第199話「特性追加」





「さて、練習はもういいだろう」


 広場にはミスリルゴーレム・アダマスシュラウドが9体並んでいる。

 彼らは特性『変態』を持っていないため、常にこのアダマスの鎧を身につけた状態だ。


「変態できたほうが便利かな。普通のミスリルゴーレムに見せかけておいて、というような意表を突く作戦もできるかもしれないし」


「このままでも十分お強いのなら、それでよいのではないでしょうか。あのヒデオも、無理に昆虫を使って変態機構を追加したりしなければもっと強くなっていたはずなのですが」


「昆虫を使って『変態』を追加すると弱くなったりするの?」


「いえ、ただ抽出した成分を注入するにあたっては、連続して行なえる回数に限りがあるのです。昆虫も一度にたくさんの数を入れれば無駄に回数を消費することもないのですが、なにぶん何匹使えば『変態』がヒューマンに特性として現れるのか、当時はまだわかっておりませんでしたので。それに使用した昆虫が『変態』を持っているのかどうかも。ヒデオがそう主張したために行なったというだけでして」


「今は分かっているの?」


「およそ100匹ですな。それと、あのザスターヴァの周辺に生息しているフンコロガシは少なくとも『変態』を持っておるようでした」


 周辺で最も捕獲が簡単だったフンコロガシを使用したようだ。

 しかしレアであればそんな事をしなくても『変態』を持っているかどうかは『鑑定』をすればわかる。

 この森にも多数の昆虫がいるだろうし、集めるのはそう難しくない。配下を使えば。


 またひとりのキャラクターに対して1日に可能な注入は5回までらしい。

 5回行うとその時点からクールタイムが発生し、ゲーム内時間で24時間は注入が行えなくなる。

 エラーやバグを防止するためか、アルケム・エクストラクタに入ることさえできなくなるようだ。


「普通の昆虫ではなく、例えば魔物を素材に使うんだったらそんなに数は必要ないんだよね」


「『変態』を持つ魔物を見たことがありませんのでなんとも言えませんが……」


 確かに蟲系の魔物は生まれた瞬間から成体であるため、変態をしない。

 レアが見たことある魔物の中でも『変態』を持っていたのはスガルだけだ。

 しかしスガルを素材に使うというのはあり得ない。


 幸い、経験値の取得は順調である。

 配下たちの強化にかなり割いてはいるが、ちょっと無理をすれば今からでもドラゴン部隊を創設できなくもない。

 天使たちによる定期的な経験値の入金にイベント期間の経験値ブースト、することがないプレイヤーたちのダンジョンへのゾンビアタック、それらのおかげで驚くべきペースで残高が増えている。


「……もう一体、アスラパーダを生み出すか」


 今いるどの女王級にもさまざまな教育を施してある。ダンジョン運営のイロハはもちろん、それぞれの種族にあった生産スキルやその慣熟訓練、アダマンたちを相手取った戦闘訓練などだ。

 つまり単純に金貨や経験値では語れないコストをかけているということであり、確実にロストしてしまうとわかっていて検証に使うことはできない。


「スガル」


〈はい、ボス〉


「悪いけれど、新しく女王級を1体生み出してくれないか」









 スガルが生み出したのはクイーンアラクネアだった。

 別にどれでもいいと考えていたが、そのアラクネアから最終的に誕生したクイーンアスラパーダはその姿がスガルとは若干違っていた。

 個体差と言えばそうなのかもしれないが、よく似た別の種族だと言われればそう見えなくもないというくらいには差がある。


 まず色だ。スガルと比べて少し濃い。体毛にも金色のものが混じっている。

 それから尻尾というか、お尻から伸びている、虫で言えば腹の部分だが、ここが若干幅広だ。

 そういった差により、スガルは直感的に「ハチっぽい」イメージのシルエットだったが、こちらはなんとなく「クモっぽい」イメージに思える。


「……君には名前は付けないよ」


 クイーンアスラパーダからは同意の感情が強く伝わってきた。


 アルケム・エクストラクタで素材にされてしまえばキャラクターはロストし、二度と戻ることはない。

 もう少し悲壮感というか、そういう雰囲気があってもいいような気もしないでもないが、この場にいる誰からもそういう空気は漂ってこない。強いて言うならレアくらいである。

 それどころか、どうもなんとなく羨ましげというか、当のアスラパーダに至ってはわくわくしているようにさえ見える。


 自惚れでなければだが、もしかして主人であるレアの一部になることができるからとか、そういう理由だろうか。


 もしもそうであるならここで「まず検証として別のキャラクターに吸収させます」とは言いづらい。

 リスキーだが、ぶっつけ本番でレア自身に融合させるしかない。


「──よしわかった。早速やろう。クールタイムにひっかかるほどたくさん混ぜ混ぜするつもりはないけれど、もしそうなった場合、やるなら早い方がいい。あ、その前に」


 レアがアルケム・エクストラクタに入ってしまうと操作する人間がいなくなる。

 せっかく呼んだのだしスガルに頼んでもいいが、ここは慣れている者の方がいいだろう。スタニスラフに任せることにする。


 アーティファクトの効果で融合するだけなので操作するキャラクターの能力値は関係ないとは思うが、絶対にまったく関係ないとも言い切れない。

 念のため、スタニスラフのINTとDEXを可能な範囲で上げておいた。アーティファクトの操作に影響する可能性があるとしたらそのあたりの能力値だろう。


「では、よろしく」


 クモ系アスラパーダがアルケム・エクストラクタに飲み込まれていく。

 それを見届けたのち、レアも反対側へと入った。


 ──結局これ、わたしが練習した意味無かったな。


 声が出ない。

 もう準備段階に入っているようだ。


 ガラス越しの、少しだけ歪んだ視界の外でスタニスラフが頷いたのが見えた。

 レアも頷き返したつもりだが、体が動いたかどうかはわからない。


《眷属:クイーン・アスラパーダはロストします。よろしいですか?》


 ──ああ。


 視界が光に包まれる。

 しかし眩しいという感じではない。ただ白い。


 ゲームの中では光が苦手で、ほとんど目を閉じて過ごしているレアにとってはある意味新鮮な光景だ。

 おそらく今まさに様々な何かがレアのアバターに起きているのだろうが、感覚としては何もない。ただの待ち時間だ。


 なんとなく自分のステータスウィンドウを表示させてみた。

 すでにデータ上の処理は済んでいるらしく、そこには新たなデータが列挙されていた。


 まず変わっていたのは各種能力値だ。

 蟲系の魔物はVITやSTRが高めでINTやMNDは低めになる傾向にあるが、クイーンともなればそれなりの数値は持っている。

 それらのすべての能力値の何割かが加算されたことで、レアの能力値は大幅に上昇していた。


 次にLP、MPだが、これらは本来VITやINTの数値から計算された値になるはずである。ところが軽く計算してみたところ、能力値の数値と現在のLP、MPの数値が合っていない。

 どうやらLPとMPは素材のそれぞれが別途加算される仕様のようだ。

 おそらく能力値を参照してLP、MPの値が一旦計算され、そこにさらに固定値として素材のLP、MPが加算されている。

 能力値そのものも上昇していることもあり、相当な増加である。

 なぜLPやMPだけが別途で計算されているのだろうか。


 考えられるとすればこうだ。

 例えばヒデオに吸収させたような、普通の昆虫にはLPはあるが能力値はない。

 この昆虫のLPというのも破壊耐性というか、アイテムを破壊するのに必要になるダメージ値というか、基本的にどのアイテムにも設定されているもので、キャラクターの持つLPとは厳密には意味合いが異なる。


 昆虫に限らずそういう仕様の素材を使った場合、当然だが能力値の加算はない。

 スタニスラフは、昆虫の場合は素材のLPだけが加算されることになると言っていた。


 もし能力値しか引き継げないのであれば、生きたキャラクターを素材にした場合しかステータスの強化はない事になる。

 それだと何の特性も持っていないアイテムを素材にした場合、何の変化も起こらないが素材だけは完全ロストするという悲惨な結果になる。

 『鑑定』を持っていればそれは避けることができるだろうが、そうでないなら合成するだけ損である。

 つまりガチャの「ハズレ景品」として、最低でもLPだけは微増する仕様になっているという事だ。

 ヒデオが意外と頑丈だったのは、鎧や甲殻の他にもおそらく100匹のフンコロガシからかき集めたLPもあったのだろう。


 いずれにしても、増える分には文句はない。


 それから想定していた通り、種族の「魔王」に変化はなかった。

 しかし種族特性に関してはそこにいくつもの新たな項目が追加されていた。「変態」「多脚」「糸」「毒」「甲殻」である。


 そして特性「変態」を得たことで、スキルに自動的に『変態』が追加されていた。単独のツリーである。

 このスキルの効果については後で実験をしながら確かめてみることにする。


 また、どうやら素材となった種族由来のアクティブスキルは引き継がれないようである。

 『産み分け』などがいきなり追加されても困るため、それは構わない。

 しかし増えた種族特性によってなのかなんなのか、取得可能にはなるようで、リストにはしっかりと『産み分け』が載っていた。

 取得することなど絶対にないだろうが、そういう場合もあるという事は覚えておいた。





 そうしているうちにいつの間にか視界は戻り、眼の前には丸く穴をあけたガラスの壁がある。

 もう出られるようだ。

 ミスリルゴーレムの時はこんなに時間がかかっていなかったと思ったが、実際に所要時間が違ったのか、それとも体感的なものなのか、あるいはシステムの補助によるものなのか、何だったのかはわからない。

 スタニスラフも特に変わった反応はしていないため、実際の所要時間は変わらなかったのかも知れない。


 フラスコから出てひとつ伸びをした。


 実に身体が軽い。

 おそらく追加されたアスラパーダの能力値のせいだ。例のあの全能感がある。

 誰でもいいからボコボコにしてやりたい衝動に駆られるが、グッと我慢する。

 この感覚は規制対象にならないのだろうか。軽めの電子ドラッグと言えないこともないのだが。

 もしかしたらそんなに急激に能力値が上昇するケースは稀なのかもしれない。

 普通は苦労して敵を倒すなりアイテムを生産するなりして得た経験値を少しずつ使い、ゆっくりと強くなっていくものなのだろう。


〈お疲れ様です。特に、変わったところはないようですね〉


「ありがとうスガル。まあ、変わったところがあるようでは実験は失敗と言えるから、それはいいんだけど」


 スガルの言う通り、現時点では外見的に変わったところはないようだ。

 しかし確かに追加されている特性もある。

 それらの特性と、現在発現したままの角や翼などの特性との違いは何なのかを調べるためにも、一度検証してみる必要がある。


 外見的な違いを調べるという事も含め、大きな姿見があるところがいいだろう。

 レアの支配地の中では、ヒルス王城の王妃の寝室がちょうどいい。

 あそこなら非常に幅の広い姿見もあるし、部屋自体も広いため、オブザーバーとしてスガルを連れて行っても問題ない。


 スタニスラフとミスリルゴーレム・アダマスシュラウドたちに広場で待機しておくように告げ、スガルと共に王城へ飛んだ。




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