第202話「蛇王覚醒」





 スタニスラフの確保から1日経った。

 ブランからの連絡はまだない。


 連絡が来たら実験の結果について報告するつもりだったが、わざわざこちらから知らせることはしない。

 ブランの事だ。そんな事をすれば何をおいても飛んでくるだろう。そしてそれはライストリュゴネスの娘たちの冷たい視線を誘発する。

 やるべきことが他にあるなら、先にそちらを片付けるべきだ。


 ということでレアも先に他に確認すべきことを済ませておくことにした。


 まずは『天駆』をはじめとする新スキルの取得だ。

 ここ数日はあまりに色々な事をしすぎたため、最早何がトリガーだったのかさっぱりわからないものばかりだが、アンロックされたからには取得しなければならないだろう。


 『天駆』は当然取得する。

 空中において踏ん張ることができるというのは非常に大きい。

 空中戦ではどうしても速度が出る傾向にあるため、至近距離で文字通りの格闘戦を行う機会があるかどうかは不明だが、選択肢は多い方がいい。

 一般的に言って空中戦となれば速度と高度が戦闘力を決する鍵になる。しかし質量よりも能力値やスキルによって攻撃の威力が変動する世界であるし、必ずしもそうとは言い切れない。

 また空中で静止している状態から足捌きのみで回避行動がとれるというのもありがたい。


 『これは祝福であり呪詛である』のツリーにもアンロックされたものがあった。このツリーはスキル発動キーの変更ができない呪われたスキルツリーだが、今の所はパッシブ系のものばかりなので気にするほどでもない。

 アンロックされていたのは『飢えは多くのことを教えるMulta docet fames.』というパッシブスキルで、その効果は「満腹度ゲージの減少に応じてINTにボーナスを与える」というものだった。

 つまりお腹が減ると賢くなるスキルであり、名前の通りでもある。いや、もともとの言葉としてはそういう事が言いたいのではないのだろうが、ゲームスキルの効果としてはわかりやすい。

 満腹状態だとINTボーナスがマイナス割合になるが、要はお腹いっぱいだと少し考えが鈍るという事らしい。食事の直後でもなければ完全な満腹状態であることなど少ないし、食事の際に常に腹八分目で抑えておけばデメリットは無いも同然だ。

 これも取得してしまうと二度とオフには出来ないようだが、総合すればメリットの方が大きいスキルだと判断して取得しておいた。


「もしかしてこれ、『調理』がアンロック条件だったのかな」


 空腹であることでメリットが生まれるパッシブスキルなら、取得した者はなるべく空腹状態でいるようになるはずだ。空腹は最大の調味料という言葉もあることだし、つまりいつでもおいしいご飯が食べられる。

 いや、食べてしまうと効果が減衰してしまう。おいしいご飯を食べられるのはいいが、食べるわけにはいかない。だめだった。

 シナジーがあるのかないのかわからない。


 それからこのツリーにはもうひとつ、『賢者は心を支配し、愚者は隷属するAnimo imperabit sapiens,stultus serviet.』というスキルが取得可能になっていた。

 これはめずらしくアクティブスキルだった。

 そして取得するための経験値が多く、発動時のコストも非常に重い。発動の際はLPとMPの両方を、固定値ではなく割合で各4割も消費するようだ。これまでにあまり見なかったパターンである。そしてそれらが事実上共有状態になっているレアにとっては嬉しくない仕様だ。

 LPが減るリスクを考えれば、1度の戦闘中には使えても1度だけだろう。

 また発動キーが変えられない以上、スキル使用時にはこのワードをすべて発声する必要がある。非常に面倒と言える。


 しかしそれだけの効果はある。

 効果は「自身の発動したバフまたはデバフの影響を受けているすべてのキャラクターを被支配状態にする」というものだった。

 あいかわらずというか、微妙に本来言いたかったことと意味が違う気がするが、それはもういい。

 範囲型のバフやデバフと組み合わせれば『支配』を広範囲に一度に放つ事ができる。

 またこのスキルの発動時には抵抗判定は行われない。バフやデバフの影響下にあれば問答無用で『支配』出来る。

 デバフはともかく、バフであれば抵抗しない者も多い。

 しかし敵対する相手にいきなりバフなどかければ当然警戒されるはずだ。

 有効的に活用できそうな状況といえば、たとえば誰かと一時的に共闘している場合などに支援のふりをしてバフをかけ、それが効果を発揮した瞬間に『賢者は心を支配し、愚者は隷属する』を発動して裏切る、とかだろうか。

 例えばライラやブランとは表向き敵対していることになっているケースもいくつかある。そういった場合に邪魔な第三者に対して小細工出来ない事もない。

 一応可能性のひとつとして考慮に入れておくことにする。

 少々お高いスキルだが、パッシブではないため取得するだけなら危険はない。これも取得しておいた。


「ええと……? アニモー・インペラービト・サピエンス、ストゥルトゥス・セルウィエト……かな? 覚えられるかなこれ。なんというか、このツリーのスキルは使いづらいかリスクが大きいかどちらかだな。祝福であり呪詛でもある、というよりは、祝福なのか呪詛なのか判断つかない奴を放り込んだってほうが近いんじゃないか」


 他にアンロックされていた『産み分け』は当然取得しない。


 あとは『剣術』のアクティブスキル以外で効果のありそうなものをいくつか取得しておいた。剣での攻撃時にボーナスを得るパッシブスキルや、剣で防御する時にダメージ軽減があったり、成功判定にボーナスを得るスキルなどだ。


「『糸』もツリーになってるのか。ネバネバ系と伸縮系の糸があるな。クモの縦糸と横糸かな? このへんも取っておこう。おお『斬糸』とかいうのがあるな! 特性の「剣」とかのせいかな」


 『斬糸』はタランテラたちやクイーンアラクネアは持っていなかった。彼らとレアの違いを考えればおそらくそのあたりの特性が関係しているはずだ。

 素手などによる攻撃属性に斬属性が追加されたために新たにアンロックされたものだと考えられる。


「ええと、『解放:糸』と……。見た目は変わらないけど、指先から糸が出るな。手首じゃないのか。スガルは手のひらだったような。まあどこでもいいけど」


 爪の隙間から細い糸が分泌されている。

 糸の細さは変えられないようで、太い糸を使いたければ寄り合わせるしかない。

 かつてクイーンアラクネアの身体を借りた時はもっと太い糸だったような気もする。どうも出糸管の内径によって生み出される糸の太さが違う仕様らしい。

 つまり巨体をオンにすれば太い糸も分泌可能だ。


「でも糸の強度は、太さよりDEXの数値と他のスキルの効果の影響の方が大きいみたいだし、別に細いままでも構わないかな。『斬糸』は、と……。うわごめん!」


 軽く振ってみたところ、近くで待機していたミスリルゴーレム・アダマスシュラウドの鎧を切り裂いてしまった。


 彼の鎧は当然アダマスと同じ強度のはずだ。

 この『斬糸』は「金剛鋼」をオンにしていない現在は本来であればアダマスよりも強度は下のはずである。


「……スキルの効果か、能力値の差かな。ポートリーの騎士たちがランクの低い武器でウルルにダメージを与えたのと同じだ。たぶん」


 ミスリルゴーレムへ『回復』を飛ばしながら検証を続けた。

 ミスリルゴーレムの鎧は彼の特性であるため、装備しているわけではなく彼自身の身体の一部だ。ゆえに彼のLPを回復させれば元に戻る。

 腕部分を切り落とすなどの部位破壊判定をされてしまうほどのダメージを与えてしまえば再生ポーションなどを使うか、一度キルしてリスポーンさせるしかなくなるが、この程度なら問題ない。


 糸の操作には慣れが必要だが、これを軸にして戦闘を行えない事もなさそうだ。

 翼が邪魔で動かしづらいケースもあるかもしれないが、それも今は仕舞っておくことが可能である。





 トレの森の広場でしばらく、ライラのアビゴルを相手に戦闘訓練を行なっていると、ようやくブランから連絡が来た。

 ザスターヴァの次の街を制圧したようだ。


 その街は周辺の小さな町で収穫される農作物などの市が定期的に開かれていたり、また有事のための物資の集積所などがあったりする、ラコリーヌとまでは言わないが、エルンタールくらいの規模の街であるらしい。

 アドバイスしたとおり、本当に最低限の要衝となる都市のみ制圧したようだ。

 住民たちを吸血鬼に変えて聞き取りを行なった結果判明したその街の名前は、カニエーツ。


〈てなわけで今から行くね!〉


 今から来るのは構わないが、ブランは直接ここに来る事はできない。

 エルンタールあたりまでワープしてそこから空を飛んでくるか、リフレの街にワープしてそこからトレの森近くのセーフティエリアに転移してくるかだ。


 どちらにしてももう少し時間がかかるだろう。


 その間に、一応ライラにも連絡しておくことにした。

 変身ヒーローに興味があるかはわからないが、怪人の方には興味を示しそうである。









「へー。じゃあ、その「変態」の特性を得ることができれば私もヒューマンの振りができるってことか。レアちゃんの翼が無くなってるのもそれのせいかな」


「まあそうだね。ライラもわたしみたいに少し耳尖ってるけど、気になるほどでもないし」


「もっと早くわかってれば代役を立てる必要も……いや、無理か。どのみち彼女を『使役』するのはプレイヤーである私では不都合が多いし、レアちゃんと同じ顔の私があまり表に出るのも面倒だし」


「結局代役立てたのか」


「そうだよ。ユスティースってプレイヤーを『使役』するためにも必要だったからね。最初は街の誰かを攫おうかとも考えていたんだけど、それよりすでに配下にいる女騎士を昇進させたほうが早い気がしたから、適当に黒髪の子見つくろってノーブルに転生させてリネームしたの」


「リネームなんてできるの?」


「レアちゃんだって配下に名前つけてるでしょう? あれと同じだよ。名付けられるのは一回だけだけど、その時に既存の名前があるかどうかは関係ないみたい。だから人類系とか何らかの文化を持ってる種族に名前つけるとなると、たいていリネームになるね」


 なるほど、あまり考えた事がなかったため知らなかった。

 ライラはレアに比べはるかにヒューマンの眷属が多い。

 その分彼らに対する検証は進んでいるのだろう。


「ちなみにプレイヤーも特定の条件下で部分的にリネームできるよ。私もオーラル王にヒューゲルカップの領主に任命されたときに姓をどうするかってメッセージ出た。いらないから付けずにおいたけど」


 プレイヤーの中には姓まであるような名前をつけている者もいる。

 となると例えばモンキー・ダイヴ・サスケがヒューゲルカップの領主になったとしたら、モンキー・ダイヴ・サスケ・ヒューゲルカップとかになるのだろうか。


「まあ、代役のことはいいとして。私も「変態」欲しいんだけど、どうすればいいの?」


「うーんと、まずは特性で「変態」持ってる種族が必要かな。わたしはクイーンアスラパーダって種族を利用したけど。ほらそこにいるスガルと同じやつ。でも最初に発見した変身ヒーローのヒデオ君はそこらにいたフンコロガシを100匹使ったみたい」


「フンコロガシ……! すごい執念だ……」


「ほんとにね。ライラもそうするというなら、待っているからそこらで虫取りでもしてきなよ」


「しないよ。私はどうしようかな。レアちゃんはどんな感じなの?」


「強いて言うならクモ系かな? 見せないけど」


「クモ系ってことは、アラクネーっぽい見た目って事? なるほど……あ」


「何? すごい気になるんだけど」


「いや、ちょっとうちの国の特産品を思い出して。その素材ってさ、生きてないとだめなの?」


「どうかな。スタニスラフ?」


「は。魔物などを使用する場合は生きておる必要があるようですが、フンコロガシは死体であっても問題ないようでした」


 ならばやはり普通の昆虫はアイテムに近い扱いなのかもしれない。

 そういう特性を持った素材アイテムが、ただ生きて動いているというだけだ。


「なるほど……。うーん。ちょっと微妙だから念のため新鮮な奴持ってくるか。ちょっと待っててね」


 そういうとライラはどこかへ消えていった。

 ブランと違い、ライラはこの場に眷属であるアビゴルがいる。戻ってくるのは一瞬だ。





 それから体感で30分くらいは経っただろうか。

 金剛鋼と巨体をオンにすると巨大な金属の像のようになる──ただし本体上半身は相変わらず像の額から生えている──などを確認したりして時間を潰していると、ライラが戻ってきた。ブランはまだ来ない。


「ただいま。──今のなに? グレート・ブッダ?」


「せめてスタチュー・オブ・リバティって言ってよ。それより何をしてきたの?」


「これを買ってきたのさ! 獲れたてピチピチだよ!」


 ライラが持ってきた大きなカゴには、無数のウナギが詰め込まれ、ぬるぬるうにうにと蠢いていた。


「うわウナギだ! 初めて見た!」


「でしょう? これ、オーラルの特産品のひとつなんだよ。まあ足が早いから貿易とかはしてないけど。地元の味ってやつかな。リアルじゃもうレッドリストに入ってるから、本物を食べる機会なんてないからね。ゲームでたまに食べるんだけど、開いて焼いたやつはおいしかったよ。ぶつ切りにして煮て冷ましたやつは最悪だったけど」


 しかしゲームを開発したメインスタッフも、そのスタッフにティーチングされたであろう開発用AIも、すでにまともに食べることができないウナギの味など知っているわけがない。

 たとえばここでウナギを食べたとして、それは本当にウナギの味なのだろうか。騙されて蛇を食べさせられていたりなどしないだろうか。


「まあいいか。食べるわけじゃないし。それで、これをぶちこむの? ヌルヌルしたいの?」


「そこはどうでもいいんだけどね。まあリアルじゃ珍しい魚だから知らないかもだけど、ウナギとかアナゴって変態するんだよ。レプトケファルス幼体とかって言うんだけど。小さい頃は透明な平べったい魚なの」


「へえ!」


 節足動物や両生類以外に変態する生物がいるとは知らなかった。絶滅危惧種のことなので仕方ないと言えば仕方ないが。


「ちなみにウニも変態します。そっちはオーラルじゃあんまり獲れないから諦めたけど」


「そうなの!?」


「そっちはプランクトンから始まるんだったかな? プルテウス幼生って名前。これがある程度成長して腕が8本生えたところで、グリセロ糖脂質って成分を取り込むとちっちゃいウニに変態すんのよ。このグリセロ糖脂質っていうのは主に植物中に存在する特徴的な脂質群で──」


「興味深いけど、どうしても今聞かないといけないことでもないかな。あとでレポートにまとめてメールしておいてよ。それで、ウナギから「変態」を抽出するの?」


「ねえ、そのレポートってほんとにいるの? まあいいや。そうだね。「変態」はこのウナギから。それとあとは──」









 しばらくしてようやくやってきたブランが目にしたのは、ウルルやユーベル並に巨大なモンスターの姿だった。


「うわあなんだこれ! ヘビ怪獣!? ジャイアントメデューサ!?」


「ライラだよ」


「ライラさんなの!? どんだけ悪いことしたらこんな罰受ける羽目になるの!?」


「自分で望んだ事だよ」


「自分からこんな姿に!? 悩みがあるなら言ってくれればよかったのに!」


「──あの、ひどくない?」


 レアが全解放した状態が翼の生えた巨大なアラクネーがベースになっているとすれば、ライラはさしずめラミアだろうか。

 ただし真っ当なラミアではない。

 蛇のような下半身は、びっしりと鱗で覆われている。さらにその表面はぬらぬらとテカっており、女性らしい上半身のシルエットと相まって、非常に教育に悪い雰囲気を醸し出している。

 そして蛇部分の背中からは無数の手のようなもので編まれた翼が生えていた。

 翼と邪なる手のコラボレーションだ。ブランがメデューサと言ったのはこれを髪と見間違えたのだろう。

 またヒト型上半身はレアのアラクネー同様黒い鎧に包まれており、これは「鎧」と「金剛鋼」の効果であると思われる。


 そしてヒト型上半身の頭部、その額からは元のライラの上半身が生えていた。

 どうやらアクが強いのは魔王だけではないらしい。


 ライラは大量のウナギとアダマスの鎧、そしてガルグイユを吸収したのである。


 はじめはアビゴルを使うつもりだったようだが、彼──か彼女か知らないが──の不憫な姿を目にしていたレアはさすがに止めた。アビゴルには戦闘訓練に付き合ってもらった縁もある。レアという格上と戦闘した経験は数値に表れない大きなメリットになっているはずだ。そう言って説得した。

 それならばということで、いつの間に増やしていたのかライラはオーラルスキンクをまた大量に『召喚』し、それを再びガルグイユとして生み出して素材に使用したのだ。


 その結果、ウナギらしい細長い形状とガルグイユの持つ鱗が合わさり、まるで蛇のような姿となって下半身に追加されたのだ。


 このウナギのような形状については特性の「蛇行」をオンにすることで現われる。ウナギのあの身体をくねらせるような泳法は蛇行型とも呼ばれており、そこから来ていると思われるが、この特性の効果は「足・ヒレがない場合でも歩行や水泳が可能であり、足・ヒレを使わない移動の場合、速度にボーナス」というものだ。

 蛇行と鱗のみをオンにすれば、下半身が巨大な蛇状のそれとなり、まさにラミアのような姿になる。レアが多脚と甲殻でアラクネーになるのと同じと言える。


「なるほどー! でもなんか、邪王と蛇王かけてる感じでちょっといいっすね!」


「ああ、そういえばそうか。悪くないね」


「しまったな、何も考えずにクモを取り込んでしまった……」


 しかし「マ」という読みでちょうどいい生物も思いつかない。


「レアちゃんはクモなの?」


「ほらブランちゃんに見せてやりなよ! 私にも見せてよ!」


「やだよ」


 怪人は窮地に陥って初めて巨大化するものだ。ほいほいやるものではない。

 いや怪人ではないが。


「レアちゃんも大きいのかー。ふたりしてそっちの方向ってこと? じゃあわたしも等身大のヒーローじゃなくて、光の巨人とか巨大ロボ乗るほうがよかったかな。いや、マスクドバイク乗りも一回だけ巨大化したことあったな、VSなんとかで」


「何でもいいけど、まずは「変態」を持ってる種族が必要だよ」


「大丈夫! 道すがら捕まえてきました! ほら!」


 ブランの手には虫カゴのようなものがあり、そこにはぎっしりとカブトムシが詰め込まれていた。やたらと時間がかかっていたのは虫捕りをしていたせいらしい。


「虫カゴなんてどうしたのさ……」


「リフレの街に売ってたよ」


「本来は果物やパンなどを入れておくためのものではないかと。それをふたつ合わせることで虫カゴとして使っています」


 アザレアたちもそのカゴを持たされている。全員分合わせれば100匹に十分届くだろう。

 同種のものなら一度に複数抽出可能であるようで、100匹必要だからといって100回行なう必要はない。

 ヒデオの実験に時間がかかったのは、必要数がいくつか不明だったからだということだ。100とわかっているのなら最初から100匹入れればいいだけである。


「じゃあまず、ええと、変態と甲殻かな? こいつらは多脚はないのか。脚8本以上必要なのかな」


「早く、早く」


「わかったわかった。スタニスラフ」


「お任せを」


 ブランは意気揚々とフラスコに向かい、素材側にはカゴごと虫が投入された。

 スタニスラフにカゴは取り除かなくてもいいのかと聞いてみれば、これも虫同様100個単位で入れなければ特性が表れてこないらしい。





「変身! ……あれ?」


「発動キー変えないとそれじゃ発動しないよ」


「そっか! でもやり方知らないんだけど」


「もう何でもいいからとりあえず試すだけ試してみてよ」


「ええー……。しょうがないな、じゃ、じゃあえと、へ、『変態』」


「今さら何照れてんの?」


「お待ちを! あっ」


 マゼンタが止めるも遅く、その瞬間、ブランの服は内側から引き裂かれ、まるでカブトムシを無理やりヒト型に成型しなおしたような姿に変態した。


 全体のシルエットとしてはヒデオの姿によく似ている。

 女性体ということでスマートに見え、関係ないが意外な事にブランは思っていたより足が長い。

 ヒデオと違うとすれば腕や口元のギザギザが無いこと、頭部に立派な角があることだろうか。

 メスなのに?と考えたが、蟲系の魔物にはどうやら性別が存在しないらしいため、虫としての特性を得た魔物である形態にも性別は関係ないのかも知れない。


 細かいデザインもヒデオのものより大人向けというか、全体的に生物じみたグロテスクさがにじみ出ている。ただこれに関しては個性の範疇だろう。例えるなら同一作品内でのアナザー何とかとか、何とかオルタナティブとかそういう系統のデザインと言える。


 それともうひとつ、装甲の表面の光沢も違う。

 こうして見てみればよくわかるが、ヒデオの装甲はやはり鉄の鎧だったのだろう。

 それがないブランの装甲はあくまでカブトムシの甲殻であり、元がただの昆虫であることも考えれば強度的なボーナスはあまりあるまい。甲殻の共通の効果と思われる「小数点以下のダメージ無効」とかそのくらいだ。


「おお? これ結構かっこいいんじゃない?」


 ブランは呑気に喜んでいるが、アザレアやマゼンタたちはため息をついている。


「……とりあえず、リフレの街でブランの服に似たやつを買ってきてもらうよ。マーレもグスタフも居ないから、あー、セルバンテスに頼もうかな。男物でいいよね」






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