第218話「目で殺す」
「かっこよく『召喚』とかで消えられたら良かったんだけど」
「それやるとせっかくここまで来たのに戻っちゃうじゃん」
「いや、『迷彩』で消えたところで本当に消えられるわけじゃないから。熊も何か匂い嗅いでたよ。まあ他にどうしようもなかったし、仕方ないけど」
レアとライラはボスエリアから離れ、キーファの街に向かって歩いていた。
せっかくの機会だし歩いて旅をする事も諦めてはいない。まだダンジョンをひとつ覗いただけだ。
あの場からは『召喚』で一旦どこかに去り、再びリフレなどから転移サービスでこのダンジョンの入り口付近に戻ってもよかったのだが、すでに黒幕ムーブをかました直後である。あまりプレイヤーらしい場面を他人に見られたくない。
ひとまずはやりたかった検証は概ね片付ける事ができた。
『
『復活』の取得条件についてはブランのひらめき通り、アイテムでもかまわないからとにかく一度誰かを蘇生してみる事で正しかった。
ということは、これまでプレイヤーに『復活』の取得者がいなかったのは、運営によって制限されていたためだと言い換えることもできる。
『復活』取得に必要なザグレウスの心臓は現状大天使を倒すことでしか入手できないためだ。
「ライラの言った通り、大天使討伐戦が想定外に前倒しされてしまったのだとしたら、この『復活』も本来もっと後になってから取得できるようになる予定だったってことかな」
「まあ、もしかしたらイベントの参加特典とかで蘇生アイテム出すつもりだったりしたのかもしれないけど」
どのみち、今は誰であれ大天使と戦う事が出来る。
そして勝利できたのならこの蘇生アイテムも手に入れられる。
現状ではこれが何なのか分かるプレイヤーは少ないだろうが、『鑑定』が可能になるアイテムが販売されればこれが蘇生アイテムだとわかるはずだ。
「今ならいくらでも大天使を狩ることができるし、心臓も無限に手に入る。これからは『復活』をしてくるプレイヤーパーティも現れてくるかもしれないな」
「そうだねぇ、ってなるかい。そんなわけないでしょ。そう簡単に勝てるわけないじゃんアレに。昨日のあの100人以上のプレイヤーが最終的に何人のパーティになって、結局どうなったのかは見ていないけど、多分どうせだめだったと思うよ」
確かに大天使はレアの知る限りでは現状最も強いイベントボスであり、それは多少弱体化していたとしても変わらない。
正攻法で安定して討伐できるようになるには今少し時間が必要だろう。
それに例えば30人によるレイドパーティで討伐出来たとしても、入手できる心臓はひとつだけだ。
全員分を用意しようと思ったら30周する必要がある。
「さて、それよりこれからだけど。このまま歩いてキーファの街に行ったとして、街は覗くだけにする? それとも何かする?」
何かする、とはどういう意味なのか。人を危険なテロリストか何かのように言うのはやめてもらいたい。
しかしせっかくのポータルであるし、何もしないという選択肢はない。
「適当な店にでも入って、商人とか職人とか、まあ何でもいいんだけど、街のNPCを数人眷属にしておきたいな。いざという時に移動するショートカットを作っておきたい。
それにポータルとなる街だし、プレイヤーには不審な動きがないかどうかは把握しておきたい。特に戦闘メインじゃない奴とか、☆1にふさわしくないランクの奴とかが増えたりしてないかとかね」
「私も何人か配下を作っておこうかな。獣人って配下に持ってないし」
「とりあえず、そういう目的ならこれまで通り旅のNPCを装って街を回ればいいかな。けど……」
「けど、何?」
「いや、旅のNPCが手ぶらで歩いてたら超不審だよね」
「あー。まあでもいいんじゃない? もう超不審なNPC路線で行こうよ。さっきのプレイヤーの子たちの反応、少しゾクゾクしたもの。不審なローブが実は黒幕ってなんかいいよね。真っ白ローブと真っ黒ローブっていうのもそれっぽいし」
言いたいことはわかる。
「もう一人、不審な赤ローブもいるよ」
不審な赤ローブは今頃シェイプで暗躍中のはずだ。やっている事は大筋ではこちらと変わらない。
*
そしてキーファの街、ペアレにおけるポータルの街に侵入した。
といってもコソコソと入ったわけではない。ふつうに城門をくぐって入った。城門には衛兵がいたが、あれは近くのアブハング湿原にいる魔物を警戒しているだけだ。
見た目が人類、それもきちんと服を着ているのであれば基本的に衛兵に止められることはない。
何らかの罪でも犯せば話は別だが、少なくともレアもライラもゲーム内で表向き犯罪行為はしていない。PCやNPCを街なかでキルしてしまうのは当然犯罪になるが、目撃者が全員消えてしまえばそれも無かったことになる。
〈それなりに活気はあるね。うちのフェリチタや、レアちゃんとこのリフレほどではないけど〉
〈街の規模から言ってもかなり人が多いな。全てがプレイヤーという訳でもないだろうから、プレイヤーの多さにつられて移動してきたNPCも居るんだろうね〉
フレンドチャットで適当に雑談をしながら街の大通りを歩く。
この、ひそかに脳内で会話をしているというのも最高に黒幕らしさを醸し出していて楽しくなってくるが、システムに備わった基本の仕様であるため、その気になれば誰にでもできる事である。
街を歩く黒ローブと白ローブのペアは不審ではあるのだが、思ったほどには注目はされない。
〈目立たないのはいいことだ。のんびり旅を楽しもうじゃない〉
〈目立たないわけではなくて、目立っても気にされていないだけなんじゃないかな〉
時折こちらをちらりと見てくる獣人もいるが、その後もいつまでも気にしているという風でもない。妙なやつが歩いているが、この街じゃ日常茶飯事だ、とでも言うかのようだ。
ここ最近でプレイヤーが増え、妙な格好のキャラクターには慣れてしまったらしい。
〈さて、街の様子はだいたいわかったし、哀れな被害者を見繕うとしますか〉
〈哀れな被害者? 幸せな協力者の間違いでしょ。とりあえず、サービスが続いている間は不死が約束されるわけだし〉
〈……それが幸せな事なのかどうかは、人によるんじゃないかなあ〉
「あ!」
「うん?」
大きめの商店か何かを探して歩いていると、大通りに面した、まさに一等地とも呼べる場所に立派な宿屋が建っていた。
何の気なしに見ていると、ちょうどそこから出てきた獣人にいきなり指をさされて叫ばれた。
「く、黒幕!」
「いきなり失敬だな。誰だ君は──」
〈ああ、この子さっきの〉
〈……熊と遊んでいたプレイヤーか。このタイミングですでにここにいるということは、あの後すぐに死亡したのかな〉
そしてこの宿屋がリスポーン地点だったらしい。
まさかこの広い街でこの短時間に偶然再開するとは思ってもいなかった。
しかしプレイヤーがこの街を拠点にするのであれば当然宿屋に泊まるだろうし、街の外部の人間がメインターゲットである宿屋であれば、大通りに面した場所に建っていたとしてもおかしくない。
正直あの弱さのプレイヤーにこのランクの宿屋に泊まれるほどの金があるとは思わなかったが、よほど効率のいい稼ぎ方をしているようだ。
「妹が失礼したね。君はさっきの湿原にいた異邦人だな? 豹熊くんとのお遊びは楽しんでもらえたかな? 1人かい? 他のお友達はどうした?」
「なっ! おぼ、覚えてるの!? 私達のこと!」
「そりゃ、さっきの今で忘れるわけないだろう。馬鹿にしてるのか君は」
「……イベントNPCなのに……」
獣人のプレイヤーのつぶやきを強化された聴覚が拾った。
〈ああ、つまりあれか。黒幕ポジのNPCに存在を覚えてもらったから感動してるのか〉
〈そうみたいだね。でもどうせなら、単にタイミングのおかげで覚えられた事を喜んでる暇があるなら、実力でゲーム世界に何かを刻みつける事でNPCに覚えてもらえるように努力すればいいのに〉
〈……確かに、レアちゃんはこの大陸の人達にとって決して忘れられないほどの傷痕を刻みつけたと言えるけど〉
と言ってもまだ、表立っては国を1つ滅ぼしただけである。大陸全土にその名を刻みつけるという程には至っていない。
もっとも別にそれが目的なわけでもないし、そもそも名前を明かしていないのだが。
「……この街に何をしに来た! ……んですか?」
威勢がいいのか何なのかわからない。こちらがどう出るか不明だからだろう。
その気になれば街ごと壊滅させられるだろうことは、十分にわかっているようだ。
「観光かな。ちょっと見て回っているだけだよ」
「……ところできみ、きみたちはこの宿屋に泊まっているの?」
「そうだ、ですけど?」
「いい宿なのかな?」
「ええと、高いだけあって、部屋もサービスも食事も相当レベル高い……です」
「そう。どうもありがとう」
〈この宿、使うつもり?〉
〈うん。これまでは商会とか教会とかばっかりだったけど、宿屋っていうのも悪くないなっていうか、プレイヤーの動向を監視しようと思ったらこれ以上の好条件は無いなって〉
ライラはふうん、と頷いた後、大通りを見渡した。そしてどこかで目を止めた。
視線を追ってみれば、そこには傭兵組合があった。
〈いや、あれはまずいでしょ。もし運営と繋がってたら注意じゃすまないかもよ〉
〈もしっていうか、十中八九繋がってるよ。だから傭兵組合そのものには手は出さない。けど〉
ライラは一旦言葉を止め、そちらの方に歩いていった。
〈ちょっと、向こうの方を見てくるよ。レアちゃんも無茶はしないようにね〉
〈何だと思ってるの〉
「あれ、あの、黒い人はどこへ……?」
「さあ? そんなことよりも、こっちを見て……」
フードを軽く上げ、口元を覆う布を下ろす。
眩しいのを我慢して両の目も開いた。
驚いたようにレアの顔を見つめる獣人プレイヤーと目が合う。
「『魅了』」
顔を見せたのは念の為だ。
あの程度の熊に容易に倒されてしまったからには、このプレイヤーではどのみち抵抗出来ないだろうが、美形や超美形の効果も乗るように顔を晒しておいた。
『恐怖』ではなく『魅了』を使ったのも日中だからだ。暗闇でなら『恐怖』の方が有効だろうが、特性のボーナスも加味するならおそらく『魅了』のほうがいい。
「──! ……!」
獣人プレイヤー──確かマーガレットとか呼ばれていたタンクだ──は硬直し、とろんとした表情でぼうっとレアを見つめている。
と言っても本当にレアの美貌に魅了されたというわけではない。
あくまでゲーム的な状態異常になっているだけだ。
ブランの話では、プレイヤーであっても『魅了』にかかった場合、発動者の許可なく一切の行動が出来なくなるようだ。『恐怖』と違って視界はそのままだが、代わりに謎のキラキラやピンクのエフェクトが舞い散るらしい。別にそれはどうでもよいが。
「……『魅了』にかかったかな。では、少しだけその場でおとなしくしているといい」
マーガレットをその場に残し、レアは高級宿屋の暖簾をくぐった。
高級宿屋の従業員を全員支配下に置く。
そのためにはこのプレイヤーは邪魔だ。しかし往来で殺してしまえば目立ってしまい、宿屋に入るどころではなくなる。
ゆえに『魅了』し、邪魔をされないようこの場に固定しておいたのだ。
殺してもすぐに復活するプレイヤーの足止めをするには、こうするのが最も効率がいいだろう。
レアが──イベントの黒幕とおぼしきNPCが宿屋に何かをしたということはこのプレイヤーの記憶に残るが、それで特に困ることもない。
宿屋の主人や従業員を『使役』したとしても、この街の住民であり続ける事に変わりはない。
このプレイヤーがこの件を言いふらし、他の多くのプレイヤーとともに宿屋をどうにかしようと考えたとしても、何かしたプレイヤーのほうが犯罪者になるだけだ。一方で眷属化した宿屋のスタッフは死亡したとしてもリスポーンできる。
それにここでの目的はプレイヤーたちの監視である。
プレイヤーたちの方からこの宿屋を監視してくれるとなれば、手間が省けるというものだ。
マーガレットは宿屋へ消えていくレアの後ろ姿をずっと見つめているようだった。『魅了』は特に指示がない場合、かけた相手から視線をそらすことが出来ない。
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