第189話「颯爽登場!」
「──おそらくですが、ブラン様の襲撃を受けています」
急ぎウェルス王都に飛び、マーレから詳細を聞いてみればそのように報告された。
「何? ブラン? なんで?」
「理由まではわかりかねますが……。現在は外壁の外でケリー様や聖教会が騎士たちと連携して巨大なアンデッドを抑えておりますので、そちらをご覧ください」
言われるままにケリーの視界を『召喚』して共有する。
なるほど、確かに見覚えのあるアンデッドだ。あれはジャイアントコープスとフレッシュゴーレムだろう。
自然に発生したという可能性もないではないが、あんな目立つ魔物がそこらを闊歩していたらSNSでも話題になっていただろうし、あんなのでもそれなりの戦闘力を持っている。ちょっと防衛能力の低い街だとおそらく壊滅してしまう。
以前から発生していたのならもっと外壁が高く強靭に作られているとか、何らかの対策がされているはずだ。
あれが自然発生したアンデッドでないならば、十中八九レアの製造したものだろう。アンデッドの融合は一度しかやっていないため、間違いなく前回の製造ロットである。実験も兼ねてブランのゾンビを融合させた時のものだ。
というか、ブランに聞いた方が早い。
〈もしもしブラン? 今何してる?〉
〈あ、レアちゃん! 今? ないしょ!〉
〈もしかしてあれじゃない? どこかの街、たとえばだけど、ウェルスの王都とかを攻撃してたりするんじゃない?〉
〈え? すげー! なんでわかんの? メンタリスト?〉
〈ああ、やっぱりそうか〉
やはりブランだった。
一体何を考えてそのような事をしたのかはわからないが、別にブランが何か悪い事をしたわけではない。
確かにお互いになるべく協調してプレイしていこうとライラも交えて3人で話し合いはした。
しかしこのウェルスに関してはまだ特に誰も何をするとも宣言しておらず、強いて言うならライラが野盗を放ったりしているのかも知れないが、そのくらいである。些細な事だ。
タイミング的に、ほぼ同時にレアとブランがこの国に目をつけ、たまたまレアは水面下で、ブランは大々的に攻撃をしようとしてカチ合った。そんなところだろう。
〈いや、実は今わたしはその街にいるんだけれども〉
〈え!? そうなの!?〉
別にいちいち、これからどこそこを攻めるとか、どういう行動を起こすとか、そんなことまで互いに報告する必要はない。事後報告でいい。レアはそのつもりだったし、ブランもそうだろう。
〈そっかー……。じゃあレアちゃんの方が先だったってことだよね。どうしよう。わたし帰った方がいいかな? なんかごめんね?〉
〈いや、こちらこそだけれど。ちょっと待ってね。そのまま攻撃は続けてていいよ〉
しかし出会いがしらにぶつかってしまった以上は仕方ない。
事故はもうすでに起きてしまっている。
しかもそれはこの街に住むNPCやプレイヤーにとっては一大事だ。
ただでさえ天使の群れが攻めてきていて忙しいところに、突然聖教会から聖女が現れ、かと思えば巨大なアンデッドの襲来である。
いくらイベントとはいえ、さすがに展開が急すぎて混乱しているだろう。国に上げられる報告書はどこかで渋滞しているのではと心配になるほどだ。
かと言って今急にブランに退かれてはかえって不審に思われる。
意気揚々と攻撃してきた巨大なアンデッドたちが、特に理由もなくすごすごと引き下がっていけば、何者かにそう指示でもされたのではと勘繰られる可能性がある。
特に今は天使が大量の清らかな心臓をばら撒いている時期だ。死霊術師のような生業の者が本当にいるのか不明だが、グスタフの話が正しければその者たちはさぞ活発に活動していることだろう。
そうした者がもしいればそいつが疑われることになるはずだ。もしいれば、というかレアの知る限り確実に1人は死霊術を扱う者が王都に侵入している。もちろんレアの事である。
論理的に考えれば清らかな心臓と巨大アンデッドを結びつける確かな証拠はないが、少しでもそうこじつけられる理由があれば、人はそれをたやすく信じてしまうものだ。正常性バイアスというやつである。人々はどうしても信じたいものを信じてしまう傾向にある。
それならばもっとセンセーショナルで、信じたくなるようなシナリオがあればいい。
例えば不運にも天使と時期を同じくして巨大なアンデッドが現れたが、神の遣わした聖女の活躍によりこの街は守られた、とか。
マッチポンプには定評のある、ウェルス聖教会の出番だ。
〈攻撃しながら聞いてほしいんだけど、わたしは今この街で──〉
***
ウェルス王都を覆う城壁は相当に高い。
しかし今、街を攻撃してきているアンデッドたちはその高い城壁にも手をかけることができそうなほどの大きさをしている。
ここは王都である。ウェルス王国で最も守りの硬い場所だ。
街を守る騎士たちの質も他の街よりも高く、その数も多い。
ここ最近も天使と呼ばれる魔物たちが無差別に街を襲撃してきていたが、この王都においては目立った被害は出ていなかった。
騎士の強さもさることながら、それ以上に素晴らしい救いがあったためだ。
ウェルス聖教会から「聖女」と呼ばれる光り輝く乙女が現れ、街を襲う天使たちを一手に引きつけ、まとめて倒すという英雄的な行動を繰り返していたのである。
この街は、いやこの国は神によって見守られている。
住民たちはそう思っていた。
しかしこの日、突然彼方より巨大なアンデッドが現れ、街へ向かってきた。
アンデッドたちは城壁にまで迫り、騎士たちを何人もなぎ倒した。
騎士たちがその一撃で戦闘不能になってしまうというほどの強さではなかったが、大きいというのはそれだけでアドバンテージである。
騎士たちの攻撃もダメージを与えてはいるようだったが、巨人アンデッドの生命力が多いためか、あまり有効なようには見えなかった。
ウェルス聖教会でも実力ある司教たちや、王都に居を構える商会の子飼いの傭兵などが防衛に参加していたおかげでなんとか城壁を越えられる事態にまでは至っていないが、それも時間の問題に思われた。
しかもあろうことか、襲いくるアンデッドに倍するほどの数の巨人アンデッドがさらに増援に現れたのである。
もともといたアンデッドたちは蓄積されたダメージのせいか後方へ下がり、新たに現れたアンデッドが前に出てくることで、騎士たちの心をへし折りかけ、住民たちは天を仰いだ。
しかしやはり、神はウェルスを見捨ててはいなかった。
そこに現れたのが
薄闇の中でも光り輝いて見える髪をなびかせ、夜のウェルスに降臨した。
聖女は閉ざされた双眸でどのようにしてか、颯爽と城壁を駆け上がり、住民や騎士たちがあっと声を上げる間もなく街の外へ飛び出すと、得意の『神聖魔法』で近場の巨人アンデッドを消し飛ばした。新しく現れた方の、ダメージをまだ受けていない個体だ。
つまり聖女の力をもってすれば、この巨人アンデッドなど一撃の元に葬りされるということである。
しかし魔法も万能ではない。
一度発動すれば、次に同じ魔法を発動できるようになるまでにリキャストタイムと呼ばれる時間がしばし必要になる。
だがそれも心配には及ばなかった。
聖女は城壁同様に巨人アンデッドの体をも駆け上がり、敵の肩を蹴って飛び上がると、その脳天へ手にした剣を突き刺したのだ。
いかなるスキルの為せる技か、剣を突き立てられた巨人アンデッドの頭部はまるで『神聖魔法』を受けたかのように弾け飛び、どう、と倒れ伏した。
そのときにはもう聖女は巨人アンデッドの頭部にはいない。
倒れる前に次の敵へと飛び移り、今度はそっ首を叩き斬り、それが終われば次の敵、次の敵へと流れるようにアンデッドを討伐していったのだ。
後から現れた巨人アンデッドの増援があらかた片付けられる頃には、残ったアンデッドたちも不利を悟ってか、元来た方へと逃げ帰っていくのだった。
***
「──逃げ帰っていくのだった。めでたしめでたし、といったところかな」
マーレが剣を突き立てるタイミングに合わせ、ジャイアントコープスの頭部を『神聖魔法』で吹き飛ばすとレアは一息ついた。
今のでレアがリーベの草原から追加で呼んだ分は最後だ。
せっかくの機会だし、これを利用して聖女の名声をさらに高めようと一芝居打ったということだ。
ただそのためにブランの手駒を傷つけるのは忍びなかったため、同型のジャイアントコープスを追加でレアが『召喚』し、そちらをマーレに倒させたのである。
倒されるレアのジャイアントコープスを見て、旗色が悪くなってきたという事にし、ブランたちには自然な形で退いてもらった。
〈おつかれー!〉
〈お疲れ様。悪かったね、ブラン。この埋め合わせはするよ〉
〈いやー! 元はと言えばわたしが勝手に攻めてきちゃった事だしなあ〉
〈それはお互い様だって言ったでしょう? もしブランがどこでもいいから戦争したいというのなら、そうだな、シェイプはどうかな? あそこが今一番どうでもいいんだけど〉
ついでに言えば、ヒルスから最も遠く目が届きにくいシェイプをブランが抑えてくれると大変助かる。
〈いいよどこでも! じゃあこの後行こうかな!〉
〈え!? 今から? まあ、いいか。じゃああっちについたら教えてよ。こっちの後始末が終わったら一度様子を見に行くから〉
〈ラジャー! いやーそれにしてもかっこよかったねえ、えーとマーレちゃんだっけ? 聖女の子! 颯爽登場! ウェルス美聖女! って感じで!〉
〈……じゃあまた後でね〉
城壁を越えられる前に事態が収束したため住民たちに被害は無いが、騎士たちには怪我を負った者もいる。攻撃を受けた城壁にも崩れてしまっている部分がある。
聖教会が騎士たちを救護し、傷の癒えた騎士から城壁の修繕に回っていた。
もちろんケリーが掌握した商会も人手を出している。
傘下の職人たちを動員し、城壁の修復も急ピッチで進んでいた。スキルがあるからこそ可能な素早い対応だ。
ジャイアントコープスたちが去った後のウェルス王都は喜びに沸いている。
大通りや広場では喜び騒ぐ住民たちの緩んだ財布の紐を期待してか、酒場や昼間の屋台の主人たちが簡単な料理を売り歩いている。
もちろん最初にやりはじめたのはレアの指示を受けた商会傘下の商人である。
金儲けが目的ではない。
住民たちに、この脅威は聖教会のおかげで乗り越えることが出来たのだと言うことをより強く記憶に残してもらうためだ。どんちゃん騒ぎというのは後からこの出来事を思い出すためのいいきっかけになる。
人の記憶というのは曖昧で、いずれ薄れていくものだ。
ただ見たり聞いたりしただけの事ならなおさらである。しかしそこに、さらに何かを嗅いだり味わったりなど複数の五感を通じて体験した場合は、より長く、より鮮明に記憶に残る事がある。
ゲームのNPC、AIにそういう仕様があるのかはわからない。というか、そもそもAIが物忘れなどをするのかどうかは不明だ。
しかしやらないよりはいいだろう。少なくとも今、街全体にいい雰囲気は出ている。
姿を消して上空から見渡す限りでは、聖女マーレや聖教会はまことに素晴らしい人気ぶりに見える。貴族や王族に支配された騎士たちがどう感じているのかはわからないが、少なくとも衛兵らしき一般兵士は実に好意的に彼らを見ている。
騎士も怪我を治してもらった手前か、ここにいる者たちはみな笑顔で聖教会に感謝を述べているようだ。
「まあ、怪我を治してもらって借りを作るくらいなら、死んでリスポーンさせたほうがマシだ、なんて考える貴族なんかはいるかもしれないけど」
今のところ、眼下からレアを認識しているような存在は見当たらない。
しかしこれからもずっとそうだとは限らない。
今回マーレに城壁を駆け登らせる際、その足場にとレアの『魔の盾』を利用した。
最初はレア自身を踏み台にすればいいと考えていたが、頑なにマーレが拒絶したためである。
『魔の盾』ならばなんとかという事で納得させ、そういう段取りにしたのだが、それが可能だったのもマーレが『魔の盾』を視認することができたからだ。
LPを持つ『魔の盾』は『真眼』によって視認することができる。
つまり今、『真眼』を持つ者がいれば、レアは何か不自然に複数のLPが重なりあった姿に見えてしまうという事だ。
かつてヒルス王都でレアを狙ったあの弓兵のように、『真眼』を持っているプレイヤーは存在する。そして天使たちのようにそういうスキルを持ったNPCもまた存在する。
そうした者からしてみれば、今のように姿を消して宙に浮いていれば怪しいことこの上ない。
「姿を消しても消さなくても目立ってしまうとは。まあでもこれに関してはどうしようもないな。『真眼』持ちを効率よく見つけたい時には便利かもしれないけど」
どんちゃん騒ぎも落ち着きを見せ始めたころ、ブランから連絡が入った。どうやらシェイプに着いたようだ。レアの配下のジャイアントコープスたちも草原でリスポーンしている。お詫びも兼ねて、必要とあらば貸し出そう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます