第204話「服なら着てるだろ。正装を」(ヨーイチ視点)





「ここがヒューゲルカップか。そしてあれがヒューゲルカップ城……。なるほど、王城に見劣りしない荘厳さだな」


「俺はこっちのほうが好きだな。歴史を感じるっつーか。王都の城はなんか胡散臭せえんだよな。見た目ばっかり豪華な感じでよ」


「そうだな……。とりあえず、傭兵組合へ行こう」





 ヨーイチたちは普段、オーラル各地の辺境を転々としながら、ダンジョンにアタックしたり、辺境の住民からのクエストをこなしたりしながら活動をしていた。


 しかし第三回公式イベントが始まったことで一旦王都に移動することにした。

 前回のイベントではヒルス王国が滅亡し、ここオーラルでもクーデターが起きた。

 今回のイベントでも何かが起きるとは限らないが、何かが起きた時、もっとも被害が大きくなるのは王都だろうからだ。


 そうして王都についた2人に聞こえてきたのが神官たちの張り上げる声であった。

 どうやら、旧ヒルス王国のトレの森で新たな人類の敵が誕生したらしいのだ。


 ヨーイチはさっそく、街頭で説法をしていた神官を捕まえて詳しい話を聞いてみた。


「トレの森……というのは旧ヒルス領のどのあたりなのですか?」


「そうですね、の国土で言えば、北東に当たる位置でしょうか。ウェルス王国に近い場所です」


「それは……。以前の第七災厄のときのように、大侵攻が起こるかもしれないということでしょうか」


「第七災厄……? おお、新たな災厄ですか。たしかに更に新しい災厄が誕生した以上、何らかの呼称は必要かもしれませんね。この件については首座主教に奏上しておきましょう。

 それはともかく、大侵攻については今の所そういった兆候は見られておりませんね。天使どもの軍勢は魔物であってもお構いなしに攻撃しますので、その対応で我ら人類にちょっかいをかける余裕がないのではないでしょうか」


 前回のイベントの事を思えば、イベントボスとして誕生したのに何もしないで引きこもるなど考えづらい。

 必ず何らかの行動を起こしてくるはずだ。

 その時真っ先に被害に合うのはどこだろうか。


 前回ヒルスで生まれた災厄は瞬く間にヒルス王国を滅ぼしてみせた。

 その時はウェインやヨーイチたちの活躍で一旦は討伐して押し留めたが、すぐに復活し、結局ヒルス王国は一夜にして没した。おそらくあれは既定事項だったのだろう。


 例えば今回、どこか別の国で災厄が誕生していた場合、その災厄も生まれた国を滅ぼす可能性があった。

 大陸に6つしかない国家が、イベントごとに滅ぼされていてはあっという間に人類が滅亡してしまう。さすがにそんなシナリオにはしないだろう。

 となると旧ヒルス領に災厄を誕生させた狙いも見えてくる。ヒルスであればすでに国としては滅んでいるし、これ以上国家が滅亡するという悲劇にはすぐには至らない。攻撃されるとしても同じ旧ヒルス領内からになるだろうし、直接は他国には関係しない。


 つまり運営は旧ヒルス領を、いわゆる魔界や魔族領のような扱いとし、そこを中心にして周囲に被害が広がっていくという展開を狙っているのだ。


 であれば攻撃される可能性があるとしたら、旧ヒルスにほど近い町からだろう。

 ポートリーが攻撃されたのは第七からの反撃である可能性が高いため除外するとして、新災厄が狙うとしたら、最も近いウェルス王国か、隣国オーラルだ。


 ヨーイチたちはオーラルで活動するプレイヤーであり、やはりこの国に最も思い入れが大きい。

 ここはオーラルを守るため、一度旧ヒルスに近い都市に活動拠点を移し、イベントモンスターの天使から街を守りながら災厄の動向を注視するのがよいだろう。





 そうしてヨーイチとモンキー・ダイヴ・サスケはここ、ヒューゲルカップの街にやってきたのである。


 この街は位置的には大陸の中央に位置しているとされており、街の中心には荘厳な城がそびえている。

 その城の来歴などは不明とされているが、どう見ても各国の王城よりも古く、古代文明と関わりがあるのではとまことしやかに囁かれていた。と、道案内をしてくれたNPCが教えてくれた。


「ここが傭兵組合か。ありがとう。助かった。金貨でいいかな」


「こんなことで金貨なんてもらっちゃあ、明日から真面目に働く気が失せちまうだろ。それより行きずりの道案内に金払う余裕があんならよ、もっとちゃんとした服買えって」


「そうだな」


 NPCの男にもう一度礼を言い、別れた。


「……そうだな、ってお前、絶対服買う気ねえだろ」


「何を言っているんだ。さっきの彼はお前の服のことを言っていたんじゃないのか?」


 ヨーイチは呆れた表情でサスケに言い返した。

 サスケの服装はピッチリとした黒いタイツのような服で、見るからに寒そうである。

 彼が言うには、体のラインにピッタリと合わせる事で極限まで被弾面積を減らし、さらに重量も限界まで落として敏捷性を阻害しないようにしたという合理的な服装らしい。全身が黒いのは視認性を低下させるためだということだが、夜しか活動しないのならともかく、昼間も行動するのなら灰色くらいのほうがいいような気もする。


 それにヨーイチの持つ『真眼』の前ではどのような色の服であろうと隠れる事はできない。

 ヨーイチは前回、そして今回のイベント初動で得た経験値で、『真眼』の補助スキル『真・真眼』を取得していた。

 『真眼』の効果を高めるというだけのパッシブスキルだが、その効果は『真眼』発動時、対象の身体の部位によって生命力の濃さが違って見えるというものだ。

 これはダメージを受けた際のLPの減る割合を表しているらしく、濃い部分に攻撃がヒットすればより多くのダメージを与えることが出来る。

 つまりクリティカルヒットを誘発する弱点を視認できる効果という事になる。

 弓矢による点攻撃がメインのヨーイチにとって非常に有用なスキルと言える。

 このスキルについてはSNSでも全く情報が上がっていなかったため、サスケ以外の誰にも話していない。





 騎士団の実力や行動力が高いためか、オーラル王国の傭兵組合というのは全体的に他国に比べて閑散としているというか、悪く言えば流行っていないのだが、ヒューゲルカップの傭兵組合はオーラル王都のものと比べてもさらに活気が無いように感じられた。


 いや活気がないどころの話ではない。

 入ってみてわかったのだが、昼間であり、ただでさえ今は定期的に天使による襲撃が起きているというのに、ヨーイチたち以外には誰も居ないのである。

 魔物の領域に直接は隣接していないとはいえ、この規模の街にしては異例なことだ。


「すまない。随分と静かなようだが、もしかして今日は誰かの貸し切りなのかな」


「ああ、いえ、そういうわけでは……。ようこそ傭兵組合ヒューゲルカップ支部へ。私は支部長のコウサカといいます」


 カウンターに立っていたのは支部長だった。

 若い女性だったのでてっきり専属の受付担当かと思っていたので驚いた。


 確かにこのゲーム世界においては、経験値さえ稼ぐ事ができれば性差による身体能力の優劣は無視できる。思考力や精神力についても同様だ。NPCは特にその傾向が強い。

 そのため職業によって性別の偏りなどはほとんど無いのだが、それだけに生きてきた時間というのは重要になる。

 ヒューマンがこの若さで支部長にまで登り詰めるというのはただ事ではない。プレイヤー並みの成長速度が必要だ。


 加えて言えば目が覚めるような美形である。

 そしてコウサカというこの世界ではあまり聞かない名前。


「……もしかしてプレイヤーの方ですか?」


「ぷれ……? ああ、異邦人のことですね。ふふ、違いますよ。よく言われますけど。そんなに美人に見えますか? うふふ」


 ここオーラル王国では誰が言い出したのか、プレイヤーの事を異邦人と呼ぶ風潮がある。

 プレイヤーたちはほとんどが美しい容姿をしているため、お世辞だと思われたのだろう。どうやら彼女はプレイヤーではないようだ。


「これは失礼した。それで、ここがこんなに閑散としているのは何か理由があるのかな? 天使も攻めてきているし、もっと傭兵たちが居てもいいと思うんだが……」


「ああ、そのことですか。実はここヒューゲルカップでは、対天使政策として、天使の落とすアイテム、清らかな心臓という宝石ですが、その宝石を買取る業務を行なっているのです。その買取りの本部が騎士団の詰め所なんですが、先日からその騎士団が詰め所を開放して簡易の酒場のようなものも営んでいるんです。それでほとんどの傭兵さんはそちらに行ってしまうんですよ」


 天使のドロップアイテムの買取りは王都でも行われていたが、この街でもそうだったようだ。むしろ買取りの規模を考えるとこちらが発祥なのかもしれない。

 これはおそらく運営がイベントを活性化させるために、天使討伐を推進する目的で打ち出された政策だろう。同様の業務はヒルスでも商業組合がやっていると聞いている。

 しかし騎士団というともっと厳格なイメージがあったが、自ら酒場を営むとは随分と柔軟な思考の領主のようだ。


「──ヒューゲルカップ領主、っていやあ、あいつだろ。新女王即位式典で女王の脇を固めてた騎士だ。事実上のクーデター首謀者って言われてるやつだな。まさに乱世の奸雄って感じだな」


「ふふふ」


 サスケの言葉もコウサカ支部長は笑って流した。

 奸雄といえば混じり気なしの褒め言葉というわけでもないのだが、それを聞いてもたしなめたりしないということは、この支部長も何かしら思うところがあるのだろう。

 見たとおり、これだけ顧客を奪われてしまえば致し方ないとも言えるが。


「とまあ、そういういきさつがありまして。他の傭兵さんや異邦人の方とお会いしたいようなら、騎士団詰め所に行かれたほうがよろしいですよ」


「いや、そういうわけじゃない。単にしばらくこの街で活動しようと思っていたから、寄ってみただけだ。

 なにか、依頼なんかが溜まっているようなら引き受けるが?」


「……その、街の住民の皆様からのご依頼も、騎士の方々が任務がてらに引き受けていってくださって……。

 うちとしては、間に組合を通してもらった時点で手数料が入りますので誰がこなしても別に構わないのですが、そのうち住民の方々が、わざわざ組合を通す意味があるのか、と……。

 今では直接、領主様の方へ陳情に行かれてしまう始末です」


「住民が直接領主に陳情するのか? たかが傭兵に頼むような内容を?」


「もちろん、領主様が直々にお会いになることは稀で、基本的には当直の騎士の方が受け付けるのですが……。時おり、放置すれば重大な危機に繋がりそうな案件などもありまして。そうした場合は領主様が直々にお会いになるようです。さらに報告者、この場合は依頼者の住民ですが、その方には報奨金も出ているみたいです……」


 おかげでうちは商売上がったりですよ、と支部長はうなだれた。

 どうやら受付担当者さえ雇えない厳しい状況らしい。

 そこまで採算がとれないなら、普通であれば撤退していて当然だ。しかしどうやら領主から補助金が出ているらしく、支部長としてもほとんど働かないでお金が貰えるならと、ここで頑張っているということだ。いや、特に頑張ってはいないが。


「領主の悪口を言えた義理かよ。しかし、聞いた限りじゃ領主にとって全く旨味のねえことばっかだな。清らかな心臓の買取りにしたって、傭兵組合への補助金にしたってよ。なんのメリットがあってそんなことしてんだ?」


 サスケの言う通り、それは確かに気になるところだ。

 しかし別に悪いことをしているというわけでもない。クーデター以降、王都を始めとする各都市においても社会保障やインフラが急速に整っていったというか、いい意味で社会的に近代化していると聞いている。

 王族や貴族が直接民を支配する旧態依然とした社会体制で、そうした変化は通常起こり得ない。なぜなら金を出すのは支配者である貴族たちであり、彼らは何のメリットもないのにそのようなことはしないからだ。

 しかしそれが文句の一つも出ずに成されているという事は、新女王がよほど旨みのある餌をぶら下げたか、金を出してでも守りたいと思わせる何かを握ったか、そのどちらかだろう。

 前王から新女王に政権交代がされたことが原因であるのは間違いないし、その立役者がヒューゲルカップ領主であるというのなら、ここの領主は貴族への根回しにも関わっているはずだ。

 つまりこのヒューゲルカップの領主というのは、オーラル王国を発展させるためのキーキャラクターだったということである。

 今回の件もその一環だというだけのことだろう。


「とりあえず、することがないというなら、すまんが俺たちも組合には用は無いな……」


「そうですか……。あ! そうだ! ひとつお願いしたい事があったんでした! ちょっと待って下さい」


 支部長は奥に引っ込んでいくと、しばらくして何かの書類らしきものを持って戻ってきた。

 2階に上がったような気配があったので、もしかしたら支部長室とかそういった部屋まで行っていたのかもしれない。


「これ、この間本部から回されて来たクエストなんですけど、そこに貼っていると騎士団の人に持っていかれちゃうのでしまっておいたんでした」


「騎士団ではまずいのか?」


「それが、クエスト発注書には書いてないんですけど、一緒に回ってきたメモには”受注者の中に保管庫を扱えるものを必ず含むこと”と書いてあったので……」


 つまりプレイヤー限定クエストということだ。

 そんなものがあるとは初めて知った。というか、それはヨーイチたちに漏らしていい情報なのだろうか。

 しかしそれを指摘してグダグダするのも面倒だ。黙っておくことにした。


「なるほど。幸い我々はプレイヤー……保管庫持ちだ。よかったらそのクエスト、我々が受けよう」









「なんでこんなクエスト受けたんだよ」


「お前も反対しなかっただろう」


 数時間後、ヨーイチとサスケは地下にいた。


 この世界にも下水道はある。

 といっても多くの人が想像するような、地下に通されたトンネルのような下水道ではない。

 通りに沿って掘られたような普通の溝がほとんどだ。

 いかにスキルが発達しているとはいえ、街の地下に汚水を通すためだけにトンネルを掘るような技術も必要性も住民たちにはない。


 しかしこのヒューゲルカップの街は違った。


 石造りではあるが、地下を通る長大かつ入り組んだ暗渠あんきょのようなものが存在していたのである。

 ヨーイチたちがいるのはその暗渠の中だった。


 受けたクエストは、この地下通路の探索。

 特に通路以外の、隠し部屋の捜索であった。


「しかしすげえな。完全にオーバーテクノロジーだぜ。誰がなんのために作ったんだこれ」


「少なくとも、下水のためで無いことは確かだな」


 この街も普通の下水道は他の街と同様に地上にある。

 この暗渠は下水道としては使用されておらず、染み込んだ下水が天井や壁を濡らしてはいるが、床に溜まるほどではない。


 いや、もしかしたらかつては下水道として運用されていたのかもしれないが、現在ではまったく知られていない場所なのは間違いない。


 長らく人の入った形跡もなければ、風の通る道もないため、当然匂いもこもったままだ。

 なんの準備もなしにこの暗渠に侵入すると、悪臭によってただいるだけでLPが減っていくほどである。

 ヨーイチたちはコウサカ支部長に渡されたクエスト用装備一式、どう見てもガスマスクだったが、それをかぶって探索に臨んでいるのであった。


「まずクエストどころか、現地に行くだけでダメージ受けるとか初めて聞いたわ」


「文句があるなら、受ける前に言えばよかっただろう」


「受ける前にはわかんねえだろ」


 このガスマスクもそういうデザインをしてはいるものの、構造的に有毒物を防いでいるというわけではなく、そういうマジックアイテムであるようだ。

 また用意されたアイテムの中には疫病や毒を治すアイテムも入っており、いたれりつくせりである。


 ときおり現れる濁った体のスライムを弓矢で射抜きながら暗渠の中を進んでいく。

 スタート地点は街からかなり離れたところだったが、位置的に現在はすでに街なかに入っているはずだ。

 天井から垂れる汚水の頻度が増えていることからもそれは伺える。


「──しかし、なんで傭兵組合はこんなとこ知ってたんだろうな。さっきまではここの領主になんとなく胡散臭いもんを感じてたんだが、今はダントツで傭兵組合の方が怪しく見えるぜ」


「あの支部長はここのことは知らないようだったな。本部からの指示だろう」


「なおさらおかしいだろ」


 この暗渠の入り口は街の中にはなかった。

 街の外、それも少し離れた場所にあった。雑草に覆われた朽ちかけた石垣があり、その影にこれまた雑草まみれの階段が隠されていたのだ。

 近づいてみて初めてわかったのだが、その周辺はよく見ればかなり広い範囲に石畳が敷かれていた。おそらくかつてはここになにかの建物が建っていたのだ。それが破壊され、時と共に朽ちていき、雑草に埋もれ、人々の記憶からも消え去っていった。


 さらにこの階段には、上段付近に腐った木のようなものが散乱していた。腐った木は自然に朽ちたという風情であり、踏み荒らされたような形跡はなかった。

 ということは、かつてはこの階段には木で蓋がしてあったということだ。しかもこの建物を破壊した何者かは、この階段の存在には気づいていなかった可能性がある。


 この階段、ひいてはこの暗渠、それらを隠したかった者と、それに関係した建物を破壊した者。

 状況から考えて勝利したのは建物を破壊した者なのだろう。

 普通に考えればそれ以降にこの地を支配している勢力が建物を破壊した者の関係者である可能性が高く、つまりそれは領主たちであり、国である。

 ならばなぜ、その破壊者たちですら知らなかったこの暗渠の存在を、傭兵組合は知っていたのか。


「たまに傭兵組合だけ、情報伝達が早すぎる時もあるしよ。最初の頃はまあゲームだし、あんま違和感無かったが、ゲームを進めてきて、それ以外の全部がNPC頼みっていうか、現地民に完全に任されてるのがわかってくると、傭兵組合だけ明らかに異質に見えてくるよな」


「……完全手放し、というわけにもいかんだろうし、プレイヤーサポートをする何らかの組織は必要だろう。シナリオが決まっているソロ向けRPGなら完全放置でも自動で進むだろうから問題ないが、そうでないなら裸ひとつで放り出すというわけにもいくまい」


「それが傭兵組合だっていうのか。それにしちゃNPCの領主にいいようにやられてたり、なんかチグハグなんだよな。あの支部長もNPCみてーだし」


 確かに、プレイヤーのように人間が操作しているというわけではないように思えた。

 しかし運営の息のかかったキャラクターでないとは限らない。

 ヨーイチはあの支部長にもどこか浮世離れした雰囲気を感じていた。


 普通に考えて、この地に根ざした生活をしているのなら、何も仕事をしていないのに給料だけが貰えるというような扱いを受けていて、周りの人間とうまくやっていけるとは思えない。

 例えば道案内をしてくれたあの住民は、ヨーイチの差し出した金貨を断った。

 労働、そして自分の職業に対する高い誇りがあるからだ。

 あの住民が特別善良で誠実だったなどでもない限り、この街の一般的な住民はあのようにしっかりと地に足をつけて働いていると思われる。

 そんな地域社会の中で領主からの補助金だけで生きているなど、胸を張って言えることではないだろう。


「傭兵組合が運営の息のかかった組織だっていう考えには賛成だ。このガスマスクみたいなアイテムも、とてもあんな寂れた組合が用意できるものじゃない。というか、クエストと一緒にこんなアイテムを送ってくるくらいなら、自分たちで調査すればいいだけのことだ。わざわざ信用のおけない傭兵に依頼する必然性がない」


「ああ。それにクエスト内容もおかしい。隠し部屋の捜索だって? 隠し部屋っていうのは、隠してあるから隠し部屋っていうんだぞ。なんで存在する前提で依頼してんだよ。わかってんなら自分で行けよな」


 まったくである。

 しかし傭兵組合が、つまり運営がプレイヤーに受けさせたかった依頼であるとしたら、受けないという選択肢はない。

 これが何らかのイベントに関わるものであるのは明らかだからだ。

 タイミングを考えると天使襲来が怪しいが、地下というのはちょっとイメージと違う。もしかしたら本来はもっと別のイベント絡みのクエストであったのだが、たまたま最近は傭兵組合に訪れるプレイヤーが居なかったためにこのタイミングでヨーイチ達が受ける事になった、ということかもしれない。


「……あの第七災厄よお、たしか旧ヒルスのなんとかって森で生まれて、ほぼ一直線に王都目指してきてたよな」


「そうだな」


「結局そこが気に入ったのか知らんけど、旧ヒルス王都に落ち着いてるけどよ、元々どこにどんな街があるとかは知らなかったはずだし、はじめは王都ってよりは単に西を目指してただけなんだよな、多分」


「そうかもな」


「このヒューゲルカップといやあヒルス王都の西になるし、それに関係してたりしてな、ここ」


「……」


 ありえないでもない。

 仮にそうだとしたら、第七災厄級の危険が待ち受けている可能性がある。多少腕に自信はあるとはいえ、ヨーイチとサスケの二人だけでは手に余る。


「……なんか言えよ」


「……ああ」


 全く光の届かない地下。聞こえてくるのは汚水の垂れる小さな水音と、時おり現れる汚いスライムの這いずる音だけだ。

 どちらも黙り込んでしまえば、あたりは静寂が支配する事になる。


 暗闇の中にあっても周囲が確認できるのは、2人が取得している『触覚強化』のおかげである。このスキルを取得すると、肌で空気の流れさえ感じ取ることが出来るようになる。

 また合わせて『聴覚強化』も取得している場合、音の反響や空気の振動、風の流れなどから、周囲のオブジェクトの形や位置をおおまかに把握することができるのだ。こういった密閉空間であれば、目をつぶっても行動するのに支障がないほどである。

 もちろん普通の人間に本来出来ることではないため、得られた情報をそのまま有効的に活用することは難しい。しかしシステムサポートとして設定を調整することで、取得した情報を視覚情報に重ねて知覚することが出来るようになる。

 獣人系の種族であれば『夜目』や『暗視』などが取得できるが、ヒューマンではそれはできない。

 代わりにこうしたスキルによって近い事ができるというわけである。


 そのため2人には、色のないぼんやりしたものではあるものの、周囲の状況は十分にわかっていた。

 しかし継続して周りを知覚し続けるには、何らかの音が反響していたほうがやりやすい。

 こちらの存在を周りに知らせてしまうリスクを犯しても無駄話を続けていたのはそういう理由である。


「あ、おい」


「ん? ああ」


 そういう知覚で探索をしているため、曲がった先が行き止まりであった場合などは、曲がる前にそれがわかる。

 この先もそのようだ。

 しかしサスケが声をかけてきたのはそれが理由ではない。


 行き止まりであるのは間違いない。しかし、にもかかわらずそちらからわずかに空気の流れを感じたためだ。


「なるほど、こいつが隠し部屋か。てかこれ、普通に探索しててわかるんかな」


「どうかな。明かりをつけて探索したり、『暗視』などで周囲を見たりというタイプではわからなかった可能性は高いが……」


 見た目ではおそらくただの行き止まりと変わらない。僅かな空気の流れを違和感として読み取れれば発見できるだろうが、それには相当高い盗賊技能が必要だ。傭兵によくいる弓兵とスカウトの兼業タイプでは、よほど高ランクでもない限りはこれを初見で発見するのは無理だろう。


「いや、自分で言うのもなんだけどよ。俺たちのビルドて結構特殊っつーか、割と変態構成だと思うんだよ。知覚系と隠密系に特化してるし」


「変態かどうかはわからんが、変わっているのは間違いないな」


 気づかれる前に攻撃し、一撃で仕留めてしまえば一番早い。

 そのために必要な部分のみに特化して経験値をつぎ込むことで、ヨーイチたちはたった2人でも格上のモンスターをも安定して狩る事を可能にしていた。

 もちろん2人のプレイヤースキルがあっての事だ。誰にでも真似できるというわけではない。


「その俺たちでようやく気づいたってことはよ、これ、もっと上級者向けっていうか、ぶっちゃけ俺たち来たの早すぎなんじゃね?」


「……そうかもしれん」


 だが来てしまったものは仕方がない。

 イベント期間中でデスペナルティが緩和されているのを幸運に思うしかない。


「……単に扉が隠されてるってだけで、特に鍵とかはなさそうだな」


「よし、じゃあ開けてくれ」


「行くぞ……3、2、……」









《キークエストが進行しました》

《アーティファクト「レディーレ・プラエテリトゥム」をアンロックします》





《イベント担当AIは所定の手順に従ってシナリオを進行させてください》

《予期せぬエラーが発生しました》

《イベントエリアがプレイヤーの支配地域になっています》

《各セクションの担当責任者は対応を協議してください》






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