第185話「氷で殴れば人は死ぬ」





 モン吉は狒狒だ。見た目は巨大なマントヒヒである。

 そもそもスノーバブーンたちの時点でヒューマンよりも大きい。狒狒にいたっては前傾姿勢でさえ3メートルはあるのではないだろうか。氷狼たちと争って勝ってしまうほどだし当然ではある。


 とりあえずよくわからない種族であるし、まあ強い方がよかろうとまずはモン吉に賢者の石を与えてみた。


《眷属が転生条件を満たしました》

《あなたの経験値100を消費し「猩猩しょうじょう」への転生を許可しますか?》


 猩猩は猿でいいのだろうか。だがそうなっているのなら納得しておくしかない。


 実際に転生させてみると、見事な筋肉のマントヒヒだった。狒狒を筋肉で太らせただけのような見た目だ。

 猩猩と言えば、一般的にはオランウータンの事を指すように思う。

 あるいは伝説上の存在で言えば、大酒飲みであるとか、海に住んでいるとか、森の賢者だとか言われているが、目の前のイケメンゴリラからはどれも連想できない。


「でもINTは高めだな。森の賢者だからかな? それ以上にSTRも高いけど。これは見たまんまだな」


 支払った経験値は大したものではないが、おおむね女王級と同程度の強さと言えるだろうか。

 もともと狒狒として長い間群れを率いてきた分の積み重ねもあるだろうし、種族としてどちらが上なのかはわからない。


「さて。とりあえずはこれでいいかな。白魔たちが帰ってくるまでこの森を支配したままでいたのなら、これ以上強化しなくてもこの先もやっていけるだろう。

 それで結局、君たちはどういう理由でどこからきたのかな」


 モン吉たちはここよりずっと西の森から来たと言っている。

 ここより西となるとペアレだろうか。

 ウェルスにやってきた理由は白魔たち同様森を追われたということだったが、その理由は人が森に入ってきたかららしい。

 ペアレと言えば獣人の多い国だ。

 ヒューマンと比べエルフたちが果物を多く摂っているように、獣人はたしか肉類を好んで食べているとか聞いたことがある。ウェルスから家畜を購入しているのもそのためだ。


「獣人たちが森に入ってきたという事は、普通に考えれば狩りなんだろうけど、モン吉たちを食べるつもりだったのかな?」


 言いながらレアは、無いな、と思った。

 猿のような、ヒトに近い種を食べるという心理的ハードルの高さもあるが、まず問題になるのは彼らの強さだ。

 スノーバブーンは大きい。それ相応にSTRもVITも高く、特に訓練を積んでいないNPCでは勝つのは無理だろう。数で囲めば倒せるだろうが、見て分かる通りバブーンも群れを作る種族だ。1体だけを森の中で囲むというのは現実的でない。


 スノーバブーンたちを狩るのが目的でなかったとしたら何のためなのか。

 リーベ大森林のように地下資源の豊富な森だったとしたらその資源目当てだという事も考えられるが、そのために魔物の跋扈する森を切り開いたりするのだろうか。

 この大陸のNPC像にはそぐわなく思える。


 仮に木材そのものが目的だったとしても疑問が残る。

 ペアレはウェルスから家畜と木材を買い、家畜は自分たちで食べて木材はシェイプに売っていた。

 もし木材を自分たちで生産できるなら、ウェルスから買う必要はないはずだ。

 もっとも交易をしていたと言っても一部の都市を介してだけだろうし、その都市とはまったく関係ないところで森林伐採などを行なっていたという可能性はある。例えばそれがモン吉たちのいた森だったとか。


 あるいは何かスノーバブーンたちといざこざでも起こしたのかも知れない。

 モン吉の思いつく限りでは特にそうした事はないようだが、相手にとってもそうだとは限らない。

 NPCの獣人たちは直情的というか、頭に血が上りやすい傾向にあるようだし、猿たちと同レベルで争っていたとしても特に不思議に思わない。


「ペアレに行くことがあったら調べてみるか。幻獣王についても調べる必要があるし」


 ウェルスが一段落ついたら次はペアレだ。

 現状でもっとも謎なのが幻獣王である。これについては伯爵から特に死んだとかの情報は聞いていないので、今も世界のどこかにいるのかもしれないが、もし獣人の行き着く先が幻獣王なら探すより生みだした方がおそらく早い。


 ケリーたちを転生させてもかまわないのだが、現状ではその転生の条件もわからない。ケリーたちは猫獣人から別の獣人へと転生したが、それがハイ・エルフやノーブル・ヒューマンと同格の存在なのか、それとも横方向にシフトしただけなのか、いまいち判然としない。少なくとも種族特性として『使役』は取得していなかった。

 そのあたりのことについてや、あるいは現在のペアレの貴族や王族について知ることができれば、上位種族への転生のヒントを得ることができるかもしれない。


 単に戦闘力や能力的なことだけで言えば、確かに転生したほうが能力値上昇などの効率はいい。しかし今の種族のままでも経験値を与えて成長させてやればその分強くはなる。その意味では無理して転生させる必要はない。

 特にヒト型のキャラクターはその傾向が顕著だ。

 例えばユーベルのように、翼が生えて空が飛べるようになるだとか、専用のブレス攻撃が追加されるだとか、そうした転生による肉体の変化に伴う特性が増えるようなら話は別だが、転生してもヒト型のままならその手の変化は期待できない。

 それなら結局は経験値をつぎ込んでスキルを取得させれば同じ事だ。一部その枠におさまらない者もいるが。


 そのためこれまでは、人型の配下については別にそのままでも構わないと考えていた。しかし種族そのものがコンテンツの解放条件になっているなら話は別だ。

 獣人の上位種族に関する情報を入手し、それを活用してケリーたちを強化する。


「そうしたらその次はドワーフの国、シェイプか。ポートリーの手綱をライラがうまく握れるというのなら精霊王はライラに任せてもいいんだけど」


 前精霊王のことを考えればドワーフの方が精霊王にふさわしいような気もする。

 しかし同様に前精霊王のことを考えるなら、ドワーフを強化する事でまた妙なアイテムを量産されたりばら撒かれたりしては厄介だ。聖王もそうだが、精霊王は特にレアにとって天敵となりうる存在である。取扱いには注意が必要だ。

 精霊王は何らかの形で監視が容易な環境に置いた方がいいだろう。

 そういう意味ではヒルスとオーラルによって事実上封鎖されているポートリーはちょうど良い。

 逆にシェイプはヒルスから最も遠い国だ。目が届きにくいという意味では不安が残る。


「ドワーフといえば頑固なイメージだし、もうヒルスみたいに滅ぼしてしまってもいいんだけど。このさらに次あたりのイベントくらいまでにどういう国なのかおおざっぱに調べておいて、面倒そうならまた首だけ狩ろうかな」


 ドワーフやエルフのような長寿設定の貴族はNPCの中では比較的強い存在だ。

 武者髑髏やジャイアントコープスたちの活躍の場としてはちょうどいいかもしれない。

 本物のアンデッドを使うのならブランにスケリェットギドラを借りられないか聞いてみるのもいい。その間のエルンタールの防衛は代わりにユーベルを貸し出せばいいだろう。


〈それじゃ、ボス。オレたちはこの国の、あー東側を適当に荒らしておきます〉


「ああ、頼むよ。では銀花たちは西側かな」


〈そうなりますね〉


 SNS上では彼らは徘徊型の特殊ボスモンスターという認識らしい。

 それで楽しんでくれているのならレアとしても送りだした甲斐があるというものだ。

 数がずいぶんと増えることになったが大した問題ではないだろう。一部のプレイヤーにはたいそう人気があるようだし、多い方がいいに決まっている。





 狼たちを送り出した後、針葉樹林の地下にウェルスの拠点を作ろうとクイーンベスパイドを1体呼んだ。

 しかしあまり反応が芳しくない。

 何だろうと思えば、どうやらここは寒すぎるらしい。

 クイーンには全属性の魔法を取得させており、各属性の耐性スキルも持たせてあるが、工兵たちは戦闘員としてカウントしていないため耐性スキルは持っていない。つまり、ここの地下に秘密基地を作るのは寒さに弱いアリたちでは難しいということだ。


 レアの陣営は生産系についてはアリとリフレの職人たちがすべて賄っている。それは設備や建物に関してもそうだ。

 アリたちが使えないとなればヒューマンの職人たちしかいないが、冷静に考えれば戦闘に関わらない普通のヒューマンとて別に寒さに強いわけではない。アリたちに『氷魔法』をぶつければほどなく死んでしまうが、ヒューマンの職人に魔法をぶつけてもたいていは死ぬ。

 つまりこうした極寒の地で生産的な作業を行なうに向いた人材は手持ちには居ないと言える。


「ウェルスでの拠点になり得るかと思ったけれど。ていうか、別にわざわざ森の中に作る必要もないか。用があったら来ればいいだけだし、活動拠点はウェルスの聖教会の大聖堂の地下にでも作ろうか。ウェルスでの活動の本分はNPC王族の強化だしね」


 森の中に敢えて拠点を作る理由はなかった。

 というか、本来別に拠点自体無理して作る必要もないのだが。


 ウェルス王都ならここよりは寒くないし、こっそりアリたちを呼べば地下室を掘ってくれるだろう。あとはそこへリフレから建築系の職人を呼んで部屋を作ってもらえばいい。


 断られることなどあり得ないが、一応ウェルス総主教の許可を得るべく王都のマーレの元へ飛ぶ事にした。







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