第192話「メガネウロン」





 もしかしたらブランがドラゴンゾンビを求めてニュートを必要とするかもしれない。

 ガルグイユは作成してみたくもあるが、レアの陣営では今の所戦力が必要だというわけでもない。今すぐやらなくてもいいだろう。ニュートは乱獲せずにそっとしておくことにする。


 定期的に襲来する天使も各地に配置した蟲たちが自動的に討伐してくれている。

 ベスパたちは戦闘力としては☆3のダンジョンの雑魚くらいなのだろうか。数は天使たちの方が多いが、多少こちらが少ないくらいなら負けることはない。

 ベスパたちもそれなりの数が倒されてしまうが、どうせ次のウェーブの時には復活している。もっともそれについてはお互い様だが。

 ベスパが倒されることで大天使にも経験値が入っていると思われるが、こちらが手に入れている経験値の方が圧倒的に多いはずだ。天使は退くことが無いため、少なくともヒルスにおいてはその殆どを蟲たちが平らげている。1体1体の戦闘力ではこちらが上なので取得できる経験値にはマイナス補正がかかっているが、それでもあの数だ。得られる経験値総量は相当なものになる。


 いかに大天使とやらが何百年も昔からこの大陸を養殖場として経験値稼ぎをしてきたとしても、追いつける日はそう遠くない。


 レアは大天使の襲撃を以下のように考えていた。


 大天使はこの大陸を巨大な生簀いけすに見立て、そこで人類や魔物という魚を養殖しているのだ。

 天使たちは魚を育てる餌であり、同時に獲物をすくい上げる網でもある。

 あえて弱い天使たちを地上にばらまき、その天使を倒して成長した人類や魔物たちを数の暴力で押し潰す。

 倒せないほど成長してしまった個体は放置だ。

 ほとんどのキャラクターには寿命があるため、網を食い破る厄介な魚も放っておけばそのうち居なくなる。


 つまりそこらのダンジョンでレアたちが行なっていることと同じである。ただスケールが大きいだけだ。


 だとすれば、大天使の手駒が弱い天使たちだけであるはずがない。

 それはレア自身のことを考えてみれば明らかだ。

 レアにとってのスガルやディアス、ジークやケリーたちのような幹部級がいてもおかしくはない。

 その場合、いかに強くなったとしてもレアひとりだけでは大天使の勢力に勝つことは難しい。相手の取り巻きを抑えてくれる頼れる配下が必要だ。


 よって今やるべき事となると、ガルグイユ部隊だとかの新戦力の開発などではなく、既存の配下の強化であると言える。

 そもそもかっこいいとかロマンがあるとかいう理由だけでガルグイユ部隊を創設しようとしていたが、冷静に考えれば作ったところで運用する場所がない。


 ガルグイユは名前や元になった魔物からして、おそらく水辺などで最もその能力を発揮する事ができるのだろう。たしかに主要な都市の側には川が流れていることが多いため、その性質は有用と言える。しかしガルグイユでは大きすぎて川に入ることがおそらくできない。

 川幅はともかく、水深が浅すぎる。人類にとっては深い川でも、彼らにとってはそうでもない。膝までしか無い川にドラゴンを並べて、それでどうするというのか。


「まあ飛べるし火も吐けるし、別に水辺にこだわることもないんだけど」


 ライラがアビゴルを一向に呼ばないのはそれもあるのだろう。最近では彼は世界樹に話しかけているような仕草もしている。意思疎通ができているのならいいのだが、そうでないなら非常に哀れだ。怖くて世界樹本人に確認していない。


「とりあえず、今はまだ居ないガルグイユのことは置いておいて、先に既存の戦力の強化かな」


 場所はお馴染みのトレの森である。

 広さ的にも防衛する戦力の層の厚さ的にも、そしてダンジョン的にもこの森は非常に都合がいい。

 この森の木々もほとんどがトレント系の魔物であるため、ラコリーヌの森同様に迷路化が可能だ。プレイヤーやNPCを近づけさせたくなければ近づけないようにする事も容易である。

 空から直接来られる場合は防ぎようがないが、この森の上空はメガサイロスが常に交代で周回し、防衛している。天使のように防ぎきれない数で襲ってこない限り、彼らの防御を抜くことはできない。


「まずは、そのメガサイロスをちょっと弄ってみよう。なんか、最近増えてる気がするし」


 ここ最近で稼いだ経験値はお小遣いのつもりでスガルやディアスたちにいくらか与えていた。


 例えば配下の居ないディアスであれば、自分自身の能力値を上げることに使ったようだった。アクティブスキルは増えていなかったので、それは今ある分でひとまず十分ということなのだろう。


 一方ジークは武者髑髏やジャイアントコープスになっていない配下の強化に使用したらしい。数が多いため少々の経験値では焼け石に水だが、自由に使うよう与えたものであるため、それについてとやかく言うようなことはない。


 問題はスガルである。

 おそらくだが、新たにメガサイロスを生み出すことに使用している。


「まあ、好きに使えばいいんだけど」


〈恐れ入ります。そうさせていただきました〉


「ああ、来たのか」


 別に呼んだわけではないが、メガサイロスを少し弄るという事は伝えた。そんなに大事なのか。


〈メガサイロスたちを強化して下さるという事でしたので〉


「うん、まあ、強化する必要があるのかどうかわからないけど。現状で航空戦力の中ではトップクラスの戦闘力だし。数もなんかけっこう増えてきたし、可能なら何体か融合させて見やすくまとめておこうかと」


〈でしたらもしかすれば、ユーベル殿のような大きなサイズになったりするかもしれないという事ですね〉


 スガルはワクワクしている。

 しかしメガサイロスはすでに十分大きい。ユーベルやウルルほどの大きさはないが、そこらに生えているトレントよりは大きいだろう。これを仮に30体とか融合してしまったらどれほどの大きさになってしまうのか。


 今のところの傾向では、投入した魔物の総体重よりも生まれた魔物の体重の方がおそらく大きい。だとしたらちょっと考えたくもない結果になりそうだというか、消費MPが卵のサイズに比例する事も考慮するとそもそも可能かどうかわからない。


「スガ──」


 やはり別のものを、と言いかけたが、スガルはすでに何かの樽を用意していた。樽は横向きで台座に固定されており、蓋の下部には小さな穴と、それをふさぐコルクのようなものが付いている。

 この世界にそういう文化があること自体、興味がなかったため知らなかったが、これはおそらくワイン樽とかそういうものだ。資料としてそういう画像を見たことがある。

 しかしまさかワインを飲ませようとしているわけではあるまい。

 この樽には何が入っているのだろう。


〈ご安心を。MPポーションでしたらこちらに〉


「……そう。ありがとう」


 生産拠点のほとんどをリフレに移したのは確かだが、それで別にリーベの工場を閉鎖したわけではない。そこで働いている配下の工兵から徴発してきたのだろう。あの工場で働いている工兵アリはかなり初期の頃に配置したメンバーだ。確かほとんどがスガル直属の配下のはずだ。


「一応、言っておくけど、もし融合素材ではなかった場合は何も起こらないからね」


〈心得ております〉


 仕方がない。やるしかない。

 レアとしても強力な飛行可能ユニットが増えることに否やはない。

 現状の戦力を考えると、地上戦力と航空戦力のバランスには大きな偏りがある。地上で戦う相手の方が圧倒的に多いため、本来それで構わないのだが、今回に限って言えば天使たちはすべて空から現れる。

 対大天使で戦力強化を考えるのなら航空戦力の拡充は不可欠と言える。


「じゃあ、ちょっとみんな呼んできてよ。『哲学者の卵』」





〈呼んでまいりました〉


「ああ、ありが──ひっ」


 こんなにいたのか。

 そこには数十にも届こうかという数のメガサイロスがいた。

 レアは別段虫が苦手とかそういう事はないのだが、この光景には本能的な恐怖を覚える。

 無数に光る赤い眼、小刻みに震えている翅、キチキチというどこから鳴っているのか不明な音。


 これをけしかけられる相手にはさすがに同情する。

 もっとも天使たちは襲い来る際のその表情から、喜怒哀楽で言えば「怒」しか持っていないかのように見える。彼らがまともな感情を備えているのかは不明だ。


 粟立つ鳥肌やなぜか畳めない翼を強引に無視し、粛々と作業を進めた。









「まあ、とりあえずその大量のポーションは必要なさそうだね」


 大きさのためなのか、元々そういう風に決められているのか、素材として卵に入れることができたメガサイロスは5体だった。

 それでもその時点での卵の大きさはユーベルたちのサイズに匹敵する。

 以前と同様、賢者の石に加え、レアの血液も混ぜ込んでおいた。他に実験的に清らかな心臓なども入れてみたかったが、これは弾かれてしまった。


 そして誕生した魔物は「メガネウロン」。

 赤黒い外骨格が艶めく、一言で言えば蟲のパーツで作った竜のようなシルエットのモンスターだ。

 ガルグイユと比べるとやや細長く、前脚の部分には大きなカブトムシの足のようなものが生えている。後脚も同様だ。

 それだけならばよいのだが、前脚と後脚の間にも何対も同様の足が生えている。エビ反らないエビ、というかシャコに似ているだろうか。立ち上がった時など、その足の付け根の密集部分などはとても直視できない。

 また頭部は刺々しい外骨格に覆われ、一部のカミキリムシのそれに似た触角が後方へと伸びている。そのシルエット自体はドラゴンのように見えない事もないのだが、惜しむらくは下顎が左右に開く事だろうか。頭部の形状自体はスマートな馬面と言えるが、口だけ見ればトンボのようでもある。


「……ああ、ドラゴンフライだからかな」


 口部分はそれだけではなく、以前からあったクワガタのような大きな顎もついている。クワガタというか、全体のシルエットからすればヘビトンボのような印象ではあるが。


 また背中の翼……いや、翅も、コウモリなどの羽と昆虫の翅を掛け合わせたような形状で、薄く半透明の膜状の翅をささえる幾筋もの翅脈が見える。当然のように2対4枚だ。


「確か、節足動物の巨大化を妨げているのは外骨格である、みたいな学説をどこかで見かけたことがあるような気がしたんだけど、平気なのかな」


 外骨格で構成された関節を駆動させる際、当然だがそのために必要な筋肉は外骨格の内側にある。よって筋肉のサイズは外骨格の形に制限されることになる。

 一方、筋肉が生みだす力の強さはその断面積に比例する。

 また、その筋肉が支えるべき体重はその生物の体積に比例する。

 つまり仮に生物を相似拡大した場合、割合だけで言えば、筋肉は大きさの2乗に比例して力が増していくのに対し、筋肉にかかる負荷は大きさの3乗に比例して増えていくのである。


 外骨格を持つ生物の場合はさらに条件が厳しくなる。

 内骨格の生物であれば筋肉を太くすることである程度対応可能だが、外骨格生物は筋肉の大きさが外骨格によって制限されているため、スペックを十全に発揮できる限界のサイズというものがおのずと存在することになる。


 これが外骨格を持つ生物が他の動物、例えばゾウやクジラのように大きくなれない理由である。


「──いや、ていうか、そもそもわたしのSTRだって別にわたしの筋肉によって生み出されているわけじゃないしな。数字だけで言えばライラのガルグイユと腕相撲してもたぶん勝てるけど、あんなに腕太いわけじゃないし」


 能力値やスキルによってゲーム的なサポートを受けている以上、外見とスペックが一致するとは限らない。

 その割にはサイズ差による回避・命中補正や重量による与ダメージ補正などは存在するため、理不尽と言えば理不尽ではあるが。

 仮にレアとガルグイユのSTRが同等だったとしても、レアのパンチよりガルグイユのパンチの方が威力が高くなるはずだ。


〈ああ、いいですね。大きくてかっこいいと思います〉


「……そう。よかったね……」


 サイズが大きい場合は物理攻撃時の威力が増したり、LPがVITやSTRなどに関わらず一定の割合増加するなどのメリットがあるが、代わりに命中率が低下したり、範囲攻撃を受けた際に多段ヒットするなどのデメリットがある。

 総合的には、敵に与える心理的プレッシャーを考えれば大きい方が有利な気がしないでもない。


「ひとまず、メガサイロスはこれで──あ、全部やるの? 足りない分は今から産む? そう……」





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