第203話「影月とかそういう」
「とりあえず、ブランに新たに追加された特性は……。「甲殻」「角」「変態」「血の呪い」……って、これは吸血鬼の方か。あれ? これオフにしとけば普通の食事で満腹度回復するんじゃない?」
「そうなの!? まあ別に、そうだとしてもライラさんがタルト届けてくれるからもう割とどうでもいいんだけど」
「それ聞いてよし届けようってなると思う?」
「……だめなんすか?」
「……まあ、いいけどさ」
ライラはブランに甘い気がする。
しかし残念ながらその特性は文字が赤くなっており、オフに出来ない仕様だった。まさに呪いだ。
考えてみればこの特性だけは『変態』前からオンだったはずであり、指定無しでオンオフをすべて切り替えたにも関わらずオンのままであることから、オフに出来ないのは明らかだった。
またこの時気付いたのだが「変態」も文字色こそ赤くはないが『変態』ではオンオフできない。常にオンのままである。
「くっ、血の呪いからは逃れられないのか……!」
「お? ちょっとカッコいいじゃんそれ」
「……別に、呪いだったらわたしだって持ってるし」
「え? 魔王には何かあるの? 邪王には無いんだけど」
「言わない」
ひとまず特性の移植には成功したようだ。
ただ能力値的には殆ど変わっていないし、LPも多少増えてはいるがブランの最大LPからすると誤差のレベルである。
いや、むしろこのくらいの上昇幅が本来の仕様であり、災厄級を2体も素材に使うようなレアがおかしいのかもしれない。
ライラの能力値も多少上がっているが、レアに比べれば随分と大人しい。
「とりあえず、現状の甲殻だけだと大して意味ないね。たぶんうちの、クイーンアラクネアが織った服とか着てたほうがマシな気がする」
「あれ? じゃあさ、例えばランクの高い服着てた場合だとそもそも『変態』時に破れるのかな? 破れなくて内圧で自動的に死亡とかなったりしない?」
「あー……」
流石に死亡することはないと思いたいが、ダメージを受けるというならあるかもしれない。
「毎回服破れるのもちょっと困るよね。っていうか、今わたし裸じゃん! やだなんかすごい恥ずかしくなってきたんだけど! このままじゃ帰れないし!」
「服なら手配してあるから大丈夫。それより、適当にっていうかなんか「鎧」とか「鱗」でもいいけど、小ダメージ軽減系もっと追加してその装甲硬くしたほうがよくない?」
「あ、それならこれをあげよう。試作品で作ったやつなんだけど……」
ライラがインベントリから取り出したのは、白と黒の金属光沢が美しい、見事なデザインの女性用の全身鎧だった。
「これ、ミスリルとアダマス? さっきライラが自分で使ったアダマス鎧もそうだけど、よくこんな量のアダマス持ってたよね。ていうかミスリルまだあるんじゃん!」
「これはあの後手に入れたんだよ! とにかく、これなら防御力もデザインも申し分ないんじゃない? まあデザインが反映されるのかどうかは知らないけど」
『鑑定』してみると、やはりミスリルをベースにアダマスで要所を覆い、魔法親和性と防御力、そして軽さとのバランスを追求した非常にランクの高い鎧だった。品質は「秀」となっている。
ゲームではあまり見かけないが、VR直売所ではよく見かける表示だ。
「これ、野菜の等級……?」
「あ、気づいた? 多分そうだと思う。だとすると上から、秀、優、良、無印、とかかな。もしかしたら一番上に「特」とかあるかもしれないけど」
「一番下に「劣」があるかも。前に『鑑定』した死体でそういうの見たことある」
「へえ。まあ、とにかく多分そんな感じ」
「じゃあ、それ、けっこうすごい鎧なんじゃないですか? いいんですかもらっちゃって?」
「いいよいいよ。完成品は別にあるし。それも本当は完成品のつもりで作ったんだけど、ちょっとアダマスの分量多くて重くなっちゃったから」
装備重量など、STRとVITを上げれば済む話である。
だとしたらライラの作った鎧を使用するのは、経験値を得るのがレアたちほど容易ではない人物なのかもしれない。
まあ誰でもいいが。
「じゃあ頼むよスタニスラフ」
ブランに鎧の特性が追加される。
追加されたのは「鎧」「魔法銀」「金剛鋼」だ。ミスリルは魔法銀と同意らしい。
「これまた変態すればいいのかな? よーし」
「ストップ! ブランちゃん! 今『変態』すると、甲殻がオフになって、鎧とかだけがオンになるよ! もし鎧が大事な部分をカバーしてなかったりしたら大惨事に」
「はわあ! あぶないとこでした!」
大事な部分をカバーしていない鎧とは何なのか。何のためにあるのか。
と思ったが、広場の端の方で所在なさげに並んでいるミスリルゴーレム・アダマスシュラウドは、確かに腹部という人間で言えば急所の集合体のような部分がノーガードだ。
というか、そもそも鎧だろうと甲殻だろうと、システム的にブランの身体の特性ということになっているのだから、どんな姿でも全裸であることに変わりはない。
だがなんにしても、注意深いのは悪くない。
レアやライラと違い、ブランは全身が『変態』するようだし、服装について気を配るのは重要だ。
「ていうか、面倒だから他にやれそうなものも全部吸収させてから後でまとめて『変態』したら?」
「ああ、それもそうだね。私が提供できるのは今の鎧くらいだけど、他になにかある?」
「わたしは特にないけど。ブランはなんかあるの?」
「え? うーん。虫枠はカブトで埋まってるしなあ。いざという時巨大化するためにジャイアントコープスとか?」
悪い話ではない。
大きくなれることについてはメリットだけではないが、ブランの配下では確かライストリュゴネスは本物の『変身』で巨人になることができる。連携して戦うことも可能だろう。
「じゃあそれぶち込んだら『変態』ね。服とかもう面倒だから、どこかで隠れて『変態』してきてね。特性を個別にオンにするには──」
巨体さえオンにしなければそれほど大きくなるわけでもないし、レアのインベントリで死蔵してあった大型魔獣の毛皮などを使って簡易のテントを建て、その中で『変態』することになった。
巨体の実験は後でいい。
「なんか、あれみたい。海の家とかもない浜辺に海水浴に来て水着に着替えるみたいな」
「全くそんな経験したことがないけど、なんとなくわからないでもない」
今どきそんな浜辺があるのだろうか。
そしてしばらくしてテントから出てきたブランは、まさにライバルヒーローといった出で立ちだった。
大まかな姿かたちは先程と変わらない。
しかしベースの色が白金になり、マット地というか、ぼんやりとした金属光沢がある。
そして身体の各部を磨き上げられた漆黒の金属鎧が覆っている。全体の色の割合としては白1黒2といったところだろうか。さらに縁取りの装飾やワンポイントに金があしらわれている。あれの材質はなんだろう。
「……ちゃーおー!」
「え? ああ、チャオ?」
「なぜ急に挨拶を?」
「なんかそんな気分だったから! ああ! なんかすごいよ! 今のわたしは、負ける気がしねー!」
これはだめなやつだ。
おそらくジャイアントコープスの能力値の何割かが追加されたせいだろう。『鑑定』によればVITの値がやたらと高いのでミスリル・アダマス鎧の影響もあるかもしれない。
急激な能力値の上昇に伴う高揚感だ。
これはそろそろ運営に要修正案件としてメールを送ったほうがいいかもしれない。
「うーん、じゃあそうだな。そんなに暴れたいなら、巨体もオンにしてそこのウルルと遊んでいるといい」
しばらく頭を冷やせば大丈夫だろう。
ブランはすでに耐久だけなら魔王に成り立ての頃のレアに迫る勢いだ。鎧だの巨人だの、耐久高めの素材ばかり使用したためだろう。これなら多少スパーリングをしても死人が出ることはあるまい。
「ブランが遊んでいる間に、一旦全体的な情報のすり合わせをしておこう」
「いいけど、なんで急に?」
「実はウェルスでアイドルプロデュースをしていたら、王都にブランの巨人軍が攻めて来て──」
「待って、ちょっと何言ってるのかわからない。別のゲームの話? リズムゲー? それとも野球ゲー?」
「珍しく物分り悪いなぁ。だからね──」
仕方なく、ライラに一から説明した。
しかし十まで説明する必要はなかった。
「ああ、もういいよ。わかった。っていうか、あの聖女ってレアちゃんの仕込みだったのか。知らなかったら手を回していたかも。なるほどね。そりゃ確かにそろそろ打ち合わせが必要かもだね」
ブランによるシェイプ侵略についてはこの変態実験を始める前にすでに伝えてある。
新しく他国で行なった事はそのくらいであるため、あとはライラの動きを聞くことと、ペアレの扱いをどうするのかを決めるだけだ。
「私は特にまだ何もしていないよ。盗賊でどうのこうのはまあしているけれど、それも今はシェイプくらいかな。ウェルスは接していると言えば接しているけど、道が細いから何もしてない。ペアレも同じ」
「ポートリーは?」
「とりあえず新王の即位は終わったよ。なんか、ちょーっと共感しちゃったっていうか、まあ今のところは普通に支援して応援してる。優秀な弟がいるとかで、実家継ぎたくなかったみたい。でも長子相続が伝統だから弟には王位は行かないんだよね。それで城下町で遊び呆けて現実逃避してたって」
「ふうん。よくわかんないけど」
「……でしょうね。まあそれで、一気に王族が自分以外殺されちゃったから、ショックではあったけど覚悟決めて即位する事に決めたらしくてね。その後押しをしたり」
優秀だった弟は真面目に宮殿に詰めてたせいで死んで、平凡な自分の事が嫌で逃げ出した兄だけが一族で生き残ったということだ。何とも皮肉な話である。
レアがディアスに指示した時点では王族を生存させておく事については特に言及していなかったため、その彼は純粋に運が良かっただけだ。あるいは悪かったのかもしれない。
「そうなんだ。落ちこぼれなりに覚悟を決めたというのなら、うまいこと
「……落ちこぼれって。
でもま、間違いなく、そうなるだろうね。今頃無力感に苛まれていると思うし」
ライラがその王子、もとい新王のどこに共感しているのか知らないが、少なくともライラは平凡でもなければ落ちこぼれでもない。共通点が見いだせないためぴんとこない。
それに跡継ぎである自分の力が足りないことが不満なら、努力してふさわしい実力を身につければよかったのだ。
ふてくされて現実逃避をするのが許されるのは、やれるだけの努力をした上で届かなかった者だけである。
話を聞いた限りでは、彼が努力していたようには思えない。
もっともこのゲームの中でのエルフというのは、寿命が長いせいかあまり自己を高めるというような行動はとらない傾向にある。
人生における制限時間が長過ぎるため、普通に行動していてもそれなりの結果を出すことができるからだろう。
そのため年功序列の傾向が強いというか、そもそも長く生きた先達を若輩者が実力で上回るのは難しい。長子相続という伝統もそこから来ていると思われる。
そんな価値観の社会の中、後から生まれた弟のほうが優秀だと気づいてしまった兄の胸中とはいかばかりか。
しかしやはり、それで責任を放棄して城下に逃げて遊び呆けるというのは理解できない。
「それで、どうする? レアちゃん」
「その彼には是非精霊王を目指して欲しいところだね。でもまずはそれが可能なだけの経験値を貯めてもらわなくては。とりあえずは新王が自分の近衛騎士団を創設してからかな。騎士団が結成できたら、王都の近くにボーナスステージを創設して……」
「その辺までは私がやっておくよ。手に入れた魔物たちにも仕事を与えてやりたいしね」
「そう? じゃあ任せるよ。幸いわたしもヒューマンぽく化ける事が可能になったし、新王様に十分に経験値が貯まったとわかったらこっそり宮殿に忍び込んで唆そう」
「……気をつけてね?」
「何に?」
これでも魔王になってからそれなりに長く過ごしているし、経験値の取得にしても、今回の変態騒動にしても、実験を兼ねてではあったが自身の強化には手を抜いていない。
今更ただのハイ・エルフに負けるわけがないし、仮にポートリー王が精霊王になったとしても、新米精霊王ごときにどうこうされるほど弱くもない。
『超美形』の効果もあり、初対面のNPCに対する好感度の高さにも自信がある。失敗などするわけがない。
「いや、まあ、うーん……。よし、じゃあこうしよう。行くときは私もついていくよ」
「ええ? 別にいいけど……」
レアが太刀打ちできないような存在が相手では、ライラがいたところで焼け石に水だろう。
しかしそれで安心するというのなら好きにすればいい。
近くにいればちょっとした用事を言いつけたり、便利に使ったりできるかもしれない。
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