第197話「良いのは顔だけ」
まず謎のヒーローを尾行してアザレアバットが地下遺跡の中へ侵入した。そのアザレアをターゲットにブランが自分を『召喚』し、そのブランが装備していた剣崎一郎をターゲットにしてレアが自分を『召喚』する。
そうしてまんまとヒーロー達の秘密基地へと忍び込み、改造を可能にしたと思われるアーティファクトやその研究成果、そして研究者本人を手中に収め、ヒーロー、ヒデオというプレイヤーが恐怖に竦んでいる間に撤収した。
この研究者はスタニスラフという名のドワーフだった。姓は無かったが、ドワーフとはそういう文化なのか、それとも実家から勘当でもされたのか。
あの時、ヒデオに対する『恐怖』が通ったのを確認すると、レアはすぐにこのスタニスラフに『鑑定』を行なった。
やすやすと抵抗を突破し、スタニスラフの情報を覗き見ることに成功したが、当のスタニスラフは『鑑定』をかけられた事に対して何の反応もしなかった。
つまり彼はNPCである可能性が高い。
そう判断してすぐさま『使役』を発動し、スタニスラフを支配下に置くと、その部屋にあった全ての価値あるものをインベントリに仕舞い込み、ブランを先にマゼンタたちのいる町に逃がし、それを追ってレアも辞去したというわけである。
「怪盗!って感じでちょっとかっこよかったんじゃない? これでもし変身とかも出来るようになったら、そっち方面でユニット作る? ライラさんも入れると3人だし丁度いいかも」
「3人組の怪盗ユニット? 某3代目の話? それとも猫の目の方?」
「そいつらがするのは変身じゃなくて変装でしょ!」
そんなことより、あの地下室ではそろそろヒデオの『恐怖』が終了しているころだろう。
『恐怖』の抵抗判定はお互いMNDで行なわれるが、発動後の状態異常の持続時間に関してはどうやら全能力値の合計値の差で変わるらしい。これは『鑑定』の検証をしている際、その成功判定と『恐怖』の持続時間が相関関係にある事に気づいたために判明した。
ただ相手の抵抗を突破した時点で最低限持続が保証されている規定時間があるようで、仮に能力値合計が相手よりマイナスしていたからといってかけた『恐怖』がすぐに解除されるような事はない。
かつてヒルス王都で鎧坂さんが明太リストに食らった時の状況がそれに当たる。
これまではその仕様のせいで持続時間は一定だと思われていたとも言える。またレアが敵に『恐怖』を発動した際は、たいていその後にすぐにキルしたり『使役』をしたりしていたため、持続時間を気にしたことがなかったという事もある。
どさくさ紛れに発動した『鑑定』によれば、ヒデオの能力値とレアの能力値の差から言って、復帰するのはだいたい今くらいのはずだ。
スタニスラフを追ってこの町まで来るようならば相手をしてやってもいいが、もともとここから逃げて行ったくらいだし、ヒデオからすれば町を襲ったアンデッドとレアたちを結びつける確たる証拠は無いはずだ。
おそらくここへは来ないだろう。
「さて、アーティファクトの仕様のおかげで使い方はわかったし、君が記したこの研究記録から、ヒデオに何をしたのかも大体わかった」
「恐縮です」
「これによると、特性「変態」は普通の昆虫から抽出したようだね。昆虫型の魔物は生まれたときから成体で、変態による成長はしないけど、普通の昆虫は普通に変態するってことか。ていうか、普通の昆虫ってデータとして存在しているんだ。ただのオブジェクトだと思ってたよ」
と言ってもNPCとして存在するという意味ではない。
これまでは単に小型の魔物たちの食糧としてくらいしか認識していなかったが、考えてみればそもそも食糧になるということはデータ的に存在しているということでもある。
またリフレの街での薬草栽培事業においても害虫として薬草に群がる事もある。
カンファートレントの葉から作成した防虫剤で散らしているが、それがなければ薬草にダメージを与えていただろう。
薬草はきちんとデータとして存在するため、それにダメージを与えられるという事実も、昆虫が何らかのデータを持って存在しているということを示唆している。
「だけどこの研究記録によれば、抽出できるのは一部の特性だけで、能力値なんかは全く抽出できない、と」
ということは、昆虫は『変態』や『甲殻』などの特性だけを持ち、能力値は一切持たない完全な非戦闘モブという位置づけだということだろうか。
そういう意味では破壊可能オブジェクトと変わらないと言える。破壊耐性という程度の意味としてLPくらいは持っているかもしれないが、それ以外の数値は何も持っていないのだろう。
「なるほど、その昆虫たちを大量に捕まえてアルケム・エクストラクタに入れ、ヒデオに注入することであの変身ヒーローを生み出したと。
ほう、1匹じゃあ駄目だったのか。まあ虫1匹を変態させる程度の能力でヒューマン1人を変態させられるとも思えないし、なんかそういう蓄積値みたいなものでもあるのかな」
そういう仕様なら、たとえばスガルのような蟲の女王であれば1体使用するだけでヒューマンサイズでも変態が可能になるかもしれない。
あるいは虫1匹ではキャラクターとして認識されていないため、そうしたキャラクター以外の存在がキャラクター並の影響力を持つためにはそれだけのクラスタが必要になる仕様なのか。
まとめると、昆虫は『錬金』において有用な何らかのデータを持つ、素材として利用可能なアイテムであり、要は『調理』で言うところの食材と同じと言えるものなのだろう。『調薬』における薬草でもいい。
またこれまでの検証で『錬金』『調理』『調薬』に共通点が多いことから、これらの素材も共通して利用できる可能性がある。
例えば食材を錬金素材にしたり、薬草で料理をしたりなどだ。
虫を使ったポーションや料理も作れるかも知れない。
「いや、そういえば。もう随分昔のことになるけど、アリたちに昆虫を食事として出された事があったな。食べなかったからわからなかったが、言うなればあれはつまりアリたちが昆虫を調理したということだったのかも。
興味深いけど、研究するなら時間がいくらあっても足りないし、研究は引き続きスタニスラフに任せるとしよう。わたしたちは、要は成果だけ得られればいい」
「そうそう! さっきから何言ってるかさっぱりわかんないしね」
「……初代マスクドバイク乗りは確かIQ600の天才だとかって設定だったと思うんだけど、ブランはそれでいいの?」
「ヘイセーとかレーワとかのバイク乗りはだいたい良いのは顔だけだったから大丈夫!」
全部が全部そうだったようには思えないが、まあなんでも良い。
重要なのは、このアルケム・エクストラクタを使えば特性を追加することが可能だという事実だけだ。
「とりあえず、これについては先に色々試しておくよ。ブランは引き続きシェイプの襲撃を──」
「え?」
「ん?」
「いやいやいやいや、すでに実験ならあのヒデオって人がさんざんやってくれてるじゃん! 試すことなくない? 今すぐやってもよくない?」
「今すぐはさすがに駄目でしょう。この町を制圧したと言っても、ここは城壁もないような小さな町だし、ここが落とされたって報告を受けた近くの駐屯地とかから騎士団がくるかもしれない。そうなってからでは遅いし、最低でもこの周辺で中心になっているような都市を抑えておいたほうがいいよ。
それに時間的にもうすぐ天使の襲撃があるし、ジャイアントコープスやフレッシュゴーレムの護衛だけじゃ落ち着いて色々出来ないでしょう」
「でもさ──」
「ご主人さま? 元はと言えば、ご主人さまが戦争をしたいとおっしゃるからこのようなところまで遠征してきたのですよ?」
「それを、新しく別にやりたいことが出来たからといって放り出すというのは、さすがに」
「重要なキーアイテムはすでにレア様が押さえておりますし、今すぐにやらなくても、別に逃げたりはしないでしょう」
「ぐ、みんなで正論ばっかり言って……オカンどもめ……」
今回ばかりはブランの擁護はできそうにない。
というか、レア自身も緊急だったためこの地にその身一つで来てしまっている。
この事が例えばディアスあたりにバレてしまえば面倒な説教が待っている。他人事ではない。
「じゃあ、そういうことで。この間の広場があるトレの森で色々実験しているから、一段落ついたらおいでよ。ばいばい」
「あっ! ちょ──」
ブランの抗議はスルーして、トレの森の世界樹の元へ飛び、そこにスタニスラフも『召喚』した。
「さて早速、といきたいところだけど。もうすぐ天使が来るのは本当なんだよね。それが終わってからにしようか」
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