第193話「全裸の変態」(ブラン視点)
「さて、じゃあ早速この街から更地にしますか!」
「僭越ながら、更地にしてしまっては”支配した”とは言えないのでは?」
「それもそうか。さすがアザレア! でもウチ更地にするのが得意な子しかいないんだよなあ」
「初手はジャイアントコープスやフレッシュゴーレムに任せるしかありませんが、ある程度住民が死亡したらそこから手駒を増やし、以降は細かい部分はその者たちにやらせるというのはどうでしょう」
「カーマインもたまにはいいこと言うな! それ採用!」
「……たまに?」
たまたまいつもアザレアの方が先に発言するだけで私も同じ事考えていますけど?と聞こえたがスルーした。
巨大なアンデッドによってキルされる住民の死体の状態はひどいものになるだろう。
そのままゾンビにしてしまうと生前の肉体の破損はそのまま引き継がれ、仮にアイテムや魔法などで回復させたとしても傷が治ることはない。
しかしその後吸血鬼にしてしまえば、生前の正常な状態に身体が修復されて転生する。
この地を支配するとなれば、どうせいずれはすべて吸血鬼にしてしまうのだろうし、アンデッドとして転生させたついでにもう吸血鬼にしてしまった方が早い。
「ここの人たちドワーフだったっけ。生前の状態に戻ってから吸血鬼になるとすると……ドワーフの吸血鬼になるのかなあ。あれ? じゃあわたしは今一体なんの吸血鬼なんだろう」
もともとはスケルトンだった。それはレアが運営に送った質問への回答によれば、スケルトンになるべくして生みだされた骨で出来たスケルトンらしい。
つまり現在のブランは、スケルトンになるべくして生みだされたスケルトンの吸血鬼、という事になる。つまりそれは──なんだそれは。
「……まあいいや。よし、じゃあ行け! 巨人たち!」
ブランの号令一下、ジャイアントコープスとフレッシュゴーレムたちが目的の街に向かって行進を始めた。
最初に狙ったのは城壁のない長閑な町だ。
魔物の領域が遠いため、広大な畑で麦のようなものを──
「あれはライ麦ですね」
ライ麦を育てている。
どの国においても食糧自給率は100%前後にあるため、こうした町はどこに行っても見ることができる。
もっともライラの話によれば、国によって育てているものは違うらしいが。
たとえば南のポートリーであれば果樹園が多く、ヒルスやオーラルは小麦や大麦、ペアレはコメやトウモロコシをメインで栽培している。それぞれの種族に合わせた食文化があるということだろう。
そしてここシェイプはベリー畑やライ麦畑が多い。町の近くにはリンゴのような木もたくさん植えられている。
「なんでわざわざラズベリーとライ麦なんだろ」
「ドワーフと言えば、お酒を好むと聞いたことがあります」
「なるほど!」
ならば町の近くの木はリンゴかプラムだろう。それらを使ったワインがあると聞いたことがある。これはベリーも同じである。
ライ麦から作られる酒と言えばライ麦ビールがある。もしかしたらライウィスキーかもしれない。
「お酒かー。まあわたしには関係ないしアンデッドのみんなにも関係ないけど。でも果樹園は吸血鬼にとっては重要な施設だな。じゃあ町周辺の果物の木は傷つけないように気をつけるとして、それ以外の畑は地均ししちゃっていいよ!」
ライ麦畑を歩き回る死の巨人たちを見て、町から騎士団が出動してきた。
城壁もない長閑な町だ。騎士団が常駐しているとは考えづらい。
彼らはおそらく、本来は天使に対する防衛戦力として派遣されてきた者たちだろう。
天使はそれほど強くないため、戦力を1ヶ所に集中させておくよりは国内全域に薄く展開させたほうが被害が少なくて済む。
だとすれば、イベント中の今、こうした町には普段よりも強力な防衛戦力があると言えるが、代わりに他の、普段は強固な防御力を有している街はガードが下がっている状態であるとも言える。
さすがに王都ともなれば手薄にするわけにはいかないだろうしその限りではないと思われるが、それ以外の地域なら今の戦力でも大きなダメージを与えることができそうだ。
侵略するにはいいタイミングである。
「よっしゃー! 踏み潰せー!」
現れた騎士団はウェルスの王都とは比べるべくもないほど少ない。
よく見れば立派な鎧を身につけているのは数人だけで、他は簡素な革鎧や厚手の布の服だった。
職業軍人である騎士は数人だけ防衛指揮官や戦闘の指導者として派遣され、それ以外は町の自警団や若者たちから構成されている防衛隊といったところなのだろう。
レアの話ではドワーフは強い代わりに騎士は少ない可能性があるとのことだったし、それは間違っていないのかも知れない。
その数名しかいない騎士らしきNPCは確かに強かった。
ウェルスで薙ぎ倒した騎士とは比べ物にならない。
プレイヤー並だと考えるように言われていたが、プレイヤーはプレイヤーでも相当上位の腕前だ。
しかし強いのはその数名だけで、他のドワーフは大したものでもなかった。
革鎧を着ている者はそれなりに強かったが、踏み潰されたり蹴飛ばされたりを繰り返されても生きているというわけにはいかなかったようだ。そもそも革の鎧では踏み潰しに対する有効な防御は期待できない。
ただの厚手の布の服の若者はもっと楽だった。
そもそも腰が引けていて戦おうという気概が見受けられない。
巨人アンデッドたちに何の痛痒も与えることなく退場していった。
死亡した彼らをアンデッドとして生まれ変わらせるのはアザレアの仕事だ。
『死霊』を使いすぐさまゾンビ化させると、自分で歩かせて後方のブランの元まで送り出す。
ライストリュゴネスは種族スキルとしての『使役』は持っていない。リストにはあるが、必要性が無かったため取得させていなかった。そのためアンデッド化させるのならこれが一番手っ取り早い。
この状態のゾンビたちは『死霊』を使用しアンデッド化させたキャラクターの支配下にあるが、厳密に『使役』された状態にあるわけではない。倒されるとそのまま土に還ってしまうからだ。どちらかといえば『精神魔法』の『支配』を受けている状態に近いと言える。
ブランの元まで歩いてきたゾンビたちは、そこでブランによって改めて『使役』され、血を与えられて下級吸血鬼となり、再び戦線に戻るとかつての同胞たちを襲い始めた。
ブランが直接最前線でこれを行わないのは、そうアザレアたちにきつく言われているためである。
ヴァイスやレアたちに黙ってお出かけする条件として突きつけられたのだ。
アザレアたちもアンデッド化の必要があるため前線には行くが、そこで直接戦闘に参加するようなことはない。アザレアたちの力が必要なほどの相手であるなら、今回は逃げることに決めていた。
それにはレアも同意見のようで、ブランがそう考えていないなら止めていたというようなことも言われている。
そのため後方から動けないブランはアザレアの視界を『召喚』し、前線の様子を観察していた。
マゼンタとカーマインはブランの護衛である。
広大なライ麦畑は血に染まり、踏み潰されて均されており、かつての黄金色の海は見る影もない。
控えめに言って地獄絵図だ。
もはや元気に走り回っているのは巨人と騎士たちだけである。
その騎士たちにしても蓄積されたダメージによって動きがだいぶ鈍ってきているように見える。倒れるのも時間の問題だ。
「じゃあ騎士たちが片付いたら町の人たちを順番に吸血鬼に変えていこう。わたしが『使役』すれば多分自動的になんかのアンデッドになっちゃうだろうから、抵抗されなければわざわざ殺す必要はないかな」
そして騎士たちをすべて始末し、果樹園を跨いで町に侵入しようかというその時だった。
「──待てい!」
何者かが単身、町を出てこちらに歩いてくるのが見えた。体型からしてドワーフではない。ヒューマンか何かだと思われる。
どこでどうやって作ったのか、革のライダースジャケットのようなものを着ている。広義ではあれも革鎧と言っていいのだろうか。
その何者かはたったひとりで巨人たちの前に立ちはだかると、革のグローブのようなものをはめた手で握りこぶしを作り、ポーズを決めた。
「これ以上、お前たちの好きにはさせん!……俺は戦う! 人間の為に!」
「……ドワーフの為ではなく?」
聴覚もアザレアのものを借りているため、アザレアのつぶやいた独り言も聞こえた。確かにそうなのだろうが、たぶん彼の言いたいのはそういうことではない。
「見ててくれ……! 俺の……『変身』!」
「!?」
その瞬間、男の体が膨らんだ。男の体は革ジャケットや履いていた厚手のパンツを引き裂き、全裸になった。
全裸と言っても肌色の部分があるというわけではない。
全身に何かの外骨格のような、てかてかした黒い装甲をまとったその姿は、遠目に見れば全身鎧を着ているようにも見える。
だが違う。
装甲の関節部は蛇腹状のゴムのような、動きを阻害しない何かで隙間なく埋められており、鎧のどこにも繋ぎ目が見当たらない。脱ぐことを考えられていないデザインであり、つまりこれはおそらく男の肌そのものなのだ。
ゆえに全裸というわけである。
全体的には丸っこいシルエットと言える。頭部からは触角のような何かが2本立っていること、腕の装甲が外側に向けてぎざぎざとした鋭い棘状に伸びていることを除けば。
そのぎざぎざは顔の、口にあたる部分を覆う装甲にも同様の形状がある。
どこかでこんな虫を見たことがあるような、しかし思い出せない。
「あいつ、化け物だったのか!」
「う、うわあ!」
彼を心配してか、様子を見に来ていた住民らしいドワーフたちが一目散に町へと逃げ帰っていった。
「……ふっ。人間じゃないってことも、いいもんさ……」
それを見送る男の背中には哀愁が漂っている。
「ほわあ……」
ブランの開いたままの口から吐息が漏れた。
この姿、あのセリフ、そして『変身』というワード。
間違いない、彼はマスクドバイク乗りだ。
もとい、マスクドバイク乗りをよく知るプレイヤーだ。
『変身』とは何なのか。そういうスキルなのか、それとも別の何かなのか。あるいはそういう種族なのか。
どうすればあの力をブランも手にすることができるのか。というか吸血鬼にも可能なのか。
「吸血鬼自体、脳改造手前で逃げだした感あってそれなりに満足はしていたんだけど。でもまさかあんなガチの変身があったなんて……。どうしよう。吸血鬼でもなれるのかな? あ、そういうシリーズあった気がするな。 いやあれはハーフだっけ」
ブランがぶつぶつと独り言を漏らしている間にもアザレアの視界では状況が動いている。
「とう!」
男は両足を揃えてジャンプすると、手近なフレッシュゴーレムに飛び蹴りを喰らわせた。
フレッシュゴーレムはそれを受けてよろめくが、特にダメージを受けたという風ではない。
着地した男はその後も連続してパンチやキックを繰り出すが、フレッシュゴーレムは今度はよろけもしない。
考えてみれば完全武装の騎士の剣にさえ一撃で致命的なダメージを受けるというような事はなかったのに、この男の素手による攻撃でそれほど大きなダメージを受けるとは思えない。
この男が素手で騎士の剣以上に大ダメージを叩き出せるほど能力値が高いとか、『素手』スキルに経験値をつぎ込んでいるとか、そういうことならわからないでもないが、どうもそんな様子はない。
「警戒したのがバカみたい」
再度アザレアの独り言が聞こえた。
全くその通りである。
もっともブランがしていたのは警戒ではなく期待だが。
「期待はずれだよ全く」
ジャイアントコープスが男を踏み潰した。
しかしその足をどけたところ、男はよろめきながらも普通に立ち上がった。
「俺はいつでも……蘇る!」
「蘇るって言うか、死んでないだけじゃん。え? 今のノーダメージなの?」
立ち上がった男はふらついている。
さすがにダメージはあるようだ。
あれで死なないとなると、先ほどの騎士と同程度の耐久はあるという事になる。
攻撃力は大したことはないが防御力や生命力が高い形態なのだろうか。
しかしジャイアントコープスはそうは考えなかったようだ。
単純に装甲のような皮膚が硬いせいで潰せなかったと考えたらしく、その大きな手で男を捕まえると自分の目の前まで持ち上げた。そしてもう片方の手で男の首をつまむ。
「あっ」
まずい、ジャイアントコープスは男の首を引っこ抜くつもりだ。
『鑑定』で相手のスキルや種族を知りたければ、生きている間にかける必要がある。死体に発動しても死体の事しかわからない。何の種族かはわかっても、生前持っていたスキルや能力値などは不明だ。
「ご主人様!?」
「お待ちを!」
マゼンタとカーマインの制止を振り切って飛び出し、男を視認できる距離まで全速力で飛んだ。
間一髪、と言うべきか。
男の死の間際、その情報をかろうじて確認することができた。
すでに男の頭部はジャイアントコープスの右手の指先で光に変わって消えている。体も左手の中で光になっているようだが、ひとたび『鑑定』で表示させた情報は、ウィンドウを閉じたり、何か別の行動をしたりしない限りは残り続ける。
空中で虚空を見つめて停止したブランをマゼンタとカーマインが引きずるようにして後方へ下げていき、巨人たちとアザレアは再び町に向かって進撃を開始した。
「……ヒューマンだなあ。種族は」
その点について不審なところはない。
ただ気になるのは、ヒューマンであるなら何も記載されていないはずの種族特性に「甲殻」、「鎧」、「鉄」、「変態」の文字がある事だ。
確かにそうとしか言いようのない姿ではあった。いや、違う。この変態はそういう意味ではないだろう。
それにただのヒューマンが甲殻とか鎧とかを装備としてではなく種族的な能力として持っているはずがない。
それを可能にした何かがあるはずである。ヒューマンである彼に種族特性を追加した何かが。
「変身……といえば改造……肉体改造……バッタの改造ヒューマン……いやバッタじゃないのか。甲殻と鎧と鉄か。鉄の鎧はいいとして、甲殻って言うのはなんだろう」
「たしか、以前エルンタールに逗留されていたレア様配下のビートル様は甲虫の女王でした。それとなにか関わりがあるのでは?」
ブランの独り言にマゼンタが答えた。
「あ、そういえば言ってたような。じゃあ甲殻っていうのは甲虫の殻のことかな」
つまりあの男は鉄の鎧と甲虫の改造ヒューマンという事だ。
「ていうか改造ってなんだよ! そんなマッドな仕様がゲームにあるわけ──」
町の人々を踏み潰すフレッシュゴーレムを見る。
あれはレアによって何体ものスクワイア・ゾンビが合体させられた姿だ。
冷静に考えればあれほどマッドな実験も無いだろう。
「……確かレアちゃんとこのバカでかいゴーレム。あれは本人と素材だけ入れて、大きさそのままで姿だけ変わってたな。見てないけど、たぶん種族特性もそれに合わせて変わってたはず」
あれはゴーレムだったため、素材に合わせて種族も変化していたが、仮にヒューマンに同じ事をしたとして、まさかアダヒューマンとかヒューアダマンとかになったりはしないだろう。
何かの条件を満たした上で融合した場合、例えば通常のヒューマンと異常なヒューマンをスイッチできるような特性になるとしたら。
「もしかしてそれが『変態』なのかな。変態……変態ね……」
「……どうしましょう。ご主人さまが変態変態ってブツブツ言ってる……」
「……そっとしておきましょう。私達に出来ることはないわ……」
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