第190話「因果応報」





「──いえ! 必要ありません!」


 もし良ければレアの分のジャイアントコープスや武者髑髏も貸し出そうか、という提案はブランには断られてしまった。


「そう? 遠慮しなくてもいいけど」


「いいんだよ。本当のこと言うと、ひとりで国とか滅ぼして、あとでみんなを驚かせようみたいなところもあったから。まあ出来るだけひとりでやろうかなって」


 しかしブランの言い分もよくわかる。

 やれるだけ自分の力だけでやってみて、それでもし何かを成すことができたなら、その時初めて自分の価値を自分で認めてやることができる。

 たぶんそういう感覚だろう。

 偉大な祖母と卒なくこなす母、最初から何でもできる姉に囲まれて育ったレアにも覚えがある。まわりがみんなそんな化物ばかりだと、何せ自分に自信を持つことさえ難しいのだ。

 それがまた、よその家と比較するような年ごろになってくると、今度は、あれ、家族以外に負けることって実は無いなという事に気が付き始め、妙な感じにプライドの高い子供になっていってしまうわけだが、それは今は関係ない。


「そう。ブランがそうしたいのなら、それがいいと思う。じゃあせめてアドバイスだけでもどうかな」


「それも別に──あ、やっぱ聞いておきます」


 向こうの方でブラン配下のライストリュゴネスたちがすごい目力でこちらにサインを送っている。聞いておけ、と言いたいのだろう。


「それじゃあ。シェイプはドワーフの多い、というかほぼドワーフだけしかいない国なんだけど、ドワーフのNPCってたいていヒューマンのNPCより強いんだよ。貴族は特にその傾向が強い」


「そうなの? でもプレイヤーはドワーフとヒューマンってそんなに変わんないよね? スタート時には確かちょっとだけ差はあった気がするけど」


 確かにエルフやドワーフを選択した場合は追加で経験値が必要になる。

 その分初期能力値も高かったりするのだが、それはある程度成長してしまえば誤差の範囲と言える。


「それもあるけど、それ以上にNPCだからって理由があるんだよ。

 エルフやドワーフの寿命はとても長く設定されているんだ。だから同じような年齢に見えても、ヒューマンとドワーフでは実年齢は例えば3倍以上の差が開いているなんてこともある。プレイヤーだってオープンβの頃からプレイしている人と、最近始めた人とじゃ取得した経験値に大きな差があるよね?

 NPCも同じで、長く生きている人の方がそれまでに得た経験値は多い。だからドワーフは平均的に強いし、配下の経験値を吸い上げられる貴族はさらにその傾向が顕著というわけだ」


 もう一つ言うなら、ドワーフの細かい仕様については詳しくないが、エルフと同じく精霊王や魔王に至る道が用意されているというのなら、配下を増やすより自分自身を強くする方にビルドしやすい種族ではないかと推測できる。

 その場合貴族だからと言ってヒューマンのように容易に経験値が稼げるわけではないだろうが、逆に貴族でないからと言って油断できる相手ではないという事でもある。


 とにかく言っておきたいのは、エルンタールやアルトリーヴァの時のように容易に攻め滅ぼせるような相手とは限らないという事だ。

 全員がそれなりのプレイヤー並みだと考えて行動したほうがいい。


 そういった内容のアドバイスを伝え終わると、アザレアたちから感謝のこもった視線を向けられたのを感じた。いつもご苦労様である、と考えると同時に、もしかしてスガルやディアスたちにも同様の心労をかけているのでは、という不安にも駆られる。いや、自分は大丈夫なはずだ。


「──なるほど、そっか。敵が全員プレイヤー並みだとするなら、ちょっと今の戦力だけじゃ心もとないかも。うーん、でもバーガンディはエルンタールの守りがあるしなあ」


「よかったら、うちのユーベルを代わりにエルンタールの防衛に貸そうか? ユーベルっていうのは最近作ったアンフィスバエナ、まあ双頭竜なんだけど、スケリェットギドラの代わりとしては十分使えると思うよ」


 そのうちやろうと考えていたプランでもある。かなり予定が早まったが問題ない。


「え? だったら助かるな! でも、それってつまりわたしの領域から主戦力のバーガンディが抜けて、代わりにレアちゃんのえーと、ユーベル?君が入るって事だよね? それだと多分わたしの勢力だと認識されないから、難易度めっちゃ下がったのにバケモノだけはいるっていう不審な現象が」


「……言われてみればその通りだ。馬鹿だなわたしは」


 いざとなったらライラやブランと戦力の融通をすればいろいろとはかどるな、と考えていたが、場合によってはそれは出来ない。理由はブランが言った通りだ。


「ま、とりあえずその辺の街とか適当に襲ってから考えるよ! 戦法としてはさっきと同様に巨死人をけしかけて押しつぶす作戦だから、その時点でどうにかできそうになかったらもう逃げる!」


 思っていたより安全性の高い策だ。

 それでだめならアザレア達を、と言いだすようなら止めていたが、これなら大丈夫だろう。

 向こうでそのアザレア達も胸をなでおろしている。


「そうなったときはたぶん、悔しいけど今のわたしにはまだ早いってことなんだろうね。その時はおとなしく仲間を増やして次の街に行くよ」


「次の街に行くの?」


「いや、まあ、今のは言葉の綾で……何でもないです。でも仲間を増やすのは本心かな。ちょーっとレアちゃんに手伝ってもらう事になっちゃうかもしれないけど、たとえばドラゴンゾンビ的なのをたくさん用意するとかね」


 賢者の石や経験値に糸目をつけないというのなら、ニュート達からドラゴンゾンビ系のモンスターを作れない事もないだろう。

 スケリェットギドラやアンフィスバエナ、ガルグイユの性能を考えれば1体作れば相当な助けになるはずだ。

 もちろんそれだけで一国を滅ぼすほどの力とは到底言えないだろうが、国を相手にすると言っても相手のすべての戦力と同時にぶつかるわけではない。

 小さな街からこつこつと制圧していき、少しずつ相手のリソースを削っていけば十分勝負になる。ラコリーヌの街でヒルスのほとんどの戦力とぶつかったり、ポートリーの王都で騎士団のほとんどを相手にしたのはあくまでレアケースだ。レアだけに。


「……」


 飛行することができ、大きな戦力をその場に『召喚』することのできるブランにとって、その神出鬼没さこそが最大の強みと言える。

 たとえどこかの街を集中的に防衛されたとしても、その時はそれ以外の街を襲えばいいだけだ。

 それが繰り返されれば相手は安易に戦力を集中させることなどできなくなる。

 特にこの世界では距離というのはおどろくほど大きな壁になる。

 どこそこの街が襲われた、という情報を上層部が得た頃には、なんならその国の正反対に位置する街を襲撃することさえ不可能ではない。

 下準備として各街に配下のアンデッドなどを配置しておけばよりスムーズに事を運べるだろう。


 これは雑談程度のつもりで話した事だが、聞いたブランはぽかんと口を開けていた。


「……ライラさんの話を聞いた時も思ったんだけどさ。そういうのってどこで習うの? 最近の学校ってそんなこと教えてくれんの?」


「いや、習う、っていうか。ことさらにどこかでそういう教育を受けたって事はないけど」


 最近の学校と言われても困る。

 話している感じ、ブランとそう年が離れているような感じはしない。まるで長いこと学校に行っていないかのような物言いだが、ブランに心当たりがないならレアにもない。


「ああ、じゃあご家庭の教育方針とかかな。どういう家庭なの」


 それについては一般的でない自覚があるため言い訳できない。


「まあ、とにかく参考になったならいいんだけど」


「超なったよ! サルでもできる国家転覆とかって本でも読んでるのかと思ったよ!」


 なるほど、出来ない事もないかもしれない。

 余裕があればその方向でモン吉たちを強化してみてもいい。

 シェイプはブランに任せるとして、ヒルス、オーラルは既にレアとライラの手に落ちている。ウェルスとポートリーも時間の問題だ。

 そして幻獣王についての情報さえ得ることができればペアレに用はない。あるいはその情報が全く得られない場合でも同様だ。


 もともとモン吉たちはペアレの出身らしいし、ある意味で故郷に錦を飾ると言えよう。白魔たちと同じである。

 昨日の敵は今日の友、ということで彼ら狼たちにも活躍してもらいたい。地元に帰るという意味では白魔は先輩だ。いろいろ助けになってくれるはずだ。


「なんか、色々な原因があって、その結果さまざまな事が起きたんだろうけど、それをひとつひとつさかのぼっていって順番に無に帰しているような気分だな。因果応報というのか、まあそれにしては因果のわりに報いが大きすぎる場合が多いけど」


「何のこと?」


「独り言かな。とりあえずシェイプの襲撃頑張ってね」






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る