第211話「あっ! UFO!」





 翌日、ブランを伴ってライラとともにヒューゲルカップ郊外に出向いた。


 一日遅らせたのはブランの侵略した街が落ち着くのを待っていたためである。

 重要な商業拠点であろう街を制圧してしまったのだから、国や周辺の都市から騎士団が送り込まれてもおかしくない。

 しかしどうやら今のところは天使襲撃への警戒を優先したようで、そうした話は無いようだった。

 

 だがいくら警戒したところで、もう二度と天使による襲来は起こらない。


 プレイヤーたちはそのことは十分わかっているだろうが、NPCであれば別である。

 これまで数時間おきに起きていた天使による襲撃が一日止まったからといって、即座に警戒を解くというわけにはいかないだろう。

 おそらくこのイベント期間が終わるくらいまでは、各国は警戒態勢を敷いていてくれるはずだ。

 少なくともレアは配下の街や商人組合、ウェルスやオーラルの聖教会にそのように指示してあるし、ライラも同様である。


「一応アザレアたちは街に残してあるし大丈夫大丈夫! ところでさ、そのインスタントフィールド?っていうのに移動した後はもう変身してもいいんだよね?」


「インスタンスフィールドね。わたしたちしかいないはずだから、まぁいいっちゃいいけどさ。着替えはどうするの?」


「ご心配なく! 常時同じ服を何着か持っておく事にしました!」


 レアが聞きたかったのは替えの服という意味ではなく、着替える場所のことだったのだが、ブランがいいならいいだろう。


「ライラ。あのテントとかが立ってるところが入口?」


「そうだよ。あそこにうちの騎士たちがいるから、何か買い忘れた物とかあればある程度は揃えられるよ」


 と言ってもここで買えるようなものならリフレの街でも買う事が出来るだろうし、リフレの街で売っているもので戦闘に役立ちそうなものはたいていすでにインベントリに入っている。買い物は特に必要あるまい。


「ところでなんでこんな外で店広げてるんですか? アーティファクトがあるのは地下道を通った先の城の地下なんじゃないの?」


「言ったかもしれないけど、城からは直接地下には行けないんだよ。それに現地に集まってると全員まとめてアーティファクトで飛ばされちゃうから、順番待ちは外でした方がいいって結論になったからかな。この長い地下道がそのまま待機列になってるって感じ。

 と言っても今は外まで列が続いてないから、いてるのかな。挑戦してもダメだった人たちは何か攻略法を思いつくまでは無駄に再挑戦はしないってことなのかもね」


「ふうん。わたしの知ってる大天使と同じ奴なら、攻略法なんて探すよりとにかく回数こなして全避け出来るように体で覚えるしかないと思うけどね」


「例の即死攻撃とか言うやつ? プレイヤーの間で話題になってる」


「見てみないとどれのこと言ってるのかわかんないけど、少なくとも一番ヤバイ攻撃は、ブランだと光の速さで瀕死かな。巨大化してLP増えたとしても多段ヒットしちゃうから多分同じ」


「そんなに!? 勝たせる気ないんじゃないのこれ」


「変身しても?」


「変身しても。ていうか、そう考えるとあんまり遊んでる余裕ないな。変身して暴れまわるのはまた今度にした方がいいかも。とりあえず今回は手堅く立ち回る事にしようか。ブランって元々魔法主体だったんだよね。そっちで行こう」


「そっかー。うーん。そっか……。パーティプレイだもんね。わかった! 戦隊ごっこは次にしよう!」


 するとライラが何かを考えるように顎に手をやり、話し始めた。


「ううん……。これさ、もしかして何かの間違いなんじゃないかな。

 大天使本人にしても初登場のイベントでいきなり死亡ってちょっとあれだし。それに現段階でブランちゃんでも数発で死亡って、さすがにバランスおかしくない?

 本来は天使襲撃イベントの2回目とか3回目くらいにこの過去世界がどうのってイベントが起きる予定だったんじゃないかな。それが何かの手違いでアンロックされちゃって、結果的に今こうなってるとか」


「それレアちゃんが大天使倒しちゃったせいなんじゃ?」


 ブランの問いに首を振る。


「いや、システムメッセージの発信自体はわたしが大天使と戦ってる最中に来たから、それはない……はず。あの時点ではまだ1体も倒してなかったし」


「……1体も?」


「いやまあ、何でもない。とにかく、現代の大天使の討伐がこのイベントのトリガーになったわけじゃないのは間違いないよ」


「……まあいいか。

 それともうひとつ言うなら、私のところに運営から協力要請が来たのはもっと前だしね。レアちゃんが大天使討伐に向かう前だよ。いや、その直前の定期襲来の前だったかな?

 運営から私への通信のタイミングがこの状況の始点だとするなら、私達の動きはまったく関係なかったと言っていいんじゃないかな。あの頃ってトレの森で変態実験して遊んでただけだからね」


 アルケム・エクストラクタに関係している可能性もないではないが、さすがに脈絡がなさすぎる。共にアーティファクトであるという事しか共通点がない。

 それにアルケム・エクストラクタ自体はかなり以前からシェイプでNPCのスタニスラフが起動していたし、それにはプレイヤーも関わっていた。仮にそれがトリガーになっているのならその時点が始点であるはずだ。


「まあ、私達みたいなイレギュラーなプレイヤーがいることだし、他にも何かの拍子にイレギュラーなことしてるプレイヤーがいないとも言い切れない。そういうプレイヤーのせいとかじゃないかな」


「それもそうか。おかげでわたしが大天使を討伐したとしても違和感なくイベントが進行してるとも言えるし、その誰かさんには感謝しなくてはね」


 何にしても、今アトラクションが空いているというなら好都合だ。

 見れば確かに、地下道へとつながっているらしい階段付近にはプレイヤーの姿はない。


 しかし代わりになのか何なのか、階段からも屋台やテントからも少し離れた草原に多くのプレイヤーが何やら集まっているようだ。

 目測で100人ほどはいるだろうか。


 彼らが何をしているのかは不明だが、固まっているのなら都合がいい。

 顔を隠しているとはいえ、こちらに注意を払われても面倒だ。


 レアは現在、超美形と魔眼を除くすべての特性をオフにした状態である。

 服装は新たにアラクネアに作らせたバックレスのドレスにショールを羽織り、その上から同じ素材で作られたローブを着ている。フードを目深にかぶり、口元には布を巻きつけて顔を隠していた。


 ライラも同じ格好だ。ただしレアのローブが素材の色、白のままであるのに対して、こちらは黒く染められている。黒い染料にはアダマスの粉が使われているらしい。

 織物をスキルで『染色』する場合は『裁縫』からの派生のものが必要だが、金属の粉を利用するには『鍛冶』が必要であり、溶剤を作るのに『錬金』が必要になるという超複合技術である。

 だがそれだけの事をした価値はあるようで、ただ黒くなっただけでなく各種耐性も向上しているようだ。


 一方ブランのローブは赤色で、同じく顔も隠しているが、ブランは変身時に破いてしまうかもということで店売りの安いローブである。赤は比較的誰にでも似合う色であるため、たいていどこの店にも置いてあることから選んだのだろう。レッドがどうのと言っていたが詳しくは聞いていない。


 総じて言えば白黒赤の怪しい3人組である。





「じゃ、頼むよ」


 プレイヤーたちがこちらに気付く前、まだ相当距離がある位置で、ライラがどこかへ指示を飛ばした。

 指示を出した相手も相当離れていることからおそらくフレンドチャットを利用しているのだろうが、わざわざ声に出したのはレアたちにもわかりやすくしたためだ。


 ほどなく、東の空から何かが近付いてきた。

 ガルグイユのアビゴルだ。ライラがしたのは彼への指示である。


 アビゴルは徐々に高度と速度を落とし、さりげなく咆哮を上げた。特にスキルが乗っているわけでもないただの鳴き声のため、何かが起こるわけでもないが、少なくとも草原に集まっているプレイヤーたちの注意を惹くには十分だった。


「なっ、なんだあれ! ドラゴン!?」


「ドラゴンが飛んでるぞおい! マジかよ!」


 大人数のプレイヤーたちの騒ぎ立てる声に、たった今気付いたという風を装ってアビゴルが近付いてくる。

 それを見てさらに騒ぐプレイヤーたち。


「──さ、今のうちに行ってしまおう」


「そうだね」


 プレイヤーたちを尻目にレア、ライラ、ブランの3人はこそこそと階段を降りて地下道を進んで行った。





 姿を隠すというだけならば、必ずしも魔法やスキルが必要になるというわけではない。

 ただ注意を逸らせてやればいいだけだ。


 アビゴルに協力を頼んだ事に大した意味はない。

 しかし例えばアンフィスバエナのユーベルであれば、これまでに目撃しているプレイヤーも多いため、要らぬ詮索を招き違う意味で騒ぎになってしまっただろう。それはレアたちの望むところではない。

 また大きく目立つという意味ではアダマンタロスのウルルでもいいだろうが、あれが偶然ここを通りがかるというのは無理がある。


 プレイヤーたちのファンタジーに対するイメージや、例えばお空の散歩中などに偶然通りがかっても不自然ではないなどの理由から、ビジュアルがドラゴンらしく見えるアビゴルに白羽の矢が立ったのである。

 アビゴルは上空で適当にプレイヤーたちをからかった後、西側に飛び去り、大回りしてまたトレの森に戻るようライラに指示されている。


 はじめ、レアは全員で『迷彩』を使用し、こっそりと忍びこめばいいかと考えていた。

 しかしあれは『光魔法』のツリーにあるため、当然ながら『光魔法』のツリーがアンロックされていなければ取得できない。

 レアもライラも現在は属性が闇側というか、カオス側に振りきれているので、おそらく新たに『光魔法』をアンロックすることはできないが、すでに取得してあるツリーに経験値を振ることは可能だ。

 レアは魔王となる前から取得していたし、ライラもノーブル・ヒューマンであったころに『神聖魔法』まで取得してあるらしい。


 だがブランだけは最初からスケルトンであり『光魔法』が取得できない。

 そのため何とかしてアンデッドが『光魔法』を取得する方法がないかを探すつもりだった。


 しかしブランから「姿を隠すだけなら別に消える必要なくない?」という提案を受けたことで作戦を変更したのである。

 確かに『迷彩』では、もし仮に『真眼』や『魔眼』を持つキャラクターがいた場合、完全に隠れることはできない。

 その場にいる全員の意識を逸らすことで隠れることができるというのなら、その方が安上がりだし合理的だ。





 もぐりこんだ地下道にはレアたちの他には誰もいなかった。

 しばらく階段を下りていくプレイヤーがいないのは確認していたし、その前に地下道に入っていたチームはすでにアーティファクトを起動しているはずだ。

 大天使との戦闘に勝利した者がもしいればこの道を通って帰ってくるのかもしれないが、SNSの様子を見る限りではしばらくはいそうにない。


「ああ、さっきの集団。何かと思えば。どうも勝てそうにないからひたすら集められるだけ人数を集めていたみたい。

 階段を下りていくプレイヤーがいなかったのは、あそこでインターセプトされてたからっぽいね。私たちももう少し近づいていたら気付かれて声をかけられていたかも」


 SNSで勝利宣言が無いか確認していたライラが、先ほどのプレイヤー集団の立てたスレッドを見つけたらしい。


「アビゴル君に協力してもらって正解だったね。ブランのお手柄かな」


「いやあ! 一回やってみたかったんだよ。あっUFO! っていうやつ」


 雑談をしながら地下道を歩く。

 かなりの距離があるようだが、郊外の草原から街の中心部まで歩くことを考えれば当然とも言える。


「思っていたより綺麗だね。もっと汚くて臭いのかと思っていたけど」


「もっと汚くて臭かったよ。これウチの騎士たちが掃除したんだよ。使い捨ての、『洗浄』を発動可能なマジックアイテムとかいうのを山ほど持たせて。めちゃめちゃお金かかったよ。あとほら、そこの照明も」


「どうせ運営からは何か補填あるんじゃないの? じゃあいいじゃん」


「あ、あれじゃない? なんか道の先がうすぼんやり光ってるよ!」


 確かに行く先に、急場で取り付けられた安っぽい魔法照明とは違う、うっすらとした明かりが見える。

 『魔眼』でもそれはわかった。ということはあれは魔力を持つ何かが放つ光だ。


 レアたちは他に人がいないことを確認し、その光を放つ部屋に入っていった。







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