第212話「レディーレ・プラエテリトゥム」
薄暗い地下道を抜けた先の、アーティファクトのある部屋は地下とは思えない広さだった。外にいた100人以上を収容できるのか他人事ながら心配ではあったが、まったく問題なさそうだ。
部屋の中央には巨大な羅針儀のような形のアーティファクトが鎮座している。
虹色に輝く水晶か何かで出来ているようで、きらきらと光を振りまきながらゆっくりと回転していた。
アーティファクトの前にはこれも水晶のような透明な何かで出来た筒状の容器があり、あの中にアイテムを入れることでエネルギーに変換することができるようだ。
人が入ることはできなさそうなサイズだが、大きなアイテムを変換したい時などはどうするのだろう。
あるいは、あの中に入る程度の大きさの生物を入れてみたらどうなるのだろう。
「はえー……。すっごい。超高そうな地球儀が浮いてる。でも本体透明だからどこに何が書いてあるのか全然わかんないね」
「まずこの世界は地球じゃないし、あとこれはたぶん地球儀的なオブジェじゃないよ。そもそも何も書いてないだろうし。羅針盤に似てるけど、おしゃれな日時計に見えなくもないな」
「とりあえず、アーティファクトエネルギーとやらを充填しよう。早くしないと外の彼らがやってきてしまうかもしれないし。清らかな心臓だったら10個でいいんだっけ?」
「あ、はいはいわたしが出します! 拾っておきましたってアザレア達から渡されたんだけど、使い道わかんないしたくさんあるし!」
「それならお言葉に甘える事にしようか。でもいいの? たぶんこれ、もう手に入らないよ。天使の襲撃は二度と起きないし」
「天使は正直気持ち悪いからもういいかなって気分ですけど」
「まあ、ブランちゃんがいいならいいか。それに私も、あとたぶんレアちゃんもめちゃめちゃたくさん持ってるだろうしね」
*
アーティファクトが起動すると、周囲の景色が一瞬歪み、それが晴れた時にはどこかの建物のホールのような場所にいた。
非常に広い部屋だ。ここならプレイヤーが何人暴れまわったとしても余裕だろう。
天井も高い。が、さすがにレアたちが巨体化して戦えるほどの高さはない。
「……なんだ、貴様らは。いや、そもそもここはどこなのだ……私は……私は何だ? 私は……この姿は? なぜこのような姿に?」
レアには見覚えのある大天使が部屋の中央に立ちすくんでいる。
目覚めたばかりというのは本当らしい。
記憶が混濁しているようだ。もっとも『聴覚強化』を持っていなければ聞こえなかっただろう呟きだが。
「……伯爵先輩はたしか、大天使が生まれたのは精霊王が没した頃だとか言ってたかな? じゃあ今頃精霊王さんどこかで死にかけてるのかな?」
「いや、あのアーティファクトを作成したのは精霊王で間違いない。運営の説明通りなら、アーティファクトでさかのぼれるのは精霊王が死んだ後までのはずだから、今はもう死んでいるはずだよ」
目の前の大天使はしばらく頭を振りながらあたりを見渡したりなどしていたが、やがて我に返り、こちらを睨みつけて叫んだ。
「……そうか。貴様らの仕業だな! 決して許さんぞ! 八つ裂きにしてくれる! いや、ただ殺すだけでは生ぬるい! 未来永劫、貴様らの子々孫々に至るまで、家畜として我が糧にしてくれる!」
何やら急に怒られた。
仮に大天使がホムンクルスから転生した存在だった場合、そのホムンクルスを生みだした何者かがいたはずだ。そしてそのためには『錬金』において『大いなる業』まで極める必要がある。
この大陸で言えば、ホムンクルスの親の可能性が最も高いのは精霊王だろう。
とりあえず彼の親を精霊王だと仮定して、彼の怒りの理由を考えてみる。
伯爵の話が本当ならば、精霊王を倒したのは彼の部下たちであるらしい。現代の人類国家の元首たちの祖先だ。
そして彼が今、親を殺されて怒りを覚えていると仮定した場合、その怒りの矛先はどこに向いているのか。
裏切られて殺されたのだと知っているのなら、それは当然精霊王の配下に向くだろう。
その首謀者までは不明だったとしても、顔も知らないその黒幕、そして実行犯を恨むはずだ。
ここがどこなのかは不明だが、大天使がついこの間までホムンクルスだったのなら、ここにも精霊王が足を運んでいたのかもしれない。
そしてその精霊王が死亡した直後にそんなところに知らない奴らが突然現れれば、そいつらを実行犯だと考えたとしてもおかしくない。
「それでこのタイミングに時間移動が設定されているのか。つまり現れたプレイヤーに対しては敵対心マックスから始まるってことだね。悪魔か運営は」
「もっと言うとさ、これはあくまで仮説なんだけど。
そもそも大天使くんがなんで大天使に転生できたのか、その理由がはっきりしてないよね。キーになる条件は置いておいても、少なくとも経験値3000とかそういうものは必要だったはずだ。それはどこから湧いて出たのかな?」
ライラのその言葉に考えを巡らせてみる。
経験値を得る最も効率的な手段といえば、戦闘で格上に勝利することだ。必ずしも殺す必要はないが、殺したほうが実入りはいい。
そしてこの時間において、直近で死亡しており、そんな莫大な経験値を得られそうな存在といえば。
「……まさか、精霊王?」
「……そう考えると、とりあえず辻褄は合うよね。
首謀者の、王様たちのご先祖様に魔法か何かで『支配』された彼は、その手で精霊王を殺した。もしかしたら戦闘用に作られたアーティファクトか何かも使ったりしたのかもしれないけど、とにかく直接実行したのは彼だと思う。そこで転生条件を満たし、経験値も得て、大天使に転生した。
大天使の頭のあれ、光輪だっけ? あれの効果が私たちの角と同じなら、転生した瞬間に黒幕の『支配』から逃れられたのかもしれない。
そしてそのタイミングが”今”なんじゃないかな」
だとすれば、彼のこの苛烈な怒りも理解できる。
目の前の彼の様子は鬼気迫っており、心に訴えかけてくる迫力がある。
しかしここが本当に過去の世界というのはあり得ない。どこか別サーバーか何かに作られた隔離スペースのはずだ。
精霊王の遺体や、ここに居てもおかしくないだろう王族の祖先たちが居ないのも、ここがあくまで再現されただけの別空間だからだ。
したがってあの大天使も本当に過去の彼だというわけではない。
だがゲーム世界の中で時間が流れ、歴史が作られてきているのは間違いない。
ならばあの彼はもしかしたら、本当に何百年か前の、罪を犯した直後の大天使、そのAIとアバターのコピーであるのかもしれない。
「──プレイヤーに倒されるためだけに保存してあるAIのコピーか……」
そしてここにプレイヤーが訪れる度に、目覚めたところから繰り返し再生されるのだ。ほんの少し、同情しないでもない。
「……そのかわいそうな大天使を、レアちゃんは葬り去ったわけだ」
「悪気はなかった」
「うーん、まあでも、精霊王さんももし生きてたら、この状態の大天使さんの事は止めてたと思うし、しょうがなかったんじゃないかな……」
「そう、ブランの言う通り、わたしは哀れな大天使を止めてあげたんだよ」
先にこちらのイベントを見ていたらどうしていたかはわからない。
しかし結局は同じ結果になっていたような気もする。
あの時、現代の天空城で会った大天使とは話が通じる気がしなかった。レアが煽ったせいもあるが、第一声から畜生呼ばわりだったことも考えれば、おそらく彼は最初から、もう2度と自分以外を信じるつもりなどなかったのだろう。
自分と同じ姿の眷属を大量に従えていたのも、その感情の現れだったのかもしれない。
「──人類の家畜化は、まずは貴様らを始末してからだ!」
大天使がこちらを睨み、その手に光る弓矢が現れた。
流れるように矢をつがえる。何度も見た動作だ。
考察の時間は終わりのようだ。戦闘開始である。
「あ、これジェノサイドだ。これが来たら、とにかく射線からどいてね。死ぬよ」
大天使の小指が立っている。
『ジェノサイドアロー』は確かに脅威だが、慣れれば避けられないほどのものでもない。
それはレアでなくとも、例えばコンマ数秒、古い言い回しでいわゆるフレーム単位で回避しなければ即死という難易度のVRアクションゲームをプレイしたことのあるプレイヤーなら可能なはずだ。おそらくいつかのバンブとかいうデオヴォルドラウグルも回避できる。
小指が立つのはおそらくそのためだ。
これだけは発射後に回避するのが困難であるため、バランス調整のためにモーションが特殊になっているのだろう。
今回の攻撃の狙いはレアだったらしく、大天使の視線や弓の向きからそれを察していたレアはほとんど反射のような反応で矢を避けた。
しかしどうも、現代で戦った際のそれよりもほんの少し速度が甘い気がする。
もしかしたらこのスキルの飛翔速度は能力値に依存するのかもしれない。
だとしたら、過去のこの大天使が現代の者よりもひと回り弱いというのも間違い無さそうだ。
矢はそのまま直進し、ホールの壁に突き刺さって消えた。
「え。……あれ避けるのが前提なの?」
「そうだよ。回避できて初めて大天使の前に立つ権利が得られるのさ」
「いきなり人権剥奪された!」
この様子ではブランはもちろん、ライラも慣れるまでは完全に避けられそうもない。
これはなんとかしてレアが引きつけておくしかないか、と考えながら相手の出方を伺っていると、大天使は文字通り矢継ぎ早に『ジェノサイドアロー』を連発してきた。レアに向かって。
やはりあのスキルは連射可能であるようだ。
ちょっとずるいというか、例えばウルルのような巨体ではどうやってもこれを避けることはできないが、ウルルがこの攻撃をすべて受ければ当たりどころによってはおそらく数秒で死亡してしまうだろう。
ぶっ壊れスキルにも程がある。
と思っていたら、次の連射は『ペネトレイトアロー』だった。
『ジェノサイド』ですら当たらないのに、さらに遅い『ペネトレイト』に当たるわけがない。
これもなぜかレアに連続して放たれたが、その全てを回避した。
なぜ先程のように『ジェノサイド』を連射してこないのだろうか。なにか撃てない理由でもあるのか。
そして『ペネトレイト』もほどなく途切れた。これでまた撃つスキルが変わるとすれば。
「もしかして、次はエクスプロードかな。あれは面倒だから、少し邪魔させてもらおう。『解放:翼』『解放:金剛鋼』『解放:剣』」
レアの腰から黒い翼が現れ、ローブの裾を跳ね上げた。
ローブは前を閉じてはいないが、腕は通している。そのせいで背中から下が捲れ上がり、まるで尾羽を広げた孔雀のようになってしまった。
「『エクスプロードアロー!』」
宣言と共に矢が放たれる。本当に『エクスプロードアロー』だった。何か意味があってこのようなスキル回しをしているのだろうか。
なんであれ、この攻撃は避けたとしても近くで着弾すれば余計なダメージを受ける事になる。それはごめんだ。
「『ガトリング』」
大天使の宣言から一拍遅れ、レアもスキルを発動した。
目的は狙撃である。『エクスプロードアロー』を撃ち落とす。
災厄級のアクティブスキルで放たれた矢を『フェザーガトリング』で撃ち落とすことができるのかは不明だが、接触して爆発してくれれば結果は同じだ。
昨日の大天使戦ではそんな余裕もなかったために試すことさえしなかったが、今なら問題ない。
放たれた大量の短剣は飛来する『エクスプロードアロー』をかすめると、そこで爆発が起こり、何本かの短剣はあたりに飛び散っていった。
「うわ!」
そのうちの一本がブランの方へ飛んで行ったらしい。
声のした方向を見れば、いつの間にか大天使の背後側に回り込んでいたブランとライラがいた。
ブランの声は大天使を挟んでこちら側にも聞こえたくらいだし、大天使にも当然聞こえていたようだ。しかしちらりとそちらを気にしたものの、すぐにまた視線をレアに固定した。
「なんなんだ。そんなにわたしが好きなのか。まああっちに攻撃されるよりはいいんだけど」
その次はやはりというか、『クラウドバーストアロー』だった。
これも対処は決まっている。が、ここは少し別のことを試してみる。
「『解放:糸』『斬糸』」
両手の指からアダマスの糸を伸ばし、矢を切り裂いた。
『クラウドバースト』の矢は1本1本にアクティブスキルの威力が乗っているわけではない。故にこちらの能力値や武器性能次第で迎撃が可能であるのは前回わかっている。
生体武器扱いであろうこのアダマス糸ならば、レアの高い能力値によって切り払えるのではないかと考えたのだ。
果たして狙い通りに矢は切り裂かれ、レアの周囲に光の残骸が散らばった。それもすぐに溶けるように消えていく。
このスキルであればMPの最大値が減る事もなければLPを消費することもないため、ただの迎撃目的なら『魔の剣』よりもコストパフォーマンスがいい。
〈レアちゃん、こいつのスキルさ、もしかして一定時間内に撃てる本数が決まってるんじゃないかな。例えば最初のジェノサイドなんたらで言えば、30秒に5発までしか撃てないとか〉
〈……つまり、5本撃つとクールタイムのカウントが始まって、クールタイムが終わればまた5本分装填されるってこと?〉
〈ああ、そっちのほうがわかりやすいか。たぶんそうなんじゃない? 弓のスキルよく知らないけど〉
現状、プレイヤーたちが取得している弓系のアクティブスキルは、それぞれにクールタイムが設定されていたはずだ。それもたしか一発ごとにごく短いクールタイムが発生する仕様だった。
レア自身は弓系スキルは取得していないため知らないが、数発ごとにクールタイムという特殊な仕様ならSNSで話題になっていたはずである。
しかし例えば『ジェノサイドアロー』ほどの威力のスキルならば、いくら連射が売りの弓矢スキルとはいえそれなりのクールタイムはあって然るべきだ。
それをノータイムで連射できる事の代償が、あとからまとめて来るクールタイムということなのだろうか。
先日大天使と戦闘を繰り広げた時には、どの攻撃を誰が撃ったのか正確に把握するのは困難だったため、そこまで見てはいない。
たとえ通常の仕様で、クールタイムが10秒だったとしても、50体いれば1秒に5発飛んでくる計算である。すべて見ていられるわけがない。
また最初の1体と戦闘していた際も、同じ攻撃をこれほど連続して撃っていたという印象はなかった。
〈あ、もしかしてこれかな? 『連撃』ってスキルがある。これ使って連射してるんじゃないかな。それでまとまったクールタイムがあとから来るようになってるっぽい〉
〈……何で知ってるの?〉
〈今まさに『鑑定』して見てるからだよ。大天使くんもレアちゃんも構ってくれなくて暇だからね〉
〈暇なら何か仕事しなよ!〉
〈えー。なんかレアちゃんが忙しそうだから代わりに『鑑定』してあげてるのに〉
そういえば、元々はそれが目的で来たのだった。
大天使はなぜかレアを目の敵にしているため、つい戦闘に身が入ってしまって忘れていた。
〈ちなみに、なんでレアちゃんばっかり狙っているのかって言うと、たぶん『真眼』のせいかな。私も持ってるからわかるんだけど、コレ通して見るとレアちゃんのLPって超派手な色してるんだよね〉
謎が解けた。
ウェルス王都でレアばかり狙ってきた雑魚天使と同じだ。
この大天使はまだ戦闘経験が不足している。
あの時の天使たちのように、とりあえず最も脅威度の高そうなレアから狙っているのだろう。
自分のLPが多いのは自覚しているが、色まで気にしたことがないため失念していた。
〈じゃあ、仕方ない。わたしがこのままタンクをやるから、ライラとブランがアタッカーね。必要ないとは思うけど、わたしが被弾するようならヒーラーもよろしく〉
〈はいはい〉
〈らじゃー!〉
『連撃』によるクールタイムが明けたのか、再び『ジェノサイドアロー』を撃とうとしていた大天使が突然硬直した。
おそらくライラの『邪眼』の効果だ。
何の状態異常をぶつけたのかはわからないが、大天使は数秒動きをとめ、『真眼』で見える輝きがわずかに揺らぎ始める。麻痺とスリップダメージ、猛毒あたりだろうか。
「『闇の帳』! 『魔の霧』!」
ブランの声でホールが霧と薄闇に包まれ、一気に視界が悪くなる。
『闇の帳』は周囲の光を奪う魔法であるため『魔眼』には影響はないが、『魔の霧』は霧自体がうっすらと魔力を伴っている。そのため『魔眼』の視界でも霧がけぶっているように見える。
しかし戦闘にすぐに支障が出るというほどのものでもない。『真眼』も併用しているため、少なくとも周囲のキャラクターの位置関係ははっきりと見える。
『ジェノサイドアロー』に対処するには少しきついが、この暗さなら眼を開いても問題ない。肉眼、『魔眼』、『真眼』のすべての眼を併用すれば、これまで同様回避は出来る。
どうせ撃たれてからでは避けられないのだし、もう少し近づいてもいいだろう。
「『シャドウランス』!」
下準備が終わったブランが攻撃魔法を使用した。
『闇魔法』の中で上位の攻撃力を持つ単体用の魔法だ。
この魔法の恐ろしいところは、対象に着弾するまで軌道が見えないところである。
その名前の通り、影の槍が敵を襲う魔法のため、飛んでいくのは地面を走る影だ。そのため事実上、相殺を狙って迎撃することもできない。
「ちっ! おのれ!」
大天使が背後を振り返り、ブランとライラを交互に睨みつけた。
LPの多いレアにばかり気を取られていたところに予想外のダメージを受け、ようやく背後の2人を敵として認識したらしい。
しかし直前まで警戒していたはずの相手から視線を外すというのはよろしくない。
どうせタンクとして立ち回るのならわざわざ遠距離で相手をしてやる必要がない。
至近距離まで近付いて、弓の射程の内側に入り込んでしまった方が話が早い。
レアは大天使がよそ見をした隙に、彼を目指して駆けだした。
「貴様!? 寄るな! 『エクスプロードアロー』!」
放たれた矢は身をひねって回避する。
はるか後ろで爆発が起こったのがわかったが、爆風はレアの元にまでは届かない。
「ジェノサイ──」
「ふっ!」
「がふっ」
大天使の元へ到達したレアは、スキルを放とうとした大天使の弓を持つ手を右手で抑え、がら空きになった顎を左の掌底でカチ上げた。
この距離まで近づけば、もはや弓など無用の長物だ。
「うぐっ、貴様、おのれ……!」
大天使は光る弓を消し、拳を握って殴りかかってきた。
格闘戦のレンジだ。大天使は『素手』を持っているらしく、キレのある突きだった。
レアと大天使では身長やリーチに差があるため、普通に考えれば不利な状況ではある。
そういうケースをこそ想定しているのが実家の流派であるのだが、せっかくなのでいつもと違う事も試してみることにした。
「『パリィ』」
両手の指からアダマスの糸を伸ばし、大天使の拳を受け流した。
触れれば切れる鋼線でどうやったら生身の拳を受け流せるのか不明だが、とにかくスキルの効果によってダメージは打ち消した。
見れば大天使の拳にも特に傷がついたりはしていない。『パリィ』で生身の攻撃をはじいてもバックダメージは発生しないらしい。
『パリィ』などで相手の武器を破壊するには専用のスキルが必要だったはずなので、これもそういう判定なのかもしれない。
「うまくいってよかった。やはり、糸は生体武器扱いなのかな」
「貴様、ごちゃごちゃと──」
「『シャドウランス』!」
「『イヴィル・スマイト』」
再びブランの攻撃と、それからライラの『暗黒魔法』だ。ライラはこれも当然のように取得しているようだ。
「おのれ! 忌々しい!」
「『斬糸』」
振り返りたがる大天使の身体を糸で斬り裂き、ヘイトコントロールをする。
こんなことなら『挑発』でも取得しておけばよかったが、自勢力において最も死ぬわけにはいかないレアが取得しても今後使うような機会が少ない。
「注意力が散漫だな」
「うがああああああ!」
大天使が再びレアに殴りかかる。もちろん『パリィ』する。
そこへまた、背後からブランが魔法を飛ばす。
「『シャドウランス』! レアちゃん、回復いるー!?」
「いらない。攻撃はひとつも貰ってないし、これからも貰わない」
「おのれえええ舐めおって!」
どう見てもレアのLPにダメージは入っていないので、今のはレアに煽らせるために言ったのだろう。
おかげで大天使は激昂し、さらにレアに攻撃を集中している。悪くないアシストと言える。
「『シャドウランス』!」
「くそっ! 『大回復』!」
「あー! また回復された!」
「大丈夫。もうMPも残り少ないから、多分今のが最後のはず」
「それはいいことを聞いた。『イヴィル・スマイト』」
回復し、艷の戻りたての翼にライラの暗黒の槍が突き刺さる。
「この……!」
「おっと『斬糸』」
背後を気にする大天使の鼻先をアダマス糸で軽くなでてやる。
これだけでレアへの敵対心を漲らせ、すぐに攻撃を再開してくれる。
メインのダメージ源よりも、ほとんど見えないレアの攻撃の方が怖いらしい。背後をブランたちに攻撃されても、レアが『斬糸』でちょっかいをかければ嫌でもこちらを見てくれるため、タンクとしてはやりやすい。
元々相手よりも多いLPを所持していることや、時々言葉で煽っているのも効いているのかもしれない。
また至近距離まで近づくことで、回避に最も気を使う『ジェノサイドアロー』を封じられたのも大きい。
相手が大軍であればとても出来ないが、1人しか居ないのならこれが一番効率がいい。
大天使にしてみれば何もかもが思うようにいかず、苛立ちは頂点に達しているだろう。
「『シャドウランス』!」
ブランはレアほどINTや魔法攻撃力が高いわけではないが、それでも元々魔法主体でビルドしてきたプレイヤーだ。
無防備な背中に弱点の属性の魔法を撃つだけでいいならば立派なダメージソースになりうる。
「くそがああああ!」
MPが枯渇し、LPの底も見え始め、さらに焦りを募らせた大天使はがむしゃらに拳を振りまわし、レアを攻撃してくる。
1体目の大天使と戦った際のスキル乱射を思い出した。
焦りや怒りで攻撃が雑になるのはこの頃からのようだ。
あの大天使は「本体」ではなかったし、ということはこの個体とは別人であるのは確かなのだが、行動パターンはそっくりだ。
レアはその全てを『パリィ』した。
「──もうそろそろ、終わりかな」
外見的なイメージから、大天使が『素手』を持っているというのは意外だった。
いや、大天使は『回復魔法』を持っているのだし、考えてみれば『素手』があるのは当然かもしれない。
しかしさすがに弓ほどの錬度があるわけではなかった。
距離さえ詰めてしまえば、思ったよりもずっと楽に戦える。
これはプレイヤーたちが大天使の討伐に成功するのも、思っているより早くなるかもしれない。
「もうそろそろ敵LPもレッドゾーンだ。ブランちゃん、リキャは無視してありったけ叩きこんでいいよ」
「了解です!『シャドウランス』! 『ブレイズランス』! 『アイシクルランス』!──」
「私も撃っておこう。『イヴィル・スマイト』、そうだな『シャドウランス』、ええと『アイシクルランス』──」
背後からの2人の魔法の連続攻撃を受け、大天使の残り少ないLPが失われていく。
「ぐうっ! ぐあああああああああああああ──!」
巧妙に魔法同士が余計な干渉をしないよう考えられて重ねられているが、あれはライラが合わせているのだろう。たぶん、ブランは何も考えずに全力でぶっぱなしているだけだ。
「──ああぁぁ……おのれ……おのれ……父よ……」
そして大天使は倒れ、宝石を残して消えていった。
現代では『支配』したまま倒してしまったため、聞くことのできなかった最期の言葉を残して。
「……父、って精霊王かな」
「……あの、ちょっとこれ後味悪くない? なんかわたしたち悪役みたいなんだけど!」
「これに関してはプレイヤーの誰が戦ったとしてもたぶん同じ結末になるんじゃないかな。あと、それとは関係なく私たちが悪役なのは最初からだよブランちゃん」
だだっ広いホールにぽつんと遺された宝石を拾う。
ザグレウスの心臓だ。
やはり過去の大天使を倒しても、ドロップ品は同じくこの蘇生アイテムであるようだ。
「──あ! 部屋の端っこに魔法陣出た! あれ乗ったら帰れるのかな?」
「ストップ! ブランちゃん! それ乗ったら多分、さっきまでいたアーティファクトの前に出ちゃうんじゃない? もしたまたま誰かいたりしたら面倒だよ」
「あ、そうか。どうしよう? このまま何百年とか待ってたら元の時代に帰れるかな?」
純真か。
「……いや、別に本当に過去に来てしまったというわけじゃないし、ここは多分ただの隔離フィールドだから、待っても帰れないよ。
ここから『召喚』で移動出来たら楽でいいんだけど──やっぱり無理か。『召喚』系統のスキルは全部ロックされてるな」
『キャスリング』は可能だが、選べる眷属がすべて灰色だ。
という事はこの空間にまで眷属を連れてきていれば使用できるのだろうが、現状では使えない。
「この分だと転移系のスキルや魔法を持っていたとしても使えないだろうね」
「じゃあ、やっぱり魔法陣で帰るしか?」
「そうだね。じゃあこうしよう。魔法陣に乗って、帰還のプロセスが発動したら、たぶんどこかのタイミングで『召喚』とかのスキルもロックが解除されるはずだ。その瞬間にどこかに飛んでしまえば、誰かが外にいたとしても見られるのは最小限で済む」
「一瞬だけ見られる方がはるかにやばくない? 言い訳しようがないんだけど」
結局、ライラの眷属の騎士にさりげなく見回りに来させ、外に誰もいないタイミングで転移を行なう事にした。
これが可能だったのは、この隔離フィールドにおいてもフレンドチャットは可能だったおかげだ。
フレンドチャットまで封じてしまってはプレイヤーたちのコミュニケーションに支障をきたしてしまうため、これは仕方ない仕様と言える。
「ライラさん、他に友達いたんですね!」
「ウンソウダネ」
そういえば、ブランにはNPCのインベントリの仕様について教えていないのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます