かな。どうする?〉


〈歩いていくんでしょ? じゃあ当面の目的地は王都でいいかな〉


 まずは王都への道筋をつける必要がある。

 スゴロク地図によれば、このキーファの街とペアレ王都との間にはもうひとつ、ラティフォリアという街があるらしい。

 キーファからその街までの馬車に乗り、そこから再び馬車で王都に向かうのが移動のセオリーのようだ。

 歩くのもいいが、馬車というのも興味をそそられる。


〈イベント中には着きそうにないな……〉


〈とりあえず、時期を見て一旦帰って大天使の件は済ませておこうか。特に私たちじゃなくて眷属だけでも大天使戦が可能かどうかは調べておく必要があるよね。それが可能なら、色々出来ることも増えるし〉


 眷属たちだけで可能なようなら、いくらでも手札はある。

 それにもし仮に最低1人でもプレイヤーが必要だったりする場合でも、人類系の眷属ならばさり気なくプレイヤーの野良パーティに混じることも不可能ではない。


 まずケリーたちならそのままで問題ない。

 ウェインあたりと出くわしてしまえば面倒になるが、多くのプレイヤーの集まるイベント会場で、たった1人のプレイヤーとたまたま出会うなどそうそうあるまい。


 それからマーレだが、あちらは聖女のコスプレさえしていなければ一見してすぐに看破はされないだろう。

 とはいえ聖女アマーリエは有名人だ。

 例えば顎や鼻筋のラインや、マニアックなところでいえば耳の形などから同定されないとも限らない。

 マーレを使うつもりなら、おとなしくNPCでも転移可能か調べた上で、堂々と聖女として行ったほうが逆にリスクは低いだろう。


 そのつもりであるなら、今のうちから移動を開始させておいたほうがいいかもしれない。ヒューゲルカップはたしかに大陸の中心だしウェルス王都からも距離的には近いが、魔物の領域やアブオンメルカート高地の影響で国境を越えるルートは限られている。


 騒ぎを起こさず参加できそうだといえば後はリフレの自警団だろうか。

 あれはライリーの配下であるため、可能ならケリーたちのパーティに入れてしまうほうがいい。


 それ以外はもう魔物系の配下しかいない。

 魔物系の眷属の中で、参加可能な者といえば誰がいるだろうか。


 まずスガルは問題外だ。一部のプレイヤーたちには面が割れているし、プレイヤーがスケルトンやゴブリンで開始してあの姿に到れる道があるようには思えない。つまりどう考えてもNPCの災厄級のモンスターにしか見えず、そんなスガルが現れれば大パニックになってしまう。


 それからディアスやジークも難しいだろう。

 そのままであれば顔色の悪いヒューマンということにでも出来なくはなさそうだが、ジークはヒルス王都の管理があるし、ディアスはもしかしたらポートリーで誰かに目撃されているかもしれない。

 無用な面倒は避けておいたほうが無難だ。

 それにディアスやジークは前精霊王に深い関係がある。

 あの大天使に会わせていいものかどうか、判断がつかない。


 白魔たちやモン吉は問題外として、後はゴブリンキングのガスラークくらいか。

 ゴブリンキングはゴブリンに比べ随分と大きいが、ホブゴブリンと同じ程度の大きさだ。

 肌の色は少し違うし、容貌もホブゴブリンと比べればかなりイケメンに見えるが、プレイヤーであると仮定するならそれほどおかしくはない。ならばそれなりの装備品を身に着けていたとしても、人類系のフレンドに融通してもらったなどと言っておけばごまかしもできよう。


 出来れば誰か、そう魔物系の、本物のプレイヤーでもいればよりスムーズに──


〈──ふむ。ねえ、ライラ。ちょっと思いついたことがあるんだけど〉






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