第188話「観光地でのポイ捨てはNG」





 スキルの力とは素晴らしい。

 1日とかからずにウェルス王都の大聖堂地下には広大な空間が広がっていた。

 工兵アリたちに空洞を掘らせ、大量に出た土を使ってリフレの職人たちがレンガを作成し、それを用いて地下室を作ったのだ。

 崩落を防ぐためところどころに規則的に石柱が立っている。そのせいで狭く感じられるが、見た目以上に広い空間だ。


「ここならウェルスの拠点としては十分だね。天井がそれほど高くないから大型の魔物は入れないけど」


「大型の魔物が必要だとも思えませんし、それは別に構わないかと」


「適当に壁とかも建てて、いくつか部屋を作っておいてよ。わたしの部屋はあってもなくてもいいけど、マーレの部屋とかケリーの部屋とかね」


 あと必要だとすれば金庫などだろうか。

 インベントリはセキュリティの面でも容量の面でも便利だが、全員が利用する資金を保管しておくには向かない。


「じゃあ、ウェルスでやることはひとまず終わったし、わたしはヒルスに戻るかな。何かあったら呼んで」


 ヒルス王都に戻り、飽きずにアタックを続けるプレイヤーたちの様子を見ながら、他に進めているプロジェクトの進捗状況を確認しておくことにした。









 ヒルス王都では、エルンタールからこちらに移動してきたらしいウェインたちが死を恐れずアタックをしていた。

 他にも数名混じっている。見たことのある者もいるため、おそらくかつてこの王都でレアを倒した者だろう。


 せっかくだし、あの彼にはついでにあのときの仕返しをしておくのもいい。

 ウェインとギノレガメッシュというプレイヤーには新たにもある。何十年が経とうとも、人類というものはSNSで失敗する生き物らしい。


 どうしようか迷ったが、鎧坂さんは置いてレア単体で行くことにした。

 威圧感を出すためにユーベルを『召喚』し、その前足に腰掛けての登場だ。

 ユーベルは基本は4足歩行だが、後ろ脚だけで立つことも出来る。手首は人間並に柔らかい関節をしており、人間のように手のひらを上に向けることも可能だ。そこに腰掛けたのである。


「──毎日毎日、飽きずにご苦労な事だね。特に今は大陸中で空から気持ち悪い子供が襲いかかってきているというのに。他の国の人間たちを守ってやらなくていいのか? 君たちは他の国にすぐに移動できるんじゃないの?」


「! 災厄か!」


「そういう言い方をするってことは、この国の人間は自分が守ってやっているって認識だってことだな」


「……大陸?」


 明太リストがぼそりと呟いた言葉をレアの強化された聴覚が拾った。


 ──これは失言だったかもしれない。


 レアが魔物から生まれたNPCだとすれば、この地が大陸という存在であると知っているのは少々不自然だ。

 世界には海があり、そこに島や大陸がいくつもあると知っている者でなければ「大陸中で」という言葉は出てこないだろう。

 この大陸しか知らないならば、この場合は大地や世界という言い回しをするべきだった。

 しかし今から弁解しても却って怪しい。

 やはりお喋りするとろくな事がない。こんな事なら無言で上空からユーベルのブレスや範囲魔法で吹き飛ばしてやればよかったが、それでは少ししか気が晴れない。


 この件でもし万が一突っ込まれたら、元々NPCのヒューマンか何かだったが無理やりそういう実験をされてこうなった、という事にしておくしかない。

 もっともそのプランでは姉役だったライラもすでに異形と成り果てている。

 つまり間抜けにも姉妹揃って実験体にされたという事になる。

 当初のプランでは故郷を求めて西へ向かった事にするつもりだったが、作り話の中でさえ故郷が失われてしまった。

 イベントボスの行動原理について特に誰も不審に感じていないようなのでどうでもよいのだが。


「……知っていると思うけど、この周辺の空は今はわたしが守っている。少なくとも天使たちからは守ってやっていると言っていいのではないかな。つまり君たちの出番はない」


「でもこの王都を滅ぼしたのはお前だろう!」


「単に住民の種族が変わっただけとも言えるけど、ヒューマンを根絶したという意味ではそうだね。でもそもそも先に攻撃してきたのはこの地のヒューマンたちだよ。君たちが知っているかは知らないけれど、この国は討伐軍を編成してわたしを倒そうと画策していたからね。わたしも死にたくないし、だったら殺すしか無いだろう」


 それでぶつかりあったのがなんとかいう丘の街だよ、と締めくくった。

 実際には討伐軍の有無に関わらずレアはヒルス王都を攻撃していただろうが、それは以前もあのラコリーヌの領主に話した時同様、別に言う必要はない。


「……エアファーレンはどうなんだ。討伐軍に出会う前に襲撃していたはずだ」


「おいウェイン、元々は国の上層部と災厄の間で争いが起こったってんなら、NPC同士の争いって事になるんだし、つまりそれってシナリオ通りってことだろ? 言っても仕方ないだろ。宰相殿だって全部をこっちに話してくれたとは限らないんだし」


「その、エアファーレンっていうのはもしかしてわたしの生まれた森の近くの街の事かな? だとしたら君、毎日毎日あの街から森に分け入ってわたしの可愛いアリたちを殺していた者たちが居ただろう。だから滅ぼしたんだよ。その件でわたしを責められても困るな」


 そうなるように手を打っていたのはレアなのだが。


 しかしこうして考えてみれば、結果だけ見ると今の所レアがしたのは反撃だけだと言える。

 ゲームの性質上当たり前といえば当たり前のことだ。生産や戦闘によって経験値を得ることでキャラクターを成長させるシステムである以上、プレイヤーが誰かを攻撃するのは当然だし、生産に必要なアイテムにしても誰とも争うことなく入手できる物ばかりではない。

 普通に考えればプレイヤーは必ず魔物を攻撃するし、その反撃をする魔物が現れるのも自然な流れだ。

 もっとも今進めている件やライラと手を組んで行なった事まで含めれば、反撃だけでは言い訳出来ないものばかりだが。


「そして今また君たちはわたしのこの美しい都に毎日勝手に侵入して攻撃を繰り返している。中には壁に落書きをしたり、飲み終わったポーションの瓶や携帯食料の包みを捨てていくものさえいる。これは許すことは出来ない」


「え? そんな奴いるのか?」


「ま、まて! それは俺たちは関係ない!」


「まあ君たちじゃなくてもいいよ。帰ったらなるべくたくさんの知り合いに伝えてくれたまえ」


 とりあえず、上空にいるというアドバンテージは最大限に使わせてもらう。

 先制はユーベルの『プレイグブレス』だ。


「待ってくれ! そんなことより、天使、大天使とは戦わないのか!?」


 叫んだのは、見たことはあるがウェインたちのパーティメンバーではない男だ。

 もしかしてこの男が「丈夫ではがれにくい」とかいうプレイヤーだろうか。確かレアと大天使の衝突に並々ならぬ関心を寄せていた者だ。

 ここにはもうひとりメンバーが居るが、その彼は見覚えが無い。前回のレイドパーティには居なかったプレイヤーだ。


「わたしがその大天使とやらと戦うかどうかは君には関係ないんじゃない? まあ例の気持ち悪い子供たちをけしかけてきているのがその大天使だというのなら、目の前に現れればそりゃ戦うだろうけど。居場所もわからないし、そんな事を言われても困るな」


 そしてこのプレイヤーが「丈夫ではがれにくい」であるなら、こいつはである。


〈ユーベル、右の首から『プレイグブレス』だ。右ってわかるかい? わたしを持っている手の方だ〉


 開かれたユーベルのあぎとからドス黒い輝きが放たれる。

 ゆっくりと吐き出せばエフェクトは随分とおとなしくなり、ダメージを伴わないただの状態異常のみを与える攻撃となるが、このように勢いよく放射すれば着弾時にちょっとしたダメージも与える。


「ぐ! 大したこと無いダメージだけど……、何かの抵抗に失敗したって出た!」


「疫病だ! 明太、治癒アイテム持ってるか!?」


「あるよ! ちょっとまって!」


 ──持っているのか。


 驚きである。

 疫病は実は、かなり初期から接する事もある状態異常だ。

 といっても森や草原で序盤の経験値稼ぎをした者には馴染みが無いかも知れない。

 しかし街なかで下水道の清掃や、そこに巣食うネズミ系魔物やスライム系魔物の討伐を請け負うような場合には対策が必要になる。例外的に洞窟でコウモリ系の魔物が媒介するケースもあるようだが。

 実際には本当にウィルスや細菌のキャリアというわけではなく、そういう可能性がありそうな魔物がスキルとして持っているだけなのだろうが、今の彼らほどの実力になれば今更コウモリやネズミ程度の攻撃では抵抗に失敗することなど無い。

 かつて受けたクエストに必要だったため用意したが使わずに今までずっと持っていたのか、あるいはインベントリの利便性を利用して常にあらゆるケースに対策を用意しているのか。


 なんであれ悠長に回復するのを待っていてやる義理はない。


〈ユーベル、左の首から『トキシックブレス』だ〉


「次が来たぞ! さっきとは違うブレスだ!」


「大丈夫、これは毒系だ! スキルの『解毒』で治癒できる!」


 『トキシックブレス』は神経毒を与える攻撃である。毒の上位の「猛毒」に分類されるため継続ダメージもあるが、メインは麻痺だ。そのためアイテムに頼るなら神経系の治療薬が必要となる。アイテムで回復しようとする場合、ダメージと麻痺が同時に与えられるためどの治療薬を使えばいいのか初見では判断に迷うことになるはずだ。猛毒の厄介なところでもある。


 しかしスキルで回復するなら『解毒』で全て賄える。この手の状態異常回復系スキルは、対象の異常の深度によって成功判定の必要達成値が変動する。猛毒を回復しようと思ったらそれなりの能力値が必要になるはずだが、よく一発で回復出来たものだ。

 この明太リストというプレイヤーは以前に会った時は回復系のスキルは使っていなかったように思うが、いつの間にこれほどの水準で取得していたのか。


 ──まあ、キャラクターとして成長しているのはわたしだけではないというのはわかってはいたが。


 正直このプレイヤーの事は舐めていた。

 『精神魔法』についてはかなりの習熟度だが、それが通用しないレアの前では何の脅威にもならない。

 直接的な戦闘力では注意すべきなのはウェインとギノレガメッシュだけであり、彼はそのサポートに過ぎない。

 それは事実ではあるのだろうが、だからと言ってそのサポートは馬鹿にできるものでは無いということだ。


 ダメージを受けながらも状態異常を回復し、5人のプレイヤーたちは体勢を立て直している。

 しかしこのヒルス王都のカーナイトたちと戦うのがメインでやってきた彼らは、上空に攻撃をする手段を持っていない。

 効率を考えれば魔法使いの1人も連れてくるべきだろうが、普段はウェインとギノレガメッシュの攻撃力があれば必要ないのかもしれない。


「じゃあ、さっき言ったことは忘れないで、他のお仲間たちに伝えておいてくれ」


 中心にいるギノレガメッシュを睨みつけ、『魔眼』で『ダークインプロージョン』を発動し、5人のプレイヤーを始末した。

 アダマスの鎧を着ていようが関係ない。

 レアの放つこの魔法にはアダマンドゥクスでさえ耐えることはできないからだ。中身が柔らかい彼らでは結果は知れている。


 得られた経験値は前回よりも少なくなっていた。

 つまり前回よりも実力差が開いたということであり、現状ではすぐに追いつかれるという事はなさそうである。









 イベント3日目の夕方にして、システムメッセージによりリーベの洞窟に放置しておいた3体のニュートが転生条件を満たした事を知った。

 転生先はヒルスサラマンダーだ。

 もともとは賢者の石の節約のために自然に転生してくれないものかと考えていた案件である。

 今となっては、清らかな心臓によって賢者の石の量産問題は解決している。正直、言われるまで忘れていた。

 あの地底湖に放り込んだのが確か1日目の夕方だったから、ゲーム内時間で2日がかかった事になる。

 2日もあれば可能である他のタスクを列挙していけば、時間効率は悪いと言えるだろう。何もしなくても勝手に条件を満たせるという意味では作業性は素晴らしいが。


「とりあえず転生させて、そのまま放っておこう。もしかしたらスキンクになれるかもしれない。そうなれば経験値の節約になる」


 スキンクにするためには『水魔法』と『火魔法』が必要だ。ガルグイユを量産しようと思ったら中々馬鹿にならない消費になる。10体用意しようと思えば300体分のスキルを取得させてやらなければならない。

 そこからガルグイユにするために具体的に更にいくら要求されるのかは聞いていないためわからないが、アンフィスバエナの例を思えば800程度だろうか。10体だと8000になる。世界樹と精霊王をワンセット用意できる額だ。


「ロマンをとってドラゴン部隊を創設するか、目的のために精霊王を自前で用意するか、悩みどころだけど……。まあ精霊王はポートリーの王家の生き残りをそそのかすとして、ドラゴン部隊のほうがいいかなぁ」


 ポートリーの王族ならばすでにハイ・エルフであるはずだ。ならばそいつの転生のために世界樹を用意する必要はない。


「そういえば、アイテム無しでエルフからハイ・エルフになるには世界樹が必要だとすると、最初の2人のハイ・エルフはどうやって転生したんだろう」


 蒼き血のような、エルフをハイ・エルフにするためのアイテムを誰かが作成したということなのか。

 その場合最も怪しいのは前精霊王だが、何でもかんでも彼のせいにするというのも思考の停止のように思える。


「中央集権的な国家を作り上げるために、手足となる『使役』持ちの上位種が必要だったから、そのためのアイテムを作った、とかかな。聞いている限りではあまりそういう政治的な考え方ができるような人物には思えないけど、ブレーン役の人は別に居たのかも」


 レアの脳裏に描かれている前精霊王のイメージは、上半身裸でダブルバイセップスを見せつけてくる、サンタクロースのような髭を持つ筋肉質のドワーフである。

 あるいは背中には翼のようなものや、頭部に角かなにかがあった可能性もある。

 いずれにしてもレアやライラよりよほど人類の敵に思える風貌だ。

 もしかしたら当時の美的感覚はプレイヤーたちとは違っていたのかも知れない。


「……その時代に居なくてよかった」


 このゲーム内世界は細かい修正やアップデートを除けば、サービス開始前からずっと続く世界であるようだし、もしかしたら運営がこの時代をサービスに選んだのはNPCの美的センスが現代人に近づくのを待っていたからとかかも知れない。


 とりあえず、リーベ大森林の洞窟は何もしなくても常に濃いマナがたゆたっている。

 意味は薄いが、ただ放置しているのももったいない。とりあえず入れられるだけニュートを入れておくことにした。


「あ、そうだ。ついでだし」


 どうせリーベ大森林の洞窟に行くのならやっておきたい事もある。

 確かトレの森にはまだライラのガルグイユが居たはずだ。少し彼にも手伝ってもらうとしよう。

 その旨をアビゴルほんにんに伝えてもらうようライラに連絡し、まずはトレの森に向かった。









「──これでよし。ふふ。これならそう簡単に死んだりはしないだろう」


 リーベ大森林の洞窟でついでに自身の致死率を下げるための検証を行い、一息ついたところでマーレからフレンドチャットが飛んできた。


〈陛下、緊急事態です。たぶん、おそらく〉


〈なにそれ。はっきりしないな。それがわたしの興味を惹くための言い回しだとしたら大したものだけど〉






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る