第194話「大丈夫だ、問題ない」





〈なるほど、『変態』か。その特性については知っているけど、ヒューマン……というか人類系の種族が持っているのは確かにおかしいね〉


〈でっしょー? もうびっくりしちゃってさ。それで、もしその『変態』を取得する条件みたいなものがわかったりしたら、わたしも何かと混ぜ混ぜしてほしいなーって〉


〈……いいけど、先に別の何かで実験してからのほうが良くない? 今の所、転生も含めてだけど、種族変更系のシステムはたいてい不可逆だよ〉


 プレイヤーであれば最悪の場合、課金アイテムを使ってエルフやヒューマンに戻る事はできなくはないが。


〈大丈夫大丈夫!〉


〈そう。いいならいいけど。それよりその変態はどうだったの? ジャイアントコープスに倒されたってことは、そうめちゃくちゃ強いってわけじゃないんだろうけど〉


〈え? ああ。能力値は中堅レベルのプレイヤーくらいってところかな。スキルも大したもの持ってなかった。もしかしたら『素手』も持ってなかったかも。総合的に言ってNPCの騎士さんのほうが強かったよ。ただ変身した後は鎧で武装した騎士並に強くなってたけど〉


 その変身というのはおそらくそのプレイヤーが独自に設定したキーワードだ。本来は『変態』だったのだろう。

 部分的な『変態』はスガルがやっていたが、それの全身版ということだ。『変態』の説明にも身体の一部または全部を変化させるというような事が書かれていたように記憶している。

 スガルは発声しないため無言で発動させていたが、本来は発動キーが必要なアクティブスキルとしても使用可能な特性であると考えられる。または『魔眼』のように同名のスキルツリーを取得可能になる物なのかもしれない。スガルの時はそこまで詳細に見ていなかった。


 ブランの考えが正しければ、例えばスガルとレアを融合させれば、スガルのような種族特性を持った魔王を生み出すことが出来るかもしれない。

 その場合、融合した時点で『変態』を所持している可能性もある。

 自分のアバターを融合素材にするなど、可能性としてさえ考えていなかったため全く想定外のケースだが、言われてみれば素材として利用可能であるとしたらやれるはずだ。


 しかし流石にスガルを失うことなど考えられない。

 しかもその場合、レアの配下とスガルの配下のどちらかが全て失われるのか、それともともに新キャラクターの配下として統合されるのか、そういった細かい仕様も現段階では不明である。とても実行できる内容ではない。


〈それで、結局そのシェイプの田舎町はどうなったの? 制圧できた?〉


〈え? 知らない。アザレアがうまいことやってくれてるから大丈夫じゃないかな。多分、そのうち終わると思う〉


〈……そう〉


 ひとりで国を落としたい。

 その情熱はどこに行ったのか。

 アザレアはブランの配下であるため、ブランの力で攻略したと言えなくもないが、それで満足できるのか。まあ、ブランがいいならいいのだが。


〈じゃあ、ここが終わったら、仲間も増えたし次の街に行くね!〉


〈天使の襲撃もあるから、完全に町をカラにするのは止めたほうがいいよ〉


〈大丈夫! ヴェルデスッドなんてゾンビしかいないから、だいたい毎回天使にやられてほぼ全滅してるけど問題ないみたいだし〉


 問題ないわけがない。

 確か、以前数体の吸血鬼を配置したとか言っていた気がする。

 おそらくその吸血鬼が何とか天使を始末しているおかげでダンジョンを奪われたりせずに済んでいるのだ。

 超絶ブラック労働にも程がある。

 これでもし、フルーツなどの食糧を与えるのを忘れていたなどと言われた日には、余計なおせっかいとわかっていても援軍を送らずにはいられない。

 しかし考えているうちに本当にありそうな気がしてきたので、怖くなって聞くのはやめた。









「しかし、鉄の鎧か。単なる鉄の鎧を入れたのか、それともそういう魔物を混ぜたのか。アダマンとかミスリルみたいな素材とか、賢者の石みたいな転生アイテムは『哲学者の卵』に入れたことがあるけど、装備品のように単体で意味のあるアイテムは入れたことがないからわからないな」


 レアの中では血液は素材扱いである。


 仮に投入したのが魔物だった場合、どこかで捕らえた野生のリビングメイルか何かという事だろうか。

 だとしたらその上位種である鎧坂さんでも可能なはずだ。しかし少なくともディヴァイン・フォートレスでは融合素材にはならなかった。ならば前身のリビング系モンスターも融合素材になるとは思えない。


 あるいは入れる順番のようなものがあるのだろうか。


 ブランの言う変態は、種族名がヒューマンである以上、転生のように全く別の種族に変化したというわけではない。あくまでヒューマンに別の種族の特性を追加しただけだと言える。

 これが仮に融合によって行なわれた事だとすれば、入れる素材のうちどれかひとつが軸になる素材だと決まっていた事になる。この場合はヒューマンの彼である。


 例えば、転生に必要な融合素材にはならないが、特性を別のキャラクターに引き継がせるための素材としてなら使用できる、という仕様の種族があった場合、リビング系の魔物がそれにあたる可能性はある。

 もっともただの鉄の鎧を入れたという可能性もあるため、これはあくまで希望的観測に過ぎない。


「何にしても、やってみないことにはわからないな……。まずはそういう追加融合みたいな事が出来るかどうかだけど」


 というか、その前に例の変態はどうやってその力を手に入れたのだろう。

 自分でやったというのは考えづらい。『錬金』で『大いなる業』まで取得しようと思ったら、魔法スキルを全属性取得するなど、クリアしなければならない条件が多数ある。

 そんなにいろいろなスキルが並んでいたらさすがのブランも『鑑定』した時に気づくだろう。


 だとすれば別の誰かがその彼に処置を施した事になるが、それは何者なのか。

 その変態はプレイヤーのようだが、処置を行った誰かもプレイヤーであるのかどうかは不明だ。

 NPCにも油断のならない存在がいることは身にしみて分かっているし、精霊王がいないとしても『錬金』を極めた者がいないと決まったわけではない。

 なにせブランが居るのはドワーフの国である。


「それにしても、そんな面白いプレイヤーがいるのなら、もっと話題になっていてもおかしくないと思うけれど……。まあそれはお互い様か」


 変た、いや、仮称「ヒーロー」にしても、ヒーローを改造した仮称「博士」にしても、そういうロールプレイを楽しんでいるなら殊更に吹聴したりはすまい。

 よくその仕様を見つけたものだと感心するが、それを言いふらしたくなる人間ばかりではないということだ。


 現状では戦闘力は大したことがないようだが、もしも今後も人体改造を繰り返せるようならいくらでも強くなる可能性がある。正直そんな事をするより普通に経験値を稼いだ方が効率的に思えるが、彼らが求めているのは効率ではなく、もっと別のもの、いわゆるロマンやかっこよさだ。


 そしてそれはブランにもレアにも言えることでもある。ライラはどうなのかよくわからない。


「少なくともヒーロー君はプレイヤーであるようだし、とっ捕まえて尋問するのは無理だな。博士役がNPCなら話が早いんだけど、今のところ居場所も分からないんじゃあどっちにしても打つ手がない」


 と言っても博士から聞き出したいのはどちらかといえば「なぜそんなことができるようになったのか」であり、「どうやってやるのか」という事に関しては重要度が低い。


 最初の時の『使役』と同じである。

 それが存在するとわかっているのなら、試行錯誤することで必ず到達することができる。

 『鑑定』ではそれほどの情熱を持つことができなかったが、これなら話は別だ。


「ポイントは『錬金』かなあ。でも、少なくとも既存のスキルでそういう事が出来るようには思えないしな……。あれからけっこういろんなスキル取ってるけど、新しく何かが増えたりしてないし」


 少なくとも魔法スキルに関しては現状取得可能なものはほとんどカバーしていると言っていい。

 武術系のスキルは『素手』くらいにしか振っていないが、この系列で『錬金』に関して何かが必要になるとは思えない。

 例えば素材となるキャラクターを切り分けるために剣系のスキルが必要だから条件に入っているとか、そんな仕様だったらさすがに運営にクレームのメールを入れる。


「それだったら『調理』ができるのは一流の武術家だけだとかって事になっちゃうしね。まあ今の時点でも『治療』のために格闘技の心得が必要とかよくわからない仕様もあるけど」


 それに、素材の特性だけを別のキャラクターに移植するという観点から言えば、切り分けると言うより抽出すると言った方が近いイメージだ。


「抽出か……。人類最古の化学的手法のひとつだな。まあ、活用されていたのは主に調理とかにだけど。お茶とか出汁とか」


 『調理』といえば、レアが全く手をつけていないスキル群のひとつである。

 これが仮に条件であったとしたら、レアのリストに一向に現れてこないのも頷ける。


 全く見当がつかない時は、最も遠そうな可能性から潰していくというのも悪くない。

 『調理』など、理由がなければレアが取得することなどおそらく無い。


 ここはひとつ、『調理』を取得してみることにした。


 仮に関係なかったとしても取得した『調理』スキルが消えてなくなるわけでもない。

 あまり自分で料理をしたりするイメージが浮かばないが、あればあったで何かの役に立つ時もくるかもしれない。


 とはいえ普段の空腹度を満たすための食事はアリが作っているし、デザートが食べたければライラにタカればいい。

 はじめのうちはアリたちに、アリの食事とレアたちの食事は違うものである、ということを教え込むのに苦労したが、その教育も終わっている。レア自らが包丁を持つような機会は今後もないだろう。






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