第191話「邪魔姉妹」(伯爵先輩視点)





「ようこそおいで下さいました、邪王ライラ様」


 城の広間でヴァイスが新たな邪王を迎え入れた。

 わざわざここまで挨拶に来るくらいであるし、どこぞの大陸の地下に引きこもったままの邪王とは違い社交的なのだろう。

 あるいは何かの目的があるか、単に吸血鬼勢力とつなぎを持っておきたいだけだという可能性もある。

 いずれにしても自分のことしか考えていない邪王よりは、遙かに恐ろしい存在と言える。


 だがそれはそれとして言っておくべき事があった。


「──ブランに良くして下さっているようで、ありがとうございます。ああ、それからフルーツタルトというものを頂きました。すばらしいものでしたな」


 この見た目のせいで軽く思われがちだが、単に外見的に変化がないと言うだけで伯爵は非常に長い時を生きている。

 つまり大人である。

 世話になっている礼くらい言うし、必要ならば褒めもする。もっとも今回に限っては単なる社交辞令ではなく本心だが。


「伯爵閣下のお口に合ったのならなにより。あれは私がほんの手慰みに焼いたものだけど、よく作っているから、もしよければ今度お邪魔するときにでも持参するよ」


 こちらが褒めていると言うのに暇つぶしに作ったものだと卑下し、あまつさえそれを手土産にするとはなかなか失礼な言いようだが、このように過度に謙遜した言い方をする文化もあるという事を伯爵は知っている。

 まだほんの少し会話しただけではあるものの、そこから見える性格やブランから聞いている人物像から察するに、失礼を承知での物言いというよりそういう文化の出身なのだろう。


 異なる文化と接する機会がこれまで少なかったのか、よほど厳しくそのように躾けられてきたのか、どちらなのかは不明だが、ひとつ言えることは、この邪王は見た目の通りに若い人物だろうという事だ。


 おそらく例の新魔王やブランたちとそう大きく年齢は変わらないはずだ。


 一部には容姿が出自と関係しない者がいることも知っているが、この邪王と魔王には何らかの縁戚関係でもあるのかも知れない。元となった種族を思えば考えにくいが、それすら操作するアイテムが存在しないわけでもない。


「それはありがたい。楽しみにしておきましょう。それと敬称はお気になさらず。して、今日はどのような?」


「邪王という種族になったのでね。ブランちゃんを通じてだけど、全く知らない間柄でもないし、ひと言ご挨拶をと思って。それにどうやら私の他の邪王についてご存知だという事だし、何かお互いにためになるお話でもできたらと。もちろんあなたからもらった情報を使ってあなたをどうこうするようなことは考えていないし、当然だけど敵対するつもりもない」


 ついこの間にも似たような事を聞いたばかりだ。


 もちろんそれ自体は歓迎すべきことである。

 そもそも伯爵としては殊更に他者と敵対したいわけでもない。ただ自分の知っていることを話すべき相手かどうかを見定める指標の一つに戦闘力などがあるため、戦った方が早いだろう場合が多いというだけだ。


 また邪王についての話をする事に関しては特に制限はない。話したところでどうにかなるものでもないし、大半の者にとってはどうでもいい情報だからだ。

 つまり伯爵の胸三寸で話すかどうかを決めてよい内容なわけだが、この人物はブランや魔王と深いつながりがあるようだし、実際に話してみた感じからしても問題のある人物には思えない。別に話しても構うまい。


 何より邪王についての情報を誰より活用できるのは目の前の新邪王を置いて他にはいない。それに自分のもたらした情報によって世界の一部に変化が起こるというのはなにやら不思議な高揚感を覚える。

 しかもそれが盟約などに関わらない完全な自分の意志によるものだとすればなおさらだ。


「そうですな。私の知っている邪王についてお話しするのはやぶさかではありません。ついでに邪王以外にも同格の方々や北の極点の黄金龍についても──あ、そちらは別に? そうですか……」









「──やっぱり増えるのか、これ」


「そうですな。少なくとも私の知る邪王にはもっとたくさんありましたな。と言ってもあくまでスキル発動時の話で、普段の見た目ではそういう模様が描いてある程度でしたが」


「うううううん、ならまあ、いいか……」


 伯爵の敬愛する主人もそうだが、女性というのは男性の思っている以上に見た目に気を使う。らしい。

 どういう状態を美しいと感じるかは人それぞれだが、元がヒューマンであるならが増えるのは確かに受け入れづらいのかもしれない。


「おっと、ちょっと失礼」


 邪王は伯爵に断り、しばし目を閉じて瞑想でもしているかのような状態になった。

 どこかと何かしらのやり取りをしているのだろう。


 彼らはこのように遠くにいる友人と自由に会話をすることが出来る。

 この能力を駆使すればこんな大陸など瞬く間に制圧してしまえるだろうが、なぜか彼らは全員で連携してそれをやろうとはしない。

 もっとも、魔王と邪王と爵位持ち吸血鬼が距離に関係なく秘密裏にいつでも連絡を取り合えるという時点で、この大陸の命運はすでに決まっているようなものだが。


 ブランはこういう時、視線を虚空にさまよわせ、口を半開きにしたり、時には内容を声に出したりしていたが、邪王はそういうそぶりは一切ない。育ちの違いというものだろう。


「──申し訳ない。ちょっと妹から」


「魔王とはご姉妹でしたか」


「ああ、まあね」


 妹がいるとするなら魔王だろうと考え当てずっぽうで言ってみたが正解だった。

 種族的には隔たりはあるが、同じ顔立ちである。わかりやすくて良い。顔だけでなく、振る舞いや態度にも共通点がある。

 少なくともブランと姉妹だと言われるよりは驚きは少ない。


「さて、今日はいろいろとためになるお話をありがとう、伯爵。このお礼はまたいずれ」


「いや、かまいません。こんな所にこうしていると、どうしても他者と関わる機会が少なくなりますのでね。おかげでいい時間を過ごせました」


 彼らの文化にならい、どうせ暇だったから、とでも言った方がよかっただろうか。

 いや、それは少しニュアンスが違うような気もする。

 異文化の表現は難しい。余計な事は言わないに限る。


「じゃあ、私はこれで。これからもブランちゃんと、まぁあと出来ればでいいけど私の妹をよろしくね」


「それはもちろんです。こちらこそよろしくお願いします」


 邪王は軽く会釈すると、そのポーズのまま消えていった。


 彼女は魔王、妹の方とは似ているようでまた違った怖さを持つ存在だった。

 今はまだ、実力的には伯爵に及ばないだろうが、邪王であるならそれも今のうちだけだろう。

 あの魔王のようにすぐに飛び越えていくに違いない。


 そしてそれは、あまり考えないようにしていたがあのブランも同様だ。

 ヴァイスの話ではすでに伯爵級カウンテスに到ろうかという潜在能力を獲得しているようだし、侯爵級マーシャネス公爵級ダッチェスになるのも時間の問題だ。

 伯爵の歩んできた道程を思えば異常な速さと言えるが、彼らがそういう存在であるのはわかっている。


 伯爵のように祖を持たないブランであれば、その上はもう真祖になる。

 いかに別の系の吸血鬼と言えど、真祖ともなれば伯爵も膝を折って接するのが礼儀だ。


 その時ブランはどういう顔をするのだろうか。


 そして伯爵はどういう顔をしているだろう。


 少し楽しみであるような、そうでもないような、不思議な気分だった。


「……ご報告に、と思い参上しましたが。まさか向こうのほうから顔を出してくるとは思いもしませんでした」


 邪王が誕生したらしいという報告はヴァイスから受けたばかりだった。

 しかしそれからさほど時をおかずして、その本人が古城に現れた。

 おそらく新邪王はブランに連絡し、そこで何らかの情報を得てこの古城を目指したのだ。そしてヴァイスは邪王と話したブランから邪王誕生の報を聞き、こちらに現れた。

 ヴァイスの方が若干早かったのは単純に距離の問題だろう。

 能力的には邪王の方が高いため、飛行速度は邪王に軍配が上がるが、飛行するという行動の慣れの差もある。邪王になったばかりなら空を飛ぶことにはまだ慣れていなかったということだ。


「魔王同様、別に敵対するというつもりなわけでもない。むしろなるべく懇意にしておきたいという心算しんさんも見えた。ならば別に構うまい」


「左様でございますね。私は直接言葉を交わした事はほとんどありませんが、ブラン様と歓談されている様子は拝見した事があります。よく知った相手に無体な事をするような人柄には見えませんでした」


 今回の会話や、魔王にした前回の会話など、それらについて恩を感じているような雰囲気も察せられた。

 彼女たちがそれを借りに感じている限りは敵対関係になることはないだろうし、その期間が長ければ長いほど、それ以降も敵対する可能性は低くなるように思えた。


「……まあ、いずれにしても、我にとっても良いことではある。いい関係を築いておくことができれば、我が主の望みも容易く叶うやもしれんしな」


 そのためにはまず彼女らに海を越えてもらわねばならない。

 しかしそれもさほどの時間はかからないだろう。

 少なくとも魔王や邪王になるよりははるかに簡単な事だ。


「ああ、それからブランは天使の落とした濁った宝石をどうしている? きちんと数えて管理しているのか?」


「あの、清らかな心臓とかいう物のことですか?」


「そういう名前なのか、あれは。まあとにかくそれの事だ」


 いつ何があるかわかったものではない。

 あの宝石はあればあるだけ持っておいた方がいい。


「いえ、ブラン様におかれましては、どうもあの天使たちが苦手なようで。おそらく街中に放置されているかと」


「……そうか。悪いが拾っておいてくれ」


 一般的に、死亡した者からはおよそ1時間でその魂が失われる。

 これは死霊術などの実験により実証されている、確度の高い情報だ。

 天使の落とす濁った宝石、清らかな心臓というそのアイテムは、この魂を肉体に留めておく時間を引き延ばす事が可能だ。

 伯爵は『鑑定』のようなスキルを所持していないため詳細は知らなかったが、これも経験則によって効果だけは知っていた。


 引きのばせる時間はひとつにつき1時間である。

 そして世界の法則として、魂がとどまっている限り死体の腐敗が始まる事はない。

 つまり仮にこのアイテムを8760個所持していれば、それだけで1年もの間、死亡したキャラクターを死亡直後の状態に保っておくことができるという事である。


 伯爵自身は本当の意味で死亡することはないが、持っておいて損はない。

 たとえ誰かが死亡したその時に蘇生アイテムや蘇生スキルが無かったとしても、それを入手するまでの間、もたせておくことはできる。


「……持ってさえいれば、と思う時が来るかもしれん。その時後悔するよりいいだろう」





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