第213話「隣に立つために」





 過去世界という名の隔離フィールドから出てすぐ、レアたち3人は落ち着ける場所へ移動した。

 移動先はリフレの街だ。

 ここならば、ライラもブランも眷属を常駐させてある。レアは言うまでもない。 


「さてと。おつかれさま」


「しかしレアちゃんかっこよかったねえ! 強キャラ感パない! 「攻撃はひとつも貰ってないし、これからも貰わない」だって! きゃー!」


「……あの、謝るからやめてくれないかな」


「いや、でも実際かっこよかったよ。デモムービーとかに使えそうなレベル」


「うるさいだまれ」


 ともかく、大天使の生い立ちについてなどさまざまな情報も得ることができた。

 しかしあれらは伯爵と知己であるレアたちだからこそ腑に落ちた内容なのであり、他のプレイヤーたちが大天使と戦闘したとしてもそれほどピンとは来ないはずだ。


 SNSの考察スレにもそのような内容の書き込みがあった。もっとさまざまなイベントをこなすことで次第に明らかになっていくのではという推測が立てられていた。


「本来もう少し後になってから戦うような相手だったんだろうし、まあそうなるよね」


「別に先に見ちゃってもいいんじゃない? あの時大天使が言っていたのはこういうことだったのか、ってなるのもひとつのパターンだと思うけど」


「ていうかさ、あれ倒せるのかな? 少なくともわたしひとりじゃ絶対無理な奴なんだけど」


「心配しなくてもあれはイベントのレイドボスだから、そもそもソロで戦う事は想定されてないと思うよ」


「わたしは独りで戦ったけど?」


「……イベントレイドボスじゃん、レアちゃんも」


 そういうライラも、プレイヤーからしてみれば十分イベントボスである。

 むしろ突然現れたレアよりも「古都を支配していた領主の正体が実は……!」という方が因縁あるボスらしく思える。


「まぁでも、だいたいスキルの挙動はわかったし、たぶん私も次はソロでもいけるかな」


「ええ……なにこの姉妹……」


 高難度ボスのソロ討伐は縛りプレイの基本である。


 それはともかく、今のところはまだレアたちの他に過去の大天使を倒せたという書き込みは見当たらない。

 またレアたちがそれを達成した事についての書き込みもないところを見るに、おそらく全体の討伐数はイベントが終わってみなければわからないのだろう。

 このままイベントが終了を迎えてしまえば、討伐数1であるにも関わらず現代の大天使が弱体化し、そして倒されたという意味不明なシナリオになってしまう。

 つじつまを合わせるためにもイベント終了前にもう何度か倒しておく必要がある。


「それよりライラ、『鑑定』で大天使を覗いていたんでしょう? なにか『復活』についてわかったことはないの?」


「ああ、そうだった。まずはその『復活』だけど、最初は『回復魔法』かと思って探していたんだけどね。でも無かった。

 それで仕方なく全部のスキルを浚っていったんだけど、なんか『神聖魔法』のツリーにあったんだよ」


 『神聖魔法』といえば、レアのイメージではアンデッドや邪悪な雰囲気のキャラクターによく効く攻撃魔法というイメージしかない。


「……わたしの『神聖魔法』のツリーには無いな。でもそっちの方ってことは、取得できる種族がずいぶん限られてしまうな」


 例えばジークやリッチたちが『復活』を取得し、配下を無限に蘇生させるウザいムーブをしたとしたらヒルス王都はさぞかし楽しい事になるだろうと考えていたが、『神聖魔法』のツリーにあるのではアンデッドである彼らでは取得できない。


「ちなみに私のツリーにもないね。他のスキルとかも一応全部見てみたんだけど、関係がありそうなのでレアちゃんが持っていなさそうなのは無かったかな。

 さっきも言った『連撃』とか、あと弓系のスキルなんかは持ってないだろうけど、たぶん関係ないよね。となると──」


「大天使の種族特性として最初から取得していたか、それとも何らかの行動がフラグになっているか、あるいはその両方か、かな」


「行動がフラグ……?」


 ブランが付いてきていない。


「ええとね。例えば人類、キャラクリの時に最初に選べる種族とかだけど、彼らには複数の転生先があるんだ。エルフならハイ・エルフとダーク・エルフ、みたいにね」


「なるほど! それまでにどういう風に行動してきたかによって転生先が分岐するってこと?」


「そうそう。まあもしかしたら分岐先も強制的に決めてしまうような転生アイテムもあるのかもしれないけど。

 それでその基本種族の転生の分岐条件は、多分同種キャラクターのキル数がキーになってると思うんだけど、そんな感じ」


「じゃあもしかしたら逆に自分の種族以外をたくさん殺したらアンロックされるとかかもしれないってことか!」


「ずいぶんバイオレンスな『神聖魔法』だな! さすがにそれはないんじゃないかな。もしそうだったら、レアちゃんなんてとっくの昔に満たしてるはずだしね」


「それもそっか」


「それもそっか、じゃないけど。まぁどちらかと言えば逆っていうか、他キャラクターをたくさん癒したら開放されるとかのほうがイメージ近い気がする。いや──」


 ウェルスに出張中のマーレの事を考える。

 彼女は表向き「聖女」として活動していることもあり、普段から街の住民たちを癒したりするイベントも行なっている。

 もう今後はないだろうが、天使の襲来があるたびに開催され、天使と戦い傷ついた数多くのNPCやプレイヤーたちを癒してきたはずだ。

 そのマーレに未だアンロックされていないということは、条件はそれではない。


「──他者の回復、というのも違うのかも。あるいはそれだけでは足りないか」


「なるほどハイブリッドな条件とかか。でも他に何か関係ありそうな行動って何があるかな」


「誰かを蘇生させること、とかはどうですかね? これだったら今まで誰もやったことないから、誰のツリーにも出てないっていうのも頷けるし」


「いやいや、蘇生魔法を覚えるために誰かを蘇生させる必要があるんだとしたら、それ絶対アンロック出来ない事になっ──らない、か」


「……なるほど。ザグレウスの心臓か」


 それであれば、ブランの言う通りこれまで誰にもアンロックされなかったのも納得だ。

 また肝心のそのアイテムが大天使のドロップ品であることを考えれば、大天使だけが最初から『復活』を取得していたのも頷ける。『復活』を取得するためには自分の心臓が必要というのでは少々厳しすぎる。

 大天使たちはそのドロップ品も含め、やはり回復や蘇生に強い親和性のある種族なのだろう。


「たまに切れ味のいいコメントをするよねブラン」


「いやーへっへっへ!」


「めちゃめちゃ撫でまわしたあとの犬みたいな顔してるなブランちゃん……」


 これが正しいかどうかはまだわからないが、試してみる価値はある。


「とりあえず、蘇生がキーになっているのなら、まずはアイテムを使って一度誰かを蘇生してみよう」


「蘇生させるためには死んでもらわないといけないんだけど、誰殺すの? この街の人でもいい?」


「よかないよ。どうしようかな」


 適当に眷属で試してもいいのだが、出来ればなるべく自然な状況で行ないたい。そこまでチェックしているのかはわからないが、マッチポンプはノーカウントとされてしまったらアイテムの無駄になる。

 レアやライラと全く関係のないキャラクターをキルし、その死体にザグレウスの心臓を使用するのがいい。


 とはいえ、この街はレアの支配下にある。さすがに支配下の街の無関係なNPCをいきなりキルするというのははばかられた。これが仮に、自分と関係がない街であったのなら何の躊躇もしなかっただろうが、なんというか不思議な感情だ。

 であれば、自分たちに関わりのない街、例えばペアレあたりにでも行き、適当な街やダンジョンで適当に殺し、そこで実験をするのがいいだろうか。


 そういえば随分と昔の事になるが、ペアレのなんとかいう街だか村だかで、山にドラゴンがいるという伝承があると書き込んでいたプレイヤーがいた。

 ユーベルやアビゴル、バーガンディなど、今はドラゴン族モンスターには不自由していないが、天然モノが存在しているというのなら一度見てみたい。


「ていうか、そういえばブランは戦争の続きをしなくてもいいの? まだ2つしか街を制圧してないでしょ」


「一応ひそかに近くの街に潜入工作員を向かわせてるよ。現地で眷属化した吸血鬼に経験値を与えてデイウォーカーにして、生存者というか、難民として周辺の街に」


 以前にレアが言った神出鬼没作戦を実行するようだ。

 効果的に行なうにはなるべく距離が離れていた方がよいため、出来れば避難民ではなく自然に長距離の移動ができる者の方がいい。


「行商人とかいたら眷属にするといいかもね。それで国のいろんなところに刺客を送りこんでおけば、今後どう動くにしてもやりやすい」


「なるほど! そうしよ」


 レアと違ってブランであれば、素のままでも街に侵入しやすい。小さな街で待ち構え、巡ってくる行商人を捕まえて眷属化してしまえば容易だ。

 いや、今はレアも街に侵入するのはさほど難しくない。

 白い髪や睫毛は非常に目立つが、今回のようにフードを被ればそれほど怪しまれることもあるまい。

 これまで身分偽装アンダーカバーに使っていた眷属たちもなんだかんだと普通に表の顔ができつつある。機会があれば今度は自分自身で暗躍するのもいいだろう。


「え、ブランちゃん今から行くの?」


「はい! わたしは『神聖魔法』を取れないので、お役には立てないんで。それに」


 ブランはいったん言葉を切り、レアとライラを見ながら続けた。


「それに、今回大天使と戦ってわかったんだけど、今のわたしじゃ、まだまだレアちゃんとライラさんと肩を並べて戦うには早いんだなって。

 追いつけるとは思えないけど、せめて一緒に遊べるくらいには自分を育てておきたくて。だからシェイプでちょっと修行してきます!」


 ブランはそう言い残し、まずは哀れな行商人を求めてシェイプへ去っていった。





「……真面目な子だねぇ。今回の大天使はともかく、そもそもレアちゃんや私が肩を並べて戦う必要がある事態がそうそうあるとも思えないけど」


「……そうだね。それで、ライラはどうする?」


「どうするって? これから? うーん。領主に代役立てちゃってからかなり暇になったんだよね。INTとか上げたせいかもしれないけど、ふつうにお仕事もこなしてくれるし、毎日報告上げてくれるし。

 それに味を占めたってわけじゃないけど、ポートリーの方も現地のハイ・エルフを何人か『使役』して新王ぼっちゃんの再教育とか思考誘導とかさせてるから、あんまり私がすることないっていうか。

 だから『復活』に関して検証するなら付き合うよ、レアちゃんはなんか他にする事あるの?」


「昔、ペアレかどこかの田舎にドラゴンがいるとかなんとかって書きこみがあったんだよね。イベントとか何もないタイミングで確認しておきたいと思ってたんだけど。

 今はイベント期間中だけど事実上もう終了したようなもんだし」


 イベントがらみでやらなければならないタスクといえば、残るは主に2つだ。

 ひとつは墜ちた天空城の探索、もうひとつは過去世界の大天使の討伐数稼ぎである。


 墜ちた天空城の探索については、警備の指示から引き続いてアリたちに一任してある。現在はスガルも向かわせ、現地で陣頭指揮を取らせている。

 周辺からはあらゆる他勢力を排除してあり、近づく事も許さない。

 ある意味ではすでにそういうダンジョンになっているとも言える。

 こちらは任せたままで問題ないだろう。武力封鎖がうまくいっており、他の誰にも荒らされないのなら、時間制限など無いに等しい仕事だ。


 過去の大天使の討伐数稼ぎについてはイベント終了までにある程度こなす必要があるが、あの程度の敵が1体だけならそれほど時間をかけずとも回せるだろう。

 アーティファクトの安置されている地下空間に目立たない眷属を忍ばせて監視させておき、誰もいないタイミングを見計らって出入りしてひたすら周回するだけである。

 アーティファクトを起動したパーティごとにインスタンスフィールドが作成されるというのなら、数を稼ぐつもりなら手分けしたほうが効率がいい。

 ライラもソロでもいけるようなことを言っていたし、手伝わせれば少なくとも2パーティで進められる。


 出来れば他のプレイヤーたちにも──それと気付かれずに──協力してもらいたいところだが、実力が圧倒的に足りていない。レアやライラが直接顔を合わせて手を貸すわけにもいかないし、手を貸すにしても同じパーティで挑むのでは意味がない。


 表向きプレイヤーの振りができるケリーたちや、目隠しを外して聖女のコスチュームを脱いだマーレを使ってもいいが、どのみちレアが操作しなければ転移できない事に変わりは──


「あれ? 話変わるんだけど。システムメッセージには確か、転移するのは起動時に範囲内にいたキャラクターだとかって書いてあったよね? てことは、範囲内にさえいればNPCでも問答無用で転移するのかな。たしか、さっきも特に確認メッセージとか出なかったよね」


「ああ、言われてみれば。そうなんじゃない? だとしたら話はもっと単純になるね。必要ならレアちゃんのために討伐数稼ぎを手伝ってあげようかとも思ってたけど、それだったら別に誰でもいいわけだ。

 あ、そういえば人数制限無いとか書いてあったな? なるほど?」


 ライラが悪い顔をしている。


 しかし認めたくはないが、おそらくレアも同じ顔をしている。


 大量の大天使にはそれはもう酷い目に合わされた。

 ならば大天使にも、大量の眷属たちによって酷い目にあってもらってもいいだろう。


 幸い今回のイベントに関しては、魔物であっても堂々と参加することが出来る。

 であれば、ゴブリン系モンスター、スケルトン系モンスターならさほど問題ないはずだ。

 それならたくさんいる。


「まあ、今すぐは普通のプレイヤーもまだ多いだろうし、それは明日以降とかでもいいかな」


「そうだね」


 となると全体タスクの優先順位としては『復活』の取得を上位に持ってきてもいいだろう。

 サブクエストとしてドラゴンの確認、あわよくば支配だ。


 過去世界の大天使を討伐するという後半戦が始まった以上、多くのプレイヤーたちにとってこれから残りの数日間はそちらがメインになる。

 そちらの方にプレイヤーたちの意識が行っている分、王都を始めとする中難度から高難度のダンジョンの客足も遠のいてくるはずであり、ライラではないが少し暇な状態と言える。


 ☆1であるテューア草原のルーキーたちは大天使に興味がないのか、今の自分達向けのイベントではないと感じているのか、今この時でも変わらずダンジョンに常駐しているようだが、☆1のダンジョンなどそれこそわざわざレアがすることなど無い。


「んじゃ、そのドラゴンに会いに行くの? 私も付いていこうかな」


「別にいいけど、とりあえずまずは穏便に行く予定なんだけど?」


「なんで穏便じゃない事する前提なの? いや、私も穏便大好きだよ?」






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