第198話「アルケム・エクストラクタ」
このトレの森において、もはや天使は
迎撃部隊として残してあるベスパたちと、新たに生み出したメガネウロンがいるからだ。
メガネウロンは全体のシルエットこそ竜寄りだが、ドラゴンではない。
そのせいか『飛翔』はあっても『天駆』はなく、またブレス攻撃も持っていない。
魔法系のスキルも取得させていないため完全に物理攻撃しかできない。
しかしその圧倒的なSTRから繰り出される物理攻撃は、サイズ補正も合わさって絶大な攻撃力を誇っている。
強固な甲殻もまたその威力を後押ししているのだろう。
体当たりの直撃を受けた天使は、まるで自動車のフロントガラスにへばりついた小虫のようになっている。
幸い天使はドロップアイテムを残して消える仕様であるためメガネウロンたちが汚れてしまうような事はないが、そうでなければ酷い絵面になっていたはずだ。
いや感覚が麻痺してきているが、今の時点でも十分酷い。
魔物同士が戦うということはこういう光景が生み出されるということでもある。運営には是非もう少し倫理コードを考えてゲームデザインをしてもらいたい。
検証などを行なうに際して、レアが落ち着いて出来ないと言ったのはこういった天使との戦闘を想定しての事ではない。
上空から濁った宝石が降ってくる状況が鬱陶しいからである。
*
「よし、そろそろ落ち着いたかな。じゃあ実験を始めよう」
「……長年この大陸の国々を悩ませてきた天災である天使たちをああも容易く……。さすがは我が主人となったお方ですな」
「お世辞はいいよスタニスラフ。ここ最近は人類側にもあんまり被害出てなかったような記録もあったみたいだし、遠くない未来にきっと天災から定期災害とかに格下げされてただろうし」
もっとも、天使は自然災害ではなく黒幕が存在する人災である。本当に大陸にとっての脅威度が減った場合に黒幕の大天使とやらがおとなしくしているかどうかはわからないが。
インベントリからアルケム・エクストラクタを取り出すと、まずは誰を呼ぼうか考えた。
呼ぶ眷属は実験台となる。
特性を注入される側ならともかく、抽出される側であれば死亡してしまい、死体も残らないと研究記録にはある。
これは、眷属を使えばそのうち復活する、などという甘えた仕様であるとは思えない。
それが出来るなら1体の対象から無限に特性や能力値を抽出することが可能だという事になり、つまり注入される側は経験値を必要とせずに無限に強くなれてしまうという事でもある。
さすがにそれは有り得ない。ゲームバランスがどうとかいう話ではなく、仮にそうであるならこれを作ったであろう前精霊王が誰かに倒されるはずがないからだ。
この時点ですでにレアの中ではこのアーティファクトを作成したのは前精霊王で確定していた。
「まずは融合素材に出来なかった者も素材に出来るのかの検証が必要かな」
となればアダマンシリーズだ。
最も数の多いアダマンアルマを『召喚』した。
アルケム・エクストラクタはその名前からすると、錬金術的な抽出器であると考えられる。
アーティファクトとしてのマジカルな機能により、謎の錬金溶媒とスキル『抽出』をアルケム・エクストラクタ側で賄ってくれるようだ。このアーティファクトの使用に際して他に必要なスキルやアイテムはない。
アーティファクトの他には、素材となるものとベースとなる者だけがあればいい。
素材となるアダマンアルマは用意した。
次はベースとなる者だ。
アダマンアルマから抽出できるとすれば、種族特性にある「鎧」「盾」「剣」あたりだろうか。
特性「鎧」は「鱗」と同様で、極小ダメージを無効にする効果である。無効にする数値は並の鱗よりも高めに設定されているのが違いと言える。
「剣」と「盾」はアダマンナイトからアダマンアルマに転生した際に新たに追加された特性だ。
アダマンナイトだった頃に装備していた武器は支給された物だった。彼らが王都で死亡した際にドロップしたアダマス塊を使用して剣や盾を作成し、それを配ってあったのだ。
転生の際にその装備品も取り込まれたことで、装備品ではなく種族特性として昇華され、取り外せない代わりに失うこともないという、彼らの体の一部となったのである。
そんな特性「剣」「盾」は、生体武器として剣と盾を所有している、という効果であり、名前の通りであると言える。
もしもこれらの特性を移すことができるとすれば、ベースとなる者は鎧や鱗も持たず、武器も持っていないような者が望ましい。
まあ冷静に考えれば裸の状態で鎧や武器を持っている方がおかしい。要は誰でもいいということだ。
ふと、広場の端に転がっているきれいな岩が目に入った。
きれいな岩、ではない。あれは休眠状態のミスリルゴーレムだ。
そういえば経験値がまとまって入手できたら成長させ、ヒルス王都の守りに配属しようと考えていたのだった。
すっかり忘れていたため成長もせず、当然配属もされず、小さめの岩として広場の装飾品になっている。
「……おいで、ミスリルゴーレムたち」
ベースにするのはミスリルゴーレムに決定だ。
この実験がうまくいけば、今度こそ経験値を与え、成長させてヒルス王都に配属しよう。
今の時期あの王都にはプレイヤーたちが多数訪れている。活躍の機会は多いはずだ。
「じゃあ、入ってくれ、君たち」
アルケム・エクストラクタは大きなフラスコを2つ並べたような格好をしている。
この片方に素材となるものを入れ、もう片方にベースとなる者を入れるのだ。
スキルである『哲学者の卵』ならば素材のサイズによって自動的に大きさを変えることができるが、このアルケム・エクストラクタはどうなのだろう。
幸いどちらのフラスコも、アダマンアルマを入れるに不足のない大きさをしている。ミスリルゴーレムは言わずもがなである。
今回に関しては問題はなさそうだ。
フラスコは『哲学者の卵』と全く同様に、まるで水面のように波紋を立てながら丸く穴を開け、アダマンアルマとミスリルゴーレムを飲み込んだ。
この分ならば、アーティファクトのマジカル不思議パワーで多少大きいキャラクターでも処置が可能かもしれない。
「──では。アルケム・エクストラクタ、起動」
《眷属:アダマンアルマはロストします。よろしいですか?》
ロストする、という強いコメントは初めて聞く。正真正銘後戻りが出来ない操作という事だろう。
「……ああ」
するとアダマンアルマの入ったフラスコが輝き、中のアダマンアルマはいつも『哲学者の卵』で見ているようにマーブル色の謎溶液に溶けてしまった。
そして溶けたマーブル溶液はフラスコを繋ぐ水晶管を通ってもう一方に流れ始める。
フラスコの中のミスリルゴーレムがそのマーブル溶液を浴びると、全身がその色に輝き始めた。しかしいつもの融合やアダマンアルマのように崩れて溶けたりはしない。
そしてどこからともなく煙が吹き出し、フラスコの中に充満した。演出が古すぎて逆に真新しささえ覚える。
それからすぐにミスリルゴーレム側のフラスコが開き、中から煙と共にゴーレムが現れた。
ただし少し前までの、腰までしかない小さな姿ではない。
一般的なヒューマンと同程度の身長をした、がっしりとした体型の見事なゴーレムだ。
色は元のミスリルゴーレムと同じ、白金色といおうか、マジカル金属色をしている。
違うとすればその身長と、全身を覆う漆黒の軽鎧だ。
軽鎧はアダマンアルマが着ていたものにデザインが良く似ている。
あちらはもう少し防御する面積が多かったように思えるが、同じ鎧を体型の違う人物が無理やり着ていると言われればそのようにも見えるデザインだ。少し面白い。
そして右手にはアダマンアルマの持っていた剣、左手には盾。
種族はミスリルゴーレムのままだが、種族特性として「鎧」「盾」「剣」を持ち、能力値は軒並み大上昇している。アダマンアルマの能力値の何割かがそのまま加えられているようだ。STRやVITの上昇は凄まじいが、MNDとINTは殆ど上昇していない。
そしてそのぶん総経験値が上昇したと判定され、急激に成長したのだろう。大きくなったのはゴーレムとしての元々の仕様だ。彼らは経験値を与えられるとその分大型化する。仮にこれをヒューマンに施したとしても大きくなったりはしないはずである。
「カラーリングとしては、白金のボディに漆黒のアーマーで非常にかっこいいんだけど、体型がなぁ……。ていうか、お腹とか殆ど守れてないけど大丈夫なの? これ」
ミスリルゴーレムの伝えてくる感情によれば、大丈夫だそうだ。
というより本来アダマスは魔法とそれほど相性が良くないため、魔法を撃つにはアダマスの剣は不向きらしい。そう言えばアダマンスキエンティアも杖はアダマス製ではなかった。あちらも世界樹の杖を持たせたまま転生させてしまい、融合して装備から外せなくなっているが。
それがお腹の露出の高さとどう関係しているのかというと、つまりこの新たなミスリルゴーレムの魔法は、お腹から出るらしい。
へえ、そうなんだ。としか言いようがない。
「……まあ、それが君にとって最も合理的であるというのならそれでいいんだけど」
ミスリルゴーレムは全部で9体生み出したため、まだ後8体残っている。
このニューミスリルゴーレムは能力値だけで言えばアダマンドゥクスに迫るほどであり、剣も魔法も使えて耐久性もあるとなれば単体ではドゥクス以上の戦力と言える。増やしておいて損はない。
練習も兼ねて、こうして9体のニューミスリルゴーレム──名付けてミスリルゴーレム・アダマスシュラウドを作成した。
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